皇子――謂れなき嫌悪で排斥される者
とある国の第二皇子。
父の側妃に疎まれ、不可解な任を押しつけられる。
「納得できない!」
荒々しく扉が開いたと思ったら、皇子の乳兄弟でもある騎士が、珍しく乱暴に書類を叩きつけた。騎士の姉である治癒師と、彼女の腐れ縁の道化が眉を上げる。
「戻るなり何だ」
「おかんむりだねぇ。
殿下、何があったのさ?」
「 “とある一族を殲滅しろ” との、陛下の御下知だ」
騎士に続いて執務室に入ってきた皇子が、感情の窺い知れない声で告げる。
「陛下ではなく四妃でしょう!」
「命を下されたのは陛下だ」
「『殲滅』とは、穏やかではありませんね」
執務室を預かっていた導士が首を傾げる。彼女と、彼女の双子の片割れである魔導士は、皇子と騎士の幼馴染でもあった。
「 “場合によっては” と言っていたから、絶対命令ではないがな」
「 “場合によっては” ?
……意味が解らないね」
道化の眉が揺れた。
「それと “ついでに嫁でも探してくればどうだ” と言われた」
「…………………………はあぁっ!?」
皇子と騎士以外の全員が驚愕の声をあげた。
・❖◈◇・◇◈❖・
「――ここ数年、国内が落ち着かないでしょう?」
どうにか騎士が落ち着きを取り戻し、全員で卓を囲む。
「旱魃に冷害、疫病も多いな」
「国境あたりも不穏だよねぇ。
アタシもこの前、めったにされない旅証の確認なんかされちゃったよ」
「それは本当に珍しいな」
魔導士は眉を上げた。
学者や医師などの専門家、絵師や吟遊詩人、歌踊団や道化など芸事に携わる者らは、どの国でも基本的には身分証明だけで国境を越えられる。知識や文化、芸術の断絶は、国内に於けるそれらの衰退を招くからだ。
「自然災害も多いな」
「戦や人災はともかく――星の廻りと地殻や気象の変動周期からみれば、さして不思議でもないのですけどね。
現に我が国のみならず、近隣諸国でも起こっていますし」
導師が地図を広げ、点々と各国を指す。
「だが、殿下を目の敵にしているあの女狐には、つけ込むいい口実だろうよ」
「まさに姉上の仰るとおりです」
「今回はどんな世迷言を言い出したのですか」
魔導師が促すと、騎士は怒りを再発させた。
「いつもの妄言に加えて “母君どころか皇帝陛下、延いては皇国に対しても厄病神だ” と……。
あの女、殿下が死と咎人の女神に呪われているなぞという御伽噺を本気で信じ込んでいるので始末に負えません」
「太皇太后陛下や皇太后陛下に叱責されても改めませんからね……」
「陛下の寵愛を嵩に着て……貧乏伯爵家の娘の分際で」
「家柄で貶すもんじゃないよ」
道化が騎士を嗜める。
「貧しい家で育ったって、礼儀作法を身につけている者はいる。氏より育ちさ」
騎士は気まずそうに口を噤んだ。
「それで、どこかの民の殲滅云々は措いて――何がどうなって殿下の嫁探しの話になったんです?」
魔導師が首を傾げる。
「殿下の嫁云々する前に、自身の御子息の嫁探しをしたほうがよろしいのでは?」
「『年功序列』が正義と謳うなら、そうなるな。
皇太子殿下は、もう25歳だったか?」
「姉上、22歳です。
どこから出てきたんですか、25という数字は。皇太子殿下の同腹の姉上の皇女殿下が23歳、陛下の最初の御子であらせられる一の姫も24歳ですから、他の皇子や皇女と勘違いしたという言い訳も通りませんよ」
弟の白眼を、治癒師は涼しい顔で流して続けた。
「まあ、見事に返す刃が刺さっているな。
陛下が22歳のときには、妻どころか皇太子の他、第三妃がお産みになった皇女殿下がお二人と第四妃が産んだ皇女殿下と皇子殿下に加え、外で産ませた庶子や私生児がいたぞ」
「数時間で亡くなった皇女も含めれば『皇族』は6人だな」
腹違いとはいえ、仮にも姉に当たる存在を、皇子はまるで他人のように語る。
「父上や皇太子の話はどうでもいい。嫁の話も “ついでに” と言っていたから、特に理由はないんだろう。
主な話は、どこかの民の殲滅のようだな。第四妃には “どこぞの山奥に異端の娘がいれば、その一帯を根絶やしにしろ” と言われた」
「……はい?
“異端の娘がいれば” ……ですか? “いるので” ではなく?」
「 “いれば” だそうだ」
「……第四妃が言うには」
騎士が補足する。
「 “山奥の小さな村にいるかもしれない、黒髪赤眼以外の娘がいれば、その村の民を赤子の一人も残さず滅せよ” とのことです」
「んんん~?
