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7.行動パターンパッケージ

 ロボットに汎用性を持たせる為、また、開発者側の労力を減らす為、基本的な部分のみをプログラミングし、後は自由に行動を学習できるようにロボットは造られている。しかし、その場合、ユーザー側がいちいち必要な行動をロボットに教えなければいけない。その手間を減らす為に、ロボットの行動パターンがパッケージとして販売されている。

 例えば、掃除をさせたければその行動パターンのパッケージを買い、それをロボットにインストールすればロボットは掃除を行えるようになるのだ。ある程度の体型の違いは、大体はロボット側で自動的に補正してくれるから、問題にはならない。もちろん、限界はあるのだが。

 このパッケージ販売を商売にしている人もいて、当然、違法サイトで売買されていたり、無料で提供されていたりする例も少なくない。それは少なからず社会問題となっていて、違法サイトからダウンロードしたパッケージの所為でロボットが異常な行動を起こすといった事件も起こっている。

 村上アキが注目をしたのは、その違法販売されている行動パターンパッケージだった。長谷川沙世が体験した事件の幾つかは、もしかしたら、その所為でロボットが異常行動を執ったものかもしれない。彼はそう考えていたのである。

 それで半日ほど潰して、アキは違法販売サイトや無料提供サイトを探して、怪しそうな行動パターンを探ったのだった。そしてそれをまとめると、彼は意見を聞く為に、“市井の考者達”の実質的な創始者とも言える火田修平の許を訪ねた。

 ロボットの技師をやっている菊池は、ロボットの殺人未遂の可能性は低いと考えたらしいから彼女は避けたのだ。それに、仕事の邪魔をするのも悪い。その点、火田はWeb雑誌社を経営している為ネタを常に探していて、それも仕事の一環になるから気兼ねする必要がない。それに、広範囲に知見を持ってもいる。相談相手としては打って付けだった。

 火田の事務所は自宅も兼ねている。外観は普通の民家そのものだ。だから彼の許を訪ねる時は、いつも知り合いの家に遊びに入ったような奇妙な感覚を味わう。ただし、住居スペースと事務所は明確に分けられているから、事務所にまで入れば、生活臭のようなものは感じられないので、大体は気分が切り替わるのだが。先にメールで連絡を入れ、予め資料も添付しておいたので、村上アキはスムーズに火田に説明する事ができた。

 火田には村上アキを客扱いするつもりはないらしく、そのまま彼の仕事机でその話し合いは行われた。机の上にはノートパソコンが乗っていて、コーヒーが入ったカップが置いてあったが火田一人の分しかない。アキの分は用意されていなかった。もっとも、火田の性格上、悪気がない事は分かっているからアキは傷つかなかったのだが。彼も村上アキを分かっているからこそ、そんな態度で接しているのだろう。

 「なるほどね。つまり、“食い合わせ”みたいなもんか」

 アキが説明をし終えると、火田はそう言った。

 「それで、ロボット技師の菊池もその意識から漏れてしまったと、村上はそう考えたんだな」

 火田はやや凶悪そうな面相をしているし、話し方も多少は乱暴だ。その辺りは人畜無害そうに見える彼の同僚の佐野とは好対照だった。ただし、しばらく話せば気さくな接しやすい男だと直ぐに分かる。

 「ええ、その通りです。相性の悪いパッケージとパッケージをインストールした結果、ロボットが異常行動を執るって事なら普通に起きていますし。もっとも、大問題にまで発展したケースはあまり聞きませんが」

 そうアキが言い終えると、火田は「ふーん」と言って、頬杖をついた。

 「それで、お前はその考えに基づいて、怪しそうな行動パターンパッケージを探してみたと」

 それから彼は、アキが予めメールで送っていた資料のファイルを開いた。そこには行動パターンが一覧で表示されている。特に問題のありそうな行動パターンについては、マーキングがされてあった。

