【 舞踏会 】
「まんまるマルメロ」
「夢みがちなマルメロ」
「勘違いマルメロ」
あいかわらず、マルメロは悪口を囁かれていました。
しかし、マルメロは気にもせずに道の真ん中を堂々と歩きます。
顎を少しあげ、背筋をピンとのばし、肩下まで伸びたゴワゴワの髪を揺らし、悪口を楽しむかのように歩くのです。
道を横断しようと立ち止まっていた時、マルメロにとって聞き捨てならない会話が聞こえてきました。
「来週の土曜に舞踏会がある」
マルメロは「これだ!」と胸が踊りだしました。
この町の領土主が開く舞踏会、町の貴族が集まるそうです。
領土主の息子が、18才になるお祝いは名目で、本当は嫁探しが目的だそうです。
マルメロは、話しに耳を傾けながら体中の血が沸き立つのを感じました。
「ついに、ついに運命が巡ってきたのね!」
マルメロは、行き先を変えます。
図書館へ行き、作戦を練ることにしました。
図書館に向かう道中も頭の中は舞踏会でいっぱいです。
「やっと、私があるべき場所に辿り着ける」
「この低俗な奴らから離れられる」
「必ず、嫁の座はいただくわ!」
マルメロの目はギラギラと鋭い光りをはなっていました。図書館についたマルメロは、本を手に席につきました。
そして、考えます。
「貴族だけ呼ぶ…、大丈夫ね。紛れてしまえば分からないわ」
「まずは、衣装よね。何とか上手に作り上げないと…。お金はないから、家にあるもので私の魅力を引き立てるものを作るわ」
「靴は無理。隠しましょう」
「宝石類もないけど、その他で上手くごまかすわ」
「化粧、髪型も何とかしないと。大丈夫、私は手先が器用だから」
マルメロは、本を読みながら頭の中では違う事をずっと考えていました。
「大切なのは自信よ!必ず、自分の手で掴み取るのよ」
マルメロは本を閉じ、席を立ちました。
家に帰り、早速準備に取り掛かります。
来週までに仕上げなくてはいけません。
まずは、コルセット。
捨ててある厚紙を切り、麻の糸を通します。
自分のお腹にあて、締め上げると麻の糸が肌に触れ痛みが走ります。
しかし、「お洒落に苦はつきもの」と、マルメロは考えました。
次は、大切なドレスです。
自分の部屋を見渡して、大きな布をさがします。
黄ばんだ白のカーテンしかありません。
マルメロは考えました。
「染め上げるしかないわね」
マルメロは急いで、庭に出ました。
マルメロの庭にはブルーベリーがなっています。
摘めるだけ積み、カゴにいれました。
家に戻り、ブルーベリーを大きな鍋にいれ潰しながら熱します。
「まったく、力仕事は嫌いなのよ」
マルメロは愚痴を言いながらも、作業を淡々とすすめます。
大きな鍋に、カーテンをゆっくり入れていきます。
「綺麗に染まってよね」
マルメロは様子を見ながら、カーテンにブルーベリーの汁を吸わせます。
鍋ごと、庭にもっていきカーテンを絞っては染め、絞っては染めを繰り返しました。
かなり時間がかかりましたが、淡い紫の美しい布が出来上がりました。
マルメロはブルーベリーまみれになりながら満足げに笑いました。
直に母親も帰ってくるので、今日の作業は終わりにしました。
夜は、ドレスの形を考えました。
「足元を隠すにはギリギリね。大胆に肩を出しちゃいましょ」
マルメロは、楽しくて仕方ありません。
自分を着飾らせる事に幸せを感じていたのです。
髪型も練習します。針金を曲げ上手い具合に結い上げていきます。
「私って、本当に手先が器用だわ」
ゴワゴワの髪がピタッとまとまります。
マルメロの鋭く冷たい雰囲気が強調され、誰も近づけないほど恐そうな女性が鏡にうつりました。
マルメロは「完璧だわ」と、自分にウットリします。
マルメロ理想の女性が鏡にうつっていました。
「やっぱり私って素晴らしいわ!領主の息子なんかの嫁じゃ物足りないくらい」
まだ、何も決まっていないのにマルメロは愚痴を言いました。
翌日から、マルメロは衣装の制作に力をいれます。
マルメロの家にミシンなんてありません。
全て手縫いになります。
「1秒も無駄にできない」
マルメロは、淡い紫が美しいラベンダー色の布を型紙にあわせ切っていきます。
そして、丁寧に丁寧に縫っていくのです。
自分で考えた衣装の形ですから、頭には入っているのですが難しすぎました。
「誰よりも美しいドレスを着る!」
そう思い、昨夜に必死で考えたドレスの形は複雑でした。
マルメロは、時間のかかる難しい針仕事にウンザリしてきます。
