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樹治名将言行録 ~鐘山環伝~  作者: 瀬戸内弁慶
第二章:鬼謀 ~順門府よりの亡命~
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第二話:霊にて脅す(1)

「さぁ! 今まで我慢させて悪かった! 肉も魚も、好きなだけ獲って好きなだけ焼け!」


 もうもうと煙はあがり、ごうごうと人の声が華やぐ。

 その饗宴の中で、環は自らも猪肉にかぶりつき、上下隔てなく接しながら歩き回る。

 そして、人知れず盛りの場を抜け、切り株に腰掛けた。


「よう大将、あんたもこういう場は苦手な口か」


 しかしその場には、亥改大州がすでにいて、握り飯を頬張っていた。


「別にそういうわけじゃないけどな」

 今は素直に楽しむことができない。


「だけどよ、最後の最後まで揉めたな」

 呟くような大州の言葉に、態度にも言葉にも出さないで同意する。


「特に、あれ」


 遠巻きに衆を見据える彼らには、仏頂面の巫女が見える。

 剣呑な気配は他者が近寄りがたい空気を作り、彼女に接近しているのは、機嫌を直してもらおうと悪戦苦闘する流天組ぐらいなものだ。


 今回の作戦を舞鶴の口から明らかにされた後、最後までそれに抵抗したのは、あの幡豆由基だった。

 人道にもとる、と。

 死者の御霊を冒涜する行為だと非難し、黒衣の女の策謀に同調しようとする連中を、環含めて片っ端から罵っていった。

 それを宥めたのは最終的には環自身で、


「舞鶴の策はこの場にいる全員を無事渡航させることのできるこの場で唯一の方法だ。それを否定する以上は、上回る対案は持っているんだろうな? 誰かの生命と、己の矜持、それを天秤にかけてみたか?」