 「害虫、或いは害獣駆除の行動パターン。こんなものまで販売されているのか」

 マーキングされているそれを見ながら、火田はそう呟いた。自分が知らない間で、ロボットがゴキブリを潰していたら嫌だなと彼はそんな事を思ったのだ。

 「沙世ちゃんは“金魚の世話は嫌だ”なんて事を言った後に、ロボットが金魚を殺してしまった経験をしています。害虫駆除の行動パターンをインストールした上で、更に別の学習をさせればそんな行動を執らせる事も比較的容易に行えると思うのですよね」

 「まぁなぁ」

 火田は一応納得したような態度を見せはした。しかし彼は、それから少し考えると、こんな事を言った。

 「確かにそういうハプニングを、起こし易くはできるかもしれない。ただな、村上の言っている原理じゃ、殺人未遂は無理だろう? 人に危害を加えるのは、ロボットにとって完全な禁則事項だ。ロボットの基礎的な行動パターンに組み込ませてあるんだぞ」

 それにアキは頷く。

 「ええ、その点は僕も考えました。それでこんなものを見つけたんですよ」

 それから彼は、火田が開いていた一覧のうちの一つを示した。そこには“人の識別機能を麻痺させるウィルス”と書かれてあった。

 「正確には行動パターンではないですがね。どうも、そんなウィルスが混入したパッケージも無料提供されていたらしいのですよ。もっとも、少しのメンテナンスで直ぐに治ってしまうとの事ですが」

 それを聞くと火田は「ほぅ」とそう呟いた。

 「なるほど。害獣駆除の行動パターンをインストールした上で、人の識別機能が麻痺したら、ロボットは人を人とは認識できず、駆除しようとしてしまうかもしれないな。つまり殺人ロボットの出来上がりだ」

 それから頭を掻いた。

 「ただな、村上よ。それだと、何かしらログに残る可能性もあるのじゃないか? 確かに全ての行動がログに残る訳じゃないが、それでも確率的にいって一例くらいは見つかりそうだがな」

 「はい。それも考えてあります。ログはもしかしたら、ロボット自身が消去したのじゃありませんか?」

 「ロボット自身が消去した?」

 少し考えると火田は続けた。

 「ああ、ロボットを扱うのが不得手な人向けに、ロボット自身にメンテナンスさせる機能が備わっているのだったな。制限はあるが、設定をいじったりできるんだ。もし、ロボット自身にログを消す事が可能なら、ログが残っていない事にも納得ができる、か。誰かがそんな行動パターンを覚えさせたとすればだが」

 「はい。ただ、正直、専門外なので、本当にそんな事がロボットに可能なのか、いまいち自信がないのですがね。ネットで検索をかけても見つけられませんでしたし」

 それに火田は軽く頷く。

 「それは後で菊池にでも訊いてみるか」

 「まだ問題があります」

 「なんだ?」

 「ロボットに問題行動を学習させる事が可能だとして、誰にもその動機がなさそうだって事ですよ。手段はあっても、実行しようとする人がいなければ、どうにもならないでしょう?」

 それを聞くと火田は軽く笑った。「フン」と。

 「なんです?」

 不思議に思ってアキがそう尋ねると、火田はこう返した。

 「いや、佐野の取材が役に立つかもと思ったら面白くてな」

 「佐野さんは、どんな取材をしているんです? 沙世ちゃんの神経症を疑っている事までは、聞いていましたが」

 「今はお前の彼女が体験した事を、悪戯や嫌がらせの線で調査しているんだよ、あいつは。菊池の所から帰って来た時は、その意見をそのまま信じて神経症だと言い、鈴谷の所から帰って来たら、今度は悪戯の可能性もあると言い出しやがった。それぞれの意見に流されているんだな。付和雷同だと、俺は呆れていたんだが……

