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第20話:解けない呪いと、伝説への挑戦状

 


 ワイらは、クラウゼン公爵に案内され、固唾をのんで公爵夫人の寝室へと足を踏み入れた。

 部屋の中は、薬草の匂いと、重い沈黙に満ちていた。

 天蓋付きの豪華なベッドの上で、一人の女性が眠っていた。セレニアの母親だ。病でやつれてはいるものの、その顔立ちはセレニアによく似ており、穏やかな寝顔は、まるでただ眠っているだけのようだった。


「妻のフィアナだ…。聖女様の祈祷を受けてから、ずっと、こうして眠ったままなのだ…。だが、君なら…!」


 公爵が、祈るような目でワイを見る。

 ワイは、そんな彼の視線を背中に受けながら、ベッドのそばまで静かに近づいた。

 夫人の胸元で、不気味な紫色の光を放つ、一つのアミュレットが目に入る。聖女から贈られたという、『安眠のアミュレット』だ。


「まあ、見とれって。こいつの正体、丸裸にしちゃるわ」


 ワイは、仲間たちに聞こえるように、自信たっぷりに呟くと、そのアミュレットに『鑑定』を発動させた。


【鑑定結果:表】

 名称: 安眠のアミュレット

 詳細: 身につけると、心地よい眠りを誘うとされる魔道具。


【鑑定結果:裏】

 名称: 生命力転送の呪具『寄生宝珠』

 詳細: 装備者の清浄な生命力を、術者(聖女)が使役する『魔女の眷属』の糧となる淀んだ魔力に変換し、常時転送し続ける呪具。

【警告】 呪具は装備者の生命維持機能と癒着している。無理に外せば、生命力の供給が急に断たれ、数分で衰弱死する。

【解呪方法】:不明。 呪いの術式構造が、古代の言語と幾何学模様で幾重にも多重ロックされているため、現在のスキルレベルでは解析不能。


「…………は?」


 ワイは、自分の目を疑った。

 脳内に浮かんだ鑑定結果の、最後の二文字。


『不明』


(嘘やろ…『不明』やて…!?ワイのスキルが、解析できひんやと…!?)


 ワイの顔から、すっと血の気が引いていくのが分かった。

 これまで、どんなガラクタも、どんな秘宝も、どんな呪いも、その全てを丸裸にしてきたワイの『裏鑑定』が、初めて「分からない」という答えを突きつけてきたのだ。


「アレス…?どうしたのですか、顔色が…」


 セレニアの不安げな声に、ワイはかろうじて顔を上げた。

 そして、希望に満ちた目で見つめる三人に、震える声で、絶望的な事実を告げるしかなかった。


「…アカン。ワイの鑑定でも、解呪方法が…『解析不能』やて、表示されとる…」


 ワイの、震える声で告げられた絶望的な事実。

 それは、部屋にいた全員の、最後の希望を打ち砕くのに十分すぎた。


「そ、そんな…!アレスの鑑定でも、分からないなんて…!」

 セレニアが、その場に崩れ落ちそうになるのを、公爵が必死で支える。

「お母様…!お母様…!」

 リリアも、ただただ涙を流すことしかできない。


 ワイは、自分の無力さに、固く拳を握りしめていた。

(クソッ!なんやねん、『解析不能』て!ワイのスキルは、最強ちゃうんかい!どんなもんでも、その『裏』を見抜くんとちゃうんかい!)


 初めて味わう、完全な敗北。

 打つ手なし。本当の意味での、行き止まり。

 ワイが唇を噛み締めていた、その時だった。


 脳裏に、ある光景が、稲妻のように閃いた。

 ギルドの宝物庫で、仲間たちの想いを一つにして作り上げた、あの美しい水晶。

 セレニアの呪いを解いた、あの『絆の雫』の輝き。


(待てよ…)


 ワイの頭の中で、全てのピースが、新たな形を結び始めた。


(この呪い、元はセレニアを蝕んどったやつと同じ根っこや。聖女が使った、『災厄の魔女』の力のコピー。…っちゅーことは、セレニアの呪いを解いた、あの『絆の雫』。あれは、ただの解呪薬やない)


 ワイの瞳に、再び光が宿る。


(そうや!あれは、この呪いの構造を完全に理解し、無効化するためだけに作られた、『特効薬アンチウィルス』そのものやないか!)

