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第116.5話 精霊で溢れる王都 2



 なにを食べたかも思い出せないくらいに最悪の朝食会を済ませ、交換留学についての話し合いもそつなく終えた私はコンスタンティン卿の執務室へと足を運んだ。



 お会いしていただけるかしら……



 お目通りが適うかどうかはわからないが、精霊使いの少年の手掛かりを得ることができれば、という思いもあって、やや急ぎ足で回廊を進む。


 近衛総隊長の職に就いているコンスタンティン卿と私との間には、意図的に人と会う機会を極力持たない、という共通点があるが、その理由は大きく異なる。

 コンスタンティン卿が職務がらであるのに対し、私は人と話をすることが苦手なだけ──。


 それなのになぜこんなにあの少年のことが気になるんだろう……。


 そんなことを考えながら、柔らかい絨毯が敷き詰められた廊下を先へと急いだ。





「留守……」


 しかしそこにコンスタンティン卿はおらず、水色の髪の少年の行方もそこで途切れてしまった。


 仕方ない、学園に戻ったらキーナに探すのを手伝ってもらいましょう……。


 私は午後の予定に合わせて学園に戻るため、馬車の待つ門まで移動しようとした。が、もしかしたら馬車で待ち伏せされているかもしれない──最低な朝食になった要因でもある頭痛の種(ガルドニア)が脳裏を掠め、馬車は使わずに抜け道から城を出て、徒歩で学園まで戻ることにした。


 なにが楽しくてあんな男性ひととふたりっきりで夕食を食べなければならないの!

 『今夜はそのまま泊まるといい、我が妻よ』なんて、気色悪いったらありはしないわ!


 誰も見ていないのをいいことに、だんッ、だんッ、と大股で歩く。


 陛下主催の晩餐会も出席しないなんて、なんて人なのでしょう!

 

 そして幼いころミレサリア殿下とよく使っていた抜け道から城を抜け出した直後、城の中の空気が一変したような気がしたが、今夜のことで頭がいっぱいだった私は後ろを振り返ることもなく、大勢の人で賑わう城下へと向かった。





 もう昼食の時間だ。

 キザ男のお陰で食べた気すらしなかった朝食など、すでに胃の中にはない。

 学園でお昼を食べる予定だったが、そうすればキーナにキザ男とのことを根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 当然、夜のことも話さなくてはならなくなり、そうするとキーナがまた興奮して鼻息荒く『おめでとうございます!』なんて言い出しかねない。

 

 なにか食べていこうかしら……


 とはいうものの、ただでさえ人の苦手な私が、この人混みの中で買い物などできる気がしない。


 もうお昼は諦めて、紅白戦が開始されるギリギリまで学園に戻るのはやめておこう──となるべく人通りが少ない場所を選びながら学園街へ向かおうとしたとき、運河沿いに集まっている人の群れから、歓声が沸き起こった。しかしそれはすぐさま悲鳴に変わる。


 なにごと!? 事故!? 


 もしそうなら生徒が巻き込まれていなければいいけれど、と、人々が指さしている先が見える場所まで人垣を押し分け進むと、先ほどまではなかった、運河に浮かぶ一隻の船が目に入った。


 そしてその甲板には、つい先日体調を戻されたばかりのミレサリア殿下が括りつけられている。


 最初は明日の儀式の予行演習か、と思ったが、様子がおかしい。

 常に傍にいる近衛の姿が確認できないばかりでなく、殿下は意識がないのか項垂れてしまっている。


 ──緊急事態!


 警備艇に乗り込む兵を見て確信した。


 不測の事態が起こったに違いない──。


 私も急いで船に駆け付けるために加護魔術の詠唱を開始して──そして寒気を覚えた。

 精霊様の存在をまったく感じないのだ。

 そんなこと、私は生まれて初めてだった。

 物心ついたときから常に一心同体にある精霊様が、私の隣から姿を消してしまったのだ。


 殿下をお護りしなければ──!


 それでも殿下を救出するために手を尽くそうと考えを巡らせているところに、


 ──あれは!


 少し離れた岸から飛び出し、猛烈な速度で水面を奔る人影が視界に入った。


 か、風奔りッ!?


 私の術の何倍もの速さで水上を駆けるその人物の影は次の瞬間には掻き消え、気付くとミレサリア殿下の隣に立っていた。

 


 ──え!? あ、あの少年は──


 私が行方を追っていた、冒険者街の屋根で突き落としてしまった水色の髪の少年だった。


 殿下をお護りするつもりか!?


 あのとき精霊様を使役していたということは、あの少年は性根の悪い人物ではないはずだ。

 しかし、ミレサリア殿下をあの少年ひとりに任せておくわけにはいかない──次の手立てを考えていた私は、自分の目を疑わずにはいられない光景を目の当たりにした。


 少年がなにかを躱すような動きを見せたかと思うと、精霊様が彼の周りに集い始め、その直後、数人の男たちが姿を現したのだ。

 敵と思しき男たちは攻撃をする気配がない。

 精霊様によって動きを封じられてしまっているのだろう。



 あの少年がこれを……?


 しかし驚きはそれだけではなかった。


 あ、あれは、バークレイ隊の……でも……なぜ……?