 まぁ、自分の意見がない方が、逆に公平に判断して記事を書けそうではあるが」

 その言葉は佐野に悪態をついているようでも、逆に親しみを込めて高く評価しているようにも聞こえた。アキは火田の佐野に対する認識がいまいちよく分かっていない。

 「とにかく、佐野さんの調査によっては、その動機を持っていそうな人達が分かるかもしれないってことですか?」

 それを聞くと、火田はコーヒーを一口飲んでからこう言った。コーヒーはもうとっくに冷めていそうだった。

 「まぁ、あいつの調査が上手くいけばって話だがな」

 「なるほど。だとすると、僕らがこれから調べるべきなのは、ロボットに自分のログ消去が可能かって事ですかね」

 「まぁ、そうだな。早速、菊池に電話で聞いてみるか?」

 「いいんですか?」

 「大丈夫だろう。どうせ、あいつは今日も自宅で作業しているだろうし」

 アキが言ったのは、彼女の作業を邪魔してしまわないかという事だったのだが、敢えて彼はその勘違いを指摘しなかった。火田が問題にすらしていないのなら、大丈夫なのかもしれない。それから火田は情報端末機で菊池に電話をかけた。

 「おお、菊池か。俺だよ。火田だ。なんか、村上がお前に質問したい事があるらしいんだが、今、話せるか?」

 どうも火田はアキに説明を任せるつもりでいるらしかった。心の準備をしていなかったアキは少しだけ焦った。

 「大丈夫らしいぞ」

 火田はそう言ってアキに端末機を手渡して来た。アキはそれを受け取ると、「ああ、どうも菊池さん」とそう言う。声が少しだけ裏返ってしまった。それから彼は事の経緯を説明し、ロボットが自らログを消去できるかと質問してみた。すると直ぐに菊池はその可能性を否定した。

 「いやいや、それは無理だよ、村上君。ロボットが自らの設定をいじれる範囲は非常に限られている。まぁ、セキュリティに関わる問題だから、当然だがね」

 それにアキは落胆する。

 「そうですか……」

 すると、その暗い雰囲気の声に同情をしたのか、菊池はこんな事を言うのだった。

 「しかし、まぁ、偶然、ログに残らなかった可能性はあるのじゃないか。一応、その大学サークルのロボットとやらを私が調べて、変な行動パターンのパッケージがインストールされた痕跡がないか調べてみようか?

 介護寺の方のロボットは、勝手に覗いたら怒られそうだが、大学のサークルなら君でも話が通せるだろう?」

 その提案にアキは驚く。

 「え? そんな事ができるんですか? 全面的にクリアされたはずだから、行動パターンは消去されていますよ? かなり前だから、インストールされたってログも残っていないでしょうし」

 「安心したまえ。そういう重要な情報は通常のログとは別に、他の場所に保管されているものなのだよ。機種によって微妙に違っているが、私なら簡単に見つけられる」

 その言葉にアキは喜んだ。

 「本当ですか? ありがとうございます! でも、なんかわざわざ悪いですね」

 「なに、気にしないでくれ。私だって偶には息抜きがしたいんだ。こう見えて、外を歩くのは好きな性質でね。皆、私を世捨て人のように思っているようだが、人に接することを苦にはしないのだよ」

 アキはそれを聞いて、再び礼を述べた。そうして、その次の日に、アキは菊池と共に大学を訪ねる事が決まったのだった。火田はそれを聞くと、「まぁ、良い報告を期待している」とそう言った。彼にはそれを手伝う気はないらしい。

 

 村上アキが通っていた大学にあるサークル“ロボットとの新たな生活の方法を考察する友の会”には、アキの知合いの後輩もいた為、簡単に話を通せた。菊池はサークル棟に入ると妙にはしゃぐ。彼女は大学時代にサークルには所属していなかったのでサークル棟に足を踏み入れた経験がほとんどなく、その独特の雰囲気が面白いらしい。

