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ハンバーグはハンバーグ  作者: 風待望
真祖さん

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12/12

ハンバーグは、おいしい

「ところでドッグタグを貰ってたってことは新人ちゃんだよね!じゃあお祝いにハンバーグを奢ってあげる!ついてきて!」


そう言われてから、手を引かれ気づけば食堂のテーブルに座っていた。


(食堂…こういう場所、いつぶりだろう)


周りを見回す。


探索者たちが行き交い、笑い声が響く。

カウンターでは料理人が忙しそうに動いている。

掲示板には何やら情報が貼られている。


賑やかな、日常の音。


(…賑やか)

(こんなにも、人がいる)


「ハンバーグ定食二つ!」


風使いちゃんが元気よく注文する。


「はーい、少々お待ちくださーい」


料理人が答える。


テーブルを挟んで向かい合う二人。

風使いちゃんは、既にフォークとナイフに手を伸ばしかけている。


「新人ちゃん、ハンバーグ好き?」


風使いちゃんが聞く。


私は、少し考えるように首を傾げた。


(…ハンバーグ)

(食べたこと、あっただろうか)


「…わかりません。食べたことが、ないかもしれません」


「え!?マジで!?」


風使いちゃんの目が輝く。


「じゃあ今日は記念日だね!初ハンバーグ記念日!」


「記念日…」


私は、その言葉を小さく繰り返した。


(記念日)

(私にとって、全てが初めてなのかもしれない)


「そうだよ!人生で初めてのハンバーグなんて、超特別じゃん!」


風使いちゃんは、嬉しそうに笑う。


「楽しみにしててね!絶対おいしいから!」


「…はい」


私は、小さく頷いた。


(この子は、本当に無邪気だ)


「あ、ちょっとトイレ行ってくる!新人ちゃん、ここで待ってて!」


「はい」


風使いちゃんは、ぱたぱたと食堂の奥へ消えていった。


ーー


私は、一人、席に座っていた。


食堂の喧騒。

探索者たちの笑い声。

料理の香り。


(…一人)


この感覚を、私は知っている。

いつも、一人だった。

長い、長い時間。


(違う)


今は、違う。

風使いちゃんが、いる。


(…受付さん)


先ほど、私に何か聞こうとした。

でも、風使いちゃんに遮られて、聞けなかった。


(聞いておこう)


私は、立ち上がった。


専用受付。

そこには、受付さんが座っていた。


相変わらず、退屈そうに指で頬を突いている。


私が近づくと、受付さんは顔を上げた。


「あら、新人ちゃん。どうしたの?」


「…少し、お聞きしたいことが」


受付ちゃんは、私を見つめた。

一瞬、表情が硬くなる。


「最後の質問どういう意味だったんですか?」


受付ちゃんは、少し黙った。


それから、静かに口を開く。


「あなたは、ここで何をするつもり?」


警戒されている。当たり前だ。


「…何も、するつもりはありません」


私は、正直に答えた。


「本当に?」


「はい。ただ…」


私は、窓の外を見た。

食堂が見える。


「ここが、心地よくて」


「心地よい…?」


受付さんが、少し意外そうな顔をする。


「ええ。長い眠りから覚めて、初めて感じる、温かさです」


(本当に)

(この温かさは、初めてかもしれない)


「…そう」


受付さんは、少し考え込むような顔をして。


それから、小さく笑った。


「なら、いいわ」


「…いいんですか?」


「ええ。あなたがここにいることは、悪いことじゃないわ」


受付さんは、優しく微笑んだ。


「むしろ、歓迎するわ。ゆっくりしていきなさい」


「…ありがとうございます」


私は、頷いた。


(この方は、優しい)


真祖である私を、こんなにも優しく受け入れてくれる。


(この方ほどの存在なら、当然警戒するはずなのに)


「あの…失礼かもしれませんが」


「何?」


「あなたは、あの時代では、どのような立場だったんですか」


受付さんは、少し意外そうな顔をした。


「…どのような、って」


「ダンジョンを作り、数千年を生きて…噂では、魔物の親玉とまで」


「ああ…」


受付ちゃんは、小さく笑った。


「それは、誤解よ」


「誤解…?」


「ええ。私はただの、中の下くらいの存在よ」


「中の下…?」


私は、目を見開いた。


(そんな…)


「でも、ダンジョンを…」


「ダンジョンは、私が使役している魔物よ。そんなに大したものじゃないわ」


受付ちゃんは、あっけらかんと言った。


「数千年生きているのは本当だけど、それは別に珍しくないでしょう?」


「…そうですか」


(中の下…)


それは、意外だった。

てっきり、上位の存在だと。


(噂に、惑わされていた)


「私が中の下ならあなたなんて上の上の上澄みじゃない。真祖なんだから」


受付ちゃんは、少し呆れたような顔をして、それから優しく笑った。


(…呆れられてしまった)


