僕と少女とワンカップ大〇
「輝く日々を~抱きしめな~がら~」
人もまばらな駅の広場で自作の曲を歌う。握っているのは五年の付き合いになる中古のおんぼろギター。ここまで使い続けているのは特別愛着があったわけでもなく、ただ金が無かったからだ。
無駄な思考に頭を使いながら、腕ではギターを鳴らし口では歌を歌う。一向に歌は上手くならないのに、こういう事はできるようになっていく。全く、自分が嫌になってくる。
それから休憩を挟みながら一時間歌ったが、自作のCDを買ってくれた人は一人もいない。時々立ち止まったってくれる人はいつも少なからずいるのだが、CDを買ってくれる人なんて今まで数十人しかいない。その数十人にしたって、なんだかかわいそうだから、哀れだからという思いで買ってくれたようなもんだ。僕の歌が好きで買ってくれた人は一人もいない。そう一人も。この五年間でだ。
そろそろ潮時かも知れない。いや、ずっと前からわかっていたことだ。いくらなんでも五年もこんなことをしていれば自分に才能もセンスもないなんてことは理解できる。それでも諦めなかったらもしかしたら、と思いつつここまでやってきたが。もう、いいだろう。
「あの、お兄さん帰っちゃうんですか?」
そんな言葉が聞こえて、ふと前を見ると右手にスーパーの袋を下げた十五、六ほどの少女がこちらを見ていた。
「ああ、もう、今日で終わりにしようと思ったところでね」
「そう、ですか...... でもどうしてですか?」
少女は少し、悲しそうな顔をして俺に尋ねた。この少女は僕の歌を聞いてくれていたのだろうか、もしかして僕の歌を気に入ってくれたのだろうか、という思いが心の奥にほんの少しだけ浮かんできた。
「お兄さん、これでも何年かこうやってギター片手に歌を歌っててね。でもその間ずっといいことなんかなくてさ。そろそろ潮時かなって思ってたんだよ。で、今日たまたま、その、引退する日になったってだけ」
それを聞いて少女は少し考える素振りをして手持ちのスーパーの袋から何かを取り出した。
「だったら、このワンカップ大〇差し上げます!だから明日も来てください!」
それを見て僕は少し呆然としたあとプッと吹き出してしまった。こんなの卑怯だ。唐突にワンカップ大〇
「なんだよそれ。なんでワンカップ大〇、くくっ。いいよ!明日もこの時間に来るから君も聴きに来てくれるよね」
すると少女は元気よく「はいっ!」と返事を返すのであった。
それからしばらく少女から歌の料金がわりにワンカップ大〇を貰うようになった。なぜ少女がワンカップ大〇を買えるのか、なぜワンカップ大〇なのかそういう細かいとこまで僕は追求しなかった。少女のことを深く知りたいと思うこともあったが、僕はそれ以上に少女に嫌われることが怖かった。少女は僕の初めてのファンとも言える存在。この世でたった一人僕の歌を好きになってくれた人だ。その存在を失うことはほかの何よりも恐ろしく、そして怖かった。このままでいい。心底そう思った。
ある日彼女はぱたりと来なくなった。なんの前触れもなく、突然にだ。
僕は必死になって少女の情報を集めようとした。しかし名前も年齢も住んでいる場所さえ知らないのだ。きっと見つけることはかなり困難だろう。そう思った。
だが翌日僕はあっさりと少女の本名を知ることができた。新聞に少女の本名と写真が乗っていたのだ。殺害事件の被害者として......
少女の家は父子家庭だったらしく、父親はいつも酔っ払っており少女に虐待という名の暴力をふるっていたらしい。しかし父親は酔っ払っていてもある程度頭が回っていたのだろう。服を着ていればわからない場所だけを狙っていたようで虐待はこの事件が起きるまで判明していなかった。その程度のことを考える余地があったのにも関わらず、なぜこんなことになったのか。その答えはいつも僕がもらっていたワンカップ大〇にあった。
その父親は酒の中でも特にワンカップ大〇が好きだったようで、娘にスーパーで万引きさせていたらしい。ある日、いつもよりワンカップ大〇が少ないことに気付いた父親は激昂し、勢い余って少女を殺害。そして今回の事件発覚に至った。
僕が、僕が少女からワンカップ大〇を受け取らなければ...... 僕が少女を少しでも追求していればこんなことにはならなかったのに。僕はなんて......
その日から僕は、いつも少女に歌を聴かせていた場所で歌い続けた。けれど以前とは全く逆の、絶望や悲しみや後悔を歌にして歌った。その歌はまるで僕の中から無限に湧き上がるようだった。
そうして毎日歌い続けていると昔の売れなかった頃が嘘のようにどんどん僕の歌を聞いてくれる人が増えた。嬉しくなかった。
CDを出さないかと言われその人の流されるままCDを出したらミリオンセラーになった。嬉しくない。
やっぱり君に歌を聞いてもらっていたあの時間が一番幸せだったよ......