 という問いかけの後、由基は無言で引き下がった。


「意外だったな。ヤッコさん、冷めた人間だと思ってたぜ」

「あぁ見えて神官の子だからな。本人が口でどう言おうと、根っこにある信心ってやつが納得してくれないんだろう」


 それで、と。

 握り飯を食い終えた悪相の青年に、少年君主は改めて問うた。


「少女の信仰心を踏みにじったこの策は、お前から見て成功すると思うか? 大州」


 環は自らの口から発せられたその言葉の端々から、トゲのようなものを感じ、自分でもその策が人の道ならざる手だと憤っていることを知った。

 だが彼はあの直情の少女とは違い、そうした自分の感情を受け流すことができた。


「するさ」

 ためらいもなく、浮ついた様子もなく、取って投げるような軽さで、

「何しろあんた、運も度量も知恵もある。だからこんなとこで死なねぇって」

 大州は、言い切った。


「運と度量と頭って、今までの俺のどこにそんなものを見出したんだ」

「俺を見出せた幸運。俺を起用した頭。俺の才能を活かせる度量」

 恥ずかしげもなく答えた大州に、彼の新たな主は閉口して無言だった。


 と、そこに一人、由基の近くには侍っていなかった良吉が、足早に駆けてきた。

 無口な彼が説得に向かないというのもあるが、魁組と周囲の警戒を行っていたからだ。


 そして環と大州が

「来たか」

 と腰を上げ、良吉は強く頷いた。

「気は乗らないが、始めるぞ」

「おう。宴は終わりだが、芝居が始まる」


~~~


「笹ヶ岳に煙が上がっている」


 という報を受けた巡回中の代官の御手洗は、確かに己の目でそれを見た。


 ――もしや現在逃亡中の環一党と関わりがあるのか?


 という彼の疑念は、果たして現実のものとなった。

 ……ただし、手勢をまとめて丘に向かった代官が見たのは、予想だにしなかった光景。


「…………」


 環らが縄で繋がれた姿であった。


 その縄の尾を手ずから持っているのは、その武士集団の頭領と思しき、悪相の青年である。


「失礼、代官の御手洗様とお見受けしました」

「ウム。いかにもその御手洗であるが、して、そこもとらは?」

「我らは地元の土豪、小林家の手の者です」

 人相と若さに見合わぬ丁寧な口調で、男は名乗り、事情を説明した。


 曰く、鐘山本家が逆賊、環の行方を追っているとのことで、自分たちも協力しようと独自に探索していたとのこと。


 すると、丘に不審な煙が立っているのを発見し、登ってみたところ、飢えに耐えかねたのか民が飯を炊いて食べていた。


 そしてその中心には同じく飯を貪る環がいて、彼らを取り巻くと、あっさりお縄についたという。


 その顛末を聞いた御手洗代官は、あまりの呆気なさに、しばし唖然とした。


「ご理解いただけたか」

「だ、だがにわかには信じられぬ。第一、何故その者は抵抗せぬのだ?」

「信じる信じぬは勝手だが『素性怪しき者は男女問わず召し捕るように』との仰せに従ったまで。それに無抵抗と言われたが」


 ダム! と。

 男は、ためらいなくその青年の爪先を踏みつけた。


「だぁっ!?」

 奇妙な悲鳴をあげて仰け反る環は、恨みのこもった目つきで、男を睨んでいた。


 その様子に満足したように軽く首を上下させた男が、

「とまぁこのような具合にまだ反抗する気に満ちており、我々としても手を焼いておる次第」

「そ、そうか……」

「この者が本物かどうかの裁定は銀夜様に委ねれば良いでしょう。お疑いならば御槍城までご同道いただけるとありがたい」

「っ、承知した。だが」

 事が事ゆえに疑り深くなっている御手洗は、環から視線を外し、捕縛されている集団の中でも一際目を惹く黒衣の女へ向けられた。


「して、その尼僧は一体?」

 対する小林の者は、繋がれてなお、にこやかに笑んでいる女に、丸くした目を向けた。


「ご存知ないのか」

「知らぬ! 我らは逆賊鐘山環の捕縛せよとのみ受けておる!」

「なるほど」

 悪相の青年は、不敵に笑う。

 その笑みに本能的に嫌悪感を覚えた御手洗は、「何か?」と低い声で聞き返した。


「いや、別に。こちらも正体が知れぬのでお尋ねしたまで。さて、行きましょう」


 頷く彼が、黒衣の美女の正体、その名を聞いていたのならば、今の倍、その罠を警戒していただろう。

 あるいは、銀夜本人にひそかに繋ぎをつけて判断を仰いだだろう。


 だが、

 ――いくらこの男が環の家臣だとしても、主君の足を踏むことはないだろう。

 ――脱出を図るならまだしも、自ら望んで虎口に踏み入る理由はないだろう。


 という二点の要素が、彼を凡手に踏み切らせた。


 その判断が、御槍城下、ひいては順門府全土を巻き込む事件の鍵となるとは、役人は考えていなかった。


~~~


 鐘山銀夜の石高は、推定五千石とされている。

 その中心にある御槍は元々彼女にあてがわれた土地だが、その後中小規模の戦闘で武勲を重ね、地道に加増されつつあった。

 とりわけ今回の『義戦』に対する彼女の働きは内外ともに目を瞠るものであるものとして、その領地はさらに増えるものと目されていた。


「山手代官、御手洗。および小林家臣の……」

「亥改大州」

「……そう、亥改大州。彼と共に叛徒の頭目を連行して参った。銀夜殿にお目通り願いたい」

「……! うむ! 通れ!」


 難なく関所を抜けた環は、腹の前で手を結ばれたまま、肩をすくめた。

 彼の前を、覚王にまたがった亥改大州が行く。


「本名を堂々と名乗るとはな」

 別に繋いでいる本人に言ったつもりはなかったのだが、かすれたその囁きに、目もくれずに悪相の男は答えた。


「別段困ることにもならねぇよ。顔を見た奴らはとうに逃げおおせたし、黒いのの例もさっき見ただろう。奴らにとっちゃ、環に連なる者は、すべて木っ端のようなものでいて欲しいらしい。あまり大層な名が叛徒に連なると、他の忠誠心が揺らぐからな。俺なんかせいぜい、犬を繋ぐ首輪といった所だ。犬そのものに名前はあっても、首輪が何色で、どんな名前だったのか、そこまで問う変人はいねぇさ」