(なら、答えは外にあるんやない。この『絆の雫』の中に、全ての答えが隠されとるはずや!)


「…いや」


 ワイは、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、もう絶望の色はない。


「まだ手はある」


 ワイは、呆然とする仲間たちと公爵に向かって、不敵な笑みを浮かべた。


「この呪いの構造、今からここで、丸裸にしたるわ」


 ワイの、あまりにも自信に満ちた宣言に、絶望に包まれていた部屋の空気が、ピタリと止まった。


「丸裸に…?アレス、あなた、一体何を…?」

 セレニアが、困惑した声で尋ねる。


「簡単なことや。呪いの解呪方法が分からんのなら、呪いの『設計図』そのものを解析ハックして、こっちで解呪方法を突き止めればええんや」

「そ、そんなこと、可能ですの…?」

「可能にするんや。そのための、世界初の『魔力構造解析装置』を、今からここで即席で作る!」


 ワイはそう言うと、部屋の主であるクラウゼン公爵に向き直り、顎でしゃくってみせた。


「おっちゃん!ぼさっと突っ立っとらんと、さっさと動かんかい!」

「なっ…!このわしに、命令を…!」

「奥さん助けたいんやろ!?やったら、あんたの城の宝物庫やら書斎やらをひっくり返して、一番でかいレンズと、一番綺麗な水晶、あと魔力を通すための銀線!ガラクタでええから、ありったけ持ってこい!はよ!」


 公爵は、8歳の子供に顎で使われるという人生初の屈辱に顔を真っ赤にしていたが、セレニアに「お父様!今は、アレスを信じましょう!」と説得され、悔しそうに「…わ、分かった!」と部屋を飛び出していった。


 数分後、公爵が家宝であろう品々を、汗だくで抱えて戻ってきた。

 ワイは、その中から必要な部品を選別すると、仲間たちに向き直る。


「よし、ここからは『トライアングル・クラフト』応用編や!三人で、この古代の呪いをハッキングするで!」


 ワイはまず、セレニアに指示を出す。

「セレニア!お前の魔力は、この国で一番清浄で強力や。これから作る装置の動力源になってもらうで。一定の魔力を、ずーっと流し続けてくれ。ちょっとでもブレたら、装置が爆発するかもしれんからな!」

「ば、爆発ですって!?…分かりましたわ。お任せなさい!」


 次に、リリアに、ワイらの希望である『絆の雫』を渡す。

「リリア!お前の役目も重要や。この『絆の雫』が、解析の衝撃で壊れんように、お前の力で、ずっと守り続けてくれ」

「は、はい!全力で、守ります!」


 二人の準備が整うのを確認し、ワイは目の前のガラクタを、驚異的な速さで組み上げ始めた。

 ワイに科学の知識なんぞない。けどな、ワイの『目』には、こいつらの「正体」と「正しい使い方」が、全部見えとるんや!


(よし、まずこのレンズ!【裏鑑定】魔力を314倍に収束させる性質アリ!これを土台に固定して…次にこの水晶!【裏鑑定】収束した魔力を光の文様として投影する特性アリ!これをレンズの前に、角度は257度で設置!)


 ワイは、頭の中に浮かび上がる無数の「手順書」を、プラモデルを組み立てるように、ただ正確に、繋ぎ合わせていく。


(最後に、この銀線!【裏鑑定】二つの魔道具の誤差を001%に抑えて魔力を伝達!これを動力源とレンズに繋いで…よし!)


