知ってた知ってた
「こんな、こんなことって、クソ、クソオオオォォ!」
とある建物の薄暗い部屋。弱々しい裸電球の下、打ちっぱなしのコンクリートの床に跪いた彼は、その腕に恋人を抱き締め、そして慟哭した。
その時だった。部屋の隅に広がる闇から、手を叩きながら男が現れた。その男は彼に言った。
「いやぁ、ここまで君の行動を見させてもらったが、実にお見事だったよ」
「あんたは……」
「ふふふっ、驚いたかね。だが、もう一つ驚くことがある。……君は合格だよ」
「ごう……かく……?」
「そう、これが最終試験だったのだ。最愛の人を犠牲に、自分が生き残るというね。いやぁ、実に素晴らしい。君は見事にやってのけた! はははっ、これで君はめでたく我々、組織の一員というわけだ! はははははっ!」
「そんな、そんなの……」
「ふふっ、なんだね? ああ、『人の命を何だと思っているのか』かね? そういった凡人たちは、さらにこう言うんだ。『合格が彼女の死と引き換えだと事前に知っていたら辞退していた』とね。でも、君は違うだろう? 君の頭脳は実に素晴らし――」
「知っていましたよ」
「え?」
「最後にどちらか一方を犠牲にしなければ、このテストには合格できないということはね」
「ほう……そうか、まあここに来るまでにも他の参加者たちを蹴落としてきたわけだからね。予想できて当然か。それでもさすがだと褒めておこうか」
「違いますよ。最初からですよ」
「なに……?」
「この部屋の壁の一部がマジックミラーになっているのも知っています。そして、そこでこの組織のお偉いさん方がほくそ笑んでいることもね! 僕は最初からこのゲームの全貌を知っていて参加していたんです。最後まで勝ち残り、あんたたちが集まるこの瞬間を待っていたんだ。この体に埋め込んだ爆弾を起動し、父親の仇である、あんたたちを全員殺すためにね!」
「それは……」
「逃げるなよ。まだ話は終わっていない。もっとも今さら逃げようとしても、無駄ですけどね。爆弾はこの建物を丸ごと吹き飛ばせるだけの威力が――」
「いや、知っていたよ」
「え?」
「君が心臓付近に爆弾を埋め込んでいることはね」
「ははっ、そんなのただの苦し紛れの……いや、心臓の近くにあると、なぜ知っている……」
「その手術をした医者もまた我々の組織の一員だったのだよ。つまり、情報は筒抜けで、その爆弾は偽物というわけだよ。ははは! 残念だったね」
「……知っていましたよ」
「え?」
「だから僕はもう一つ爆弾を埋め込んだんですよ。ふふふっ、はははは!」
「……知っていたよ」
「え?」
「新たに爆弾を埋め込んだことは知っている。その位置もね。そう、まさに」
「おっと、ふふふっ、それは言わなくていいですよ。寒いジョークになることは知っています」
「ふっ、さすがだね。だがこれは知らないだろう。私が君が幼い頃に死んだとされている君の父親だということをね!」
「な、その顔は……」
「そう、多少整形してあるが、こうして近づいてよく見れば面影が残っているだろう。そして、これは私自身の試験でもあることを知っている! 息子を説得し組織に引き込むことができるか! その力量があるかを見るためのね!」
「……知っていましたよ」
「ほーう、だが、君は今驚いた顔をしたじゃないか」
「あなたがそんなしたり顔で話していることに驚いたんですよ。この組織を潰すために、僕がどれだけ時間と費用をかけて調査したと思っているんですか。そう、宝くじに当たったあの日、僕はこれが天命だと思い――」
「知っていたよ」
「え?」
「君が復讐に燃えていたことをね。だから当たりの宝くじを一枚、君が買ったくじの中に紛れ込ませたんだ。君が、息子が復讐を忘れ、幸せに暮らせるようにと思ってね」
「と、父さん……」
「いいんだ、息子よ……」
「知ってたよ」
「え?」
「調べていくうちにね。そんなことはとっくの昔に知ってたさ!」
「だが、その父の想いを知ってもなお、そして恋人が犠牲になることがわかっていても、家族を捨てたこの父に対する君の復讐心が消えなかったことは知っていたぁ!」
「知っていたのかぁ! でもこれは知らなかったでしょう! 彼女が死んだと見せかけて、実は生きていたことは!」
「知っていたぁ! 君が彼女に何か飲ませるのをカメラで見ていた! そちらこそ、これは知らないだろう! 君と彼女が実は血のつながった兄妹であることはぁ! 彼女は私が君の前から消えた後に出会った女性との間にできた子なんだぁ!」
「知っていましたよぉ! そんなことは!」
「知ってて抱いたのかぁ! まあ、それも知ってたけどなