35人目 『一般常識は歌の終わりに』
昨日、相談所を訪れたのはお人形さんのようなお嬢様、藍澤友梨ちゃん。
彼女の相談で、一般常識のお勉強という名目のもと、ワクワクに従って訪れたのは、
「ここがカラオケですのね……!?」
「そうだよ、ここがカラオケだよ……! ね、さくめちゃん……!」
「いや、さっちゃんは落ち着きなさいよ。前にも来たじゃないの」
そう、みんなで歌って踊れるカラオケ店です。
咲ちゃんと友梨ちゃんは歳の差なんて関係なくはしゃいで、まるで子どものようです。身長的にはあまり変わりませんが。
「ほら、早く中に入るわよ。眺めてたってカラオケは出来ないんだから」
保護者さんのように仕切る梅ちゃんもまた少しだけ浮かれていて。
そんな三人はいつもの服装とは少し違って、何故か全員が白のワンピースを着ていました。事前に示し合わしていたのでしょうか。
「こうして見るとさっちゃんって……」
「ほぇ?」
「咲さんが、どうかいたしましたの?」
「……いや、何でもないわ。さ、行くわよ」
梅ちゃんが一瞬、咲ちゃんのワンピース姿——の一部分を見てむむっとしましたが、とりあえずそれは流してしまうことに。
そして、
「それじゃ、明日の朝までカラオケだね、二人とも!」
「え、そんなに長く続けるんですの?」
「いや学校あるし、そもそも夕方までしか出来ないわよ、ここ」
何だか燃え上がっている咲ちゃんを二人が冷ましてあげつつ、大カラオケ大会のスタートです。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
そうして、気合い十分に始まったカラオケ大会。
ある程度歌い、少し疲れが出てきたところで、三人はソファでのんびり休憩をとっていました。
「こう言っちゃ何だけど……友梨ちゃんも普通の音楽聴くのね」
「ええ、そうですわね。……意外でしたか?」
「あたしの持ってるお嬢様のイメージだと、クラシックを嗜んでいるというか……」
「あ、それ私も思った。こう、休日には音楽団を呼んだり、ピアニストを招いたりとかとか」
そんな中、三人の話題として出るのはやっぱり歌のこと。
咲ちゃんと梅ちゃんのお嬢様イメージに友梨ちゃんはきょとんとして、しばらくするとふふっと笑いだします。
「お嬢様、と言われる立場であることは確かですけれど……二人が仰られたほどではありませんわ」
「そうなんだ?」
「ええ。流行りの曲も、そうでない曲も。いずれも聞きますわ」
「じゃあじゃあ、ココア行進曲は?」
「いえ、それは存じ上げないのですけれど……」
ココアばかりな咲ちゃんはともかくとして、お嬢様な友梨ちゃんが意外にもきゃぴきゃぴした曲やクールな曲、激しい曲などなどをノリノリで歌っていたこと。
これは今この場、三人しか知らない秘密です。
梅ちゃんが演歌を少しだけ歌ったのも秘密なのです。
「……あ、ココアお代わりしてくるけど、二人はいい?」
「あんた本当ココア好きね……。あたしも行くわ、喉乾いてるし」
「あ、それではわたくしも……」
そして、仲の良い三人を見た店員さんが、彼女たちを三姉妹と勘違いしたということも、秘密なのです。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「…………喉が痛い」
「…………ココア美味しい」
そんなこんなで、渋めなあの曲や、悲しいあの曲なんかを歌ったりして満足した三人は、相談所へ帰ってきました。
保護者の梅ちゃんは喉元を抑え、咲ちゃんはいつも通りココアを飲んで。
「梅さん、大丈夫ですの?」
「大丈夫よ、ありがとう。今日はエンジンのかかりが遅かったのが原因ね……」
「そういえば最初の方はお腹から声が出ないって言ってたね」
変わった癖で喉を痛めてしまった梅ちゃんを二人が看病する姿は、普段からは想像のできないもの。
……看病といっても、咲ちゃんがココアを、友梨ちゃんがのど飴を渡したりするだけですが、ともあれ。
梅ちゃんが負傷していることを除けば、三人とも終始楽しいカラオケタイムになったので、
「楽しかったね、さくめちゃん、友梨ちゃん」
「同感ですわ。とても……ええ、良い時間でしたの。カラオケがあんなに楽しいところだったとは知りませんでしたわ」
「そうね。……今回ははりきりすぎた気がするけど」
顔を見合わせて、笑みをこぼしながら口々に感想を述べて行きます。梅ちゃんはのど飴をコロコロと口の中で転がしながら。
「さくめさんの演歌はまた聞きたいですわね」
「ほ、褒めても何も出ないわよ。しかも演歌って言っても二曲だけだし」
「コブシ……と言いましたか。それがとても効いていて、惚れ惚れしてしまいましたの。ねえ、咲さん?」
「うん、かっこよかったよ、さくめちゃん」
「——っ。あ、ありがとう……」
二人がかりの褒めづくしを受け、顔を真っ赤にした梅ちゃんは飴を飲み込みかけて——ギリギリ飲み込まず。
とはいえ二人も悪気がある褒め褒めではないので、梅ちゃんも文句は言えないのです。
そして、
「友梨ちゃんも初めてだったのにすごいよねぇ。可愛い声してたし」
今回のお客さんが藍澤友梨ちゃんであること。それを忘れてはいけません。
梅ちゃんへの褒め褒めはまた別の時へ持ち越しです。
「そ、そうでしょうか?」
「点数で判断するのはよくないけど……いきなり九十点は初めて見たわね。というかあたしもそう何回も取れないもの」
「でしたら……お二人のおかげかもしれませんわね」
「私たちの?」
咲ちゃんが小首を傾げ、これに対して友梨ちゃんが「ええ」と頷き、レモンティーを口に含むと、
「咲さんと梅さんの前では自然体でいられますし、何よりお二人に誘っていただかなければカラオケには行けませんでしたわ」
「友梨ちゃん……」
「ですから——ありがとうございますわ。咲さん、梅さん」
頰をピンクに染めて、微笑んで。
そんな幸せそうな友梨ちゃんに、二人の心が真っ直ぐ射抜かれました。
「またカラオケに行こうね、友梨ちゃん……!」
「……そうね。そんなに頻繁は無理だけど、また誘うわ」
「…………お二人とも、顔が怖いですわよ?」
咲ちゃんが友梨ちゃんの右手を、梅ちゃんが左手をぎゅっと握って。
怖いくらいにニコニコな二人に、友梨ちゃんがやや引いて。
ひとまず、みんなが一度お茶を飲んで落ち着くと、
「今度は響子さんと姫ちゃんも誘おっか」
「今日のように歌えるでしょうか?」
「大丈夫よ。……友梨ちゃんはもうあたし達の友達なんだから、あの二人も友達のようなものよ」
「あ、さくめちゃんがデレた」
「デレてないわよ!」
実は今日梅ちゃんがあまりツンツンしておらず、先ほどからデレデレなこと。
そんな梅ちゃんを見て、咲ちゃんと友梨ちゃんがハイタッチをしていること。
幸せな風景が交わって、溶けて。
お嬢様なんて関係のない当たり前の中で、三人は笑い合うのでした。