「欲を出しすぎるとダメって事ね」
マルメロは、自分を咎めながらも妥協はしません。
何日も何日も、抜い続けました。
舞踏会の前日に、やっと出来上がりました。
胸元とスカートのフリルが美しい見事なドレスです。
ラベンダー色が更に気品を増して見せてくれます。
素人が作ったとは思えないほどの出来栄え。
マルメロは疲れていましたが、ドレスを見て大満足です。
「完璧だわ。さすが私ね」
マルメロは出来上がったドレスを見つつ、知らぬまに寝ていました。
マルメロが目を覚ましハッと時計を見ると、翌日の昼でした。
「よかったわ…。舞踏会は18時からだから余裕ね」
マルメロはベッドから起き上がり、伸びをしました。
「ついに、運命の日。ふふ、この家ともお別れね」
マルメロは立ち上がり、昨夜作り上げたドレスを見て笑みを浮かべました。
「自分の手で掴みとる」
マルメロは、すぐに支度をはじめます。
髪と体を綺麗な水で洗い、髪にはオリーブオイルを染み込ませます。
部屋に戻り、ぬれた髪をしっかりと結い上げていきます。
ゴワゴワの髪がツヤを出し、美しく見えます。
さっそくドレスに着替えてみました。
コルセットをぎゅうぎゅうに締め上げ、ドレスを着ます。
「貴族も大変ね…」
マルメロは思いながら、鏡を見ました。
そこには見違えるほど、美しく気の強そうな女性がたっていました。
マルメロは魅入ってしまいます。
「私って、すごく美しい!」
マルメロは笑いました。
自分に酔いしれ、楽しくなってきたのです。
マルメロは、自分の顔を見ました。
「唇の色が薄いわ…」
マルメロは母親の口紅をぬりたくなります。
母親は仕事に出かけていていません。
マルメロは、こっそり母親の部屋に入り化粧をはじめました。
ばれたら酷く怒られるので、注意し少しだけ唇にぬってみました。
赤く色付いた唇にマルメロは感動しました。
一瞬にして、顔色がよくなったからです。
「素晴らしいわ!口紅がほしい!!」
口紅の魅力にはまりながらも、そっと元の位置に戻しました。
「いつか、手にいれてやるわ!」
マルメロは自分に言い聞かせ、自室に戻りました。時計をみると、もう18時過ぎです。
マルメロの家から、会場までは歩いて20分ほどかかります。
しかし、マルメロは椅子に座り読書をはじめました。
「少し遅れていかないと」
マルメロは、考えていたのです。
「早く着きすぎると目立たないわ。
目立つためには遅れて行くのが良いのよ。
それに、賑やかになってからの方が混ざりやすいわ」
必ず、成功させるために綿密な計算をたてていたのです。
20分ほど経った頃、ようやくマルメロは立ち上がりました。
「さぁ、ここからよ!」
マルメロは、胸がざわつき目つきが更に強くなりました。
町を歩くと、人々が驚きの声をあげます。
「誰だ?えらく強そうな女だ」
「恐いわ!誰よ、とても性格が悪そう」
「どことなくマルメロに似てるな」
マルメロには聞こえませんが、町の人々の顔を見れば分かります。
自分について、また悪口を言っているということが。
「この低俗な奴らとも、お別れね」
マルメロは鼻で笑い、堂々と歩いていきました。
会場に着いたのは19時半頃。
もう、賑わいをみせていました。
マルメロの思惑通り、何ら怪しまれることなく中に入れました。
「余裕だわ」
門番は、マルメロの迫力に逆らえるはずもなかったのです。
マルメロは堂々と会場に入っていきました。
会場内に入ったマルメロは驚きました。
見たこともない、華やかさ、豪華さ、香り、です。
金色と白色がまぶしくて目が開けられないほど輝いています。
色とりどりの衣装を纏った男達に女達。
様々な種類の料理に飲み物。
マルメロは口をあけたまま、固まってしまいました。
しかし、すぐに気を引き締め中へと進んでいきました。
貴族達は気軽に挨拶をしてきます。
「ご機嫌よう」
「お久しぶりですね」
「今日も、お美しいこと」
会った事もないマルメロに、失礼にならないよう貴族は知ったかぶりをします。
マルメロも、適当に返事をしながら思いました。
「貴族も外見だけね。中身がまるでないわ!余裕、余裕!」
笑いが込み上げてきますが、すました表情を崩さないよう注意します。
「どれが、息子かしら?」
マルメロは目で探しました。
しかし、どの顔も同じに見えてしまい全く分かりません。
「1番重要なのに!!」
マルメロは焦ります。
すると、隣にいた女性が話しかけてきました。
「この舞踏会の、本当の意味をご存知?」
