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―― そう思っていた時がありました。
「レティーナ・ビィ・アイオスロ! 今この時、この場を以て貴様との婚約を破棄する!」
あー、結局ね、このお馬鹿はぜーんぜん成長しなかったのですよ。むしろゲームの強制力とやらを恐れるべきなのかもしれないけどね。
とにかく、ぼんやりとした記憶プラス乙女ゲーム的テンプレにのっとって、ここでこう言い出すのは予想できていたから驚きも何もないんだけど。
「婚約解消ではなく、破棄ですか。その理由をお聞かせ願っても?」
と、一応こちらもテンプレセリフを返してみる。様式美というやつね。
「知れた事! 貴様は公爵令嬢という身分を振りかざし、私の愛するイライザにつらくあたるばかりか、その持ち物を壊したり怪我をさせたりとやりたい放題! 昨日など、学園の階段から突き落としたそうではないか!」
誰がするかそんなしちめんどくさい事。
大体、愛するイライザって誰よ。自分の不貞不誠実をこんな公の場で宣言するなんて馬鹿なの、し … ああそうだった、馬鹿だったこの人。
今この場には、貴族に入学が義務付けられている学園の卒業式、及び卒業パーティーをこの目で見ようと詰め掛けたそれぞれのご両親を始めとした貴族や王宮関係者、そして何より国王夫妻がいらしている。その前でこんな茶番をしよーってんだから、その根性だけは認めてやらんでもない。
だからといって負けてやる気もないがな!
「はぁ、イライザ様、ですか? 私、お名前に聞き覚えがないのですけど、どなたですの?」
つーか、イライザって、どっちかって言うと悪役の名前じゃね? 私の外見といい、逆をてらってみましたって感じのゲームなの? あ、出てきた。はいはい、男共の真ん中に埋もれていたわけね、守られるアテクシってやつね。バカね。
しっかし、これまた乙女ゲームのヒロインっぽくない子ね~。赤毛に吊り目、ボンキュッボン、いやだからそれ悪役令嬢のキャラデザじゃないの? やだもう、本当にキャラデザ間違えてね !?
何故か私の反論に勝ち誇った顔を見せるお馬鹿達。
「ふん、早速馬脚を現したな。我が愛するイライザの名を憶えてないだと? それこそが貴様の傲慢さだ!」
なんでやねん。
「そうだよ! こんなに綺麗なイライザを知らないだなんて!」
あ、筆頭魔術師のところの次男だ。魔力はそこそこ高いけど、甘やかされて育ってっから言動が子供っぽくてお馬鹿丸出しなのよね。
「自分以外の女性を見下しているからそんな口が叩けるんだ! 淑女の振りも大概にしろ!」
そりゃおめーだよ、脳筋お馬鹿。
騎士団長のところの、これでも長男なんだよねぇ。まあ、長男だから脳筋になったって見方もあるんだけど。後を継いで欲しくて鍛えていたらこうなってしまったって、よくウチのお父様に愚痴っているらしい。
「見ろ! お前の前に出るだけでこんなに震えて… ! 恥を知れ!」
本当に被害者だっつーんなら加害者の前に連れてくんなよ。パワハラじゃねーか。
ああ、いけない。どんどん前世の突っ込み気質に引っ張られて口が悪くなっていくわ、この無能三男が。あの辺境伯の血筋でどうしてここまで無神経な言動ができるのかしら。
まあ、これで逆ハーメンバー揃ったのかしら? 正直足りてないと思うんだけど、気が付いてるかしらね。
というのも、そもそも私が記憶を取り戻すきっかけになったキャラ・ジャスティンがここにいないんだよね。あとあとよーく思い出してみてやっと気が付いたんだけど、あの人私の3つ年上なのに、何故か同じ 年に卒業って事になってたって。
単に卒業パーティー会場に来ているのは婚約者であるシャリアのエスコート役だから、で説明が付くけれど、ゲーム的に逆ハー要員として出てくるのであれば、年上なのに同学年って設定になる。家族がらみでヒロインと知り合うのも、あの方1人息子だから無理だしね。どーしたってヒロインが接触を持つ事は難しい。
