淡雪に咲く
澄みきった青天
切り裂くような寒さ
降り積もる淡雪
雪降る中で一人の少女が朱色を纏い舞っていた。
それは血に濡れた美しくも恐ろしい赤い演舞。
左手には扇を持ち
右手に真白い刀を持って。
純白の髪は抜身の刃のように美しく煌めき、深紅の瞳が炎のように揺らめく。
完成された美しさを持ちながらも、その表情は冷たく凍り付いたまま。
怒りも憎しみも悲しみでさえも浮かばないその表情は人形のよう。
彼女は感じない、何も。
感じなくなってしまった。
あまりにも長く孤独を生きすぎた。
孤独で孤高。
何者も寄り添うことが出来ないモノになってしまった。
彼女は【魔を穿つモノ】
唯一無二、自らと等しき存在を狩るために生きているモノ。
僕のお世話になっている村の近くには鬼が住まう山がある。
そう最初に教えられた。
「あんたも使えないと山の鬼に喰わせるからね」
そう村の人たちは僕に言っていた。
僕は、いつもと同じように麓の町に出稼ぎに行っていた。
いつもと同じように月の初めに出かけて、
いつもと同じように月の終わりに帰ってくる。
いつもと同じ日常が
帰ってきたあの日だけ朱色に彩られていた。
彼女は感情のこもっていない空虚な瞳で赤に濡れて僕に言った。
「お前も私に仇なす者か?」
空っぽの声で尋ねてきた彼女が酷く、哀れに見えた。
「僕は違うよ。君に仇なしたりしない。」
「………そうか。」
会話はそれで終わり。
彼女は振り返ることもせず、去っていった。
村の人たちは彼女を鬼だと言っていた。
けれど違う。
彼女はずっとあの村を守っていた。
迫りくる魔に連なるモノから。
村の人たちは知らない。
村の外にナニがいるのか。
村の人たちは外に出ないから。
だから気づかない。
村の外にいる魔に連なるモノたちの存在に。
村の麓の町
僕はそこにいつもと同じように魔を屠りながら向かっていた。
「おう朱架!いつもの出稼ぎか?」
もう顔なじみとなっている宿屋のおじさんに声を掛けられた。
「うーん。僕の住んでた村ってば、皆殺しにされちゃってさぁ。」
どうしたものかなぁ?と呟けばおじさんが固まった。
「お、おい朱架!それってやばいんじゃないか?」
そうなのかな?でも大人たちの自業自得だし。
そこまで驚いたりすることじゃないと思うんだけど。
「そうなのかなぁ?」
誰かに言ったほうがよかったのかな?
でも、あの村はもう駄目だと思うんだけどなぁ。
「と、とりあえず町に駐在している騎士様に報告しとけ、な?」
うーん。まぁ、おじさんが言うんだからしょうがないよね?
分かったよ、と言って騎士さんのいる駐在所に向かった。
「すいませーん!僕の住んでた村の人達が皆殺しにされたんですけどー!」
大きな声で中にいる騎士さん達に聞こえるように言った。
言ったというか叫んだ?
「な、ななな、なんだと!ど、どういうことだ!?」
どういうことだ、って言われてもねぇ?
村の人達が、彼女に仇なしたんだから仕方ないよ?
説明しても無駄だと思うんだけどなぁ。
「だからね?村の人たちが村を守護してくれていた人に弓引いちゃったんだよ。
だから、皆殺しにされちゃったの。」
彼女はいつも守ってくれていたのに、村の人たちが彼女を討伐しようとしたんだ。
「それで、その村の様子はどのような感じだ?」
どんなって言われてもねぇ?
「とりあえず、見てもらったほうが早いと思うから一緒に来ます?」
僕の言葉に動揺がはしった。
?????何だろう?
「村はそのままの状態なのか?」
「?そうだよ?だって僕の家族とかじゃないし。」
きょとん、と当たり前のことを言ったつもりだったけれど、変だったかな?
いやしかし、だからと言って、とか騎士さんはブツブツ言ってるけど知らないし。
「とりあえず、君の住んでいた村に案内してくれるか?」
「はーい。じゃあ一緒に来てくださいねー。」
騎士さんたちの人数は10人くらいかな?
まあまあな人数がいるね。
「途中いろいろと危険なものがあるんで気を付けて下さいね。」
今回はすごく早く帰ることになっちゃったなぁ。
あ、でも、もしかしたら彼女にまた会えるかもしれない。
でも、急にたくさんの知らない人を連れて行ったらびっくりしちゃうかな?
式でも飛ばしたほうがいいのかな?どうなんだろう?
「まあ、いっか。あ、すいません。ちょっと待っていてもらえます?」
騎士さんたちに声を掛けたから、式を飛ばすことにした。
『闇に仕えし漆黒の鴉。我が声を彼の者へと送り届けよ。』
僕の特にお気に入りの式を飛ばしたけど彼女も喜んでくれるかな?
