19th.アクシデント
呉竹が戻っていった後、法堂たちは棒高跳びの練習を見ていた。
「やっぱり潤が断トツの一位みたいね。」
因幡は一通り練習を見てそう言った。
断トツ一位の潤は、呉竹が戻ったその後に練習場に戻った。
「けど、どの生徒も頑張ってるな。」
同じく練習を一通り見た法堂はそう言った。
「ねぇ、呉竹くんの番はまだなの?」
数葉は隣に立っている白石にそう聞いた。
「うーん、今休憩中みたいだから、その後すぐだと思う。」
白石はそう答えた。
陸上部の部員は、白石の言った通り休憩中である。潤は次の計測に向けてストレッチをしていた。
「それより、喉が渇いてきたわね。」
因幡は話を切り替えてそう言った。
「確かに、私も喉渇いてきた。」
数葉も続いてそう言った。
「じゃあ、カフェテラスに行って何か飲みませんか?次の練習まで時間がありますし。」
白石はそう提案した。
「それいいね。賛成!!」
「私も。」
数葉と因幡は白石の提案に賛成した。
「あの、先生はどうしますか?」
白石は法堂にそう聞いてみた。
「いや、俺はいいよ。」
「えー、なんで?喉渇いてないの?」
数葉は法堂が断った事に対して不満げであった。
「いや、喉は渇いてるけど、別に俺は自販機のジュースでいいし。」
それに、カフェテラスで売ってる飲み物は高いしな。
法堂はそう思いつつ、数葉にそう言い返した。
「ふーん。じゃあ、私たちカフェテラスでお茶してくるから、ここで待ち合わせね。」
「おう。」
法堂が返事をした後、因幡、数葉、白石の三人は法堂に背を向けて歩き始めた。
「さてと、俺も飲み物を買いに行きますか。」
三人がいなくなったのを確認すると、法堂は飲み物を求めて歩き始めた。
『…切ってやる。』
ビクッと肩を震わせ、法堂はパッと振り返った。
今のは…。
法堂は突然聞こえた声を探るために、ゆっくりと辺りを見回したが、それらしいものは見つからなかったので、法堂は再び歩みを進めた。
*****
休憩時間はあっという間に終わり、陸上部の練習は再開されていた。
「石崎、新たに記録更新。」
井森の言葉と同時に、たくさんの拍手が巻き起こった。
「すごいすごい!!」
数葉は手がヒリヒリするのを忘れるかのように、大きな拍手をした。
因幡も白石も、数葉ほどではないが大きな拍手を送った。
そんな中、法堂は拍手をしながら考え事をしていた。
休憩時間中に聞いた、『…切ってやる。』という言葉がどうしても気がかりで仕方がなかった。
そして、その言葉を聞いた途端、背筋が凍るほどの憎悪の気配がした。
あれはもしかして…。
「あっ、次は呉竹君の番みたい。」
数葉の声で、法堂の意識は現実へと引き戻された。
呉竹は、すでにポールを持ってスタンバっていた。
白石は、「俊一頑張ってぇ。」とエールを送っていた。
呉竹はその声に気づいたのか、ちらっと白石の方を見た。
白石は手をメガホン代わりに、出せるだけの声を出して、応援している姿があった。
呉竹はポッと頬を赤らめると、気を取り直してスタート地点に立った。
その途端、女子による呉竹の応援が始まった。
「なんか、凄く激しいな。」
熱気溢れる女子達を見て、法堂は素直な感想を述べた。
「潤に負けず劣らずの人気ね。」
因幡は法堂と同じ方向を見て、そう言った。
鷺森学園第一グラウンドは、相変わらずの熱気で満ち溢れている。
そんな中、とうとうピッという笛の合図が鳴った。
その音と同時に、呉竹はポールを持って駆け出した。
女子の応援は、さらにヒートアップする。
バー付近に来ると、呉竹は手持ちのポールを支えに体を宙に浮かせた。
その場で全員が息を呑んだ。
…とその時!!
「!!」
ビクッと、法堂は無意識に肩を震わせた。
この感じ、さっきと同じ。
そうこう考えてる内に、法堂は衝撃的な瞬間を見てしまった。
シュッと、ポールに「何か」がすり抜けたのだ。
それと同時に、ポールは真っ二つにスパッと何かで切られたかのように折れてしまった。
突然の出来事に、その場にいた全員は驚愕した。
呉竹は突然の事にバランスを崩し、「うわぁぁぁぁぁ。」と叫びながら真っ逆さまに落下していった。
そして呉竹の体は、巨大マットの端へと叩きつけられた。
同時に、グラウンドでは悲鳴が轟いた。
「呉竹ぇー。」
井森は手に持っていたボードをそこら辺に投げ捨て、呉竹の所に駆け寄った。
法堂達も走って呉竹の所まで来た。
「呉竹、しっかりしろ!!」
「俊一!!」
井森と白石は、呉竹に必死でそう声をかけた。
白石に至っては涙目である。
「だっ大丈夫です…。」
呉竹はなんとか上体を起こし、しっかりとした声でそう言った。
その言葉に、その場にいた井森達は安堵の息を漏らした。
「よかった…。念のため保健室へ行こう。」
「私も行きます。」
井森は呉竹を肩で担ぎ、白石と共に保健室へ向かって歩き始めた。
一方、法堂は真っ二つに折れたポールに目を落としていた。
ポールには、くっきりと鋭い刃物で切られたような跡があった。
「先生、これって…。」
法堂の後ろで、法堂と同じくポールに目を落としている因幡は、そう言葉を漏らした。
因幡は法堂と同じ考えのようである。
法堂は後ろを振り向いて、黙ってコクリと頷いた。