「……そういうものかね」


 ふぅ、とため息をつき、周囲を見渡す。

 予想通り、罪人である環と、その一行は奇異の目で見られている。

 だが予想に反し、その反応はあまりに薄い。


 というよりも、まるで町そのものが、静かだった。

 掃き清められた路地、静々と、足音一つ立てるのを恐れるかのような歩き方をする人々。

 商店は大渡瀬とは打って変わり、通行人に呼び止めなどせず、ただ品を並べ、あらかじめ買う物の決まった客が来れば、必要に応じて、二言三言、最低限の会話を交わすだけだった。


「……」

「どうした大将? 国を出もしないうちから郷愁か?」


 ――郷愁?


 環は、内心で即座に否定した。

 そんな温かな響きの感情ではない。もっと底冷えするような、虚しい寂寥感の中に、彼は立っていた。


 ――まるで、ガキの頃遊び場に使っていた空き地に、どこぞの誰かの屋敷でも建てられたかのような。昔の女が良家に嫁いで、後日貞淑な人妻としてすれ違ったような……


「そんなんじゃない。ただ」

「ただ、なんだ?」

「ひたすら面白くない」


 大州は主の答えに、思わず噴き出した。

 先頭を行く馬上の代官に軽く睨まれ、環は慌てて、彼に表情を戻すよう目で訴えた。


「なるほど、確かにこれはつまらん箱庭だな。だがこのお嬢様の箱庭を規範として、新法度が布告されるようだ」

「娘の手遊びを真似て国作りか。さぞかし牧歌的な府になりそうだな」

 大州の皮肉に負けないぐらいの辛辣さで、同じく農兵に扮した魁組に繋がれた由基も毒を吐く。

 実はお前ら仲良いんじゃないか、と環は思わないでもなかったが、この巫女が凶悪な殺意を大州に一心に注ぐため、それを口にするのをためらわせた。


「……というか、ユキをなんで縛られる側に回したんだ。確かにお前に人選は任せるって言ったのは、俺だけど」

「理由その一、一番作戦に反抗的で、途中暴れられても困る。その二、これから褒美を頂こうって連中が、ギラギラ殺意を向けてたら不自然だろ。むしろ、そうして捕まった相手が屈辱に歯ぎしりする方が正しい反応ってもんだ。その三、気位の高い女に反抗を向けられつつそれを意のままに縛る。なかなか乙なもんじゃねぇか大将」

「…………一、二に関しては否定できない。三に関してはほんのちょっとだけわか……だぁっ!?」


 横合いの由基から思いっきり足を踏みつけられて、環は再度の絶叫を喉から放つ。

 それを不審げに振り返る御手洗だったが、その前方から駆け来る者に、気づき首を戻す。


 ――そろそろだな。


 それを察する環の横には、町内でもっとも巨大な寺がある。


 方略寺(ほうりゃくじ)

 環の親族、その譜代の家臣の系譜が眠る菩提寺である。


 前からやってきた平服の武士は、そのまま御手洗の下で止まり、背を反らした。


「申し上げます。殿にお伺いを立てたところ、こちらの方略寺にて待機するように、とのこと!」

「寺に?」

 御手洗は訝しげに顔をしかめた。


「御城に伺うものと考えていたが」

「はい。殿はそのおつもりでしたが、御身を罪人の前に晒す危険性を周囲の者らが説き、また城内に素性の知れぬ者を入れることの反発もあり、こちらへ留め置くとのことです。城以外でこの人数を押し込めるのは、この寺しかありませぬので」

