石の記憶 番外編 時代(とき)の語り部 2部
時代の語り部 第二部
高速道路を降りることなく、トラックは長野県を北へと走る。
窓の外には、幾重にも連なる山々。
夏の日差しを浴びた木々が、濃い緑を風に揺らしていた。
東京を出た時の息苦しい暑さが嘘のようだった。
怜斗は思わず窓を少しだけ開ける。
山の風が運転席へ流れ込み、木々の香りを運んでくる。
「気持ちいいな……。」
仕事中だから、景色に見とれるわけにはいかない。
それでも、この風だけは胸いっぱいに吸い込みたかった。
昼休憩で立ち寄ったパーキングエリア。
信州そばを食べ、山形から東京へ戻るドライバーと、出雲の勾玉をきっかけに少しだけ会話を交わした。
ほんの十分ほど。
名前も知らない。
それでも、心地よい時間だった。
「じゃあ、お互い安全運転で。」
「はい。またどこかで。」
大型トラック同士がすれ違えば、もしかしたらまた会う日が来るかもしれない。
そんな距離感も、この仕事の好きなところだった。
売店を歩いていると、小さなお城の置物や長野ゆかりの品が並んでいる。
怜斗は足を止めた。
(松本城……。)
写真でしか見たことはない。
黒く美しい天守。
青空に映える国宝の城。
(いつか行きたいな。)
そう思っても、今日は仕事だ。
荷物は上越で待っている。
だから買い物はしない。
代わりに、その景色を心に描いた。
春になったら。
愛車を走らせよう。
助手席にはカメラ。
時間を気にせず城下町を歩き、ゆっくりシャッターを切る。
その日までのお楽しみだ。
怜斗は静かに笑うと、トラックへ戻った。
エンジンが低く唸る。
バックミラーには、少しずつ遠ざかる長野の山々。
(また帰ろう。)
その一言だけを胸にしまう。
行けなかったからこそ、次がある。
それでいい。
アクセルを踏み込む。
トラックはゆっくりと北へ向かう。
目的地は新潟県上越市。
城下町として歴史を刻んできた街。
会社へ荷物を届けたら、また東京へ帰らなければならない。
だから今日は春日山城へも、高田城址公園へも行かない。
でも、きっと帰り道に土産物屋へ寄ろう。
家紋入りのキーホルダーを一つだけ買って帰ろう。
それは土産ではない。
「また帰ってくる。」
その約束だから。
トラックは県境へ向かって走り続ける。
窓の外には、どこまでも続く夏の青空。
その青さを目に焼き付けながら、怜斗は静かにハンドルを握っていた。
(第三部へ続く)




