張りぼての宴、過ちへの一歩
カザフ子爵の従者は嵐のように帰宅した。
彼はカザフ子爵の前で勢いよく土下座する。
「大変、申し訳ありません! エリーナ様はもう戻る気はないとのことで……」
「なに? あの貧乏農家の娘が、俺の寛大さを無下にするというのか!」
カザフ子爵は椅子の肘置きを叩いて、苛立ちを露わにした。
「くそ! ベラノーラを立ててエリーナを辱めるという俺の楽しみが……オイ、代わりの女を用意しろ! 若くて体型が良くて、弱気な奴なら誰でもいい! 早くしろ!」
「は、はい!」
「フンッ! まあいい……所詮は品評会で運良く成り上がっただけの弱小貴族よ。出費がどうの借金がどうのと小うるさかったしな」
その晩、カザフ子爵は鬱憤を晴らすように金をばらまく。
一流の料理人と劇団を呼び、高価な酒を買い漁って宴を開いた。
招待客にはベラノーラの他に、取引先の貴族もいた。
「聞いてください皆さん! 貧乏農家の娘とは婚約を破棄しました! 愛しのベラノーラが目を光らせていたお陰で、うちは安泰です! あんな卑しい小娘など取るに足りませんよ」
話を聞いていたベラノーラは、カザフ子爵の頬にキスをする。
「カザフ様ったら〜いくらわたくしが美しいからって、皆さんの前で自慢されては照れてしまいますよ〜」
取引先の重役たちは違和感を覚えたものの、適当に話を合わせる。
彼らはエリーナを通してカザフ子爵と取引していたため、彼女の誠実さや勤勉さをよく知っていた。
贅沢の限りを尽くしたカザフ子爵は、手を鳴らして宴を終える。
「さあて……宴はそろそろお開きだ。皆さん、よくぞ集まってくれました。今後ともどうぞご贔屓に」
カザフ子爵は客人を追い返すように帰して、従者に夜の相手を探させる。
ベラノーラを含め、七人の女性が子爵邸に集まった。
夜遊びに満足したカザフ子爵は、六人の女性に金貨五枚を握らせる。
「キャー! 本当にこんなにくれるの? 新しいドレスを仕立てても余ってしまうわ!」
「持っていけ持っていけ! ベラノーラには銀貨五枚だ!」
「カザフ様~ありがとう~」
翌日も、その翌日も、カザフ子爵は遊びほうけて仕事をしない。
「ガハハハハ! さあ、今日も宴だ! 今度は東方の料理人を呼べ! 年代物の秘蔵ワインを用意しろ! 王族も招いてみるか!」
彼の欲望は底抜けた大鍋にブタの背脂を流し込むようなもので、決して満たされることはない。
カザフ子爵は毎晩同じような宴を催した。
そして、八度目の宴が開かれたときのこと。鋭い目つきの白ひげの男が、カザフ子爵に言い迫る。
「カザフ子爵。酒宴の席で言うのもなんだが……いや、だからこそ言うのだが、借金返済の目処は立っているのかね?」
彼はカザフ子爵が招いた客の一人で、取引先の重役だった。
「おお、レガロ伯爵。借金とはなんのことですかね」
「二年前、きみに貸し付けた金のことだよ。何度も何度も忠告しているというのに、まさか忘れたとは言うまいな?」
「あぁ、思い出した! いまこの場で返しますとも。幾ら必要ですかな」
「金貨五十枚だ」
カザフ子爵は驚きのあまり酔いから覚めた。
「金貨五十枚! でたらめな額ではないのかね!」
「借用書に則った正当な金額だよ。きみが追い出した元婚約者の……エリーナと言ったか。彼女は実に理に適った返済方法を提示してくれていたのだが」
「な……!」
カザフ子爵は大慌てで従者を呼び付け、金庫の中身や手持ちの貨幣を数えさせた。
戻ってきた従者は、カザフ子爵にひそひそ声で報告する。
「だ……だめです。払えません。どんなにかき集めても、金貨が四十枚以上足りません……」
「な、なんだと!」
二人の会話を知ってか知らずか、レガロ伯爵は強い口調で問いただす。
「いいか、私は彼女の手腕を信頼して、返済の先延ばしを許したのだ。下らない宴に金を費やす暇があるなら、今すぐにでも私の金を用意しろ!」
「大丈夫だ! エリーナがやっていたことは、分かっている! 分かっているとも! だから必ず返す!」
「その言葉、覆さないことだな……僅かにでも信頼を損ねたとき、我々は法廷で会うことになるぞ」
レガロ伯爵はそう言い残して、子爵邸をあとにする。
その後、カザフ子爵は何食わぬ顔で宴を満喫し始めた。
高価な酒を飲み、肉を頬張ってベラノーラを脇に抱く。彼は、破滅に向かって大きな一歩を踏み出したことに気付いていない。