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魔王の園にて、壊れ始める勇者

空は一面の青空、地は一面の草原と木立。

その木の一つに、私は背を預けて寄りかかっていた。

肌に照り落ちてくる木漏れ日が温かく、心地よい。

時折、緑の草原に少しばかりの風が走る。

木々の葉は風に身をゆだね、小さな草はサワサワとざわめいていく。

そこかしこに花は咲き散り、名も知らぬ小鳥たちが舞い歌っていた。


天国、なのだろうか。


私は、魔王との戦いに敗れ……

そして……

どうなったの、だろうか……?



衣擦れの音がわずかに聞こえてくる。

振り向くと、こちらに近づいてくる人影が見えた。


燃えるような赤い双眸がこちらを見据えていた。

黒と白が混じり合った紋様が全体にあしらわれた古風なドレスを身にまとっている、

歩くにつれて、紋様はわずかに動き、音を立てている。

気品と優雅さ――

そして荘厳と恐怖とが、一人の女性に同居し、見事に調和していた。


亜麻色の豊かな髪が風になびいていた。

この光景を見れば誰もが、美の化身もかくや、と思うだろう。

しかして――

魔王。


脳裏へよみがえる死闘の記憶。

これは現実だと、即座に身構えた身体の反応が雄弁に物語っていた。


歩み寄る魔王の視線に応え、立ち上がる。

草原に落ちる二つの影が、峻厳さを纏いながらゆるやかに近づいていく。


鳴り響く小鳥たちのさえずりはおろか、

木々のざわめきさえも、止まったかのように感じた。


魔王。

この世を統べる、唯一無二の存在。

神々を制し、人類と亜人とこの世の理の上にただ一人、君臨する存在。


人は――それに抗おうとした。

理を正すため、世の束縛を外れた者、――勇者。

つまり、私を以て――抗おうとした。


魔王はしずしずと進んでくる。


私が勇者としてこの世界と人類全ての命運を背負い、戦った相手。

そして勇者である私を、易々と打ち倒した相手。

絶命寸前の私に、言い残すことはあるかと、問うた相手。

そしておそらく……私を救った相手。


「……問う。なぜ、私を助けた」


魔王の足が止まった。

一瞬、間を置いて、魔王はいたずら好きな子猫のように目を細める。

「……覚えておらぬのか? 自らが命と引き替えに発した、乾坤一擲の叫びを」

愉快そうに口元をほころばす。

「余もまさか、あの場面であのような事を申し込まれるとはな。よもや思わなんだぞ」


叫び……?

魔王が見せた人間の少女のような表情にたじろぎつつも、頭を巡らす。

申し……込んだ?

――はて。

私はなにかを口走ったのだろうか。

人類の安寧を頼んだ――が、どうもそのことではない様子。

記憶をたどり思い出そうと試みる。


確かに何か言ったような……

これが最期だと思い、言った……



自分がなにを口走ったか思い出して――思い出し――思い――……


たしか――けっこ……

けっこん

とか――言っ――


思いだし、てしまったァ――


「……うああーーーーっ!!!」

とっさに草原にダイブする私。

「わーーーー!!!! あっつあーーーーーー!!!!」

あまりの恥ずかしさに意味不明な叫び声を上げながら頭を抱え草原をゴロンゴロンと転げ回る。


「おおっ、転がりおった」

魔王の無邪気な声が私を追い詰める。


私にも勇者としてのプライドがあるっ

今だけはっ、そっと――そっとしておいてほしいっ


そう心の中で念じつつ、ゴロンゴロンと更に荒ぶり転がり続ける私に、魔王はそっと手を添え、私の飽くことなき円運動をピタリと無慈悲に止めた。


「壊れずともよいぞ、勇者よ」

慈愛に満ちた声が聞こえた。


顔から火が出るとはこのことかっ!!

魔王の表情を見るのをためらう。

たしかに、私は言ったのだ。

最期の命の炎を燃やし尽くし、言ってしまったのだ。

目の前の女性――魔王に向かって、

『結婚してくれ』と。



「自分が何を言ったか、思い出したようだな」


チラリと横目で魔王を窺う。

刹那、魔王の整った顔が、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた、ように見えた。

すぐさま視線をはずす。

いや、気のせいだ。そうに違いない、そうであってくれ。


――子供の頃、通っていた王都の剣術学校で私を虐めていた女子の眼差しをなぜか思い出し、私は心の中で打ち震えていた。


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