男女平等社会を憂う我らの想いなど害虫の戯言に過ぎん
俺の名前は泰助。苗字は海老名。フルネームは海老名泰助。ミドルネームなし(欲しかった)。両親同姓。品行方正。食欲旺盛。
今までの人生で人間関係に苦労したことは特になかった。性別にかかわらず友達は普通にいたし、『性差別』なんていう言葉とは無縁の生活を送って来たと思う。確信はない。
だがしかし、4月を境にそんな性差別なき世界は幻想であることに気付いてしまった。俗に言う、世界の真実に目覚めてしまったというやつだ。
大学で何気なく履修した「ジェンダー論」が俺を変えてしまった(無念)。今までに思い描いていた男女の像には乖離があるとわかったのだ。
ちなみに現在大学2年生。19歳。男。
2か月前。飯を食ったある日の夜。「この世は男が活躍できないのか?」そう問うたときの母のムッとした顔を俺は今でも覚えていない。
そして今日。飯を食う時刻になった。
俺は口の中に噛み切れないローストビーフを噛みしめながら再び問いかける。
「なぁ、母さん」
「何よ」
「俺の思想を聞いてくれ」
「そりゃあ聞くけどどうしたのよ」
「あのさぁ~、この世は男が活躍できないのか? 男ばかり不利な世の中じゃねえか?」
「そんなことなくない?」
「あるだろっ!」
俺は思わず怒鳴ってしまい、その拍子に口の中のローストビーフがクチャクチャと不快な音を立てた。
「おかしいだろ! 母さんにだけ虫コ◯ーズのCMのオファーが来るなんてっ!」
「あんたも応募すればいいじゃない」
「出られねえんだよ。あれに出てるの主婦ばっかりだろっ!」
「仮にあんたが出たとして何がしたいのよ?」
「俺のアイディアをCMに採用してほしいんだよっ!」
そう言った時の母の心底興味なさそうな表情、きっと来世には忘れているだろう。
今でも忘れかけてるんだからそりゃそうだ。
このどうにもやるせない不満を払拭すべく、俺は大学の友人である新木場隼人(品行方正)と協力して、CM制作会社の前でデモを行うことにした。なお、彼はジェンダー論を履修していない。
◇
週末。CM制作会社の前に集まると、俺たちに緊張の瞬間がやって来た。キン◯ョーだけに。
隼人は言う。
「これ制作会社の前で言う意味あるの?」
「知らん」
デモが始まると、拡声器を持ち2人で叫んだ。ただただ叫んだ。虫コ◯ーズのCMに主婦ばかりが出る状態に異を唱え続けた。その行動がいつか報われると信じて。
はじめはひたすら馬鹿にされた(そりゃそうだろと思った害虫どもは黙って服の繊維でも食ってろ)。
しかし続けていけばいくほど、俺たちと一緒に声をあげてくれた人や動画を撮りSNSで拡散してくれる人まで現れた。きっと俺たちの思想に賛同してくれているのだろう。
◇
半年後。テレビをつけると珍しく虫コ◯ーズのCMが放映されていた。そこにあったのは、主婦がプラカードを持ってひたすら商品の名前を叫びながらデモ行進をしている様であった。そしてデモ行進の先頭には、俺の母がいた。
俺は開いた口が塞がらなかった。鼻づまりで口呼吸しかできなかったのだ。
「おい、これどういうことだよ」
いてもたってもいられなくなり、思わず母に聞いた。
「CM制作者があんたたちのデモを見て参考にしたらしいよ」
「ってことは、俺がいなけりゃあのCMはなかった……と?」
「そうなんじゃないかしら」
出演しているのは主婦であるが、その裏には多くの男たちがいる。俺もその一人になれたのだ。
ただ俺はどうしても納得がいかなかった。やるせなかった。俺の生き様を勝手にネタにしておいて、許可も取らない。あげく俺を映像内に映そうともしない。
何故なんだ? そんなに俺の行いが図星で気に食わなかったのか?
その夜、俺は嚙み切れないサイコロステーキを噛まずに飲み込んだ。
苦しかった。
◇
翌日。新CMが明らかに俺たちを嘲笑うような演出であったことについて、俺は隼人に尋ねた。もう気が気でなかったのだ。
「やっぱりさ、男があのCMに出ても良いでしょ。主婦ばかりなのはおかしいよ」
「そんなこと思わねえよ。適材適所のタレントを使って何が悪いんだよ」
俺の考えは一蹴されてしまった。裏切られたような気分だった。というか裏切られた。いや、そもそも味方などいなかったのかもしれない。
俯きながら歩む帰り道。俺はかつて頭に刻まれた事柄を思い出したのだ。俺の口からふと言葉がこぼれた。
「ジェンダー論の期末レポート提出し損ねた……」
最近虫コ◯ーズのCMが恋しいです。2015年頃を境に、主婦が歌やダンスをするタイプのCMは放映していないっぽいです。私の好きなCMは、五月◯どりさんが出てるバージョンです。「去年まで 笑ってみてた~♪」で始まるやつです。