ふふ、楽しみだな。
「お待たせしてすいません。行きましょっか。」
僕は騎士さん達を連れてあの村へと足を進めた。
あの悲劇のような場所へ。
あの地獄のような場所へ。
僕たちが着いた時には、村は酷い有様だった。
村人たちの体から腐臭がしてるし、蛆とか湧いちゃってるし。
まじグロテスクだった。
騎士さん達の中には顔を真っ青にしてる人とか、胃の中のものをリバースしちゃってる人、あと気絶しちゃった人もいたっけ?
うん、まあ、とりあえず酷いね。ってか、グロイ。
「ここが君の住んでいた村で間違いないのだな?」
「うん、そうだよ。ちょっと気持ち悪いけど確かにここが僕の住んでた村だよ。」
この村はもう駄目だね。
死んじゃってる。
次の住処はどこにしよっかな?
とりあえず麓の町でいいか。
「じゃあ、僕はこれでもういいよね?」
こんな気持ち悪いところには居たくないんだけど。
彼女に会いに行ってから麓の町まで帰ろっと。
「ちょ、ちょっと待て。君はこの村をこのままにして帰るのか?」
???なに言ってんの?この人。
当たり前じゃん。
「僕には関係ないし。帰るに決まってるでしょ?」
気持ち悪いし、腐ってるし、蛆湧いてるし。
不潔じゃん、こんなとこ。
一刻も早く立ち去りたい。
「君は狂ってる。異常だ。」
騎士さんは恐ろしいものを見たかのように恐怖に染まった顔をして僕に言った。
恐ろしいだろうね。自分の知らないモノをみて怖くなったんだろ?
狂ってる?異常?
「あはっ。知ってるよぉ。」
なんか面倒くさくなっちゃった。
こんな騎士さん達はいらない。
これから僕は彼女との逢瀬を楽しむんだから。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじゃえ。」
要らないから殺そう。
気に入らないから屠ろう。
楽しくないから刻もう。
どこまでも自分勝手で自己中心的で我儘で身勝手な僕という存在。
騎士さん達はきっと必要だけど殺そう。
騎士さん達は気に入っていたけど屠ろう。
騎士さん達は愉快だったけど刻もう。
彼女のほうが何倍の、何千倍の必要でお気に入りで楽しいから。
だから要らない。
彼女との逢瀬に水を差した。
気に入らない。
気にくわない。
だから、さようなら。
「馬に蹴られて死んでね。」
騎士さんたちは皆死んだ。
彼らが乗っていた馬に蹴られて死んだ。
憐れだった。愉快だった。最高の演出だった。
僕の命令は絶対。
僕は【禍つモノ】。
彼女に、【魔を穿つモノ】に穿たれるモノ。
彼女の穿つべき「魔」そのものなんだから。
はやく来て。
僕を穿ちに来て。
僕に会いに来て。
会いたい
逢いたい
合いたい
愛したい
僕は彼女に出会うために生まれたんだ。
彼女に殺されるために生きてきたんだ。
はやく
はやくはやく
はやく
はやく
来た
「お前だったのか。」
空っぽな声と空虚な瞳を持つ彼女。
真っ赤な服を翻してやってきてくれた。
「そう、僕だよ?君が穿たないといけない【禍つモノ】は僕。」
「そうなのか。」
「はじめまして、僕と唯一無二の等しき存在。」
「初めまして。唯一無二。」
お互い笑顔だった。
そして
お互い涙を流していた。
狂喜と狂気が混じり合い溶け合った。
彼女の純白の髪が血に染まり
僕の漆黒の髪も赤く濡れた。
僕らは愛し合った。
僕らは求め合った。
僕らは殺しあった。
ただそれだけ。
狂おしいほどの愛憎に苛まれていたんだ。
愛が滲み出して、僕らを狂喜と狂気で満たした。
憎しみが溶け出して、僕らを血で赤く染め上げた。
互いが互いを傷つけあった。
僕らはそうなる運命だったから。
僕らは二人、出会う運命だった。
決して幸せな終わりじゃないけれど、僕らの唯一の幸せ。
「これで終わりだよ、【禍つモノ】」
涙に濡れた顔で彼女は満面の笑顔を浮かてくれた。
「あ……い…し…てる、よ」
君のことが何よりも大切で愛おしい。
僕の唯一無二の等しき存在。
「ず……と……いっ…しょ……だ……から」
君を独りになんてしない。
永遠の孤独は辛く悲しく寂しい。
君を永遠に愛すると誓うよ。
言葉に紡げないけど誓うから。
「な…か……ない…で」
笑って。
君が大好きだよ。
君を愛してる。
殺す君と殺される僕。
僕らに科せられたのは殺しあう運命だった。
さよなら、愛しき人。
澄みきった青天
切り裂くような寒さ
降り積もる淡雪
淡雪を染める赤い色
雪降る中で一人の少女が朱色を纏い泣いていた。
地に伏した朱色に染まった黒きモノに縋り泣いていた。
穿つモノと穿たれるモノ
【魔穿つモノ】と【禍つモノ】
淡雪に隠された二人の行方は誰も知らない。
ただ、二人の血が染めた淡雪の地は深紅の花が咲くという。