目の前のお馬鹿達と違って本当に優秀だから留年もありえないと考えて、もしかして家庭の事情で入学そのものが遅れたって事になっているのかもと思い至った。それなら乙女ゲーム的に「同級生だけど、ちょっとだけ年上の男性」とやらが楽しめる形になっているんじゃないかなーと。さすがに教師が生徒に骨抜きにされるパターンは、前世のリアルで洒落にならない社会問題になる事もあったから、それを避けたのかもしれないわね。
で、必死こいて前世悪友の萌えトークとやらを思い出した結果、毒を飲まされ療養とか何とかで2年遅れた設定と判った。ちなみにそれが、乙女ゲームあるあるのトラウマらしい。
実はここである筋から、この推測が正しかったと判明。貴族って怖い。
判ったからには対策です。
世の中無味無臭の毒なんて都合のいいものはそうそうありはしない。まして化学薬品なんてもの、この世界にはないのだから、毒なんて入れられたらすぐ判る。だって、簡単に言えば生薬よ? あのくっさい漢方の世界よ? 匂いや苦さで一発でしょうよ。なので、シャリアと協力して ―― もちろん彼女は彼が服毒させられる事なんて知らないけど ―― ジャスティンの舌を鍛えまくった。子供の頃から大人と同じこってりフルコースなんてありえない。少し変な味がすると思っても、それが普通だ、なんて思わせない。不味い物、おかしな味の物はハッキリ拒否していいと教え込んだ。社交の場ならいざしらず、自宅でならそんな行動も問題ないしね。見苦しくないように振る舞いさえできれば、体調崩したり死んだりするよりその方が遥かにマシでしょ。
結果、おそらくだが本来我慢して飲み込んでしまい、その設定をなぞる事になっていたであろう毒物を一口で拒絶し吐き出したため、彼の毒殺未遂、トラウマ発生、学園への入学遅れといった要因が一発で消えた。
逆ハー阻止計画第一弾成功というやつですね!
その後、実際に私達が学園に入学し、あのイライザとやらが中途入学してから人を使って観察し続けて判明したのが、攻略対象がアホ王子以下3人、ジャスティンも合わせると5人、ではなく、7人という事がはっきりした。すげーなヒロイン、1日ずつ1週間総替わりでお楽しみですか。どんだけ節操がないんだ。そんな扱い受けて嬉しがってんじゃねーよ、馬鹿共が。親泣いてるぞマジで。
これ知った時、本気でそう口走っちゃったものだから、ウチの侍女長が卒倒してしまった。ごめんなさい。ま、このセリフで心強い味方が1人増えたんで結果オーライでしょ。
あ、ちなみにヒロインと一切の接触を持たないようにその味方を使って観察とタイミングを見計らっていたのは内緒です。だって、現場見たら「ありえねー!」ってリアルで罵倒しそうだったし、何よりこの茶番においてそれが身の潔白を示す大きな要因になるからです。
さて、そろそろうっとうしいので逆断罪とまいりましょうか。
「全く身に憶えのないお話ですわね。それに昨日階段から落ちたと仰いますが、どこも怪我をしてないように見えますけど?」
「白々しい! 大体怪我は服の下だ! まさかここで脱いで見せろなどと …!」
「ご覧になりましたの?」
「なッ!」
「それだけ断言なさるのですもの、勿論殿下は本当にその目でご覧になったのでしょう? 婚約者のいる御身で、他の未婚の令嬢の服の下とやらを 」
一言一句、わざと区切るかのように念押ししたら、お馬鹿達の顔が真っ赤に染まった。それが羞恥によるものか怒りによるものかなんて知ったこっちゃない。本当に見たのかどうかもどうでもいい。少なくともそう取られかねない発言をこんな公の場でかましたのだ、さすがに周囲の皆様の蔑みの視線が自分達にぶすぶす突き刺さっている事ぐらいは察しただろう。それすら判らないのなら喜んで追撃してあげるけど?
