魔女は毒の逝く先を観劇する。
久しぶりの投稿です。かなり、至らない所ばかりだと思いますがよろしくお願いします。
ヴィスカ王国の王都は春の都として名高い。それは、大陸でも指折りの長い平和と安寧を成就し続けている国柄を差してでは無く、本当に多種多様な花々が咲き乱れている美しい都だからである。
舗装された道に花壇が在るのは当たり前。アンティーク風の街灯に白い蕾が付いた蔦が巻き付いているのも、窓から溢れるような花が軒を連ねている。
まるで、草花が眠りの冬を知らないように、兎に角、年がら年中、花が咲き乱れている美しい場所なのだ。
そんな都では一つ、まことしやかに流れる噂があった。
何でも、本人が望むどんな毒でも用意出来る魔女が住み着いているという噂。
男か女か、若人か老人かすらも分からない、一種のお伽話や伝説に近い毒の魔女の噂は何年、何十年経っても忘れられる事が無い。何故なら、毎年必ず、魔法を使っても解明出来ない不審な死を遂げる者が数人はいたからだ。
毒の魔女が作った毒で死んだのだと誰もが思う。そうでなければ、王家の力を持ってすら特定出来ない死因を解明出来ようか。
「フフッ、今日もとっても良い出来だわ」
グツグツ、と煮えたぎる鍋の前で怪しく微笑みを浮かべる少女。その背後で先の曲がった尻尾を揺らし、少女と同じ紫の瞳を持つ黒猫が、「ニャーン」と鳴く。すると、呼応するかのように壁にかかった振り子時計が時刻を知らせる。
「あら、もうこんな時間なのね」
もう行かなければ。
手早く煮えたぎる半透明の液体を蒼い小瓶に詰めた少女は自分の足りない背を補っていた台を飛び降りて、近くのテーブルに準備しておいた花が溢れた花籠を手に取ってその中に小瓶を忍ばせた。
フレアの可愛い流行のスカートを翻し、足早に玄関に向かう。
そして、その途中、売れ残りの毒が無造作に積まれた棚に並ぶ白い糸束が目に入ったのでそれも花籠に入れた。
特に明確な意味がある訳じゃない。何となくあれば良いような気がしたからだ。
「行ってきます」
「ニャーン」
いってらっしゃいと黒猫は主である少女を見送る。
毒の魔女は存在する。けれど、簡単には会えない。いや、もしかしたら、一度や二度すれ違った事がある者も多いかもしれない。
誰も気付かないだけなのだ。
花籠を手に街を歩く、花売りの可憐な少女が噂の毒の魔女だなんて。
「そこの綺麗なお姉さん。綺麗なお花は如何でしょうか?」
よく晴れた今日は年に一度の花祭りの日。花売りにとって他国からも観光客が押し寄せるこの日は浮かれた街の人々とそれなりに身なりの良い観光客に売り続ければ一ヶ月分の収入を優に超す絶好の稼ぎ日和だ。けれど、今日の魔女の目的は稼ぐ事では無く、人探しだ。
そして、魔女は見つけた。
サラサラと流れる栗色の髪に差した桜の花に負けず、愛らしく笑顔を浮かべた魔女は不安気に辺りを見回す一人の女性に声をかけた。
見た目は十八歳ぐらいだろうか。
フワリと癖付いた金髪に、今は眉を寄せているが、澄んだ蒼い瞳が特徴的な綺麗な人だ。
「ごめんなさい。今は要らないわ」
「そうですか。残念です。お姉さんはもしかして、誰かとはぐれたの?」
女性は「えぇ、そうなの」と困った表情で頷いた。その間も、女性は落ち着きなく辺りを見回している。連れとはぐれてかなり時間が経っているのかもしれない。そこで、すかさず魔女ははぐれた人物の特徴を問う。
「じゃあ、お連れの人もきっとお姉さんの事を心配してるだろうね。私は暫く、ここに居たけど、一緒に来た人ってどんな人?」
「えっと……」
