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堕落の果て、魔人の異名

 遠目からでもわかるほど、アーノルドの別荘は激しく燃え盛っている。


 サンルートの住民たちは安易に近づこうとせず、恐る恐る火事の様子を眺めていた。


 アーノルドは馬を駆り、サンルートの街の中を走り抜ける。


 彼は後ろに乗せたメイドに詳しい状況を確認した。


「カルロスは無事か!」

「はい! 使用人の避難を早急に済ませて、街の職人たちに消火活動の協力を依頼しました! 野次馬もすでに追い払っています!」

「さすがの手際だな」

「それだけではありません。カルロス執事長は黒い服を着た賊を何人か捕らえていて……」


 そのとき、馬の足にボウガンの矢が突き刺さる。


 馬は悲鳴を上げて態勢を崩し、大きく横に傾いた。

 アーノルドとメイドは馬上から放り出される。

 

 落馬する瞬間、アーノルドは咄嗟にメイドを抱きかかえて接地と同時に地面を転がった。


 馬はその直後に倒れて土煙を上げる。

 僅かにでも判断が遅ければ、馬の下敷きになっていたところだ。


 なんとか態勢を直して立ち上がったアーノルドは、メイドの安否を気遣う。


 そのとき、下卑た笑い声がサンルートの街中に響き渡った。

 

「ハーーーハッハッハ! どうだ? 悔しいか? アーノルド・サンダルク!」


 純白の半球が建ち並ぶ街道の奥に、フードつきの黒いローブをまとった肥満体の男が立っている。

 その男は太ましい指で無骨なボウガンを握りしめていた。

 

 カザフ子爵である。


 カザフ子爵の両脇には、同じように黒いローブをまとった体格のいい男が二人。


 アーノルドは青い瞳に正義感の炎を宿し、カザフ子爵を睨みつけた。


「カザフ子爵……! なぜここに!」

「想像もつかんか? 冷血のサンダルク公爵よ! お前は数多の悪党から恨みを買っているだろう。中でも盗賊団アンツ・バエナはお前の尻を何年も追いかけてきた連中だ! あらゆる街に息を潜め、機が熟すのを待ち続けてなぁ!」

「盗賊団アンツ・バエナ……! レガロ伯爵の憶測は概ね正しかったわけだ」


 カザフ子爵はボウガンに矢を装填し、アーノルドに狙いを定める。

 

「澄ました顔を今すぐにでも歪めてやろう! お前の生意気な別荘に火を放ったのは、この俺だ!」

「…………!」

「さて、別荘は石窯になっているわけだが……ホテルで見失った田舎者の売女は、どうなっていると思う?」


 その発言を聞いた途端、アーノルドの凛とした顔に激しい怒りが宿る。


 眉は平らに、目元は切れ長く研ぎ澄まされ、青く澄んだ瞳には義憤の青い炎を宿した。


「田舎者の売女……それは、エリーナのことか……?」

「そうとも! 俺の相手は一度もしなかったくせに、お前のような優男にはホイホイついていく女のことだ!」

「……撤回しろ」

「なに?」

「口を動かせるうちに、撤回しろと言っているんだ」


 アーノルドは腰に携えた鞘から剣を引き抜く。


 その瞬間、剣はあまりの速さに空を切り裂き、刃の残像を幾重にも残した。


 カザフ子爵はアーノルドの剣技がいかに優れているか少しも理解できず、鼻で笑う。


「ボウガンに剣で挑もうというのか? バカめ! しかもこちらは三人だぞ! 撤回などしてやるものか! 田舎者の尻軽女を、売女と呼んでなにが悪い!」


 カザフ子爵がそう言い放つと、世界が一瞬静まり返る。


 直後、アーノルドは燃え盛る爆炎よりも遥かに迫力のある怒声を上げた。


「黙れッ! エリーナがどんな想いでお前のもとから去ったか知っているのか! 我が身可愛さでも、欲望を満たすためでもない! 身体を売り、魂を売り、出世を果たすことが全てとされているこの世で、エリーナは子爵夫人の立場よりも純真無垢な両親の笑顔を願ったのだ! エリーナの美しき心を侮辱する者は何人たりとも許しはしない!」

「え……? あっ……」

「答えろ! エリーナはどこだ! 彼女に何をした!」


 カザフ子爵はアーノルドの迫力に気圧されてビクリと手を離す。


 そして石造りの街路にボウガンを落とした。

 

 カツン!


 鳴り響いた音が戦いの合図となる。 


 カザフ子爵の両脇にいる二人の男は、アーノルドに向かって猛然と接近した。


 アーノルドは倒れた馬を飛び越えながら、空中で剣を二度振るう。


 ビュンッ!


 あまりの速さに音は一つ。

 剣はバツ字模様に空を切り裂いた。


 アーノルドが着地すると同時に、二人の肩から血が噴き上がる。


 アーノルドは剣についた血を振り払い、切り裂いた二人には目もくれない。


 彼は獲物ににじり寄る猛獣のように、カザフ子爵のほうへ歩いた。


「五体満足でいたいなら、抵抗しないことだ」


 二人の男はいつ斬られたのか理解する間もなく、馬の上に倒れ伏す。

 急所は見事に外れていて、命に別状はない。


 カザフ子爵は人数差を失ってようやく理解した。冷血のサンダルクと呼ばれる所以、その実力を。


「ヒィーーー! なんだお前! なんなんだお前! は、早くボウガンをッ!」


 カザフ子爵はボウガンを拾い上げて矢を放つ。


 瞬間、アーノルドは剣を縦に振るい、前方に刃の残像を生んだ。

 

 キィン!


