受付ちゃんとハンバーグ
どうやらあの長いうわさ話も終わって登録しに一般受付へと向かおうとしているようだ。接触が避けられないのであればせめて近くに人のいないこちらで話をするしかないと腹を括り声を掛けることにした。
「あの」
出来るだけ刺激しないように、違和感が無いように私は二人に声を掛けた。
「新人さん、こっちで登録しましょうか」
「え? でもそっちは専用—」
一般受付に向かうのは何としてでも避けたい。食い気味で答える。
「いいのよ。こっちの方が空いてるから」
少し焦りが見えてしまったかと思い誤魔化すために、微笑んだ。
「...はい」
彼女は、納得したのか興味が無いのか素直にこちらへと向かってきた。まずはただのダンジョンの新人として扱って慎重に話を聞くことにしよう。噂の真偽についても明かさない状態で何も起きないなら下手に言わない方がいいかもしれない。
「……さて。改めて、冒険者ではなく探索者の登録手続きをしに来たと言うことであっていますか?」
「はい。よろしくお願いします」
(...ええ、それでいい)
彼女は行儀よく座り、小首を傾げた。こちらがどう対応するかを見定めているのだろう。ここはいつも通りの質問を続けるべきと判断する。
「まずは、お名前を伺っても? 」
「し、しんじん……と呼んでください」
正体は探るなと言う警告なのか、それとも記憶喪失?どう考えてもここを追求するのは藪蛇にしかならない。とりあえずいろいろ言いたいことはあるが今は言うべきではない。内面での混乱とは裏腹に淡々と応対を続ける。
「……ええ、分かりました。新人ちゃん、ですね」
「では次に……得意な武器や、扱える魔法はありますか?」
「武器はあまり...魔法は護身術程度であれば少々嗜んでおります。あと攻撃を避けるのは自信があります。」
正直に答える気は無いようだ。どう考えても護身術程度では無いであろう魔法がここで放たれることは無いことを願いつつ話を続ける。正直ここまでの質問は茶番だ。真偽なんてどうでもいい。ただ、この質問の返答次第では色々と捨てる必要が出る覚悟をする。
「……記述しておきます。魔法での戦闘がメインで体捌きは自信あり。……最後に。あなたがこのダンジョンに来た理由は?」
「迷子になっていたら、いつの間にかここにいたんです。」
「...分かりました。こちらがドッグタグになります。」
冷静に答えられた自分を褒めたいほど舐めた答えだった。お前に説明することは何も無いと言う明確な拒否。しかしここで引くくらいならこのダンジョンを捨てて何も見なかったことにした方が百倍マシだった。
私は周りをちらりと見てから意を決し声を潜めて彼女に質問をする。
「ここまでの建前はいいので本当のことを教えてください。……その、ここに来た理由は何ですか?」
新人ちゃんは何を言われているのかわからないと言った風に小首を傾げる。
ここまで質問しても答えるつもりは無いらしい。こちらとしてももう引けないところまで来ている。さらに追及すべく口を開こうとしたところで最悪なタイミングで『緑の嵐』が舞い戻ってきた。
こっちに来るなと両手を振ってアピールするも彼女は気付く様子は無く逆に向こうも満面の笑みで両手を振りながら駆け出す始末。
「ただいま!珍しく大歓迎だね!」
来てしまったのならしょうがない。とりあえずアレはどこかへ行く様子は無いのであれば先にこの嵐が去ってくれるまで待つことにした。
「あはは、おかえり。あそこの私大丈夫だった? ハンバーグ定食、食べられた?」
「あはは、何言ってるか全然わかんなかったけど味は美味しかったよ。でもあっちの受付さん、あれはダメ。注文するのに呪文が必要だったもん」
こうやって話をするだけで私のストレスが軽減されていくのを感じる。流石は予想を裏切ることに定評のある私のお気に入りだ。途中で話は遮られてしまったが結果的に一度休憩を挟んだことで冷静になれたと彼女には心の中で感謝しておく。
「はい、お疲れさま。ハンバーグの力で、明日も頑張りなさいな」
「はーい。あそこのメニューちゃんとハンバーグに直しといてね!」
「わかった、伝えておくわ。」
一息付けたし彼女が離れたらアレとの話を再開しようそう思っていた。
しかし
流石は予想を裏切ることに定評のある私のお気に入りだ。
「ところでドッグタグを貰ってたってことは新人ちゃんだよね!じゃあお祝いにハンバーグを奢ってあげる!ついてきて!」
言い終わるや否やアレの手を引いてあろうことかそのまま走り出したのだ。
「ッ!?待って!!!」
咄嗟に声は出たものの恐らく意味が無いと確信していた。その予想は裏切られることなく二人は食堂へと消えていったのだった。
――そして、現在。
私はカウンターに突っ伏したまま、食堂の方向から聞こえる楽しげな笑い声を、まるで遠い世界の出来事のように聞いていた。これから待っているであろう苦難は想像に難くない。
結局、あのアレ――『新人ちゃん』は、正体を隠したまま、文字通り新人の顔をして居座るつもりらしい。
これからどうなって行くのか今の私には分からない。 分かっているのはただ一つ。
彼女が新人ちゃんを友達にした以上、私は明日からあの『新人ちゃん』の教育係として、心臓がいくつあっても足りない日々を過ごさなければならないということだけだ。
私はゆっくりと顔を上げ、震える手で明日のダンジョン設定(研修メニュー)を構築し始める。 せめて彼女たちが飽きないように。 この街が、彼女たちの溜息一つで消し飛んでしまわないように。
「退屈だけはしなさそう、なんて……。過去の自分を殴り飛ばしてやりたいわ、本当に」
私は深く、深く溜息をつき、静まり返った名簿に『新人』と力強く書き込んだ。そして今日はハンバーグを食べよう。なんてったってあの嵐のエネルギー源なのだから。