幼い容姿は人の口を簡単に割らせる事が出来て本当に便利だと何十年経っても容姿が成長しない魔女は思う。女性は特に不振に思う事無く、連れの特徴を話した。
背が高く、白いワイシャツに少しだけ紫が入った紺色のベストとズボン。琥珀色の瞳の男性だと。
魔女は考える素振りを見せた。
「うーん……仕事着みたいな恰好なんだね、その人は」
「そうなの。彼、仕事を抜けてそのまま来てくれたから。ほら、『レンゲ』って有名な被服のブランドを出してる大きな店があるでしょ? 彼、そこの職人なの。最近、流行の飾りを少な目に生地の光沢を生かしたドレスも花が開いたみたいに広がるスカートも全部、彼がデザインしたのよ。私が着てる今のだって」
女性はフレアスカートを抓んで見せた。まるで、「凄いでしょ」と誇らしげに、頬を染めて男性について語る。
「へーそうなんだ! 凄い人なんだね、そのお兄さん。でも、ごめんなさい。そのお姉さんの恋人さんは見てないや」
「こ、恋人……⁉」
「あれ、違うの? じゃあ、兄妹とか?」
目を見開いて驚く女性に魔女は首を傾げた。すると、女性は「違うわ」といやに強く否定する。
「彼は私の幼馴染よ」
そう言うと、女性は哀しげに、何かを耐えるように陰りを帯びた表所で俯いた。
何か特別な事情がありそうだ。
そんな様子に魔女は内心、やはり己の見立ては間違いなかったとほくそ笑んだ。
「そうなんだ。でも、これからその人と恋人になるかもよ。ほら、花祭りの日に結ばれた男女は春の女神の祝福を受けて幸せになれるって言うし、その人、花祭りの日で忙しいだろうに態々、お姉さんの為に仕事を抜けて来たんでしょ? 今日お姉さんにその人が告白するかもしれないね……まぁ、色々と無理な話だろうけど」
バッと女性が勢いよく顔を上げた。睨んでくる女性に魔女は無垢な笑顔を向ける。
これは魔女の悪い癖だ。
魔女は女性の事を最初から知っていた。耳が早い使い魔を持つ魔女のもとには様々な情報が聞こえてくるからだ。
市場の林檎の安売りから肉屋夫婦の喧嘩、子供同士の可愛い秘密から路地裏で生まれた子猫の事までも。兎に角、様々な情報が魔女のもとには届くのだ。その中には、魔女を探す目の前の女性の情報も勿論。
「もう直ぐね、この国の王太子殿下が結婚するんだって。とっても綺麗な令嬢で殿下の一目ぼれって有名なの。お姉さんも知ってるよね?」
「何故……」
女性は絞り出すような声で頷く。顔色は悪く、まるで信じられないものを見る目で魔女を見据える。
王太子の結婚は国を挙げての祝い事だ。けれど、まだ公式発表はされていない非公式の情報だった。
「きっと殿下は幸せ者なんだろうね。一目ぼれの人と結婚できて。でも、令嬢の気持ちはどうなんだろうね?」
魔女は女性の袖を引っ張った。不意を突かれた女性は難なく魔女の背丈まで落とせた。近くなった耳元に手を添えて魔女は囁く。
「貴方、ずっと私を探してたでしょ? そんなに毒が欲しいと願うなら叶えてあげる。とびっきり貴方好みの上等なヤツをね」
この瞬間、魔女は愛らしい花売りを止めて、毒の魔女として言った。
驚愕で、目を見開く女性の耳元から顔を離した魔女は花籠の中に手を突っ込んで小さな蒼い小瓶を取り出すと、女性に渡す。
「それを飲めばきっかり一時間後に血を吐いて死ぬわ。どう使うかは貴方次第」
遅効性の毒。それが女性が欲した毒だ。誰かの毒殺、己の自殺に使うかは女性次第。
そう言い残して、魔女は固まって動かない女性を置いてその場を後にした。
なかなか良い反応だった。
鼻歌交じりに街を歩いていると、込み合う前の方からぶつかる衝撃を受けた。