 そしてボウガンの矢が弾かれる。


 カザフ子爵は驚きのあまり目を見開いた。


「ええええーーーー! 嘘だろ! この距離で矢を弾くなんて人間業じゃない! ば、化け物だ! 人の皮をかぶった化け物だぁーー!」

「同じ言葉を返そう。カザフ子爵……お前には、人の心がないのか?」

「うわぁあああ! だ、誰か、助けてくれーーー!」

「人の心があるというなら答えろ! エリーナはどこだ!」


 次の瞬間、長柄の斧槍――ハルバードがアーノルドとカザフ子爵の間に落ちる!


 ドガァン!


 ハルバードは街路に深々と突き刺さった!

 

 そのハルバードを追いかけるかのように、金髪のロングヘアーに真紅の瞳をした女が民家の上から舞い降りる。

 フォルネだ。


 フォルネはハルバードを軽々しく引き抜き抜いて構えを取ったあと、カザフ子爵に文句を言った。


「何をしているのよこのブタ……じゃなくて、リーダー! アーノルドにエリーナの居場所を伝えたら、立ち去るだけのはずでしょう? 交戦してどうするの!」

「ち、違うんだ! 化け物の方から襲いかかってきたんだ! け、決して手柄を上げようなどとは思っていないぞ! 本当だー!」

「そんなことだろうと思ったわ……ほら、さっさと持ち場に行きなさい!」


 今回の作戦に限り、フォルネを含む団員はカザフ子爵のことをリーダーと呼ぶことにしている。


 おだてあげ、褒め殺し、そして仕立て上げるためだ。


 カザフ子爵はフォルネに言われた通り、踵を返して一目散に走り去っていく。


 アーノルドは鮮やかに剣を構え直して、フォルネに切っ先を突きつけた。


「お前も盗賊団アンツ・バエナの一味か……? 凄まじい剛力の持ち主とお見受けする。身のこなしも軽やかで無駄がない。それでも二流だな」

「あら、それはどうも。あいにくだけど、私の本命はあなたじゃないの。あなたも会いたい人が別にいるのでしょう? きらめく湖の対岸にある鍾乳洞はご存知かしら」

「対岸の鍾乳洞……」

「行ってご覧なさい。あなたを待っている人がいるわ」


 フォルネが答えた途端、街の至るところから黒いローブに身を包んだ団員が一斉に姿を現す。


 一目では数え切れないほどの人数だ。


 アーノルドは目を細めて深呼吸をすると、背後でうずくまっているメイドに指示を出した。


「私のことは構わず先に別荘へ逃げてくれ。カルロスに会えたら、きらめく湖の対岸にある鍾乳洞へ行って欲しいと伝えてくれないか」

「そ、そんな……! アーノルド様でも、この人数では」

「大丈夫。必ず無事に戻って、エリーナを迎えにいく」


 覚悟を決めるアーノルドを見て、メイドは涙を流しながら別荘に向かった。


 そのやり取りを見ていたフォルネは、頬を緩めて妖しい微笑みを浮かべる。


「ンフフ……男らしいわね。安心しなさい。ようやく私の本命が現れたから……」


 フォルネの言葉通り、一頭の白馬が民家を飛び越えてフォルネの真上に降りてくる!


 フォルネは後方に飛び退いて白馬の強襲を回避。


 攻撃を外した白馬は見事な着地を決めて徐行し、アーノルドの隣に止まった。


 白馬を駆るものは、カルロス執事長。


 カルロスは優雅な仕草で白馬から降り立ち、アーノルドに一礼した。


「加勢が遅れて申し訳ありません、アーノルド様。火事は収束しつつありまして、あとは街の職人と使用人たちで鎮火できるでしょう」

「そうか……安心したよ」

「アーノルド様の怒号、こちらにまで響いておりました。私は感動してつい――」


 会話の最中、カルロスの頭上目掛けてハルバードが振り下ろされる!


 カルロスはフォルネにもハルバードにも目をくれず、腕を伸ばしてハルバードの柄を掴んだ。


 そして握り潰す!


 バキィ!


 ハルバードは斧と槍の部分を失い、単なる棒切れと化した。


 フォルネは手元に残った柄を捨てて苦笑いする。


「さすがは大戦の魔人と呼ばれた男ね。ライナス様が警戒するのもうなずけるわ」


 カルロスはまるで何事もなかったかのように話を続けた。


「賊どもは私めにお任せを」

「わかった。馬を借りるぞ、カルロス」

「ええ。どうかお気をつけて」


 アーノルドはカルロスの白馬にまたがり、きらめく湖の対岸にある鍾乳洞へと向かう。

 彼はエリーナとカルロスの無事を祈りながらひたすらに馬を走らせた。


「エリーナ……! 必ず、君のことを助け出す……!」

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