マルメロはハッとして答えます。
「ええ。噂、程度ですけど。ご存知ですの?」
「勿論。ほら、あそこにいらっしゃる男性。あの方の婚約者を選ぶための舞踏会ですのよ」
マルメロは言われた方向を見ました。
細くて、白くて、小さくて…、いかにも弱そうな男性が笑っていました。
マルメロは内心、「嫌だわ」と、思いました。
すると、女性が少し笑いながら言います。
「こんな舞踏会を開かないとお嫁様を見つけられない男性ですもの。ふふ、無理もないわね」
マルメロは、この女性が気に入りました。
とても、楽しい話し方をするからです。
それに、マルメロ好みの気が強そうな女性です。
マルメロは言いました。
「私はマルメロと言います。失礼ですが、お名前は?」
女性は、急に笑い出しました。女性の笑い声に周りは驚きました。
マルメロも、意味が分かりません。
しばらくすると、女性は笑いをおさえました。
周りの貴族達も、何事もなかったかのようにしています。
マルメロは少し苛立ち言いました。
「貴女って、失礼ね」
女性は慌てる素振りもみせずに小さい声で答えます。
「ごめんなさいね。私はサイネリアよ。笑った事は許してちょうだい。貴女が純粋すぎて思わず可愛いと思ったのよ」
マルメロは生まれて初めて、褒められました。
サイネリアは続けます。
「貴族の中にも、まともな人間がいたのね。どいつもこいつも体裁ばっかりで、楽しい会話なんてできないんだもの」
マルメロは、サイネリアというこの女性に完璧に魅了されました。
自分とは全く違う世界の人間なのに、自分と全く同じ世界をもっていると感じたからです。
マルメロは答えます。
「貴族の世界だけじゃないわよ。世の中ほとんどが面白みのない人間ばっか」
サイネリアは目を輝かせ言いました。
「貴女とは、気が合うわ!私は隣町から来たのよ。地元では私は浮きすぎてるから、他所で婿を探せってね。貴女は?」
マルメロは困りました。
自分が貴族でないとバレそうだからです。
しかし、黙っている訳にもいかず答えます。
「私も似たようなものよ。サイネリアと同じよ」
サイネリアは喜びます。
「私たちって似た者同士なのね。ここに来て良かったわ。マルメロと出会えたんですもの!あ、ちょっと待ってね」
サイネリアはナプキンに自分の住所を書き上げ、マルメロに渡しました。
「これ、私の住所よ。よかったら、手紙交換しましょうよ!」
マルメロは、ひどく動揺します。
嘘をついているのがバレてしまうからです。
だからといって、断るのも嫌。
マルメロは、意を決して自分の住所を書きサイネリアに渡しました。
「これが私の住所よ」
マルメロは、冷静さを保ちながらサイネリアに渡しました。
サイネリアは住所を見て、不思議そうな顔をしました。
マルメロはサイネリアを睨みつけています。
しかし、サイネリアは特に気にせずバックにマルメロの住所が書かれたナプキンをしまいました。
サイネリアはマルメロに言います。
「手紙を出すわ。マルメロと出会えてよかった!私は、そろそろ帰るわね。顔だけ出しておけば親は何も言わないし」
マルメロは少し寂しい気もしましたが、自分にも目的があるため笑顔で答えました。
「ええ。私も手紙を書くわ。サイネリアも、絶対に手紙ちょうだいね」
二人が握手をして、別れようとした時「すみません」と、男性の声がしました。
マルメロは声の主を見て驚きます。
なんと、領主の息子だったからです。
マルメロは冷静さを装いつつ息子を見ました。
領主の息子は言います。
「私は、アザレアと言います。もし、よろしければ、少しお話しませんか?」
マルメロは、目が輝きました。
「さすがは私ね!やっぱり特別なのよ」
マルメロは勝ち誇った笑みを浮かべます。
しかし、マルメロの思惑とは違いアザレアはサイネリアに話しかけ始めたのです。
「一目みて、貴女が気になりました。話しがしたいです。いかがですか?」
マルメロは驚いてしまいました。
まさか、サイネリアに対してだとは思わなかったからです。
しかし、分かった瞬間に怒りが込み上げてきました。
サイネリアは、軽くあしらい断っています。
アザレアは、しつこくサイネリアを誘っています。
隣で、ほったらかしのマルメロは「こんな屈辱感は初めてよ!」と、怒りと嫉妬で爆発しそうです。
マルメロは冷静さを保ちつつ、サイネリアに言いました。
「サイネリア、少しくらい付き合ってあげなさいよ」
