表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/16

堕落

 カザフ子爵はベラノーラに謝礼を払いたいという手紙を送った。

 争ったことをお詫びしたいので、直接会いたいという一文を添えて。


 ベラノーラは手紙に書いてある通り、カザフ子爵の邸宅に向かう。

 そこが盗賊団の根城と化しているとは知らずに。


 ベラノーラは門前の鐘を鳴らした。


「さっさと出てきなさいよ、あのデブ……」


 やがて邸宅の扉が開き、カザフ子爵が嘘くさい笑みを湛えながらベラノーラを迎えにくる。


「よく来てくれたな、ベラノーラ。正直、来てくれないと思っていたよ」

「そういうのはいいから、さっさと謝礼の金をよこしなさい。中に入るつもりはないわよ。そもそも、手紙に書かれている額じゃ足りないわよ!」


 カザフ子爵は額に血管を浮かべるものの、歯を食いしばって怒りをこらえる。そしてライナスが用意した台本を必死に思い出した。


「そ、そうか……実は、うちの宝物庫に父が残した秘蔵の金塊がある。金額に不満があるなら、好きなだけ持っていってくれ」

「金塊ですって!」

 

 ベラノーラの瞳が爛々と光り輝いた。欲望の光だ。


「本物でしょうね」

「当たり前だろう! 偽物を作るほうがよっぽど面倒だ!」

「ふん。とっとと宝物庫に案内しなさい」


 カザフ子爵は込み上がる笑いを噛み殺して、ベラノーラに背を向ける。

 彼は卑しい召使いのようにベラノーラを案内した。


「ここだ……好きなだけ持っていってくれ」


 宝物庫もとい牢屋の中には、まごうことなき金塊が整然と積み上げられている。


 すべて盗賊団アンツ・バエナの盗品だ。


 ベラノーラの視線は金塊の山に釘付けとなる。


「まあ! これだけあれば新作のドレスを着てパーティも開き放題……他所の女を見返せるわ」


 ベラノーラは金塊の山ににじり寄り、宝物庫の中に足を踏み入れる。


 その瞬間、宝物庫の扉が閉じられた。

 ガチャン!

 そしてカザフ子爵がすかさず施錠する。


 ベラノーラはビクリと体を震わせて、勢いよく振り向いた。


「ちょっと……何するのよ!」

「ふ……ふふ、ふふふふ」


 カザフ子爵の口が開き、よだれの糸を引く。我慢していた笑いが腹の奥底で爆発し、発泡酒のように噴き上がった。


「ハーーーーーッハッハッハーーー! イーヒヒヒヒ! ざまぁみろこのクソ女がぁ!」

「ちょっと、どういうつもり! こんなことしてただで済むと思ってるの!」

「喚け喚け! お前はもう罠にかかったネズミだ!」


 カザフ子爵はフォルネの真似をして、懐から黒いムチを取り出す。


「跪け、このメス豚が!」

「なによ、悪趣味な真似して! ブタはあんたの方でしょ!」

「なにー!」


 二人の言い争いを鎮めるように、ライナスが暗がりの中から現れる。


「立場をわきまえろ、ベラノーラ。これが欲に溺れたお前の末路だ。噛み締めるといい」

「あ、あんたは何者なの……」

「盗賊団アンツ・バエナとだけ名乗っておこう。お前はこの瞬間から俺達の品物だ。今は価値を下げたくないのでね……手荒な真似はしない」


 ベラノーラはゾッとして青ざめた。一気に血の気が引いて、彼女は膝から崩れ落ちる。


 カザフ子爵は意気消沈するベラノーラをゲラゲラと嘲笑った。


「なんて不様な有り様だ! 最高だよベラノーラ! お前のあられもない姿を幾度となく見てきたが、今が一番興奮する!」


 カザフ子爵は調子に乗ってムチを振りかぶる。


 その瞬間、ライナスは鮮やかな手付きでそのムチを取り上げた。


「復讐で高揚するのは構わないが、勝手な真似は許さないぞ」

「ぐ……わ、わかった。大人しくしよう」

「賢くなったな、カザフ子爵」

 

 ライナスとカザフ子爵はベラノーラに背を向けて、薄闇の中を歩いていく。


 カザフ子爵はろうそくの灯火で照らし出される廊下を進みながら、ライナスに問いかけた。


「ベラノーラを人買いに売り付けるつもりか? 大した金にもならんだろ。俺が好きにしたところで変わらんぞ」

「いいや、変わるさ。だが、正直なところ売値はどうでもいい。男爵令嬢を攫ったことに意義がある。事件の噂が広まれば、貴族界はお前に恐れ慄くことになるだろう。カザフ子爵……お前が貴族たちを恐怖のどん底に陥れるんだ。ワクワクしてこないか?」

「俺が、貴族たちを恐れさせる……!」


 カザフ子爵は昂ぶって口角を吊り上げる。

 その顔はまるで、おもちゃを壊して喜ぶ幼児のようであり、人を堕落させて喜ぶ悪魔のようでもあった。


 彼は愉悦の美酒に酔いしれて、逃げ出す気などさらさら失せる。


 カザフ子爵は想像した。別の令嬢を虐げて辱める光景を。絶望に染まる生娘の姿を。

 カザフ子爵は同じ興奮を味わうことしか考えられなくなる。


 ライナスは彼の表情に確かな手応えを感じた。


「では、次の計画について話そうか」

「また令嬢を攫うのだろう? そうだろう? 今度はどこの令嬢を狙うつもりだ?」

「おいおい……俺が言うまでもないじゃないか。まだ復讐を遂げる相手が残っているだろう?」


 カザフ子爵はハッとした。

 彼の笑顔が邪悪に歪み、元婚約者の名前を口にする。


「田舎者のエリーナ・ハンスかぁ……俺のもとから逃げた卑しい売女め。二度と嫁入りできない体にして両親のもとに送り付けてやろう。俺をコケにした公爵も酷い目にあわせてやる」

「そうだ。その意気だ。己の本当の力を、貴族界に思い知らせてやれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