 凍りついたように動きを止めた賊に紛れて、近衛服に身を包んでいる男の姿も確認できたからだ。

 どう見ても殿下を救出するために駆け付けたようには見えない。

 船上に上がり込んだ殿下専属の近衛隊長とバークレイ隊の近衛がなにやら揉めている。


 まさか……謀反……?


 船上の会話は聞こえないが、この状況を見るにそう捉えるのが妥当だ。


 大変なことになった──


 そう思った瞬間、私のすぐそばで爆発音が轟いた。

 慌ててそちらに目を向けると、


 ま、魔法!? 

 これほど高威力の魔法が都の結界の中で放たれるとは!


 神抗魔石──。


 続けざまに私の思考は最悪の答えに行き着いた。


 神抗魔石の騒動は収束したのものとばかり思っていたのだが──。


 早く怪我をした人の処置をしなければ!


 私は急いで怪我人の手当てと、人々を安全な間所へ誘導しようと──


 しかし反対側にも魔法が放たれ、一帯は収拾ががつかないほどの混乱に陥ってしまった。


 ど、どうしたら──


 飛び交う怒号。

 舞い上がる土埃。

 逃げ惑う人たちに、小さな子どもが踏まれ、老人は突き飛ばされ逃げ場を失ってしまっている。

 このままでは怪我人が増える一方だ。


 なんとか全容を把握して、少しでも混乱に歯止めをかけなければ──。

 だが、次の魔法に怯える人々は我先にと、散り散りに逃走する。


 私は目の前で血まみれで倒れている小さな子どもを抱え上げ、


「みなさん! 落ち着いてください! 落ち着いてください! どなたか治癒魔法を使える人はいませんか!」


 喉が張り裂けるほどの大声で叫ぶ。


 しかし私ひとりの声など、半狂乱となった人の耳には届かず、たとえ届いていたとしても立ち止まる人はおろか、目を向けてくれる人など居はしいない。


 精霊様の力を借りようにも、加護魔術は一切行使できない。


 私は手足が震え、危うく抱えていた少女を地面に落としそうになってしまった。


「誰か! 治癒魔法師はいませんか!! 誰か!」


 力を振り絞って少女を抱き、


「城へ! 城へ避難して下さい! だれか! 治癒魔法師──ッ!」


 喉から血が出るほどに叫び続けるが、途切れた人波の隙間から見えた地獄絵図に息を飲んだ。


 あれ、すべてが怪我人……だというの……?


 その光景は絶望の一語に尽きた。


 無数の人が血を流し、呻いている。

 これほどの犠牲者が出てしまっては都中の治癒師を集めても対処しきれない……



「──ぅぐッ!」


 しゃがみ込む私の背中が足が、逃げる人によって足蹴にされる。

 踏まれた足首は黒く腫れあがり、もはやこの場から逃げることも困難になってしまった。


 私にはなにもできない……

 私はなんて無力なの……

 

 少女を抱え身体を丸めた私は、全身の痛みに耐えながらも今の状況をやり過ごすことしか手立てがなくなってしまった。


 しかしそのとき、



──ズガァァァアアアンッ!!



 経験したことのないような地響きがしたかと思うと、



「──貴様らぁッ! 

 

 落ち着かんかぁぁあああああッッ!!」



 腹の底に直接響き渡る大声が一帯の空気を震わせた。


 私はなにが起きたのか確認するため顔をあげようとするも、身体が硬直していうことを聞かない。

 それでもどうにか目だけを前方に向けると、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた人々の足がピタリと止まっている。


 音がまったくしない世界。

 大声の余韻だけが、今この一帯を支配していた。


 するとその静寂の中、


「──清浄なる光よ! ──流れた血を命の連鎖に送還し、神に愛されし子らに安寧を与え給え!」


 どこからともなく、凛とした声が響き渡った。

 

 温かく、慈愛に満ちた声だった。


 すると、私の腫れあがっていた足から痛みがすうっと消え、腕の中の少女は怪我などしていなかったかのようにすっくと立ち上がった。

 驚くことに、流れていた血はきれいさっぱりなくなっている。


 そして続く沈黙の中、


『──聖者さま! 皆様の治癒は終わりました!』 


『──兄者ぁッ! 遅くなって済まない! 隠れ者は任せて下されぇッ!』


『──ハンッ! 童や! 城はわたしに任せるんだよ! ったく、コンティに大きな貸しができたねッ!』


 風魔法に乗った声が、全員の耳に届けられた。


 私たちは声の向かう先へ一斉に目を向ける。


 そこは運河中央に浮かぶ船。


 そしてその船上には──


 まだ幼い水色の髪の少年が、三つの声に応えるように握り拳を高々と掲げていた。


 次の瞬間──


 私は奇跡をこの目で見た。


 青の都が、溢れんばかりの精霊様で埋め尽くされたのだ。


 この光景を、今王都にいる何人の者が見ることができるだろう。


 精霊様の光──。


 その光が滲んで見えたのは、私のまぶたから熱い涙が零れおちたからだ。



 そうだ、私にもできることがある──。

 成さなければならないことがある──。



 私が祖母の後を継ぎ、そして祖母のように強くならなければならない、と、覚悟を決めた瞬間だった。




 

 ラルクが都の人たちからどう見えていたか、学長視点での閑話でした。

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