マルメロは、サイネリアがアザレアを嫌がっている事を知りつつ意地悪を言いました。
サイネリアは困った顔で答えます。
「でも…。私は帰るから…」
マルメロは、更に苛立ちました。
「お嬢様はこれだから!」マルメロは思いながらも、言います。
「どっちなの?はっきりしなさいよ」
サイネリアは困り果て答えました。
「少し…、少しくらいなら…」
マルメロは頭に血がのぼるのが分かりました。
しかし、必死に自分を抑えます。
アザレアは喜び、サイネリアは肩を落としています。
しかも、アザレアはマルメロに言いました。
「ありがとう。貴女のおかげだ」
この言葉にマルメロはアザレアを睨みつけ言いました。
「馴れ馴れしく話しかけないで」
マルメロの迫力に、一瞬にしてアザレアの顔が青ざめました。
サイネリアは肩を落としたまま。
マルメロは、勢いよく振り向き会場を後にしました。マルメロはイライラしながら歩いています。
「何が貴族よ!ただの金持ちな能無しじゃない!」
「見る目がなさすぎ!私の魅力が分からないなんて!」
「私には王族が相応しい!」
マルメロはズカズカ歩きます。
屋敷の扉を勢いよくあけました。
「痛っ!」
男性の声が聞こえました。
マルメロが開けた扉に当たったのです。
マルメロは、鈍臭い男性に更に苛立ってしまいます。
「あら!ごめんあそばせ!暗くて見えませんでしたの!失礼!!」
マルメロの口調は全く反省しておらず、寧ろ怒鳴りに近いのです。
すると、男性が笑いながら答えました。
「なんだ!ワシが悪いのか!それは、申し訳ない事をした!」
マルメロは「馬鹿すぎるわ」と、呆れ無視して帰ろうとしました。
しかし、男性はマルメロに問います。
「使用人がいないから悪いのだ!扉を貴女みたいなか弱い女性に開けさせるとはな!ケガはないか?」
マルメロは「か弱い」の言葉に、少し苛立ちがおさまりました。
か弱いも、生まれて初めて言われた言葉だからです。
マルメロは男性を見ました。
暗くて、すぐには分かりませんでしたがマルメロの知っている人物です。
この町で1番の金持ち、ハンノキです。
ハンノキは35才、独身。
とにかく、体がでかくて顔も整っていません。
更には、豪快で変わり者と最悪な評判の男性です。
良いところは金持ちという点だけ、と口々に言われています。
マルメロはあからさまに嫌な顔をして言いました。
「ええ、大丈夫ですわ。では、失礼」
マルメロは逃げたくて仕方なかったのです。
しかし、ハンノキはマルメロに驚く言葉を投げかけます。
「君は綺麗だな!全てがワシの好みだ!容姿、性格、全てだ!」
マルメロは、気持ち悪くて仕方ありません。
初対面の悪評高いハンノキに褒められても嬉しくないからです。
マルメロは逃げるように歩き出します。
しかし、ハンノキもついてくるのです。
ハンノキは上機嫌でマルメロに語りかけてきます。
「ワシは君を気に入った!初めて見た瞬間に運命を感じたのだ!」
「私は運命なんて感じてません!」
「そんな強気なところも最高だ!ワシはハンノキという。君の名前を教えてくれ!」
「嫌です!ついてこないで!」
マルメロは、走り出しました。
ハンノキは大声で陽気に叫びます。
「また、会おう!!」
マルメロは「図々しいにもほどがある!」と、苛立ちながら走りました。
結局、舞踏会では何の成果もあげられませんでした。
家に着くと、すぐに自室にこもりました。
「何なの!?信じられないわ。貴族なんて大嫌いよ」
「サイネリアって女に少しでも気を許した私って馬鹿ね」
「まだまだ修業がたらないわ」
マルメロはドレスを脱ぎ捨て、サイネリアからもらった住所を破り捨てました。
「誰も信じない!誓ったじゃない!」
マルメロは自分を叱りつけ、紙を取り出し殴り書きます。
「二度と気を許すな。周りは敵だと思え!」
紙を睨みつけ、マルメロは少しずつ落ち着きを取り戻しました。
完璧に落ち着いたマルメロは、笑いが込み上げてきました。
「貴族ですら、私の魅力が分からないのよ!本当に特別って大変だわ」
勝ち誇った笑みを浮かべ、ベッドに横になりました。
「また、会おう!!」
マルメロはハッとしました。
ハンノキの最後の言葉を思い出したからです。
「本当に、嫌な人だわ」
マルメロは呟き、忘れようと目を閉じます。
しかし、ハンノキの嫌な言葉が頭を過ぎり寝れないのです。
「ハンノキめ、気分が悪い!」
苛立ちを抑え寝ようとすると、ハンノキの言葉が出てくる…。
その繰り返しで、朝がきてしまいました。