「……なるほど」

 もっともらしく理解して、いや理解したフリをして、御手洗は頷く。


 ――こんなデタラメを真に受けるとはな。


 環は苦渋の表情の裏で、わずかに笑みをこぼす。

 とは言え、理にかなった口上であるのは確かだから、納得するのも無理らしからぬことだろう。


「では、御手洗様にはそのままご登城いただきたい」

「承知したが」

 御手洗代官はチラリと環たち、正確には環を捕らえる大州らへと向けられた。

 その目には、そのまま罪人たちを全面的に小林家臣とやらに預ける危惧が、ありありと滲み出ている。


 対する疑惑の本人はニヤニヤ笑いながら

「お疑いであれば、貴殿の手勢もこちらでお待ちすれば良いのでは?」

 と、挑発的に提案する。


 相手に向けた悪感情を看破されていたことによる焦り、意地、それが


「そ、そのつもりだ!」


 と、御手洗に言わしめた。

 ……かくして彼の三十余名の部下が、環の監視に加えられた。


~~~


 胸の中の引っかかりをとりあえず御手洗は無視し、御槍城へ意気揚々と上がった。


 城下の全体を見渡すことのできる山城で、その縄張りは彼女の師である三戸野五郎によるものである。

 だがその城主の居住地はその山頂にはなく、山裾の御殿であった。

 ……そして、そこで待ち受けていた反応は、彼の予想と期待とを大きく裏切るものだった。


「して、環を捕らえたと言うが、奴めはいずこに?」


 というごく素朴な疑問が、姫将の家臣より上がり、それがしばらく御手洗の言語能力を奪うこととなった。


「……っ、方略寺に押し込めよと御使者に言い含めたのはそちらではないかっ」


 だが、その使者という者が現在どこにいるのか? 役職どころか名前さえ知らない。

 彼がその事実に気づいた瞬間、周囲が気の毒な目を向けるほどに、この小役人の表情は醜く強ばった。

 一瞬の後、紅の瞳をつり上げた鐘山銀夜に向けて、居並ぶ家臣たちが半身を乗り出した。


「殿! これはやはり舞鶴とやらの策でしょうか!?」

「ならばその目的はっ!?」

「やはりこの御槍城が狙いかッ」

「とすれば城を空けぬ方が良いのでは?」

「いや、あるいは既に離脱しているやもしれぬ! すぐに寺へ向かうべきだ!」

「そもそも手引きした不届き者が領内や城中にいる可能性が高い! それらを洗い出して粛正すべきではないのか!?」

「手引きと言えば、むざむざ敵を招き寄せた御手洗殿の責任は如何!?」


 ……思案、独語、発言、反論、一喝、怒号、転嫁、追及……


 さながら嵐のように、ごうごうと、人の声が暴れ狂う。


 その狂乱の場に、


 ……す


 と、わずかな衣擦れの音だけ立てて、少女の手が持ち上がった。


「秩序、乱す、なかれ」


 そのわずか一言が、まるで荒れ波に落とされた雫のように、そしてそれが嵐を鎮める秘薬のように、彼女の言どおりの静謐さを人々に取り戻させた。


「敵の魂胆は読めている。みだりに騒ぎ立てることこそ、敵の思う壺だ」

「では、敵の狙いとやらは!」

「うむ」と、姫姿の若き名将は、掲げたその手を下ろして言った。


「まずは諸将の疑心を理により払おう。敵の狙いは城や領地、あるいは将兵の首ではない。これは、先だって佐咲、渥美両氏が討たれた際に分かっていたことだ。それが彼らの限界であるのだからな」

「と、おっしゃいますと」

「確かに舞鶴の才知は未知数であり、脅威だ。が、もしあの隠者に想像を絶する奇策があれば、とうに夜陰の混乱に乗じて離脱するか、他国の援護の及ぶ領地を切り取る、あるいは我らを皆殺しにすることもできたはずだ。にも関わらず、白昼堂々我が懐に忍び込んできた」

「で、ではその目的は!? 無策に飛び込んできたわけではありますまい」


 ある家臣の問いかけに、銀夜は「その通りだ」と首肯した。


「敵の思惑は、我らとの和睦にあると思われる」

「和睦!? 圧倒的な戦力の開きがある我々と、和睦ですと!?」

 一人のみならず、大半の者が少女の考えに当惑し、再び室内は騒ぎに満ちかけた。


「考えても見るがいい。環、いや舞鶴らが二人の猛将を討った時、そして今領地に侵入した時、貴殿らは何かしら狙いがあるのではないか、と疑い混乱した。そこに和議を持ちかければ、少なくとも自分たちの助命ぐらいは通るのではないか、と踏んだのだろう。つまり舞鶴はありもしない手駒をさもどこかに伏せたように見せかけ、それをもって我らを脅そうとしているのだ」


 諸君、連中の幻に惑うなかれ。

 秩序と規律を以て、厳然と当たるべし。


 以上のような言葉で、姫将は自らの部下を鎮めた。

 御槍城主の部将たちは、まるで旭日を仰ぎ見るように、自分たちの指導者を見たのだった。