 周りから見れば、それは未知の機械を無から生み出す天才科学者のように見えただろう。

 だが、ワイがやっているのは、鑑定結果というカンニングペーパーを見ながら、ただ正確に手を動かしているだけだ。


 やがて、ワイの手によって、いびつで、しかしどこか機能美を感じさせる、奇妙な投影機のような装置が完成した。

 ワイは、その装置の中央に、『絆の雫』をセットする。「準備はええな。…ほな、始めるで!」


 ワイは、セレニアとリリアに合図を送る。

 セレニアが装置に魔力を流し始め、リリアが『絆の雫』を優しく守る。


「呪いのハッキング、開始や!」


 ワイが最後の銀線を繋いだ瞬間、装置が眩い光を放ち、目の前の壁に、巨大で、複雑で、そして禍々しい、光の紋様を映し出した。

 それは、ワイの『鑑定』ですら読み解けなかった、古代の呪いの「設計図」そのものだった。


「まあ…!なんて、禍々しい術式ですの…!」

 セレニアが、そのあまりの複雑さに息を呑む。


 ワイは、その立体的な光の紋様に、再び『鑑定』を仕掛けた。今度は、『絆の雫』という「鍵」を通して。

 すると、前回は『不明』と表示された項目が、少しずつ、解き明かされていく。


【解析結果】

 呪いの構成要素: 古代の三系統の魔法『人工魔法』『生命魔法』『魂魄魔法』が、極めて複雑に編み合わさって形成されている。

 解呪方法: この呪いを完全に中和するには、同じ三系統の古代魔法の粋を集めた、伝説の『万能薬エリクサー』が不可欠。

 補足: エリクサーのレシピは、数百年前の『大戦』の折に失われている。


(エリクサー…!やっぱり、それしか方法はないんかい!)


 だが、レシピは失われている。結局、振り出しに戻ってしまったのか。

 ワイが唇を噛み締めた、その時だった。


 解析装置が、ピピッと小さな音を立てた。

 呪いの術式の中に、ノイズのように紛れていた、三つの微弱な「光の点」を発見したのだ。それは、この呪いを編み上げた術者が、参考にしたであろう「オリジナル」の術式の断片――痕跡マーカーだった。


「…これや!」


 ワイは、その三つの光の点に、それぞれ意識を集中させ、最後の『鑑定』を行った!

 すると、ワイの脳内に、三つの全く異なる光景が、同時に流れ込んできた!


 一つは、灼熱の溶岩が流れる、忘れられたドワーフの鉱山都市。

 一つは、巨大な樹々が生い茂る、賢者の眠る大森林。

 そして最後の一つは、空にいくつもの月が浮かぶ、古代の魔法王国の遺跡。


 それは、失われたはずの、エリクサーのレシピの断片が隠された、三つの場所を示す座標。

 いや、これはもう、ただの座標やない。


 絶望の闇の底から、ワイが自らの手で掴み取った、伝説へと至る「地図ロードマップ」そのものだった!

 ワイは、振り返ると、固唾をのんで見守る仲間たちに向かって、これ以上ないほどの、不敵な笑みを浮かべた。


「お待たせさん。おばさんを治すためのエリクサーのレシピ、見つけ出したで」

「ただな、エリクサーのレシピは、三つに分割され、世界各地の遺跡に隠されているらしいんや…」


 ワイが自らの力で掴み取ったその情報は、希望であると同時に、あまりにも遠い道のりを示唆する、新たな絶望でもあった。


「遺跡探しですって…?そんなもの、何年…いえ、何十年かかるか分かりませんわ!それまで、お母様の命が…!」

 セレニアが、悲痛な声を上げる。公爵も、リリアも、言葉なく俯いている。


 だが、ワイは諦めていなかった。


「せやけど、打つ手がないわけやない」


 ワイの言葉に、三人がハッと顔を上げる。


「レシピが見つかるまで、おばさんの命を繋ぎ止めればええんやろ?理屈は簡単や。…『吸い取られる』んなら、それ以上に『与え続ければ』ええんや!」


 その、あまりにも単純で、あまりにも無茶苦茶な逆転の発想。

 ワイは、休む間もなく、次のクラフトの構想を頭の中で組み立てていた。


「おっちゃん!部屋にある銀の燭台とか、装飾品、全部よこせ!リリア、サンヘイブン村から持ってきた『太陽草の花弁』、準備しとけ!セレニア、お前の魔力も、もう一回貸してもらうで!」


