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第7話 リリアの凱旋と、奇跡の肥料


 サンヘイブン村の朝は、黄金の光と共に訪れた。

 ワイらが畑の中心に向かうと、『太陽草』は夜の間にその輝きをさらに増し、まるで小さな太陽のように、周囲を暖かな光で照らしていた。


「太陽草さん、おはようございます」


 リリアが優しく語りかけると、太陽草は応えるように、その黄金の花をゆっくりと開く。そして、花の中心にある一枚の花弁が、そっと剥がれて、彼女のてのひらの上に舞い落ちた。


「…ありがとうございます」


 リリアは大切そうにその花弁を両手で包み、ワイに差し出した。

 受け取った花弁は、太陽の温もりと、凝縮された魔力が詰まっているのが分かる。これで、セレニアの呪いを解くための最初のキーアイテムが、ついに手に入った。


「リリア、本当にありがとう。このご恩は、決して忘れませんわ」

 セレニアが、心の底からの感謝を告げる。リリアははにかみながら、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


 ◇


 リリアの家に戻り、ワイらは旅立ちの準備を始めた。

 ワイは携帯用のクラフト道具をまとめ、リリアは大切そうに数種類の種を小さな袋に詰めている。そんな中、セレニアは一人、大きな物と格闘していた。


「うぅ…重いですわ…!」

「セレニア、何しとんねん。その鍋はリリアの家の備品やろが」


 セレニアが汗をかきながら、自分の荷物に入れようとしていたのは、昨日ワイが魔改造した『三ツ星お料理ポット』だった。


「ですが、このお鍋がなければ、わたくしたちの食生活の質が著しく低下しますわ!これは、わたくしたちの旅の必需品です!」

「あ、あの、セレニア様、よかったら、持っていってください…!」

「はぁ…まあ、ええか…。リリア、すまんな」


 そんなやり取りで少しだけ空気が和んだ、その時だった。

 家の扉が、バン!と乱暴に開け放たれた。


 そこに立っていたのは、昨日ワイらに「魔女だ!」と叫んで逃げていった、村の青年だった。彼は息を切らし、鬼気迫る表情で叫んだ。


「ま、魔女!…いや、リリアちゃん!た、頼む、助けてくれ!」


「リリアちゃん」という、生まれて初めて村人から呼ばれたその響きに、リリアはびくりと肩を震わせる。


「村の畑が…畑が全部枯れちまうんだ!」


 ワイらは青年の後に続き、急いで村へと丘を下りた。

 そして、目の前に広がる光景に、言葉を失う。


 昨日まで、異常なほどの生命力に満ち溢れていた村の畑が、一晩で見る影もなく枯れ果てていたのだ。

 樽のように大きかったカボチャは風船がしぼんだように萎び、真っ赤だったトマトは病的な茶色に変色している。あたりには、甘い香りではなく、植物が腐敗する匂いが立ち込めていた。


「なんて、ことですの…」

 セレニアが絶句する。


 村人たちは、自分たちの畑の前で膝から崩れ落ち、ただ呆然と天を仰いでいた。

 それは、昨日までのリリアがずっと味わってきた、絶望の光景そのものだった。

 ワイはその惨状を、冷静な目で見つめていた。


 一行が枯れた畑の前で立ち尽くしていると、村人たちの中から、杖をついた一人の老人が進み出てきた。村長だろう、その顔には深い絶望と、そして長年募らせてきた憎しみが刻まれている。

 彼はワイらを一瞥すると、その敵意に満ちた視線を、怯えてセレニアの後ろに隠れるリリアへと突き刺した。


「やはり、お前か…!『魔女』め…!」

「なっ…!」


 リリアが小さく悲鳴を上げる。


「お前がこの村にいる限り、この災いは繰り返されるのだ!お前のあの不気味な畑が、村中の大地の恵みを吸い尽くしてしまう!これは、お前が村にもたらした呪いだ!」


 村長の言葉に、他の村人たちも「そうだ、魔女のせいだ!」「俺たちの畑を返せ!」と、リリアに向かって石を投げるような言葉を浴びせ始めた。


「無礼ですわ!何の証拠があって、リリアを貶めるのですか!」


 セレニアがリリアを庇うように、毅然として言い返す。だが、長年の思い込みに囚われた村人たちに、その声は届かない。


 そんな一触即発の空気の中、ワイだけが「ふーん」と気のない返事をしながら、枯れた畑へと足を踏み入れた。


 ワイは騒ぐ村人たちには目もくれず、乾いてひび割れた土を、ひとすくい手に取る。ザラザラとした感触は、まるでただの砂のようだ。

 ワイはその土に、静かに『鑑定』の力を注ぎ込んだ。


【鑑定結果:表】

 名称: 枯れた土

 詳細: 栄養が全くない。生命の気配が感じられない。


【鑑定結果:裏】

 名称: 魔力欠乏症の土壌

 詳細: 長年、リリアの畑に魔力を吸い上げられたため、土地そのものが極度の栄養失調に陥っている。通常の肥料では回復しない。『大地の愛し子』の力でしか、根本的な回復は不可能。


