ハンバーグは、おいしい
「ところでドッグタグを貰ってたってことは新人ちゃんだよね!じゃあお祝いにハンバーグを奢ってあげる!ついてきて!」
そう言われてから、手を引かれ気づけば食堂のテーブルに座っていた。
(食堂…こういう場所、いつぶりだろう)
周りを見回す。
探索者たちが行き交い、笑い声が響く。
カウンターでは料理人が忙しそうに動いている。
掲示板には何やら情報が貼られている。
賑やかな、日常の音。
(…賑やか)
(こんなにも、人がいる)
「ハンバーグ定食二つ!」
風使いちゃんが元気よく注文する。
「はーい、少々お待ちくださーい」
料理人が答える。
テーブルを挟んで向かい合う二人。
風使いちゃんは、既にフォークとナイフに手を伸ばしかけている。
「新人ちゃん、ハンバーグ好き?」
風使いちゃんが聞く。
私は、少し考えるように首を傾げた。
(…ハンバーグ)
(食べたこと、あっただろうか)
「…わかりません。食べたことが、ないかもしれません」
「え!?マジで!?」
風使いちゃんの目が輝く。
「じゃあ今日は記念日だね!初ハンバーグ記念日!」
「記念日…」
私は、その言葉を小さく繰り返した。
(記念日)
(私にとって、全てが初めてなのかもしれない)
「そうだよ!人生で初めてのハンバーグなんて、超特別じゃん!」
風使いちゃんは、嬉しそうに笑う。
「楽しみにしててね!絶対おいしいから!」
「…はい」
私は、小さく頷いた。
(この子は、本当に無邪気だ)
「あ、ちょっとトイレ行ってくる!新人ちゃん、ここで待ってて!」
「はい」
風使いちゃんは、ぱたぱたと食堂の奥へ消えていった。
ーー
私は、一人、席に座っていた。
食堂の喧騒。
探索者たちの笑い声。
料理の香り。
(…一人)
この感覚を、私は知っている。
いつも、一人だった。
長い、長い時間。
(違う)
今は、違う。
風使いちゃんが、いる。
(…受付さん)
先ほど、私に何か聞こうとした。
でも、風使いちゃんに遮られて、聞けなかった。
(聞いておこう)
私は、立ち上がった。
専用受付。
そこには、受付さんが座っていた。
相変わらず、退屈そうに指で頬を突いている。
私が近づくと、受付さんは顔を上げた。
「あら、新人ちゃん。どうしたの?」
「…少し、お聞きしたいことが」
受付ちゃんは、私を見つめた。
一瞬、表情が硬くなる。
「最後の質問どういう意味だったんですか?」
受付ちゃんは、少し黙った。
それから、静かに口を開く。
「あなたは、ここで何をするつもり?」
警戒されている。当たり前だ。
「…何も、するつもりはありません」
私は、正直に答えた。
「本当に?」
「はい。ただ…」
私は、窓の外を見た。
食堂が見える。
「ここが、心地よくて」
「心地よい…?」
受付さんが、少し意外そうな顔をする。
「ええ。長い眠りから覚めて、初めて感じる、温かさです」
(本当に)
(この温かさは、初めてかもしれない)
「…そう」
受付さんは、少し考え込むような顔をして。
それから、小さく笑った。
「なら、いいわ」
「…いいんですか?」
「ええ。あなたがここにいることは、悪いことじゃないわ」
受付さんは、優しく微笑んだ。
「むしろ、歓迎するわ。ゆっくりしていきなさい」
「…ありがとうございます」
私は、頷いた。
(この方は、優しい)
真祖である私を、こんなにも優しく受け入れてくれる。
(この方ほどの存在なら、当然警戒するはずなのに)
「あの…失礼かもしれませんが」
「何?」
「あなたは、あの時代では、どのような立場だったんですか」
受付さんは、少し意外そうな顔をした。
「…どのような、って」
「ダンジョンを作り、数千年を生きて…噂では、魔物の親玉とまで」
「ああ…」
受付ちゃんは、小さく笑った。
「それは、誤解よ」
「誤解…?」
「ええ。私はただの、中の下くらいの存在よ」
「中の下…?」
私は、目を見開いた。
(そんな…)
「でも、ダンジョンを…」
「ダンジョンは、私が使役している魔物よ。そんなに大したものじゃないわ」
受付ちゃんは、あっけらかんと言った。
「数千年生きているのは本当だけど、それは別に珍しくないでしょう?」
「…そうですか」
(中の下…)
それは、意外だった。
てっきり、上位の存在だと。
(噂に、惑わされていた)
「私が中の下ならあなたなんて上の上の上澄みじゃない。真祖なんだから」
受付ちゃんは、少し呆れたような顔をして、それから優しく笑った。
(…呆れられてしまった)
「まあ、ゆっくりしていきなさい。ハンバーグ、そろそろ出来る頃よ」
