『聖』――呪いを受けない『呪われし子』
禍つ神の呪いで全員が大なり小なりの呪いを受けている寒村。
呪われない者は『聖』として祀り上げられ皆の呪いを裾分けされ、結果的に最大の呪いを受ける。
黒髪に赤眼が一般的な、山間の寒村。
生まれ落ちた異質なその赤子は喜ばれ、尊ばれ――忌まれることになる。
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望の夜。
「『聖』のお出ましだ」
漆黒の布で目を覆った、あるときは若者が、あるときは娘が、粗末な輿で担ぎ出される。遠巻きに眺める村人の、戦ぐ葉擦れのようなささめきは、崇敬というより非難めいていて。
「一人だけ楽にさせてなるものか」
血のような、炎のような、桜のような、紅葉のような――様々な『赤』の眸が『聖』を射る。
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ここは禍つ神に呪われ穢れた村。
総ての民の身に、神の呪詛は降りかかる。
高位の者ほど、その呪いは強く深い。
身体を損ないし者、心を狂わされし者、異形の身で産まれし者。
呪いの顕出は多岐に亘れど、唯一つ通じているのは、射干玉の髪と赤い双眸。
深紅から淡紅まで色合いは様々だが、神に呪われた者は、必ず赤を帯びた双眸を持っていた。
そんな村で、稀に “一切の呪いを受けない” 者が生まれ落ちることがある。
墨色の髪も赤い眸も持たない、『呪い』が『正常』なこの村で、極めて異質なモノ。
どのような法則で生まれるのかは判らない。呪いの濃い家系にも、殆ど呪いの影響を受けていない家系にも、その子らは生まれる。
それは母の胎に宿ったときから、そうと知れるという。母に課せられた呪いが薄くなるからだ。
誰もが呪いに苛まれ、苦痛に喘ぐが必然のこの村で、神の悪意の掌から零れた者は羨望と嫉妬の対象になった。
「一人だけ楽にさせてなるものか」
別の意味で『呪われた子』を宿した母は隔離され、閉じ込められ、村人から罵声を浴びせられ、産んだ我が子を取り上げられる。真っ当な愛情を持った母ならば耐え難い、最も重く過酷な呪い。
それが、子を呪いから解放し救うためであったなら、割かれるような心の痛みにも耐えただろう。
『呪われた子』は、男女の別なく『聖』と呼ばれ、結界で隔離された社で、名もないままに育てられた。
名など必要ない。『聖』と呼ばれる者は、めったに生まれない。同時に二人が存在することすら稀だ。
『聖』の特徴は、一切の呪いがかかっていないこと。
外見的には、村人と違う色の髪と眸を有していること。濃淡や色彩の差異はあれども基本的には同じ色の髪と眸の村人と異なり、『聖』は各々違う色を持って生まれた。
外の血が混じったからではない。仮に村の外の人間と婚おうとも、村人の血を引いた者は、いかなる例外も認められなかった――『聖』を除いては。
『聖』は社で大切に扱われ、衣食住の全ては村人に賄われる。生命の保証はされている。
ただし、自由に外に出ることはできない。村人と異なる色の眸は細布で覆われる。その眸が邪視となることのないように。
『聖』は神を降ろせる、浄らかな存在。だから、俗世に触れて世間擦れしてはならない。
そう言い含めて育てられる。
外に出られるのは、月に一度の望の夜の祭礼のみ。
その夜、『聖』は身を清めて輿に担がれ、村人の注視の中を練り歩き、祭祀の場へと辿り着く。
そして、村人に降りかかる呪いの一部を、呪いを知らない無垢な身に受けるのだ。
【禍躯下ろし】の名の下に。
結果として、村で最大の『呪い』をその身に受けることになる『聖』の命は短い。
大半は十四、五歳、存えたところで二十の半ばを超えることはなかった。
『聖』を生した両親のその後も悲惨だった。
『聖』以前・以後に村の子を生そうが、一度『聖』を生したが最後、村の憎悪を一身に受けることになった。
『聖』は神の呪いという制約を受けない。そして『聖』の両親と兄弟姉妹はその恩恵を受け、呪いが軽減される。ごく軽い呪いを受けていた者は、ほぼ呪いの影響がなくなるまでに軽くなった。
『聖』の一家だけが呪いから逃れるなぞ許さない。
『聖』を孕んだときから妻と夫は引き離され、それは『聖』を産み落とした後も変わらない。
どれほど高位の家であろうと村の最下層に堕とされ、牛馬以下の存在として扱われる。粗末な掘っ立て小屋に押し込められ、力仕事を強いられ、女であれば村の男の慰み者にされた。
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そしてまた、この村に『呪い』を知らない『呪われし子』が生まれる。
―― 続 ――




