8th.少女の名前
「…というように、邪馬台国では、支配階級の王と大人が存在し、逆に支配される側の、下戸と生口という、言わば奴隷のような者達もいたという訳だ。」
法堂は2-Dにて授業をしていた。
教えている間、法堂は何度か昨日の出来事を思い出していた。
昨日の夜、少女の怨念が浄化された後―
―12時間前―
怨念が完全に浄化された少女は、光に包まれたままだった。
しばらくすると、少女を包んでいた光は、段々小さくなって、やがて、野球ボール程度の大きさになった。
法堂は目をパチクリしながらその様子を見ていた。
とその時、野球ボールサイズの光は、ものすごい速さでどこかへ飛んでいった。
「えっちょっ…。」
法堂は何が起きたのかわからず、とりあえず光の玉があった場所まできた。
「なっ何だったんだ…。なあ、これってどういう…。」
法堂は後ろを振り向いてそう言いかけた。
法堂の後ろには、誰ひとりいないのだ。
「帰るの早っ!!」
法堂は誰もいない学園で、一人そうツッコミを入れた。
結局、何も分からずじまいのまま今日を迎えた訳だが、やはりG-クラスの事が気になって仕方がないのであった。
本人達に直接聞くってのが1番手っ取り早いけど、俺みたいな普通の教員は、あまりG-クラスと関わりがないから、直接聞くってのはなかなか難しいかもなぁ。
とっくに授業を終えた法堂は、職員室に向かうため、廊下を一人で歩いていた。
そういえば、あの子はどうなったんだろう。あの後怨念が浄化された訳だけど、何だかあの子がまだこの学園の中にいる気がする…。
そう思った法堂は、職員室とは違う方向へと歩みを進めた。
法堂は、生物室の前に立っていた。
確かこの時間は生物室は使われないはずだから…。
ゴクッと唾をのむと、法堂はゆっくり生物室の扉を開けた。
とその時、
扉を開けた瞬間に、何かが飛んで来て法堂のおでこに直撃した。
「痛たっ!!」
法堂は後ろに反れるが、なんとか体制を保って、おでこを摩った。
「なっ何だ…。」
法堂はおでこに直撃した物が何かを見ようとした。
自分の目の前にはいない…。
そう思った瞬間、
ひょいっと横からそれは姿を現した。
目の前にいたのは、サキぐらいの大きさの小さな女の子だった。
髪型は、邪馬台国にいたような、ツイン団子で髪が長く、服は、まるでマーメイドのようなワンピースを着ていた。両肩には魚のひれのような物がついている。
「えっと、君は…。」
『貴様、我の事が見えるのか?』
目の前の少女は、突然そう聞いてきた。
「えっまぁ。」
『そうか。まあとりあえず入れ。』
小さな女の子は、特に疑う事もせず、まるで自分の家に招き入れるようなそぶりでそう言った。
法堂はともかく中に入る事にした。
中に入った法堂は、1番前の机の椅子に座っていた。
「君はいつからここにいるんだ?」
法堂は机の上に座っている少女を見てそう尋ねた。
『分からない。』
「えっ!?」
『分からないんだ。気付いたらここにいて、それで…。』
少女はそう答えた後、下を俯いて黙ってしまった。
「いつ気がついたんだ?」
『だいたい9時ぐらいだったと思う。その時人が沢山いて、そのざわめき声で気がついたんだ。』
「そっか…。」
少女の話を聞き終えた法堂は、考え事をし始めた。
この子から、怨念が浄化された後のあの女の子と同じようなものを感じる。
もしかして、この子はあの女の子なのか?だとしたら、何となく辻妻があう。あの光の玉の中にいたのがこの子で、ここに来たんだとしたら…。
『おいっ!!』
いきなり少女に呼ばれたので、法堂は少々驚いた。
『貴様、何をぼーっとしている。』
「ゴメン。ってか、俺“貴様”じゃなくて、法堂小暮っていうれっきとした名前があるんだけど。」
法堂は“貴様”呼ばわりされる事に不満を抱いた。
『知るか。そんなこと。まぁ、確かに、“貴様”と呼ぶのもあれだしな、貴様にはこれからいろいろと世話になりそうだし。名前で呼ぶとするか。』
世話になる前提かよっと内心ツッコミながら少女を見ていた。
『そうだなぁ、法堂小暮…ほーどー…。よし、決めた。おまえを“法堂”と呼ぶことにしよう!!』
まんまかい。と思いながらも、貴様呼ばわりされるよりはいいと考え、それでいいと言った。
『じゃあ、よろしくな。法堂。』
「よろしく、えっと…。名前、なんていうの?」
『分からん。』
「はぃぃ?」
『分からんのだ。自分が何なのか…。だから、名前は法堂が決めてくれ。』
「いや、突然そんなこと言われても…。」
そう言いつつも、とりあえず名前を考えてみた。
えっと、“魚ちゃん”は普通すぎるし、なんかの魚の名前をつけるか。“マグロ”じゃちょっとなぁ…。ウーン。
法堂はとにかく必死に考えていた。
魚…。魚といえば寿司。そういえば前、井森先生が…。
―数日前―
「はぁ、キャンプへ行きたい。」
「どうしたんですか、急に?」
「いやな、この前テレビの特集でやってたんだけどな、ある魚の塩焼きをみたら、何だか食べたくなって。」
「ある魚?」
「それはな…。」
―今―
「アユ…。そうだ!!アユちゃんなんてどうだ?」
『アユちゃん…。なかなかキュートな名前だが、まあいい。気に入った。我の名は今日から“アユ”だ。』
「それじゃ、改めてよろしく。アユちゃん。」
そう言うと、法堂は手を差し延べた。
『よろしく。』
アユは小さな手で法堂の手(の人差し指)を握った。
職員室へ戻った法堂は、教員数名がなにやらざわざわとしていた。
あれって確か、生物の先生たちだよな。どうしたんだ?
「あっ法堂先生。」
法堂が入ってきたのに気付いた久本は、法堂のところに近づいてきた。
「久本先生、何かあったんですか?」
「実は、G-クラスから議案書が提出されてね。」
「G-クラスから…。一体どんな議案書なんですか?」
「魚の解剖で使われた魚を、家畜などの餌に全部回せっていうのなんだけど…。」
えっ!?と、久本の話を聞いていた法堂は驚きの声をあげた。
まさか、再び怨念を生まないようにするためにそんな事を。
法堂はG-クラスのしてくれた事に有り難さを感じた。
「法堂先生はいらっしゃいます?」
と、浅見が法堂を呼ぶ声が聞こえた。
「はい、ここにいますけど…。」
法堂はとりあえず応答した。
「理事長がお呼びですわよ。」
はい!?
法堂は、浅見の言葉をすぐには理解できなかった。