函館郷土史〜変死事件名簿〜
明治28年
現在の住吉町に当たる場所。そこの大きな道路で、身元不明の遺体が転がっていた。遺体はほぼミイラ化しており、死因は不明。また、外傷も見当たらないため全く手掛かりが見つからなかった。事故なのか事件なのか、それすらも判別できなかった。
警察は完全にお手上げ状態で、早々に捜査を打ち切った。
明治42年
現在の松陰町に当たる場所。その一端の小さな住宅街の中のある家で、大量の変死体が発見された。全ての遺体は真新しい状態で発見され、それもまた外傷が見当たらなかった。司法解剖を行ったものの、内臓にも全く変化は見受けられなかった。
警察は20年ほど前の事件との共通点が幾つか見当たるため、この2つの事件を同一犯として事件扱いをした。
大正5年
現在の陣川町に当たる場所。その一部の森林で、山積みにされた大量の遺体が発見された。遺体は全て腐敗しており、ほど近い住宅街でも僅かにその臭いを確認できた。
近隣に住む人物はみな口々に「うっすらと臭っていたが、ほとんど気付かなかった」と話す。この発言を訝しんだ警察は、陣川町の住人を全てかき集め、皆の事件が起こった日の事情聴取を行おうとするも、遺体の腐敗が進みすぎて一体いつ事件が起こったのか全く分からなかったため、結局捜査は打ち切りとなった。
八坂と水上はこの3つの事件を取り上げ、すかさずそのページの写真を撮った。
「……不思議だわ」
水上がぽつりと呟いた。
「この本……、明治と大正の変死事件を取り上げた内容のものはあるのに、昭和と平成のものは無いのよ……」
まさか、と八坂が驚いた表情をする。
「誰かが借りてるんじゃないの?」
「禁帯出よ、この本」
「誰かが読んでいるとか、そういう事は──」
「無いわね」
水上がきっぱりと言ってのけた。
「これ、図書館の係員に言わないと出してもらえない本なのよ。一応、そういう本はないか聞いた時に、それなら我々の方で保管しておりますのでお貸ししましょうかって言われて……」
「いやだから、他の人が見てるとか」
「無いっつってんでしょ、しつこいわねぇ。それなら図書館の係員が言うでしょうが。私だって借りたかったけど借りれなかったのよ」
──うわやっぱすっげえ辛辣な物言いすんなこの人。
八坂は心の中でくわばらくわばらと唱え、取り直した。
「じゃあ、ここで確かめられるのはこれくらいかな……」
「ん、そうみたいね。あとはこの人の血族と話ができればいいんだけど……」
「腐敗、とか身元不明、とか書いてあるから無理なんじゃない?」
そう指摘すると、水上は顔を真っ赤にして怒った。
「わ、分かってるわよそんなの!分かってて言っただけよ!」
──何言ってんだこの人。
「と、とりあえず身元不明って記述されていない人の事なら何か分かるかもしれない。──俺の知り合いのところに行こうか」
「知り合いって……誰よ」
「市役所の人だよ。でも今日行っても会えるかどうか分からないから、ひとまず今日はやめよう」
「……そうね」
それから八坂が本を返却し、水上と別れた。
──つもりだった。
五稜郭の様子を覗こうと公園内に入ると、さっき急いで帰っていったはずの水上がベンチに座っていた。
「……何」
膨れたように水上が言った。
「いや、やっぱ気になってるんだなって……」
「……うん」
「……」
気まずい、とはほど遠い沈黙が続く。──何だろう、こういう静かさ。嫌いじゃない。
「……とりあえず、さ。俺はもう帰るから。……水上さんも早く帰りなよ」
そう声をかけると、水上は少し寂しそうに笑った。
「分かってるわよ……」
それが初めて見た、彼女の本当の笑顔だった。