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第114話 少女の行方


 あれっ?


 あの人は……


「──トレヴァイユ様!?」


 間違いない、あの桃色の髪といい、バークレイ隊長と瓜二つの顔立ちといい、近衛騎士のトレヴァイユさんだ。

 向こうも僕に気が付いたようで、人混みを掻き分けて近寄って来る。

 僕も近寄ろうと努力するが、人の流れがきつくてこの場に留まることで精いっぱいだった。

 だから人混みに埋もれないように、その場でぴょんぴょんと跳ねて居場所を伝えた。


「──キョウ、こっちだ」


 僕の下まで近付いてきたトレヴァイユさんが、僕の手を引いて流れの外に連れて行こうとする。


 ん? と、不思議に思い周囲を見ると、


『トレヴァイユ様だって!?』 『トレヴァイユ様がいるのか!?』 『どこだどこだ!』


 僕が名を呼んでしまったからか、周りの人たちがトレヴァイユさんに注目してしまっていた。


 トレヴァイユさんが大人気の騎士隊長だってことを失念していた……


 僕が小声で謝ると、トレヴァイユさんは苦笑を混ぜた顔を横に振って応じてくれた。





「──キョウ、まだ都にいたのだな……」


 街路樹の下まで来たところで立ち止まったトレヴァイユさんが先に口を開いた。


「トレヴァイユ様、すみません。宿が決まったら伝える予定だったのですが──」


「いや、そのことはいい。その節は世話になった、改めて礼を言う。キョウが持ち込んでくれたマールの花のお陰で仙薬エリクサーも無事調合できた」


「それは良かったです。それにしても急いでいたようですが、なにかあったのですか?」


「──ああ、それなのだが、キョウ、この辺りで紅い髪の少女を見なかったか? 背は……キョウと同じくらいだ。年も……そうだな、キョウと同じくらいか。少し前にはぐれてしまったのだが──」


「紅い髪の……いえ、僕も常に注意して見ていたわけではありませんが、見なかったような気がします」


「──そうか……いや、済まなかった」


「──隊長、だめです。見当たりません」


 気落ちした様子で答えるトレヴァイユさんの背後から、男の人の声が聞こえてきた。

 声のした方に目を向けると、三人の騎士が立っていた。


 ……確かこの人は市場にいた騎士だ。ということは、トレヴァイユさんの部下だろう。


「──わかった。お前たちは引き続き範囲を広げて捜索してくれ。私は総隊長に矢を放つ」


「は、──手分けして探すぞ!」


 三人の部下はトレヴァイユさんの指示を受けると飛ぶように散って行った。


「──というわけなのだ。見苦しい物を見せたな。済まない、忘れてくれ」


 「急ぐので失礼する」と踵を返したトレヴァイユさんの背中に、


「待って下さい! ──トレヴァイユ様、その紅い髪の少女というのは……」


 『紅い髪の少女』──。

 おそらくコンスタンティンさんが言っていた今回の『護衛対象』だろう。

 コンスタンティンさんは奥歯に物が挟まったようなはっきりとしない説明だったが、なるほど、これで疑問が解けた。

 要するに無魔の黒禍に狙われている赤い髪の少女は、近衛のトレヴァイユさんが血眼になって探すほど『身分の高い人物』である、ということだ。

 自国、あるいは他国の大貴族の実子といったところか。

 そうでなかったとしても、それに準ずる身分の人物だろう。


「……いや、そればかりは恩人のキョウにも言えぬ。これ以上キョウに迷惑を掛けるわけにはいかない。──ただ、見掛けたら城まで連れて来てはくれないか? 無論、礼はする」


「わかりました……僕にできることがあったら何でも言って下さい」


「ああ、祭りが終わったら時間をくれないか? 会わせたい人がいるのだ。カルディを遣いにやるから滞在先を──」


 トレヴァイユさんがそこまで言ったそのとき──


『うぉぉぉおおおッ!』


 辺り一帯から、耳をつんざくような歓声が沸き起こった。


 な、なんだ!?


 大地を揺るがすほどの歓喜の声に、僕もトレヴァイユさんも周囲を見回す。

 どうやら人々は運河の中央を見て叫び声をあげているようだ。


「──何事だ! この騒ぎは!」


 トレヴァイユさんがその原因を突き止めようと人波を押し分け前に出ようとしたとき、


『きゃぁぁぁあああッ!』


 歓声が悲鳴に変わった。


 なにかが起こったに違いない──。


 僕も慌ててトレヴァイユさんの後を追う。

 群衆はなにを見ているのか、この場になにが起きているのか、少しでも早く確認しようとトレヴァイユさんの背中を見失わないよう背につく。


 するとトレヴァイユさんが突然立ち止まり── 


「──なぜだぁッ!!」


 悲痛な叫び声をあげた。

 なんだ!? と、僕はトレヴァイユさんの隣に勢いよく飛び出し、トレヴァイユさんが射るような視線を放っている先を見る。と、


 そこにあったのは──


 運河に浮かぶ船の甲板に縛り付けられた少女──。


 ぐったりと項垂れ、息をしているのかもわからない。



 その姿を見た瞬間──


──どくん


 僕の両目が疼き、胸の奥でなにかが脈を打った。



 なんだ……?



 祭りの演出か……?



 突然のことに理解が及ばず、そんな考えすら頭を掠めた。



 いや、あの人は……



 その少女の特徴的な青い髪が、川面から吹く風に揺れている。



 ミレサリア殿下だ!



 遠く離れた場所からでもわかるその少女は、スレイヤ王国の青姫として国中から慕われるミレサリア第二王女だった。


 久しぶりに見た殿下のただならない姿に、俄かに警戒心が強まる。



「──な、なぜあのような所におられるのだッ!!」


 ギリ、と、トレヴァイユさんの歯噛みする音が僕にも聞こえてくる。



 そこでようやく今の状況が祭りの演出などではなく、異常な事態であることを解した。



 先ほど観衆から沸き起こった最初の歓声はミレサリア殿下が姿を現したことによるものであり、続く悲鳴は殿下の様子がおかしいと気付いたがゆえのものだったのか──目の前で起こっていることにそう結論を付けた僕が、この後どう行動すべきか刹那の判断を迫られたとき


「──船を出せぇッ! 殿下をお守りしろぉッ!」


 トレヴァイユさんが猛烈な速度で、警備船を停泊させている川岸目掛けて駆けて行った。


 と、そのとき、ミレサリア殿下の青く長い髪が、何かに掴まれたように不自然な動きを見せたかと思うと、項垂れていた殿下の顔が、然も群衆に晒し、見せつけるかのように強引に持ち上げられた。


 周囲から悲鳴が上がる。


 もはや殿下になにかしらの不測の事態が起こっていることは疑いようがない。


 

 隠れ者──。


 神殿での一件が脳裏に過る。


 そして──


 気が付いたときには、僕は精霊言語を紡ぎ、印を結んでいた。







 

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