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鹿鳴館舞踏会の夜

 昭和十五(一九四〇)年三月、東京日比谷にある旧鹿鳴館の解体工事が始まった。明治二十二(一八八九)年に政府から民間に払い下げられて以降、華族会館や保険会社の建物として一部が活用されていたが、その全体が有効利用されているとは言い難く、都心の一等地が半ば遊休地と化していたための処置であった。

 明治時代の文化的建築遺産として残すべきという意見はあったが、緊迫する時勢が許さなかった。

 昭和十二(一九三七)年に始まった日中戦争は拡大の一途をたどっており、日本は戦時体制を固めつつあった。無意味なものとなった老朽建造物を残しておく余裕は、既に失われていたのである。

 解体工事業者は内部から解体し始めた。かつて明るいガス灯の光に照らされていた幅の広い階段の両側には、ほとんど人工に近い大輪の菊の花が幾つも飾られ、その菊が尽きる辺りの、階段の上の舞踏室からは、もう陽気な管絃楽の音が、抑え難い幸福の吐息のように、休みなく溢れて来たものであったが、今は建物を壊す工具の音が響き渡るだけだった。

 解体工事の現場監督が職人たちを従え二階の舞踏室に入った。中はもぬけの空である。かつては舞踏室の中にも至る所に、菊の花が美しく咲き乱れていたものだ。しかも咲き乱れるのは花ばかりではない。華やかな水色や薔薇色の舞踏服を着飾った婦人たちも、花に負けぬ美を誇らしげに見せつけている。中でも目を引くのは、初々しい薄紅色の舞踏服、品良く顎に掛けた黄色いリボン、それから濃い黒髪の白百合の花飾り、そして異人さんから貰った可愛らしい赤い靴を履いた美しい娘だった。彼女は文明開化を迎えた日本の少女の美を遺憾なく備えていた。

 その美少女に外国人の青年将校が近づき、一緒に踊ってくれるよう申し込んだ。美少女は恥じらいながらも求めに応じた。そして二人は踊り始める。妙なるワルツの旋律に合わせ、二人は舞い踊った。やがて二人は踊りを止めた。だが離れ難いものがあったのであろう、アイスクリームやシャンパンを味わいつつ長く語らっていた。夜が更けると窓の外に広がる夜空で打ち上げ花火が輝いた。二人はベランダに出た。花火を見上げる娘の肩に異国の青年将校が優しく手を置いた。娘は傍らに立つ若者を見つめた。舞踏会が終わるまで二人は共にいた。

 旧鹿鳴館の解体工事は六月には終わった。正門は解体を免れたが昭和二十(一九四五)年の東京大空襲で焼失した。

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