12人目 『由美さんは弓を引く』
「じゃあ作戦の説明をするわね」
「さくめちゃんノリノリだね」
「うるさいっ! で、えーと……そう、作戦の説明をするわ」
電柱の影に隠れつつ、二人はその先——響子さんと由美さんがいる公園に目を向けます。
「仕事帰りによく視線を感じるらしいんだけど、残念なことに今日は休日。だから由美さんとあの人には適当に街をぶらついてもらうわ」
「……さくめちゃんって中々響子さんの名前呼ばないよね」
「本能が警戒してるのよ」
「猫みたい」
「ふかーっ! ってそんなことやってる場合じゃ無いわよ。……もう」
全く緊張感のない咲ちゃんに、梅ちゃんはため息を漏らします。
それでも咲ちゃんがにこにことしているのは、梅ちゃんが怒りつつも温かみのあるやれやれをしているからなのでしょう。
「——で、続きよ。平日も休日も関係なく付きまとわれてるみたいだから、街でぶらついてればそのうち現れるはず。そこを狙って、あたし達が捕まえるの。分かった?」
「あ、響子さん達移動するみたいだよ」
「…………先が思いやられるわね」
咲ちゃんは本当に分かっているのかいないのか、苦労の偲ばれる梅ちゃんでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
公園をスタートに、響子さんと由美さんは様々な場所を巡りました。
ショッピングにクレープ、カラオケにボーリング、本屋や紅茶のお店などなど、遊びに遊び尽くして。
当然、二人を見張っていた咲ちゃん達もそれについて行く形になり、もう何のための依頼なんだか分からなくなった夕方です。
「……結局現れなかったね」
「そうね。ここまで来て気のせいだった、なんて結末だったらとんだ笑い種よ。全く」
二人は再び電柱まで戻って来ており、同じように公園にいる響子さん達を見張っていました。
「まあでも、こういう日も悪くないわね」
「そうだねっ! いちごココアクリーム&チョコココアスペシャルDXココアクレープ〜ココアを添えて〜も美味しかったし!」
「確かにとんでもない名前だったけど美味しかったわ。とんでもない名前だったけど」
二人は今日一日回った場所について楽しげに話し、笑顔になります。
何やらとんでもない名前が咲ちゃんの口から飛び出しましたが、それも良い思い出となったようです。
しかし、
「——待って、さっちゃん。あそこ見て」
「ほぇっ」
突然に梅ちゃんは小声になり、公園のトイレを指指します。
しかし咲ちゃんがほぇっとしているので、
「ほら、依頼よ依頼。ストーカー。多分あれよ」
梅ちゃんが指指す先、トイレの物陰には——、
「女の人?」
「みたいね。とんでもなく挙動不審だけど」
短髪の女性でした。
何やら由美さんを見つめつつ、一人でアワアワとしたり、はっとなって喜んだり。
どうやら、彼女が今回の犯人のようですが……、
「えっと、どうすればいいのかな?」
「そうね、なら別の入り口から近づいて捕まえましょう」
やけにノリノリな梅ちゃん。二人は気づかれないようこそりこそりと歩き、トイレを目指します。
側から見るとこの二人も中々不審で、響子さんもあらあらと見つめているのですが、それはさておき。
「…………近いね」
「……近いわね」
そんなこんなで公園の周りを半周ほど、通行人の不審な目を受けつつ二人はトイレの近くの茂みまで辿り着き、体を隠していました。
ターゲットである挙動不審さんは二人に気がついておらず、相変わらず挙動不審です。
「いい? せーの、で行くのよ。もし逃げても、あっちにはあの人達がいるから大丈夫」
「うん、分かった」
ここまで来るとさすがの咲ちゃんにも緊張が走っているようで、グッと覚悟を決めて頷きます。
そして、
「じゃあ行くわよ……せーのっ!」
二人は駆け出し、挙動不審さんに接触して————。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「——そうして、捕まえるに至ったというわけですね」
