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第四妃と皇太子――排斥する者と祭り上げられた者

「ああ、ああ!

 ようやっと、あの穢らわしい私生児を皇宮から追い出せるわ!」

 肥えた体を揺らして高笑いする母に、皇太子は軽侮の眼差を向ける。

「……母上、彼の母は第二妃であり、第二后です」

 言外に、だがはっきりと “第四妃の母親より上の立場なのだ” と仄めかす。

「けれど、あの男は陛下に認知されていない。立場は飽くまで『私生児』」

「『私生児』というなら、母上とてそうでしょうに」

 母の逆鱗と知りつつ、皇太子は言い放つ。案の定、四妃は眦を決して息子を睨み据えた。


 四妃はひた隠しにしているが、貧乏伯爵家の血統ではなく場末のお針子の私生児だという話――尤も、父親は不明なので、本当に伯爵の隠し子の可能性がないわけではない。極めて低い可能性だが――は、もはや公然の秘密だ。

 誰も、皇帝や彼女自身の前では噯気 ( おくび)にも出さないが。


「…………………………その眼」

 煩わしげに眉を( ひそ)め、四妃は開いた扇に顔を隠した。

「どうして赤が混じっているのかしらね……陛下は美しい碧眼だというのに」

 周囲の侍女たちが気まずそうに顔を伏せる。『( いろ)』の話題が出ると、彼女たちはこうして萎縮するのだ。

 ――彼女たちは、『彩』を認識できないから。

 何の意図があるのか、四妃は( めし)いた者や『彩』という概念を持たない者のみを侍女に召し抱えている。それを四妃の慈悲の表れと思っているのか、あるいは身体障碍者救済という『|高貴な義務 《 ノブレス・オブリージュ》』の行使と思っているのか。何にしろ、皇帝が四妃に寄せる信は篤いものだった。

「わたしは祖母譲りのこの眼の色が、気に入っていますがね」

 皇帝の生母である先帝の第三妃も皇太子と同じく、美しい花紫の色の眼を持っていた。

「それに、そのような発言が祖母上 ( おばうえ)のお耳に入ったら、また御不興を買いますよ」

「多産の家系だけを買われて先帝に嫁いだ女の、何が怖いものか。

 それに結局、先帝の子は陛下お1人という為体 ( ていたらく)……『多産』が聞いて呆れるわ」

「子を産むことは女人の立派な務めでしょうが、多く子を産むことだけが偉いというわけでもないでしょうに。

 それに、子の数で評価されるなら、母上より第三妃のほうが、わずか1人の差とはいえ多うございますよ」

「ふん、兎のようにむやみやたらに孕んでぽろぽろ産むだけが女の価値でもないでしょうに」

「……」

 ああ言えばこう言う。結局、自分以外の何ものも気に障るのだ。

「――まあ、いいわ。

 あの赤眼の鬼子を追放できるのだから、少々の減らず口は大目にみてあげましょう。

 本当なら、明日にでも叩き出したかったのだけれど」

「仮に追放処分の罪人でも、明日早々は無理でしょう。

 そこまでしたいのであれば、彼と彼の従者たちの旅支度を過不足なく調えたうえで命じなければ」

「どうしてあれのためにそこまでしてやらなければならないの。それを実行するとなったら、国庫か私費から賄わなければならないじゃないの。あれのために、国からも私からも出すお金なんてありませんよ」

 はあ、と溜息をついて、四妃は億劫そうに立ち上がった。

「少し早いけれど、湯を使おうかしらね……湯浴みの支度をなさい」

 近くにいた侍女に声をかける母に、皇太子も席を立った。

「わたしも引き上げましょう。

 ……母上、くれぐれも、要らぬ手出しをなさいませぬよう」

「陛下が書面でお命じになったことだもの、さすがにそれに逆らうことはしませんよ。

 ああ、忌々しいこと――死んでも私の邪魔をする、あの小娘」

「…………………………母上」

 またも第二后を悪し様に言う母を窘めると、四妃は煩わしそうに眉を寄せた。

「ええ、ええ、解っていますとも。ここでしか言いませんよ。

 何が筆頭侯爵家だか。10歳 ( とお)にも満たない幼子を人身御供に差し出すような人非人のくせに」

「母上!」

「四妃様、湯殿の準備が調いました」

 皇太子が荒げた声に、少女の細い声が重なる。四妃は鼻を鳴らすと、長衣を翻した。




 ―― 続 ――





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