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第11話 街道の少女と、三人の連携


 翌朝。ワイらは中継の街の衛兵詰所にいた。

 カウンターの向こうで、衛兵の隊長が信じられないという顔で、縛り上げられた野盗団とワイの顔を交互に見比べている。


「まさか、あの『赤髪』のゴードン一家を、たったこれだけの人数で…しかも子供が捕らえるとはな。見事だ、少年!約束の懸賞金だ、持っていくがいい!」


 隊長から差し出された、ずっしりと重い革袋。中には、金貨が惜しげもなく詰まっていた。

 ワイらが詰所の外に出ると、セレニアがその革袋を見て、不思議そうに首をかしげた。


「まあ、アレス。どこでそのような大金を?まさか、また何か危ないことを…」

「危ないことしたのはワイやなくて、セレニア様の方やけどな」

 ワイは肩をすくめる。

「まあ、あんたが昨日の昼下がりに、ちょっと大暴れして稼いでくれたようなもんやで」

「? わたくしが?…まあ、わたくしにかかれば、これくらいのはした金、当然ですけれど」


 記憶のないセレニアは、なぜか得意げに胸を張っている。その隣で、全てを知るリリアが、少しだけ引きつった笑みを浮かべていた。


 ともかく、ワイらはその大金で、まともな貸し切り馬車を一台雇った。

 昨日までの、家畜の匂いがするボロ馬車とは雲泥の差だ。ふかふかのクッションが効いた座席に、リリアは目を輝かせている。


「わぁ…!馬車って、こんなに乗り心地が良いものだったのですね…!なんだか、雲の上にいるようです…!」

「ふふん。当然ですわ。これこそが、本来あるべき旅の姿ですのよ」


 すっかりご機嫌になったセレニアは、どこで新調したのか、美しい装飾の施されたティーセットを取り出した。そして、なぜか先生のような顔つきで、リリアに向き直る。


「よろしいこと、リリア。本物の貴族は、旅の道中でも優雅さを失わないものですわ。今日はわたくしが、特別に紅茶の淹れ方をレクチャーしてさしあげます」


 セレニアによる「優雅なお茶会講座」が始まった。

「まず、ティーカップは三本の指でこう、小鳥を包むように優雅に持つものですわ」

「は、はいです…!」

「そして、お茶菓子をいただく前には、一度、その芸術的な美しさを褒め称えるのがマナーですのよ。『まあ、なんて愛らしいお菓子なのでしょう』と」

「は、はいぃ…!」


 真剣な顔でメモを取ろうとするリリアと、得意げに講釈を垂れるセレニア。

 ワイはそんな平和な光景に、少し呆れながらも、穏やかな笑みを浮かべていた。

(まあ、たまには、こういうのもええか)


 そんな至福のティータイムの最中、馬車がふと、速度を緩めた。


「ん?どうしたんや?」


 ワイが窓の外を見ると、街道の真ん中で、一台の超豪華な馬車が立ち往生しているのが見えた。車輪が壊れているらしく、護衛らしき屈強な男たちが、慌てふためいている。


 セレニアも、その馬車の扉に描かれた紋章に気づき、目を見開いた。


「まあ…!あの紋章は…王都でも五指に入る大商人、クレストン商会のものですわ!なぜ、このような場所で…?」


 ワイらが馬車を降りて近づくと、屈強な護衛たちが狼狽した様子で右往左往していた。

 その中心で、豪華な馬車から出てきた貴族の夫婦が、天を仰いで嘆いている。服装は一級品だが、その顔は心労でやつれきっていた。


「ごきげんよう。何かお困りかしら?わたくしはクラウゼン家の者ですわ」


 セレニアが、貴族としての礼儀に則って声をかけると、貴族――クレストン氏が、藁にもすがるような顔でこちらを振り返った。


「おお、クラウゼン公爵家のご令嬢か!見ての通り、馬車の車輪が壊れてしまってな…。いや、それよりも、娘が…!娘のエリアーナが!」


 クレストン夫人が、馬車の中を指さして泣き崩れる。

「娘が、原因不明の病で…!王都の名医たちも、誰一人として原因が分からず…!最後の望みをかけて、ミッドガルドの大神殿へ向かう途中だったというのに…!」


 その悲痛な叫びに、リリアは胸を痛めて顔を曇らせ、セレニアもかける言葉を失っている。

 そんな中、ワイは一人、冷静に状況を分析していた。

(原因不明の病…ね)


