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 いち地方都市を選挙区を地盤とした政治家、松原泰三。年齢は57歳。


 祖父は元環境大臣、父は元防衛大臣、官房長官を歴任し、自身も次の内閣で閣僚入りがほぼ内定している三世議員。


 私はこの議員の私設第四秘書をしている。


 それぞれ序列の高い順に責任の重い仕事を与えられ、私設第四秘書ぐらいになると、ほぼ仕事は事務の雑務のバイト。新幹線や飛行機、ホテルの手配、領収書をまとめておく、ぐらいしか仕事が無い。


 電話の応対は事情のわかる先輩の方々がやるし、はっきり言って、暇である。きっちりやれば1時間、だらだらやっても1時間半くらいの仕事のためにほぼ毎日8時間拘束される。


 割のいい仕事だし、ワーカホリックではないし、忙しくするくらいなら暇な方がいい。特に不満はない。


 遊説に形だけお供してでどこかに出張することはたまにあるが、先輩の秘書数人と基本的には事務所にいる。


 後援会の皆さんが事務所に来て、息子・娘・孫がどうしたこうしただのの与太話を聞き、一時間半で仕事を終わらせ、先輩方の目を盗んでネットをし、ソリティアとマインスイーパに夢中になる。


 定時に終わり、スーパーで食料を買い込み、何かを適当に作り食べる。ビールを飲みながらネットでニュースをざっと見て、つけっ放しのテレビを流し見する。



 こんな日常が2年も続くとさすがに飽きてくる。


 2年間も変わらない内容の仕事、変わらない職場環境。イレギュラーなことといえば後援会の方々ぐらいだが、もはやそれも予定調和の範囲内。


 民間の会社に入った友達や同級生は、忙しいことを誇らしげに語り、大量の不満を口にしながら、私にに羨望の眼差しを向けてくる。


 私もこの環境は素晴らしいと思う。


 最低72社以上の企業に落とされた私が就職した場所としては、非常に素晴らしい扱いだ。


 一日実働1時間半で、余裕を持った暮らしが出来るのだから。





 事務所に入って最初のうちは、振られたことだけを確実にこなすだけでなく、「先輩方が抜けた時に備えて自分の仕事以外の仕事も見て、盗んで覚えよう!」なんて気概があったが、法案に関わる資料作成や、お金に関する

ことは一切、秘書であっても漏らさないため盗みようがない。


 序列低めの先輩方の仕事も私の仕事と似たようなもので、私を一番下として段階的に責任が重くなるだけのただの事務仕事だった。


 先生のスケジュールは平等に見れるので、それだけでも完璧に把握しておく。覚えたところで、私には関係あるようで全くないのだけれど。




 いいこともあった。


 私の魂こめたエントリーシートを受け取りもしなかった企業の社長さんが、先生に対して太鼓持ちのような振る舞いをしているところを目撃したり。


 とある日、勉強という名目で連れて行かれた会食で、私は先生に手招きをされる。



「綿貫君、こちら●●グループの専務の●●さん」


 名刺交換をさせてもらい、ぺこりと礼をする。またまた入社試験落ちたところのお偉いさんだったりする。余計なことを喋ると先生が恥をかく可能性があるので極力しゃべるなと先輩に命じられているため、気を張る。


「いやー、●●さん、うちの綿貫君がそちらの入社試験を受けたそうで、ちょっとしたご縁のズレでウチで働いてもらっているんですよ。非常に優秀でしてね」

(訳:お前らの目は節穴か?俺様みたいな審美眼を養えよこの下賎の民どもが)


「おお、そうですか、これまたご縁がありますなあ」

(訳:違えよバーカ!こっちは要らないから採らなかったんだっつーの!)


「私の秘書の中でも若手のホープでしてね」

(訳:俺様の持ってる方が激レアだもんねー、羨ましいだろー!)


「そうですか。こちらも惜しいことをしましたなあ」

(訳:お前より百倍レアなやついっぱい持ってるから悔しくねーよ!バーカバーか!)




 そんな会話をするためだけに呼ばれたのか私は。

 自分の持ちもの自慢するとか…子供かよ。


 そもそも私、先生のものじゃないしな。

 労働力を対価に報酬をもらってるだけの間柄だから。


「はっはっはっはっはっはっ」


 何がおかしいのか、二人とも笑う。


「綿貫君、下がっていいよ」


「では先生、失礼致します」



 あんな安い挑発でも効いてはいるみたいだ。

 専務さんの目元の辺りがぴくぴく痙攣している。



 利用されたのは癪だが、正直、スッとした私がいる。ありがとうございます先生。敵が出来たかもしれませんが。



 よかったことはこのぐらいだ。



 陳情を聞いたあとは一切その話が事務所で出なかったり、支援者や後援者の方々から頂いたお菓子は、必ず奥の自室に持ち帰ってから皆に振舞われたりするけど、

 たぶんセーフだよね。


 先生のスケジュールによくわからない空白があったり、先生、奥様いるけど、先輩がたまに電話で「上玉」とか「60分」とか「ハタチ前後」とか「延長」だの「アフター」とか言うの聞こえたけど

 たぶんセーフだよね。


 狛江にある第二邸宅の話は秘書の中だけの他言無用ルールで、ご家族には特に存在を知られてはいけないと赤字でぶっとく、主張強めに秘書マニュアルに書かれてるけど

 たぶんセーフだよね。



 先輩が収支報告書を作ってる時に盗み見たら、領収書の一部がシュレッダーにかけられてたけど、たぶんセーフだよね。





 楽してお金の入るこの楽園を壊しそうな、破滅のピースだけを見てしまっただけだ。


 グレーな部分をわざと誇張して、ブラック側に持って行きたい自分がいる。


 2年間、平和に暮らしてきたけど…嫌な予感がする。

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