 「なんというか、学生の拙さとか過ちとか稚気とか夢とか変な欲望とかがカオスに渦巻いているようでいて、実に面白い」

 そんな事を言っている。

 やがて、“ロボットとの新たな生活の方法を考察する友の会”のサークル室に辿り着くと、彼女は驚きの声を上げた。

 「おお、なんとロボットが五体もいるじゃないか。しかも、新しいのから古いのまで。よく買い求める資金があったものだ」

 中には数人の生徒がいたのだが、そのうちの一人、アキが話を通した男生徒がそれにこう説明した。

 「歴代のサークル員達が、少しずつ資金を積み立ててましてね。それで、ある程度溜まったら買うってのを繰り返しているのですよ」

 それを聞くと菊池は「ふむ、つまり、ロボットの古さは、その資金が溜まる周期になっているという事か。それで各期間毎の最新型が揃っているのだな。物価変動分の誤差もあるだろうが」と楽しそうに言った。それからアキがその後輩に「今日はよろしく」とそう言うと、後輩は「いえ、僕らにとっても興味深い話ですから」とそう応えた。

 それから菊池はサークル室の隅にデスクトップのパソコンが置かれているのを見つけた。こう尋ねる。

 「一応、自分のノートを持ってきているのだが、あれを使った方が良いかな?」

 それに後輩はこう答えた。

 「はい。その方がロボットも慣れていると思いますので」

 それを聞くと、他のサークル員がパソコンの電源を入れた。パスワードを打ち込みログインすると前から退き、菊池に「どうぞ」とそう言う。菊池がその前に座ると、後輩がロボットのうちの一体にパソコンの近くに行くように命令した。

 菊池は寄って来たロボットにコードを接続する。そして、「へぇ、よく慣れているね」とそう言った。

 「はい。サークルの活動で、よくパソコンでロボットの中を覗いていますから」

 そう後輩は応える。

 パソコンを介して、ロボットの内部にアクセスししばらくすると、菊池はこんな事を彼に訊いた。

 「ふむ。このサークルでは、違法サイトから落とした行動パターンパッケージのインストールを認めているのかな?」

 それに後輩がこう答える。

 「いえ、認められていません」

 「なら、個人が作成したものは?」

 「基本的には駄目ですね。ただ、サークルで作成したものは別です。実験として、行われるケースもありますが…… それは、パソコン上に記録を残してあります」

 それを聞くと菊池はドキュメント・フォルダの中からその記録用のファイルを見つけ、それを参照し始めた。しばらく眺めると、彼女はこう言う。

 「おかしいな。記録に残っていない日付で、行動パターンがインストールされた痕跡がけっこうあるぞ。しかも正規のものじゃない。違法サイトか個人が作成した行動パターンだ」

 それに後輩は「本当ですか?」と、そう驚きの声を上げた。そして、まるで言い訳をするようにこんな事を言った。

 「まぁ、人数が多い場所にいるロボットですから、誰かが違反して勝手にインストールしていることもあるとは思いますが」

 「そうだね。無理もない話だ。しかし、これで悪戯や嫌がらせの可能性が本当に出て来てしまったな。何者かがインストールした行動パターンの所為で、ロボットはおかしな挙動を見せたのかもしれない」

 その様子を見ながら、不意にアキはある疑問を覚えた。それで口を開く。

 「あの、菊池さん。昨日、ロボットは勝手にログを消去できないと言っていましたが……」

 菊池は頷く。

 「ああ、そうだな。無理だよ」

 「それは、こんな風にパソコンを介した場合でも無理なのでしょうか?」

 それを聞くと、菊池は目を大きくした。

 「え? それは、恐らくは可能だが、しかし、そんな複雑な行動パターンは通常は……」

 そう言うと口元に手を当てて、「いや、ほぼ決まりきった動作だから、ロボットに教え込む事も可能だな」とそう続ける。

 それから真剣な表情になると、彼女は不正にインストールされたと思われる行動パターンの数とサイズを確認した。そしてそれが終わると、こう呟いたのだった。

 「これだけあれば、そんな行動パターンがあっても不思議じゃないな。これは、もしかしたら、本当に誰かがロボットに殺人を行わせる為の行動パターンをインストールしていたのかもしれないぞ」

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