妙な命令だねぇ」
道化が腕を組む。
「 “どこぞの山奥に異端の娘がいれば” 。
“山奥の小さな村にいるかもしれない” 。
不確定なうえ “黒髪赤眼以外” とはねぇ……。
どんな意図があるんだか」
「そもそも、その “山奥の小さな村” とは?」
「何も言わなかった。
国内か国外かすら、定かではない」
「砂漠にある一粒の砂金を探せと?」
「唯一 “北に在る” と言ってはいたか」
「そうですか。
……この国自体、かなり北に在るから、いくらかは絞れるな」
治癒師は地図を引っ張り出して広げた。その上に指を走らせ、導師が眉を寄せる。
「しかし、小国を挿んだ先は未知の領域です……」
「どんな民族種族がいるかも定かではない……ひとまず、国内で情報を集めたほうがいいでしょうね」
魔導士の言葉に、治癒師は肩を竦めた。
「第四妃が知り得る程度の情報なら、未開の蛮族の地ということは有り得ないだろう」
「 “黒髪赤眼以外の娘がいれば” というのだから『黒髪赤眼』が手懸かりになりそうですね」
「取り敢えず、いつでも発てるように支度をしておけ」
「はいはーい」
皇子の号令に、道化は軽く答えて身体を伸ばした。
「ったく、四妃にも困ったもんだねぇ」
「すぐに殿下を追い出そうとするだろう。早急に荷造りを済ませたほうがいいな」
「殿下、もし未知の蛮族を相手取らなければならなくなった場合、我々だけでは手が回らないかもしれません」
騎士の提案に、道化が頷いた。
「そうだねぇ。アタシはともかく、お貴族様は型通りのきれいな戦いしか知らないから、そんなものはおかまいなしの連中相手じゃ詰んじゃうね。
傭兵を一人か二人、入れたほうがいいか……アタシに狂戦士の心当たりがあるから、声をかけとくよ。金にがめついし、雇うには高額だけど、一度契約したら、その契約が切れるまでは何があっても裏切らないから安心していい。ギルドを通すから、身元も保証されてるし」
「ギルドでの格は?」
「漆黒」
「最上位じゃないですか」
「そりゃ、有象無象の輩なんて紹介できないだろ。
あと」
道化はにやりと笑った。
「もう一つ、特技があるんだよねぇ、そいつ。
まあ、そっちは役立てるかどうか判らないから、時が来るまでは伏せとくよ。あまり大っぴらにいえる業種でもないしさ」
「それで凡そ判った気もするが……まあ、伏せたいというなら不問にするさ」
少し呆れたように言った治癒師は、皇子に向き直った。
「殿下、わたしたちは出立までに、情報収集と旅の準備をします」
「ギルドを当たるなら、ついでに、各所のギルドに繋ぎをつけるように話を通しておいてもらえますか」
導師が道化に言った。
「期間も読めないし、食料や金子を大量に確保していくより、先々で稼いだほうが効率がよさそうですので」
「たしかに、いきなり飛び込みでギルドに仕事紹介を依頼するよりは円滑に進みますね」
「あいよ~☆
んじゃ、みんなの得手不得手の情報も、ギルドに渡しちゃっていいかい?」
「その辺りは任せる。
――俺は特筆するところもないから、唯一のお荷物になりそうだがな」
「殿下は特別に秀でたものがない代わりに、殊更に不利になるようなものもないじゃないか。いわゆる『器用貧乏』ってやつだね」
「『万能』とか『全能』とか、他にいくらでもいいようがあるでしょう……」
「殿下はわたしたちの組のまとめ役、ということでよろしいのでは」
導師がにっこりと笑った。
「どの傭兵部隊にも、組織をまとめ上げて指揮する人物はいますからね」
「さすがに、名前そのまま使うわけにはいかないよねぇ……殿下、何か偽名を考えといとくれよ。その名前でギルドに依頼登録するからさ」
「……わかった」
億劫そうに応じる皇子を、道化はじっと見つめて言った。
「――『黒髪に赤い眼』ってんなら、皇子も該当するねぇ」
「不敬な発言をするな」
治癒師が叱りとばした。
「――ですが『黒髪赤眼』に妙に拘っているあたり、皇子への個人的感情に由来する近親憎悪、という感じもしますね」
「それで滅ぼされる村は堪ったものではないがな」
皇子の溜息を潮に、その場は解散となった。とはいえ、まだその場に留まって行程や準備などを話し合う者もいたが。
「――」
部屋を出たところを皇子に呼び止められ、道化は足を止めて肩越しに振り返った。
「ん~? 何かな?」
「どうしておまえは、そうおどけているんだ」
「……こんな堅苦しい面子揃いなんだ、一人くらい、その空気を壊す奴がいてもいいだろ?
それに、男も女も演じ分けられるアタシの才は、皇子の足手まといにはならないさ」
「……」
皇子は、ふっと笑った。
「そうだな。おまえがいると、無駄に入った肩の力が抜ける。
それに、陽動も隠密もお手のものだからな」
「自慢じゃないけど、仲間内で一番、他所に顔も利くしね。
まあ、ギルド関係はアタシに任せときな。皇子の不利になるようなことには、絶対にさせないさ」
「任せる」
皇子は短く答え、私室へと足を向けた。その背を見送った道化は、重く雲を垂れ込める空を見上げる。
「……ひと波乱ありそうだねぇ。
いや――何波乱、あるかな?」
―― 続 ――




