トレンド入り
火曜日。自転車を漕いで学校に向かう。
体育館下のピロティで、朝練をしていたサッカー部を少し眺めながら玄関に入った。
スペースに余裕があまりない下駄箱から学校指定のシューズを取り、かかとを踏み付けて履いた。
二年生は二階の教室だ。情報科は体育館側。他クラスがボンボンボールをつく音が耳にうるさい時もある。
時刻は八時前。本来、この時間帯は八坂ともう一人、誰かがいるといった、完全過疎状態のはずである。それが今日──まるで八坂が遅いかのように、教室は何やら賑わっていた。
「おせえぞ八坂!今日のニュース見てないのか?」
クラスの広報担当的立場にある金谷が八坂に声を掛けた。
「に、ニュース……?」
普段、手元の機械とにらめっこをしている連中がニュースなどという単語を出すあたり、相当大きな事件でも起こったらしい。ただ、テレビを見る習慣が無い八坂にとって、言われてもピンと来ないところであった。
「なんだよ知らなかったのか。これ、見ろよ」
金谷はそう言って、ずいと八坂の目の前に新聞紙を突き出す。それは全国紙で、大見出しに見慣れた名前を見た。
「なになに……五稜郭の地にて、謎の女性失踪事件が勃発……?」
「どうも、痕跡も何も無いらしくてな。因みにその事件、先週のものらしいぞ」
「先週?何だってそんな短期間でこんな注目されるように……」
「俺が思うに、理由は二つある」
金谷が親指と人差し指を立てる。何様のつもりだ、こいつは。
「一つは、失踪した場所が五稜郭の桜が重なって咲いている場所だから。ある雑誌によると、神隠しもありえるって話らしい」
「んなバカバカしい話が……」
「そんで二つ目だ。この女性が失踪する直前に五稜郭を通りすがった人が見たんだってよ」
「何を」
「光の柱だとよ。空高くまで伸びていて、思わず魅入っちまったそうだ。それで気付いた時には、家の前にいたらしい」
「そんな阿呆らしい現象が……」
「あるんだよ、これが。この日この時間、同じように通りかかった人みんなが気付いた時には家の前にいたんだってよ」
「……」
「だから、各新聞社が大慌てで函館にコンタクトを取って、取材に来たらしい。これは事件事故だけじゃない、何か超怪異的な力が働いているってね」
「何言ってんだか……」
「いや、これは案外本当かもしれないんだ」
そう声を上げたのは、クラスで一、二を争う学力を持った大島だった。
「本来新聞社ってのは、そういう非科学的な事件ってまともに相手にしないし、そもそも起きることもないからね。それが今回これだけ大事になるってことは、何か裏があるとしか考えられないんだよ」
「でもな、大島。超怪異的な力って何なんだよ。その根本的な問題について何も手掛かりが無いんじゃあ、そんなふうに括れないじゃない」
「でも同時に、人的要因の事件としての手掛かりも無いんだよ。それに、新聞社もおいしい記事を書きたいわけだからね。そうなったら、普通に『女性失踪事件』ー、なんて書かずに『超怪異的な何かによるものか』って書いた方が注目も集めるだろ?」
「ま……まあ、そうだな」
などと話しているうちに、ショートホームルームの鐘が鳴る。しばらくして担任が来た。
「おーし、SHR始めっぞー」
しかしその興奮冷め止まず、暫くの間教室は俄にざわついた。担任が軽く嗜めて、ようやく静かになった。
──あれほど三次元に向かい合おうとしなかった連中が、これほどまでに熱中する事件とは──
八坂はこの教室内で"トレンド入り"した話題を、密かに調べようとしていた。