(なるほどな。リリアの力が強すぎて、この土地全体の魔力バランスが崩れとるんか。人間で言うなら、一人の天才のせいで、周りの凡人が全員栄養失調になっとるようなもんや。リリアも村人も、どっちも悪くない。ただ、やり方が下手くそなだけや)


 全ての原因を理解したワイは、ゆっくりと立ち上がり、土を払った。

 そして、今もなおリリアを罵倒し続ける村長に向かって、言い放った。


「なあ、爺さん。あんた、とんだ見当違いしとるで」

「なんだと、小僧…!」


 ワイは村人全員に聞こえるように、腹の底から叫んだ。


「呪いちゃうわ、アホ!ただの栄養失調や!」


 そのあまりにも不敬な一喝に、村人たちが一瞬だけ静まり返る。


「あんたらが今までリリアを『魔女』や言うて仲間外れにして、土地の世話をぜーんぶ、あの一人のお嬢ちゃんに押し付けてきたせいやろが!おかげで、大地がへそを曲げとるんや!」


 ワイは震えるリリアを、ぐいと前に引き出した。


「ええか、よう聞け!この死んだ畑を救えるんは、世界中どこを探したって、たった一人しかおらん!」


 ワイは、村人たちが「魔女」と呼び、恐れ、そして今まさに救いを求めようとしている、その少女を指さす。


「この畑を救えるんは、あんたらが魔女呼ばわりしとる、リリアしかおらんのやで!」


 ワイの一喝に、村人たちは静まり返った。しかし、彼らの目に宿るのは、納得の色ではない。長年信じてきた「常識」を覆され、リリアの力を借りることへの、戸惑いと恐怖の色だった。


「な…何を馬鹿なことを…!」

 村長が、杖を震わせながら絞り出す。

「魔女の力など借りて、村がどうなっても知らんぞ!畑が元に戻る保証など、どこにもないではないか!」

「そうだそうだ!」と、他の村人たちも同調する。


 その、あまりにも身勝手な言葉に、セレニアが「あなたたちという人たちは…!」と激昂しかけた、その時だった。

 それまでワイの後ろで震えていたリリアが、一歩、また一歩と、前へ進み出た。


 彼女は、自分を罵倒し、恐れる村人たちの前に立つと、震える唇を必死に抑えながら、声を上げた。


「皆さんが、わたくしを怖がっているのは、知っています…。今まで、たくさん怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい…。でも…!」


 彼女は顔を上げる。その瞳には、昨日までの怯えはない。アレスに「宝物だ」と言われた自信が、彼女に確かな力を与えていた。


「わたくしに、やらせてください!この村は、わたくしの大切な、故郷ですから!」


 その悲痛な叫びに、村人たちは言葉を失う。

 感動的な雰囲気をぶち破るように、ワイはわざとらしく、パチパチと拍手をした。


「よっしゃ、主役の覚悟は決まったみたいやな!」


 ワイはニヤリと笑うと、呆気にとられる村人たちに向かって、高らかに宣言した。


「ほな、これより、リリアの力を120%増幅させる、特別アイテムを作ったる!おい、あんたら!家に転がってるガラクタ、何でもええから、ありったけここに持ってこい!錆びたクギでも、割れた皿でも、何でもええで!」


「が、ガラクタ…ですと?」

 村人たちは意味が分からないという顔をしていたが、ワイの気迫に押され、半信半疑のまま、それぞれの家へと走っていく。


 やがて、畑の前には、錆びた鈴、綺麗なだけの石、壊れた農具の金属部分、子供が無くしたおもちゃの笛など、まさにガラクタの山が出来上がった。


 ワイはその山に突っ込むと、一つ一つを手に取り、高速で『鑑定』していく。


【鑑定結果:表】 錆びた銅の鈴

【鑑定結果:裏】 聖なる儀式で使われた『清めの鈴』。魔力を増幅する効果が残っている。


【鑑定結果:表】 綺麗なだけの石

【鑑定結果:裏】 『魔力安定石』。魔力の流れを整える性質を持つ。


「よし、これとこれと…あとこれやな!」


 ワイはガラクタの山からいくつかの素材を選別すると、「ちょっと枝、取ってくるわ!」と、再び森へと走り去り、すぐに神々しいオーラを放つ『千年樹』の枝を手に戻ってきた。


 そして、その場にいた全員が度肝を抜かれる、奇想天外なクラフトが始まった。

 ワイは千年樹の枝を芯に、聖なる鈴をぶら下げ、魔力安定石を飾り付け、金属片を貼り付けていく。それは、鍛冶でもなければ、錬金術でもない。まるで、子供の図画工作のような光景だった。