「まあ、ゆっくりしていきなさい。ハンバーグ、そろそろ出来る頃よ」


「はい。ありがとうございました」


私は、受付窓口を離れた。


(受付さんは、中の下)


それなのに、こんなにも立派にダンジョンを管理している。


(…立派な方だ)


私は、ただ楽しそうだから参加して、封印された。


何も、成していない。


ーー


急いで食堂に戻る。


(…間に合った)


私は、椅子に座り直し、テーブルに置かれた水のグラスを手に取った。


一口、飲む。


冷たい。


(…何も、変わらない)


でも、少しだけ。

心が、軽くなった気がした。


「おまたせー!」


風使いちゃんが戻ってきた。


「待った?」


「いえ」


私は、小さく首を振った。


(そう…何も変わらない)

(ここでの日常は、続く)


「あ、ちょうどよかった!」


「お待たせしましたー。ハンバーグ定食二つ」


運ばれてきた。


湯気の立つ、丸い肉の塊。

照り焼きソースが艶やかに光っている。


私は、それをじっと見つめた。


(…これが、ハンバーグ)


数千年の時を経て、人々が食べているもの。


動かない。

ただ、見ている。


(…怖い、のかもしれない)


「…これが、ハンバーグ、ですか」


「そう!見て、このツヤ!この香り!最高でしょ!」


風使いちゃんは、既にフォークを握っている。


「じゃ、いただきまーす!」


「…いただきます」


私は、恐る恐るフォークとナイフを手に取った。


ーー


ハンバーグを、切る。


肉汁が、じわりと滲み出る。


フォークに刺して、口に運ぶ。


私の手が、少し震えていた。


(…数千年ぶりの、食事)


口に、入れる。


ーー


私の目が、大きく見開かれた。


(…あ)


じっと、動かない。

フォークを口元で止めたまま。


咀嚼する。

ゆっくりと。


(温かい)

(柔らかい)

(おいしい)


そして。


「…っ」


目が、潤んだ。


(…いつぶりだろう)

(この温かさ)

(この味)

(この、幸せ)


「新人ちゃん?どうしたの?大丈夫?」


彼女が心配そうに覗き込む。


「…いえ」


私は、小さく首を振った。


「おいしくて」


(本当に)

(おいしい)


「でしょ!泣くほど美味しいよね!わかるー!私も初めて食べた時、感動したもん!」


「…はい」


私は、もう一度小さく頷いて、

静かに、もう一口、ハンバーグを口に運んだ。


(…ありがとう)


誰に対してか、わからない。


でも、そう思った。


ーー


二人は、ゆっくりとハンバーグを食べ進める。


風使いちゃんは、あっという間に半分食べてしまった。

私は、一口一口を大切に、時間をかけて食べている。


(この一口一口が、愛おしい)


その様子を、風使いちゃんは微笑ましそうに見ていた。


「ね、新人ちゃん」


「はい」


「今度、一緒にダンジョン行こうよ!」


私は、少し考える。


(ダンジョン…)


「…はい。ご一緒させてください」


「やった!じゃあ明日行こうね!」


「…」


私は、風使いちゃんを見つめた。


(…なぜ、こんなにも)


「…なぜ、そんなに喜んでくれるんですか?」


「え?」


風使いちゃんは、きょとんとした顔になる。


「だって、友達が増えるの嬉しいじゃん」


「友達…」


私は、その言葉を繰り返す。


(友達)

(友達、というものが、いつ以来なのか)

(いや、今までいたことがあったのか)


それすら、わからない。


でも。


風使いちゃんは、少し首を傾げる。


「友達って言葉、変だった?」


「いえ…」


私は、小さく笑った。


(本当に久しぶりに、自分から笑顔を作れた気がする)


「…はい。私も、嬉しいです」


その笑顔は、さっきまでとは少し違っていた。

少しだけ、柔らかい。

その笑顔は、心からのものだった。


「よかった!じゃあ明日も一緒に行こうね!」


「はい」


二人は、再び食事に戻る。


彼女は、もう完食しそうな勢い。

私は、まだ半分も食べていない。


「お代わり頼んでいい?」


風使いちゃんが聞く。


「…私のも、食べますか?」


私は、自分の皿を彼女の方へ押した。


「え!いいの!?」


「はい…少し、お腹がいっぱいで」


(本当に)

(心も、お腹も、満たされている)


「やった!新人ちゃん、大好き!」


風使いちゃんは、嬉しそうに私のハンバーグに手を伸ばす。


私は、その様子を静かに見ていた。


(…この子は、本当に屈託がない)


封印も、真祖も、何も知らない。

ただ、ハンバーグが好きで、

ただ、今を楽しんでいる。


(羨ましい、のかもしれない)


いや。


(違う)


私も、今。

同じなのかもしれない。


ハンバーグを食べて。

友達と話して。

ただ、今を楽しんでいる。


それだけ。


ぽつりと、言葉が漏れる。


「ハンバーグは、おいしい」

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