3人目 『紗倉梅ちゃんにくらくら』
「何よこれっ! 不良品よ! この縄跳びが不良品なのよ!」
晴れ渡った空の下。
何だかぷりぷりと怒っている可愛らしい女の子がいました。
隣には咲ちゃんもいます。
二人は軽装で、縄跳び片手に公園へ来ていました。
「え、えーと、梅ちゃん。縄跳びは別に悪く……」
「梅はやめてって言ってるでしょ!! それに何よっ! あたしが悪いって言うの!?」
「ひぃ……っ!」
困り顔で落ち着かせようとする咲ちゃんですが、少女に鋭い剣幕で睨まれ、思わずしゃがみこみます。
さすがにそれには申し訳ないと思ったのでしょうか、
「あ…………えっと、ごめん」
梅ちゃんと呼ばれた女の子は頰をかいて謝ります。
涙目になっていた咲ちゃんはその様子に驚いたようで、きょとんと数秒彼女を見つめたかと思えば、
「え、えへへっ! 大丈夫だよ、梅ちゃん。一緒に頑張ろっ!」
笑顔になって再び立ち上がります。
「そ、そうね……って、梅はやめてって言ってるでしょ!」
「ひぃぃいいい!」
そして最後は、咲ちゃんの甲高い悲鳴が空高くに響き渡りました。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
遡ること数時間前。
「…………暇ですね、咲ちゃん」
「…………そうですね、響子さん」
「…………それじゃあ私客引きに行って来るけれど、咲ちゃんも来ますか?」
「…………お留守番してます」
お客さんが来ないのであまりにも暇だった二人。
グダグダとお昼を過ごしていたのですが、さすがにお客さんが来ないと商売になりませんから、時折こうやって客引きをしているのです。
そうしてやって来たのが、
「ちょっ! あんた何なのよ、離しなさいったら! って、でか!?」
本日のお客さん、紗倉梅ちゃんです。
白のレースワンピースから見える細い手足はまるでお人形さんのよう。
身長は咲ちゃんよりも少し小さいくらいでしょうか。
縄跳びを持ったまま響子さんに抱えられるその姿は、まるで親子のようです。
「もうっ! あ、そこのあんた!」
「ほぇっ」
おでこの見えるベージュ色の髪を四方八方に揺らしながら、梅ちゃんは咲ちゃんを指差し、言います。
「この人どうにかして! 抱えられて抜けら……ひゃあ、くすぐったいってば!」
どうやら脇を抑えられて抱っこされているため、梅ちゃんは出られないようで。
じたばたと暴れますが、そもそも地面に足がついていません。
そんな彼女を終始笑顔で抱えている響子さん。
一体彼女のどこにそんな力があると言うのでしょう。
「あ、あのぅ、響子さん?」
「どうしたの、咲ちゃん?」
「とりあえず……下ろさない?」
「人を荷物みたいに言うなーっ!」
何だか今日は、騒がしくなりそうです。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
暴れる梅ちゃんが引っ掻きそうになったり、ちょっとしたハプニングで梅ちゃんの頭突きが咲ちゃんのおでこにクリティカルヒットしたりと、色々なことがありましたが、ひとまず落ち着いた午後三時。
良い子のためにあるおやつの時間です。
「で? どうしてあたしが連れて来られたわけ?」
椅子に座ってふんぞりかえる梅ちゃんは響子さんに問いますが、響子さんからは笑顔しか返ってきません。
「ふふふ、じゃないわよ! あたしだって忙し————」
「あ、こちらミルクティーです」
「——わあ、わざわざありがとう。あたしミルクティー好きなのよね……ってそうじゃなくて!」
ミルクティーを置いた直後、耳元で騒がれどきんと跳ねる咲ちゃんの鼓動。
体も一緒に飛び跳ねて、あわあわと怯えます。
「ひえぇ……」
「あ、ごめんなさい。急に耳元で叫んだらびっくりするわよね……」
「あらあら……」
「いや、元はと言えばあんたのせいよっ!」
「ぷっ、くくく」
エネルギー全開の梅ちゃんに、怯えていた咲ちゃんが思わず笑いを零します。
その表情は本当に愛らしくて、悲しそうな表情よりもずっと彼女にはお似合いなので、
「————っ! もう、怒るに怒れないじゃない……」
思わず席を立って怒っていた梅ちゃんも、頰を染めてするすると着席します。
そんなこんなで、梅ちゃんは話し始めるのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ
「えーっと。お話をまとめると……」
ココアを飲み干した咲ちゃんは席を立ち、それぞれの顔を見て言いました。
「梅ちゃんが高校で長縄するからその特訓をしていて」
「梅ちゃん言うなっ!」
「ひっ! ……あ、えっと、それを見つけた響子さんが、困ってそうなので連れてきたと」
「べ、べべべ別に困ってなんかないわよ! 縄跳びくらい一人で出来るし!」
梅ちゃんは顔を真っ赤にして否定しますが、必死になりすぎて、
「ツンデレですね〜」
「デレてないわよっ!」
「あ、ツンは認めるんだっ」
二人にその心中を見透かされます。
「————っ。あんた達、私のこと笑いたいの? まあどうせ変でしょうね、高校一年生にもなって長縄が飛べないなんて」
だからでしょうか。
梅ちゃんは悲しそうな表情をして、顔をぷいっと逸らしてしまいます。
ですが、
「——全然おかしくないよっ!」
「え…………」
机を強く叩き、立ち上がった咲ちゃんが言います。
「私なんて体力はあるけど運動ヘンテコだし、泣き虫だし、スパゲティしか料理できないし……」
「いや、料理は覚えなさいよ」
「うっ。でもでも、私だって長縄出来ないよ。まだまだ半人前、ううん。半々人前の助手だもんっ!」
「————っ。あんた、元気なのか自信ないのかはっきりしなさいよ。……でも、ありがとう」
鋭い剣幕は何処へやら。
必死になって話す咲ちゃんを見て、梅ちゃんは口元を押さえつつ微笑んでいました。
そんな少女達のちょっとしたいい雰囲気に、場を見守っていた響子さんも、ニコニコとした笑顔を浮かべます。
「それじゃ咲ちゃん。梅ちゃん。外の公園で一緒に特訓してきたらどうかしら?」
「だから梅はやめてってば!」
さて、前は泣き出してしまった咲ちゃんですが、今度は上手くやれるのでしょうか。
心の距離が縮まった咲ちゃんと、お客さんの梅ちゃん。
片方が怒り、もう片方が悲鳴をあげるのはそれからほんの数十分後のことでした。
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