 ワイは大人たちの間をすり抜け、馬車の扉へと向かう。

「小僧、下がりなさい!クレストン様のご息女が、今まさに…!」

 護衛の一人がワイを止めようとするが、ワイは彼をまっすぐに見上げて、ハッタリをかました。


「ワイ、薬草にちょっと詳しいんや。こんなこともあろうかと、師匠から色々教わっとる。もしかしたら、助けになるかもしれんで」


 その、子供らしからぬ自信に満ちた口調に、護衛も、そしてクレストン夫妻も、一瞬だけ言葉を失う。絶望的な状況では、どんな小さな可能性にでもすがりたくなるものだ。

 クレストン氏は、震える声で言った。

「…本当か?もし、もし娘を救う手立てがあるのなら…!」


 ワイは頷くと、馬車の中へと乗り込んだ。

 豪華な内装のベッドの上で、一人の少女がぐったりと横たわっている。歳はワイと同じくらいか。浅い呼吸を繰り返し、その肌は触れずとも分かるほど、高熱を帯びていた。


 ワイは彼女の額にそっと手を当て、熱を測るフリをしながら、全神経を集中させて『鑑定』を発動した。


【鑑定結果:表】

 名称: 原因不明の高熱

 詳細: 生命力が急激に低下している。危険な状態。


【鑑定結果:裏】

 名称: 『銀光蝶』の鱗粉による魔力中毒

 詳細: 無味無臭で吸い込むと体内の魔力を緩やかに蝕む特殊な毒。特効薬は、近くの森に自生する『夜しずく草』の根を清水で煎じたもの。あと半日以内に飲ませないと手遅れになる。


(銀光蝶の鱗粉…?聞いたことないな。でも、特効薬も場所も分かっとる。半日…時間はギリギリやけど、間に合わんことはない!)


 ワイは馬車を降りると、祈るような目で見つめるクレストン夫妻に向き直った。

 その表情は、先ほどまでの子供の顔ではない。真実を見抜いた、鑑定士の顔だった。


「旦那様、奥様。これは、病気やない」


 ワイの言葉に、二人が息を呑む。


「お嬢様は、毒に侵されとるんや。それも、かなり特殊な魔力毒にな」

「ど、毒ですと!?」

「せやけど、安心しな。特効薬はある。ワイが作れば助かる」


 ワイは、強く、はっきりと宣言した。


「タイムリミットは、あと半日や!」


 ワイの宣言に、クレストン夫妻の顔からさっと血の気が引いた。希望を見出したのも束の間、再び絶望の淵へと突き落とされる。


「夜しずく草…!?なんと、あの幻の薬草か!?」

 クレストン氏が、呻くように言った。

「そんな希少なものが、こんな街道沿いの森にあるとは到底思えん…!ましてや、半日で探し出すなど…!」

 護衛の屈強な男たちも、悔しそうに顔を歪める。

「旦那様、申し訳ありません。長年この辺りを通っておりますが、そのような薬草は一度も見たことがございません…」


 万策尽きた。誰もがそう思った、その時だった。

 それまでワイの後ろで静かにしていたリリアが、そっとワイの袖を引いた。


「あの…アレス様」


 彼女は、まっすぐな瞳でワイを見上げる。


「わたくし、そのお薬草、探せます」


 その、あまりにも静かで、しかし自信に満ちた言葉に、その場にいた全員の視線が、小さな少女一人に集まった。

 護衛の一人が「お嬢ちゃん、何を言っているんだ?我々でも見つけられないというのに…」と訝しげな声を上げる。

 だが、ワイは彼女の力を知っている。


「そうか。さすがリリアやな。ほな、頼んだで」


 ワイがにっと笑って彼女の背中を押すと、リリアはこくりと頷き、一歩前へ出た。


 彼女は街道の脇の、乾いた土の上にそっとひざまずく。そして、祈るように、てのひらを地面にぴたりとつけた。

 目を閉じ、意識を集中させる。

 すると、彼女の体から、柔らかな新緑色のオーラが、ふわりと溢れ出した。風が止み、鳥の声が消え、世界が、彼女とその足元の大地だけになったかのような、不思議な静寂が訪れる。


(草さん、木さん、お花さん…。わたくしの声が聞こえますか…?『夜しずく草』さんというお友達が、どこにいるか、教えてください…)


 彼女が心の中で語りかけると、まるで応えるかのように、道端の小さな草の葉が、風もないのに、さわさわと揺れた。


 やがて、リリアはゆっくりと目を開ける。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「道端の草さんたちが、教えてくれました」


 彼女は立ち上がると、森のある一点を、迷いなく指さす。


「『あっちの、日の当たらない大きな岩の陰に、わたくしたちの仲間が一人だけ隠れていますよ』って…!」


「く、草が…喋ったのか…?」

 クレストン氏が、呆然と呟く。


(すごい…わたくしの魔法とは全く違う、優しくて、温かい力…。この子、本当に…)セレニアもまた、目の前の少女が持つ力の根源に、畏敬の念を抱いていた。


 だが、リリアはそんな彼らに構わず、一目散に森の中へと駆け込んでいった。


 そして、ほんの数十秒後のことだった。

 リリアが、息を切らしながら森から戻ってきた。その両手には、月の光を浴びて輝く雫のような、青白い葉をつけた、一本の美しい薬草が、大切そうに抱えられていた。


「こ、これです…!夜しずく草さんです…!」


「「「おおおおお…!」」」


 クレストン夫妻も、護衛たちも、目の前で起こった奇跡のような光景に、ただただ言葉を失い、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「夜しずく草…!本当に、本当に見つけてきてくれたのだな!」