「大体、私は昨日どころか先週から学園に通学していないのですが?」
私達卒業生は、最後の試験を受けた後、普通はこの卒業パーティの準備のために休みに入る。というか、私以外の卒業生も殆どいなかっただろうに、それすら気が付いていなかったのか … 。バカか、あ、馬鹿だったわね。と、なると、
「う、うるさい! イライザが泣きながらそう言っていたんだ、間違いない!」
「そうだよ! 今だってこんなに怯えて震えているのに!」
「なんて酷い女だ!」
「血も涙もないとはこの事だよね!」
うわー、予想通りとはいえ言葉が通じない。固定セリフのみの古典RPGキャラか!
それにしても、一応私、公爵令嬢なんですけど。殿下はともかく他のお馬鹿達にこんなタメ口で罵られる立場じゃないんですけど。子爵位すら相続できない無位の婿入り要員でしかない立場でよく言うわー。うん、確かにこれはしょーがないわね。
それぞれの親御さんの胸のうちを思いやって、思わず絶句していたら、チャンスだとでも感じたのか、アホ王子がフフンと鼻で笑った。
「どうせ性悪な貴様の事だ、人を使ってやらせたんだろう! しらばっくれても無駄だぞ、この悪女め!」
うざいわー、そのドヤ顔墨で塗り潰してやりたい程うざいわー。お前らに割くそんな労力ねーけどな。
知らず半眼で眺めていたら、どこから見ても悪役令嬢なヒロインが似合わないおどおどした様子で初めて1歩前に出てきた。
「あ、あの! あの、私 …! 私、皆様に一言謝っていただければそれで十分なんです … ッ!」
に、似合わねぇぇぇ …!
可哀想なくらい似合わないわソレェェェ …!
テンプレ通りに「勇気振り絞って訴えました」ってな感じで両手を祈るように胸元に挙げるヒロインとそれを称えるお馬鹿達を、慄きながら見てしまった私の目はきっと、某天才演劇少女のライバル嬢のように真っ白だったと思う。いやー、根性あるわー。私だったら例えそういう筋書きだったとしても恥ずかしくてできないわー。
…… あれ? 今この子変な事言わなかった? 「皆様」とか言わなかった? 何で複数形?
「もしかしてそれは私達の事でしょうか?」
ザッ、と人垣が割れる衣擦れの音がしたと思ったら、パートナーのいるシャイア以外のスイーツ仲間3人の皆様が私の両翼を支えるかのように登場した。
あの、すみません。皆様どうしてそんなに肉食系のオーラを漂わせておいでなのでしょうか。いつももっと穏やか~なオーラじゃなかったです? どーしてここでそんな漢前バージョンになってるんですか?
固まっているお馬鹿達と違って左右に悠然と展開しているせいか、あっちがすっげー萎縮し始めているんですが。
うん、ドレスの分だけでも素直に表面積大きいもんね、ちょっと怖いかもね。いつも優しい微笑みをたたえている方々が、今は怖い笑みを浮かべていらっしゃいますからね。正直私も相対したらプルプル震える自信があります。
あー、完全に全面戦争になってしまったなぁ。私1人の吊るし上げだとばかり思っていたのに、これも乙女ゲームらしくないよね~。
ご令嬢方が漢前だしね! 私のせいだね、ごめんね! でも都合が良いからこのままいこうか!