「はい。ありがとうございました」
私は、受付窓口を離れた。
(受付さんは、中の下)
それなのに、こんなにも立派にダンジョンを管理している。
(…立派な方だ)
私は、ただ楽しそうだから参加して、封印された。
何も、成していない。
ーー
急いで食堂に戻る。
(…間に合った)
私は、椅子に座り直し、テーブルに置かれた水のグラスを手に取った。
一口、飲む。
冷たい。
(…何も、変わらない)
でも、少しだけ。
心が、軽くなった気がした。
「おまたせー!」
風使いちゃんが戻ってきた。
「待った?」
「いえ」
私は、小さく首を振った。
(そう…何も変わらない)
(ここでの日常は、続く)
「あ、ちょうどよかった!」
「お待たせしましたー。ハンバーグ定食二つ」
運ばれてきた。
湯気の立つ、丸い肉の塊。
照り焼きソースが艶やかに光っている。
私は、それをじっと見つめた。
(…これが、ハンバーグ)
数千年の時を経て、人々が食べているもの。
動かない。
ただ、見ている。
(…怖い、のかもしれない)
「…これが、ハンバーグ、ですか」
「そう!見て、このツヤ!この香り!最高でしょ!」
風使いちゃんは、既にフォークを握っている。
「じゃ、いただきまーす!」
「…いただきます」
私は、恐る恐るフォークとナイフを手に取った。
ーー
ハンバーグを、切る。
肉汁が、じわりと滲み出る。
フォークに刺して、口に運ぶ。
私の手が、少し震えていた。
(…数千年ぶりの、食事)
口に、入れる。
ーー
私の目が、大きく見開かれた。
(…あ)
じっと、動かない。
フォークを口元で止めたまま。
咀嚼する。
ゆっくりと。
(温かい)
(柔らかい)
(おいしい)
そして。
「…っ」
目が、潤んだ。
(…いつぶりだろう)
(この温かさ)
(この味)
(この、幸せ)
「新人ちゃん?どうしたの?大丈夫?」
彼女が心配そうに覗き込む。
「…いえ」
私は、小さく首を振った。
「おいしくて」
(本当に)
(おいしい)
「でしょ!泣くほど美味しいよね!わかるー!私も初めて食べた時、感動したもん!」
「…はい」
私は、もう一度小さく頷いて、
静かに、もう一口、ハンバーグを口に運んだ。
(…ありがとう)
誰に対してか、わからない。
でも、そう思った。
ーー
二人は、ゆっくりとハンバーグを食べ進める。
風使いちゃんは、あっという間に半分食べてしまった。
私は、一口一口を大切に、時間をかけて食べている。
(この一口一口が、愛おしい)
その様子を、風使いちゃんは微笑ましそうに見ていた。
「ね、新人ちゃん」
「はい」
「今度、一緒にダンジョン行こうよ!」
私は、少し考える。
(ダンジョン…)
「…はい。ご一緒させてください」
「やった!じゃあ明日行こうね!」
「…」
私は、風使いちゃんを見つめた。
(…なぜ、こんなにも)
「…なぜ、そんなに喜んでくれるんですか?」
「え?」
風使いちゃんは、きょとんとした顔になる。
「だって、友達が増えるの嬉しいじゃん」
「友達…」
私は、その言葉を繰り返す。
(友達)
(友達、というものが、いつ以来なのか)
(いや、今までいたことがあったのか)
それすら、わからない。
でも。
風使いちゃんは、少し首を傾げる。
「友達って言葉、変だった?」
「いえ…」
私は、小さく笑った。
(本当に久しぶりに、自分から笑顔を作れた気がする)
「…はい。私も、嬉しいです」
その笑顔は、さっきまでとは少し違っていた。
少しだけ、柔らかい。
その笑顔は、心からのものだった。
「よかった!じゃあ明日も一緒に行こうね!」
「はい」
二人は、再び食事に戻る。
彼女は、もう完食しそうな勢い。
私は、まだ半分も食べていない。
「お代わり頼んでいい?」
風使いちゃんが聞く。
「…私のも、食べますか?」
私は、自分の皿を彼女の方へ押した。
「え!いいの!?」
「はい…少し、お腹がいっぱいで」
(本当に)
(心も、お腹も、満たされている)
「やった!新人ちゃん、大好き!」
風使いちゃんは、嬉しそうに私のハンバーグに手を伸ばす。
私は、その様子を静かに見ていた。
(…この子は、本当に屈託がない)
封印も、真祖も、何も知らない。
ただ、ハンバーグが好きで、
ただ、今を楽しんでいる。
(羨ましい、のかもしれない)
いや。
(違う)
私も、今。
同じなのかもしれない。
ハンバーグを食べて。
友達と話して。
ただ、今を楽しんでいる。
それだけ。
ぽつりと、言葉が漏れる。
「ハンバーグは、おいしい」