「…………」


 セレニアもリリアも、そして村人たちも、目の前で繰り広げられるあまりにも独創的な作業を、ただただ見つめている。


 やがて、ワイの手の中に、一つの奇妙な楽器が完成した。

 それは、杖のようでもあり、赤ん坊をあやすガラガラのようでもあった。


「ほらよ、リリア。お前のための特別製や」


 ワイは、完成したそれをリリアに手渡す。


「名付けて、『大地のガラガラ』や!」


 その、あまりにも気の抜けるネーミングと、お世辞にも美しいとは言えない見た目に、村長が「こんなおもちゃで、一体何ができるというんだ…」と呟いた。

 だが、リリアは違った。彼女は、その奇妙なガラガラから、暖かくて、優しい力が溢れているのを感じ取っていた。

 彼女は、ワイを信じ、そして自分を信じ、そのガラガラを、ぎゅっと握りしめたのだった。


 ◇


 枯れ果てた畑の中心に、リリアが立つ。

 その小さな手には、ワイが作った奇妙な杖、『大地のガラガラ』が握られている。

 村人たちは遠巻きに、セレニアはすぐ側で、固唾をのんで彼女を見守っていた。リリアは不安そうに一度だけこちらを振り返る。ワイは、彼女に力強く頷いてみせた。


「大丈夫ですわ、リリア。あなたの歌は、とても美しいですもの。わたくしが保証します」

 セレニアの優しい励ましに、リリアはこくりと頷き、覚悟を決めたように目を閉じた。


 やがて、彼女の唇から、澄んだメロディーが紡がれ始める。

 それは、歌詞のない、ただのハミングのような歌。けれど、大地を慈しみ、植物の成長を願う、優しくて温かい想いが込められた歌だった。

 リリアの歌声が、静まり返った村に響き渡る。


「今や!振れ!」


 ワイの合図に、リリアは『大地のガラガラ』をしゃらんと振った。

 すると、杖に付けられた『清めの鈴』が澄んだ音色を奏で、杖そのものが優しい緑色の光を放ち始める。光はリリアの歌声と共鳴するように、大きな波紋となって、枯れた畑全体へと広がっていった。


 信じられない光景が、そこに広がった。


 光の波紋が通り過ぎた場所から、茶色く乾いていた土が、みるみるうちに生命力に満ちた黒土へと変わっていく。力なく垂れていた作物の茎が、むくりと顔を上げ、しわくちゃだった葉が、青々とした輝きを取り戻していく。

 まるで、世界の時間が早送りされているかのようだった。


 数分後、村中の畑は、昨日までの姿が嘘のように、瑞々しく、力強い作物で満ち溢れていた。


「…………」


 村人たちは、目の前で起こった奇跡を、ただ呆然と見つめていた。

 最初に沈黙を破ったのは、村長の震える声だった。


「おお…おおお…!畑が…生き返っておる…!」


 その声が合図だったかのように、村人たちから、どよめきが起こり、やがてそれは割れんばかりの歓声へと変わった。


「すげえええ!」

「畑が元に戻ったぞ!」


 村人たちは、リリアの元へと駆け寄る。しかし、もう誰も彼女を「魔女」とは呼ばなかった。


「リリアちゃん、ありがとう…!」

「すまなかった…!俺たち、ずっとお前のことを誤解してた…!」


 村人たちは涙ながらに、口々に謝罪と感謝の言葉を伝える。

 生まれて初めて村人たちに囲まれ、感謝されたリリアも、嬉しそうに涙を流しながら、何度も「ううん」と首を横に振っていた。

 村長は、そんな彼女に、頭を深く深く下げた。

「リリアちゃん…いつでも、この村に帰っておいで。ここがお前の、故郷じゃ」


 ワイとセレニアは、その温かい光景を、少し離れた場所から微笑ましく見守っていた。

 感動的な雰囲気が最高潮に達したところで、ワイはわざとらしく、パン!と大きく手を叩いた。


「はいはい、感動のフィナーレはそこまで!」


 ワイの声に、全員がきょとんとこちらを見る。

 ワイは涙を流す村長に向かって、ニヤリと笑った。


「当たり前やろ。ここは、ワイらの仲間の『故郷』なんやからな」


 そして、ワイは仲間たちに向き直る。


「さて、セレニア、リリア!感傷に浸るのはそこまでや!次の目的地、『月の涙の雫』を探しに行くで!」


 その言葉に、リリアは涙で濡れた顔で、しかし、これまでで一番の最高の笑顔で、力強く頷いた。

 仲間と、帰るべき場所を手に入れた彼女の瞳には、もう一片の迷いもなかった。

 三人の新たな旅立ちを、村人たちの温かい拍手が見送っていた。

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