 ワイは、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 公爵は、一瞬だけ「な、我が家の家宝を…」と躊躇したが、妻の命がかかっているのだ。彼はプライドを捨て、自ら身につけていた豪華な銀の装飾品を外し、ワイの前に差し出した。


「…頼む」


「任せとけ!」


 ワイは、それらのガラクタ(と家宝)を材料に、即席クラフトを開始した!

 まず、銀製品を魔力炉で溶かし、魔力を安定させるための回路を形成していく。

 その中心に、ワイが作った『感応の髪飾り』を中継装置として組み込む。


「リリア!『太陽草』をここに!」


 リリアが、おそるおそる『太陽草の花弁』を装置にセットすると、彼女はそっと歌を歌い始めた。『大地の愛し子』の力で、花弁に宿る膨大な生命力を、安定した形で引き出していく。


「セレニア!その生命力を、あんたの清浄な魔力で、お母さんに届けるんや!」

「はい!」


 セレニアが装置に魔力を流すと、リリアが引き出した黄金の生命力が、セレニアの赤い魔力と混じり合い、髪飾りを通して、一本の優しい光の糸となって、眠る公爵夫人の胸元にある『寄生宝珠』へと繋がった。


 完成した『生命維持装置ライフ・サポート・システム『絆』』は、呪具が生命力を吸い取る、そのすぐ側から、仲間たちの想いが込められた、より温かい生命力を、絶え間なく供給し続けた。

 すると、死人のように青白かった夫人の顔色に、見る見るうちに、温かい血の気が戻っていく。


 意識は戻らない。だが、命の危機は、確かに遠のいた。

 時間稼ぎには、成功したのだ。


「おお…フィアナ…!」


 公爵は、その光景に、静かに涙を流していた。彼はワイらの前に進み出ると、深々と、そのプライドも何もかもかなぐり捨てて、頭を下げた。


「…ありがとう。君たちは、我が家の…いや、このクラウゼン領の、大恩人だ」


 彼は顔を上げると、力強く宣言した。


「エリクサーのレシピを探す旅…その支度は、全て我が家で整えよう。金も、物も、情報も、全てだ。君たちは、英雄として旅立つにふさわしい、最高の装備を整えるがいい!」


 その、あまりにも力強い全面支援の申し出。セレニアとリリアは、その言葉に希望の光を見る。

 ワイは、解析装置が最後に映し出した、一枚の不完全な地図を、てのひらの上に表示させていた。


「『伝説級の素材探し』か…」


 ワイは、地図に示された最初の目的地――灼熱の溶岩が流れる、「忘れられたドワーフの鉱山都市」の座標を指さす。

 そして、ニヤリと、最高の笑顔で笑った。


「どう考えても、普通の旅より『成り上がり』への近道やからな!」


 母親の命を救うという仲間との約束と、自分の野望。その両方を叶えるため、ワイの瞳は、これ以上ないほど爛々と輝いていた。

 ワイらの、本当の冒険が、今まさに、始まろうとしていた。


 そして、部屋を出る直前、ワイはふと足を止め、公爵に向き直った。


「あ、せや、おっちゃん」

「…なんだね?」

「ワイらが命がけで伝説のレシピ探しとる間、あんた、ちゃんとあの聖女のこと、見張っといてや。ワイらの邪魔させんようにな。それも、約束のうちやで?」


 その、あまりにもちゃっかりとした念押し。

 公爵は一瞬、呆気に取られた顔をしたが、やがて、ふっと笑みを漏らした。


「…ふん。どこまでも、抜け目のない小僧だ」


 ワイは、その言葉に満足げに頷くと、今度こそ、新たな冒険へと続く扉を開けたのだった。


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