急いでいたのだろう。思いのほか強かった衝撃は魔女に尻餅をつかせ、左に提げていた花籠から数本の花束を零れ落とした。
誰だ。痛いじゃないか。
「うぅ……」と呻く魔女に「すまない。大丈夫かい?」とぶつかって来た男性に声をかけられた。
魔女は睨むようにして男を見据える。そして、軽く目を見開く。
目の前で申し訳なさそうな表情で立つ男性はあの女性が言っていた幼馴染の男性の特徴に見事に一致していたからだ。
これは偶然か。いや、違うだろう。
「立てる?」
「はい」
魔女は差し伸べられた手を素直に取って立ち上がった。
「すまない。人を探していて急いでいたんだ。すりむいたりはしてないかい?」
髪が若干乱れている。あの女性の為に急いでいる筈なのに態々、目線を魔女の高さに合わせた男性が問う。
「大丈夫です。私もよく前を見てませんでしたから。それよりも……」
チラリと魔女が視線を向けるのは地面に散らばって、踏まれ潰れた花束の残骸。男性も気付いたらしく、申し訳なさ気に「あー」と呟いた。
「花を駄目にしてしまったね。これは僕が買い取ろう」
「いえ、いいです。さっきも言いましたけど、私が前をよく見てなかったのも原因ですから」
そうは言ってもなかなか男性は引いてくれない。結局、通常の八割の値段を貰う事で話がついた。
「ありがとうございます」
「いや、お礼を言われる事はしてないよ。本当にすまなかったね。じゃあ、僕はこれで」
「待って下さい」
去ろうとした男性を呼び止める。振り向いた男性に魔女は持ってきていた糸束を差し出した。
「これ、あげます。私手作りの願掛け用の糸束なんですけど、強く願えば絶対にその願いを叶えてくれます。富も名声も勿論、死でも」
「……恐い事を言うね」
「冗談ですよ。そんな困った顔をしないで受け取って下さい。お兄さんの大切な探し人にも渡せない花束を買い取ってくれたお礼ですから。さぁ、どうぞ」
もう一度、糸束を差し出す。すると、眉を寄せていた男性は受け取ってくれた。
魔女はニッコリと笑う。「ありがとう」と糸束をズボンのポケットに仕舞いながら足早に遠くなっていく男性の背を見送る。
「……さてさて今回はどうなるのかしらね?」
呟く魔女の言葉は祭りの喧騒に消える。やがて男性に背を向けた魔女は軽くなった花籠を手に人混みに紛れて行った。
それから数週間後。歴史に残る大事件が起こった。
王太子妃となる令嬢の突然死。
王太子と伯爵家令嬢の結婚式当日に花嫁である令嬢が国民へのお披露目の場所であるバルコニーに立つ直前に血を吐いて死んだというこの事件は毒殺と騒がれた。
しかし、バルコニーに立つ前に令嬢が口にした物も令嬢に危害を加えた輩は特に無く、またそれ以前に何かを口にしたなど王家が総力を挙げて捜査をしても物的証拠も呪詛に通じる魔法の痕跡すらも無かった事から令嬢の急病死による悲劇とされ、暫くの間、この話を題材にした歌劇が多くの国民を涙させた。
そして、この大事件に紛れてしまった不可解な事件が一つ。
有名ブランドを手掛けていたデザイナーの突然の悲報だ。彼のブランドを愛用していた多くの女性から悲しまれた彼は作業台に寄り掛かり、腕に頭を傾けた形で発見され、当時、もともと忙しかった仕事に加え、王家に嫁ぐ令嬢の花嫁衣裳製作が追加された為に連日続いた不眠不休の仕事内容からの過労死であろうと結論が出された。
ただ、その発見時の服装が彼が何時も着ていた作業服ではなく、まるで花婿が着るような純白の服装だった事だけが結婚予定も無い筈の彼の死因捜査を担当した兵士の首を傾げさせたのだった。
誤字脱字あったらごめんなさい。