 クレストン氏が、リリアの持つ薬草を見て、震える声で言った。


 だが、すぐに護衛の一人が現実を突きつける。

「しかし、旦那様。これをどうやって薬にするのです?我々には薬を煎じる道具など…」


 その言葉に、再び絶望の色が広がりかける。

 だが、ワイはそんな空気を、パン!と一つ、柏手を打って断ち切った。


「道具がない?水がない?そんなもん、ウチのパーティには関係あらへん」


 ワイは、セレニアとリリアの顔を順番に見て、ニヤリと笑う。


「よし、ここからは時間との勝負や!『トライアングル・クラフト』開始やで!」


「とらいあんぐる…くらふと?」

 セレニアが不思議そうに首をかしげる。ワイは、最高の舞台の監督になった気分で、矢継ぎ早に指示を飛ばした。


「リリア!お前は薬草のエキスパートや!その根っこを、そこの平たい石で丁寧にすり潰してくれ!薬効が逃げんように、素早くや!」

「は、はいです!」

 リリアは力強く頷くと、さっきまでの気弱さが嘘のように、真剣な顔で作業に取り掛かる。


「セレニア!お前の一番得意なやつ、頼めるか!この薬には、一切の不純物がない、最高に綺麗な『水』が必要なんや!」

「お任せなさいな!」


 セレニアは、ふふん、と得意げに髪をかき上げた。

「こういう時こそ、高貴な者の務めですわ!ご覧なさい、わたくしの魔法を!」


 彼女が呪文を唱えると、そのてのひらの上に、まるで水晶玉のように輝く、清らかな水の塊が少しだけ出現した。


 クレストン夫妻と護衛たちが、その見事な連携作業に呆然と見入っている。

 ワイは御者から火種と鍋を借りると、リリアがすり潰した薬草と、セレニアが生み出した「清水」を鍋に入れ、火にかけた。

 三人の力が合わさり、即席の特効薬が、瞬く間に完成していく。


 薬を飲ませて、数分後。

 死人のように青白かった少女、エリアーナの頬に、すっと血の気が差した。

 苦しげだった呼吸は穏やかになり、やがて、彼女の瞼が、ゆっくりと持ち上がる。


「…お母、様…?」

「エリアーナ!ああ、エリアーナ!」


 クレストン夫人は娘を抱きしめ、夫は天を仰いで、何度もワイらに頭を下げた。


 エリアーナは、まだ少し気怠げながらも、自分を助けてくれた三人をまっすぐに見つめ、小さな声で言った。「…おにいちゃん、おねえちゃんたち…ありがとう。お花さんの声、聞こえたの…?」


 街道の脇で、温かい涙と、感謝の言葉が溢れていた。


 ◇


 その後、クレストン商会の護衛たちが、ワイの作った『植物性合金ペースト』の残りで自分たちの馬車の車輪も見事に修理し、一同はミッドガルドへ向けて出発することにした。

 出発の直前、クレストン氏が、改めてワイの前に立つ。彼は懐から金貨が詰まった袋を差し出してきた。


「このご恩は、金では返しきれんが…」

「金はいらん」


 ワイは、その手を押し返した。

「人助けに値段はつけへん主義なんでな」


 その言葉に、クレストン氏は少し驚いた顔をしたが、やがて深く頷くと、金貨の袋の代わりに、一枚の分厚い羊皮紙を差し出した。そこには、クレストン商会の立派な紋章が、蝋で封をされている。


「…ならば、これを受け取ってほしい。我が商会の紹介状だ」

 彼は、ワイの目をまっすぐに見て言った。


「このご恩は決して忘れない。ミッドガルドに着いたら、必ず我が家を訪ねてほしい。君たちのような若者こそ、我々が今、まさに探していた人材だ」


 その意味深な言葉を残し、クレストン夫妻は去っていった。

 ワイは、その紹介状を手に取り、こっそり『鑑定』する。


【鑑定結果:表】

 名称: クレストン商会の紹介状

 詳細: 大商人であるクレストン氏が、恩人に対して発行した公式な紹介状。ミッドガルドでこれを見せれば、相応の信用を得られるだろう。


【鑑定結果:裏】

 名称: ミッドガルドのフリーパス

 詳細: これがあれば、ミッドガルドのほとんどの施設でVIP待遇を受けられる。特定の情報ギルドへのアクセス権も付与される。換金価値:金貨500枚以上。


(うはwww金よりよっぽどええもん貰ろたわ!)


 ワイは内心でガッツポーズをした。

 こうして、ワイらはミッドガルドでの強力なコネを手に入れた。


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