にんまりと、そう、私は悪役令嬢にふさわしくにんっまりと笑って、目の前の青ざめているお馬鹿達を見やり、止めを刺しにかかる事にした。
まず、私の左右にずらりと並んだスイーツ仲間である令嬢達の中から、すぐ左にいたミケイアがまず口火を切った。ちなみに、辺境伯の次男が婚約者だったはず。
「私達が何故見も知らぬ貴女相手に何かしなければなりませんの? むしろ、貴女を守っている(つもりの)そちらの男性達に不当な扱いを受けたのは私達の方なのですけど?」
あらー、ミケイアのキッツイ副音声が聞こえたわ。
「そ、そんな …! 私、そんなつもりじゃ …」
ヨヨと泣き(真似し)つつアホ王子にしなだれかかるイザ … イラ …? もういいや、ヒロインで。胸に飛び込んできたヒロインに脂下がるアホと嫉妬丸出しのお馬鹿共。
なんかもー、テンプレすぎてもう飽きてきたけど、他の令嬢達が殺る気満々なのでとりあえず静観しようっと。ミケイアの追撃開始!
「では、どんなおつもりでしたの? 仮にも婚約者のいる見目のよろしい殿方にばかりお声がけなさって? 直接お会いするどころかお名前をお聞きするのも今日初めての私達ですら、そのなさりようは耳に届いておりましてよ?」
「イライザは皆に優しいだけだ!」
「では何故他の男性にも等しくお優しくできないのかしら?」
「んな … ッ! イライザをお前達と一緒にするな!」
「一緒にされては不愉快です」
おお、ミケイアばっさりいったねー。確かにあんなのと一緒にされたら不愉快どころか不名誉極まりないしね!
他の令嬢共々切り替え済みとはいえ、やっぱ一言言ってやらないと気が済まないし、いいぞもっとやれ。
「他の女生徒は見下す、見目の普通な殿方や家格の低い方々とは口も利かない、貴方達の名前を使っての我が侭三昧。一体どれだけの陳情が毎日私達の元に上がってきていたとお思いですの?」
私の含め、全員が大きく相槌を打つ。
そこだけ聞くとまさに「悪役令嬢」なのよね。思わず悪役だけどざまぁもするぜ! みたいな斜め上かっとびゲームかとツッコんでしまいそうだけど、さすがにそれは違うらしい。
つまり、彼女は自分に都合よく解釈しまくった転生ヒロインの可能性大って事。この浮かれ色ボケパーティが結成されたと聞いてからすぐに周囲に「勝手にやらせとけ」な連絡を徹底したから、今こいつらがわめいているイジメ云々は起こっていないはずなんだよねー。なのにテンプレな被害とやらがあるって事は、ほぼ自作自演と断定していい。
付け加えると、この世界では同学年にいるはずのないジャスティンを捜していた上に、とっくに卒業したと知って愕然としていたっていうんだから、おそらくどころかほぼ確定でしょう。
その辺りからもこいつは転生ヒロインだろーなーと思うんだけど … それにしてもホントによくやるよ、としか言えないわ。で、お馬鹿達を誑し込んだからもう我が世の春とばかりに謳歌しまくったんだろーねー。学園中から揃って敬遠されてる事実にも気がつかんと我が侭に振舞ってたのがこの結果。既に周囲からニラオチ対象になっているのが哀れですらある。
まあそれはこの色ボケ男共も負けていませんが。どのツラ下げて言わば本妻の前に浮気相手同伴で堂々と出てこられるんだか。しかもドヤ顔で。
その表情も段々と強張ってきているけどな!
「それにしても ―― 」
と、ミケイアが呆れ果てたようにため息をついて、今にも自分に噛み付いてきそうな次男坊を冷ややかに見やった。
「2ヶ月前にも思いましたが、よくまあ私の前に顔をお出しになれますわね。その厚顔さにはほとほと呆れますわ」
あー、やっぱミケイアもそう思うんだーって、ん? 2ヶ月前?