「うん、さくめちゃんすごく頼もしかったよ」
というわけで相談所へ戻って来ました。
店内にいるのは、ほくほくとした顔でココアを飲む咲ちゃんに、にこにことしている響子さん。
それから、
「……でもまさか、後輩だったなんて誰も思わないわよ」
「まあまあ。梅ちゃんのおかげでワタシの悩みは解決したんだから。お礼を言わせてもらうわ、ありがとう」
むすっとする梅ちゃんと、缶ビール片手に梅ちゃんの頭を撫でる由美さん。
そして最後に、
「あうぅぅ。すみませぬ、すみませぬ本当に……」
「どこの時代の人なのよ」
「あら、今を生きる若者ですよ。ふふっ」
今回咲ちゃん達に捕まった不審者さん改め、由美さんの後輩さんです。
「由美先輩に迷惑をかけてしまっていたようで、本当に申し訳ありませんでした。ああっ、わた、私は一体どうしたら……」
彼女は綺麗な顔をしていて、黒の短髪がよく似合っていました。
着ている暗い色のワンピースも遺憾無く彼女の魅力を引き出していて、どうしてこんな人がと咲ちゃんがつい漏らした程です。
「いいのよ、ワタシは気にしてないから。仲良くなりたくて声をかけようかと悩んでた、なんて可愛いもんだもの。ねえ、響?」
「そうですねえ。誰も怪我しないで済みましたし、ひとまずは一件落着ということにしておきましょうか」
「いや、もう終わってるわよ。これ以上何があるのよ」
「ココアを狙ってる組織?」
「もうそれはいいわよ」
まだ例の組織を覚えていた咲ちゃんに梅ちゃんのツッコミが刺さります。
それにあわあわしていた後輩さんも含め、みんなが吹き出して笑って。
そんなこんなで、
「それじゃ、一件落着ってことで。今回はありがとうね、響、咲ちゃん、梅ちゃん。ワタシこの子送って行くから。また別の日に来るわね」
由美さんは後輩さんと共に去って行くのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
明かりの切れかかった一本道で、由美さんは一人歩いていました。
後輩さんを無事に送り届け、自宅へ向かうそんな途中の出来事です。
「————いい加減出てきたら?」
由美さんは静寂の広がる道路にて、くるりと振り返って暗闇に向けて声を放ちます。
「——アネキ、いつから気づいてたんスか」
「さてね。あんたでしょ? ここしばらくアタシに付きまとってたのは」
そこから現れたのは金髪のヤンキーでした。セーラー服に身を包んではいますが、スカート丈も短く、口にはタバコ——と見せかけて飴玉をくわえて。
彼女が現れた途端、口調が急変した由美さんですが、一体どういうことなのでしょうか。
「アネキ、戻る気は無いんスか? 今はアネキが抜けたせいでみんな腑抜けて、あんなの自分見たくねーっスよ!」
「戻る気は無いっつってんでしょ? ほら、さっさと帰りな。じゃないと……」
ぎろりとヤンキーさんを睨む由美さん。それはまるで人殺しでもしているかの様に怖い目をしていて、ヤンキーさんは思わず怯んで、
「じ、自分は待ってるっスからね! それじゃ!」
そのまま帰って行きました。
それはもう、とんでもない速さで。
「…………ふん」
すっかり見えなくなったヤンキーさんから意識を離した由美さんは、鼻を鳴らしたかと思えば、
「……これにて一件落着、ね。ふふっ」
笑顔を浮かべて再び歩き始めるのでした。
やっぱり響は気がついてたわね、などと口にしながら。
その遥か後方で、たまたまこの光景を目撃していた人がいるとも知らずに。
「——え、ええぇぇ……?」
目撃していた人こと梅ちゃんは腰を抜かし、あわあわと震えるのでした。
6人目のお客さん
なまえ :真鍋 由美
ねんれい:24歳
たちば :社会人
しゅみ :喫茶店巡り、旅行
すき :お酒、後輩
きらい :ヤンキー
みため :美人でクールなお姉さん。こげ茶の長髪。
響子さんと同じくらいスタイルが素晴らしく、スーツが似合う。
酔っ払っていなければ。
ひとこと:ワタシは真鍋由美よ、よろ……ひっく。