~~~


 そして彼女と、その旗下の手勢五百名はすぐさま自らの領地の方略寺を囲んだ。

 さらにその周囲を何事かと遠巻きに眺める人々、さらにその町の外周を、要請を受けて参陣した隣地の亀山、新組の手勢が固める。


 そして、方略寺の門前、包囲軍の大将、鐘山銀夜は屹立した。

 弓をつがえた短髪の女と、悪相のダンビラ持ち、および彼女たち不貞の輩の配下らしき数名がその出入り口を守護するように立ち、睨むようにこちらを見返している。


 まるで、野の獣を見るような心地で、彼女は悪党共の顔を眺めていた。

「……貴公らでは話にならぬ」

 自らの家臣を諭したのと同じ仕草で片手を持ち上げる。

「首魁たる勝川舞鶴に会わせるが良い」


「……ご指名だ。首魁殿」


 初対面の銀夜でも分かるほどにあからさまな不機嫌さで、その弓手の女は目だけを寺の口へと向けた。


「あらあらあら」

 と、まるで突然の来訪を受けた妻女のような軽い態度で、生ける伝説はひょっこりと、寺の中より姿を現した。

 流れるような黒髪、美しい肢体を包んだ黒衣、化粧の濃さの割には幼い顔立ち。

 風聞で耳にする勝川舞鶴と、寸分違わぬ姿形であった。


「困りましたねぇ。首魁とは私ではなく、殿ですのに」

「ふざけるな。貴殿があの者をそそのかしたのだろう」

「貴方は……えぇと、そう。鐘山銀夜殿! またの名を順門の麒麟児! 姫将! あとはー……」


 とても二名の将を策を用いて討ち取ったとは思えない、のんびりとした振る舞いに銀夜は眉をひそめた。


 ――いや、表面上の態度に惑わされることもない。古来、真の知者は愚者の真似を好むという……


 付け入る隙を作ってなるものか、とより態度を硬化させ、銀夜は地面を鞘で小突いた。

「お惚けもそこまでにして頂こう。そちらの魂胆は分かっている。我と賊とに交渉の余地などない。すぐさま寺より出でて沙汰を待つが良い」


 背後の数名が驚いたように目を見開き、その表情の変化を彼女はつぶさに感じ取り、そして確信していた。


 ――自分の考えは、まさしく正鵠を射ていたのだ、と。


 誇らしげな勝利の余韻を胸に、背をそらして舞鶴を再度見た。

 一方、手下の動揺など知ったことではないと言わんばかりに、それこそ、真剣さや実直さを母親の腹の中に置いてきたかのような、気の抜ける態度で、


「あらあら困りました。幡豆殿、亥改殿。どうやら舞鶴の浅はかな目論見など、順門最強の名将には、とうにお見通しだったようです」


 なんとも人を小馬鹿にした態度だったが、呆れや脱力の方が先に来る。

 ……だが、


「ならば、仕方ありませんねぇ」


 この黒衣の軍師の次の一言が、銀夜を始め、諸将を凍りつかせた。



「ならば方略寺……鐘山一族とその重臣の菩提寺が灰燼に帰すとも、抵抗させていただく所存です」



 ――自分たちの祖霊が、人質にとられたのだ、と理解した瞬間に。

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