何かが引っかかって思わず周囲に目をやったら、居並ぶスイーツ仲間達もなんだか微妙な表情を浮かべていた。なーんかあった気がするんだけど、何だったっけ? みたいな。
言われたあっちも何の事か判らないみたいで、デタラメ言うな! とか何とか叫んでいるけど、色ボケパーティ以外の場の全員総スルーでミケイアに注目する。
はあ、ともう一回ため息をついて、ミケイアが口を開いた。
「この半年余り、花一輪カード1枚よこさず顔すら見せなかったというのに、2ヶ月前いきなり先触れもなく我が家に来られたでしょう? しかも何の御用かと伺えば、我が家の誇る菓子を出せ、ですもの。その上急に言われても無理だとお答えしたら『使えない』だの『役立たず』だのと罵倒して椅子を蹴倒して帰る無法ぶりで。家人共々呆気に取られましたのよ?」
「まあ、ミケイアも !?」
「私も全く同じですわ!」
と、スイーツ仲間全員が驚きの声を上げた。かく言う私も思い出して「ああ!」と令嬢らしからぬ声を出してしまったけど、ここではさすがにセーフだと思いたい。
本当に何様のつもりなんだこいつら。
貴族的な常識としては、なかなか会いにいけない婚約者には(といっても普通は領地的な問題とか仕事的な話なんだけど!)折に付け花を届けさせたりカードを贈ったりしてコミュニケーションを図る。例え政略結婚でも円滑な人間関係を築きましょうという習慣で、お互いにたとえウマが合わないとしても、建前だけでも贈るのが嗜みとされている。私は一度たりとももらった事はないけどね! いっそ清々しいわ、アホ王子め。
ああ、ホラ周囲の皆様の奴らに対する目がもはや凍り付いているよ。どうフォローするんだろーねー? と思ったら罵声で返してきやがった。もうダメだこいつら。
放っておいて皆と顔を見合わせる。
「でもどうして皆様同時期に?」
「一応その後ご家族にお届けしたんですけど、皆様何も聞いてらっしゃらなくて …」
2ヶ月前って何か記念日的なものがあったっけー?
と、またしても皆で首を傾げ合っていたら、お馬鹿達の罵声に割り込む軽い声があった。
「あー、それな、こいつのただの我が侭」
ひょい、という擬音が聞こえそうな動きで人垣の中から姿を現したのは、我が弟にして同じく転生者のラスティだ。
私が我を忘れて雄叫び侍女長を卒倒させたアレがきっかけでカミングアウトし合ったおかげで、この乙女ゲームっぽい筋書きがようやく補完されたのよねー。
あと、こいつも予想通り攻略対象者だったので、付かず離れず色ボケパーティを監視できたのも大きかった。
本人めっちゃ嫌がってたけどね。
ただそのおかげで、イライザが魅了とかその辺りを使っているわけじゃない(つまりお馬鹿達は本当に落ちた)ってのがはっきりしたので、これまた余計な情はいらないとも判った。
落ちた過程はこれまたテンプレだったので割愛で。
それはさておき、その登場と発言内容に周囲が固まっている間に私の横に立ったラスティは、あくまでも軽い口調のまま話を続ける。
「姉ちゃ … ゴホン、姉様達の有名なケーキが食べたーいってのたまったもんだから、あの恥知らず達が競って突撃したわけ。単に食べたかったのか、婚約者よりも優遇されるアテクシといきたかったのか知らないけど、どっちにしろ性格悪いよな」
「そんな! ラティ君酷い!」
「俺の名前はラスティだ。許してもないのに勝手な呼び方するんじゃねーよ」
と、悲劇のヒロインっぽく縋りつこうとしたイライザを、これまたばっさりと切り捨てたラスティは、汚物でも見るような目で彼女を見下した。
「大体、子爵家の養女が公爵家の俺になんて口の利き方だ。切実に親の顔が見たいぜ」
「貴様! イライザになんて物言いだ!」
