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温かい帰郷、希望の兆し

 アーノルドの馬車は小気味よいリズムで林道を進み、エリーナの実家に到着する。


 吹き抜ける風に乗る木々と土の香り、舞い散る花びら。


 エリーナは感慨深い気持ちに浸った。


「懐かしい……私、本当に帰ってきたのですね」

「ここまで一週間もかかってしまったけれど、疲れていないかい? エリーナ」

「とても楽しい旅で、あっという間でした。体調にもお気遣い頂けたお陰で、疲れも感じません。乗せていただいて本当にありがとうございます」

「それなら良かった。短い間だったけど、素敵な旅だったよ。私も楽しかった」


 馬車の音に気付いたエリーナの両親は、作業を止めて邸宅の入口に戻る。


 アーノルドは先に馬車から降りて邸宅の入り口に近づいた。


 畑作業を終えて戻ってきたハンス男爵と、アーノルドが握手を交わす。


「お久しぶりです。ハンス男爵」

「これはこれは、サンダルク公爵! 品評会以来でしょうか。国政調査の道中ですか?」

「はい。近くで仕事があったもので、エリーナ令嬢と共に立ち寄りました」

「エリーナが一緒なのですか!」

 

 遅れてエリーナが馬車から降りた。

 彼女は泣き出すのをこらえながら、両親のそばへ駆け寄る。


「お父様、お母様……!」


 三人は共に抱きしめ合い、再会の喜びを噛みしめる。


 ハンス男爵はエリーナの顔色の良さに安心した。


「おお、エリーナ。元気だったか」

「はい……」

「カザフ子爵は、一緒じゃないのか」


 エリーナは目をそらしてうつむいた。喉の奥に言葉が詰まって、うまく声が出てこない。


「私、一人です……アーノルド様のご厚意で、ここまで同乗させて頂きました」

「カザフ子爵は、なにも言わなかったのか」

「その……婚約を、破棄されてしまって……途方に暮れていたところを、アーノルド様が助けて下さったのです」


 ハンス男爵は驚いて唖然とする。

 エリーナの母も同じように驚いて、夫と顔を見合わせた。


 エリーナの母は不思議そうに呟く。


「手紙の返事はまだ書いていないはずですよね……」

「そうだな。おかしな話だ……続きは中で話そう。エリーナに例の手紙も見てもらいたい。サンダルク公爵も、どうかご一緒して頂けないでしょうか」

「では、そうさせて頂きます」

 

 エリーナとアーノルドはハンス男爵と共に書斎へ赴いた。

 ハンス男爵は机の上に、カザフ子爵の手紙を広げる。


「エリーナ。これを読んでくれないか」


 手紙には、カザフ子爵の署名や封蝋があった。当人の手紙であることに間違いない。


 だからこそ、その内容はエリーナに強い衝撃を与えた。


 エリーナは内容を読み上げる。


「金貨四十枚を用意しなければ、私との婚約を破棄する……と書かれていますね。こんなことは初耳です。私は任されていた財産管理のことで、あらぬ言いがかりを付けられて……」

「そうだったのか。急にこんな要求をしてくるなんて、おかしいとは思ったんだが……これはどう捉えるべきでしょうか、サンダルク公爵」


 アーノルドは微笑みを浮かべて、ハンス男爵を安心させる。


「前向きに捉えてはいかがでしょうか。婚約破棄もその手紙も、縁を切る良い機会です。言葉を選ばずに言いますと、今のカザフ子爵は財産を喰い荒らすことしか考えていませんから」

「な、なんと……サンダルク公爵がそこまで仰るとは」

「監査で知る限り、先代が築いた鉱業は廃業寸前。多額の借金も残ったまま。破産は時間の問題でしょう」


 アーノルドの発言を聞いたエリーナは、苦しい日々を振り返る。

 いつも多くのことで悩まされ、しばしば眠れない日もあった。


「私は仕えていた当時、借金の返済期日を延ばす交渉をしていたのですが……アーノルド様がそう仰るということは、徒労に終わったのでしょう」


 アーノルドはエリーナの発言に驚く。


「エリーナがカザフ子爵の財政管理を? それはすごいな。さぞかし大変だっただろう」

「はい。苦しいのは今だけで、いつか良くなると信じて生活していました。ずっとずっと、そう信じてきました……」


 ハンス男爵は縁談を進めたことに負い目を感じ、エリーナを優しく抱き寄せる。

 

「辛い思いをさせてすまなかった。しばらくはうちで休みなさい。これからどうしていくべきか、ゆっくり考えるといい」

「ありがとうございます、お父様……」


 二人のやり取りを聞いたアーノルドは、席を立ってエリーナのそばに歩み寄る。


「お二方。どうか、私がこれから話すことは頼みごとだと思って下さい。私は立場上、強制するつもりはなくともそう取られがちなもので。どうかエリーナの気持ちを何よりも尊重して下さい」


 エリーナは首を傾げる。

 

 アーノルドの頼みごとは、エリーナに新たな門出を提示するものだった。

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