「そうはおっしゃいますが殿下、貴方方はともかく、私は彼女にそう呼ぶ許可も接する許可もしておりません。そちらはどうあれ、彼女の態度は目に余る越権行為以外の何物でもありません」
ラスティの言葉に、周囲を取り囲む貴族達が一斉に頷く。その周囲の冷たい対応がようやく自分達にのみ向けられているのを自覚したのか、色ボケパーティが思わず、といった感じで身を寄せ合いきょろきょろと目を泳がせたが、もちろんどこにも味方はいない。
「き、貴様ら! 無礼だぞ!」
とアホ王子がわめくも、誰も相手をしないのは理由があるのだけれど、判らないだろうなぁ。
アホ王子の言葉でも状況が変わらなかったので、今度はお馬鹿達が喚き出した。
しかし、良識あるというか、分別のある者とは思えない程稚拙で、もはやいちゃもんとしか言いようのないそれは皆に綺麗にスルーされている。それぞれに固まったグループ達は色ボケパーティの不実な行いやら在校中のイタタなエピソードやらで静かに盛り上がっているようだ。そこここから密かに上がる小さな笑い声や、完全スルーされている現状に我慢ならなくなったのか、言動の幼さナンバーワン・筆頭魔術師の三男が遂に言ってはならない一言を口走った。
「いい加減にしないと僕達だって婚約破棄するぞ!」
「そう … !」
「ぶぉっはぁ!!」
他のお馬鹿がその尻馬に乗りかけるのに被せてラスティが思いっきり噴いた。
ほらー、だから「言ってはいけない一言」だって言ったじゃない。
呆気に取られる色ボケパーティをよそに、腹を押さえ体を2つに折って笑い転げるラスティに一拍遅れて周囲の方々もどっと笑い始め、あんまりにも分を弁えない発言に凍結していた場が一気に溶けた。
「な、なんだ …!」
「何がおかしい …!?」
彼らにとっては切り札だったであろう一言に対する反応の異様さ ―― こっちにとっては当然の帰結 ―― に、色ボケパーティーが周囲を不審そうに見回すが、そこに応えたのは助け舟ではなくラスティの容赦ない追い討ちだ。
「ぶっくくく …! 何、お前ら、こんだけ他の女の尻追い掛け回しておいてまだこちらの令嬢方と結婚する気だったの? 『結婚はしてやるけど本当に愛しているのはイラ何とかだ!(キリッ)』とか言うつもりだったの? 他の男と結婚した女でも愛を貫く俺かっこいいとか思ってんの? 他の女と結婚しても別のたった一人を愛し続ける俺健気ーとか思っちゃってんの? 馬鹿なの? プラトニックな俺ピュアピュア~とか酔っちゃってんの? アホなの? 散々ヤッといて何がプラトニックなの? 頭沸いてんの? それでどーして他の女性に結婚してもらえるとか自惚れてんの? 脳みそ腐ってんじゃないの? もう生きてる価値ないんでないの?」
「んな … ッ!」
すげーなラスティ、息継ぎなしてよくそれだけ心抉れる言葉ボコスコ投げかけられるな … ってオイ、ちょーっと聞き捨てならない一文があったんですけど!
「ちょ、ラスティ、散々 …って」
私の問いかけにバツ悪そーに振り返った我が弟は、「いやあ」と後頭部を掻きながら新事実をぺロッと暴露した。
「このネタ教えちゃうと、さすがに姉様達も口を出さずにいられなくなるかなーって思って言えなかった。だって」
いろいろ台無しになるじゃん?
おーけー、把握した。
姉弟間でアイコンタクトを交わし、私は大きくため息をついた。まー、もともと最初っからアホ王子と結婚する気のなかった私ならともかく、一応伴侶にと思っていたスイーツ仲間は道義的にも許せないだろうーからねえ。婚前交渉4股なんて。
「ま、その女の股の緩さはあんた達相手だけじゃないからなー。そーゆー意味ではあんた達も被害者かもなー」
ちょ、4股以上って事ォォォ !?
とんでも暴露に完全凍結する私達をよそに、色ボケパーティ対ラスティの攻防は続くのであった。
うん、おねーちゃん、もうお腹一杯です。ぐっすん。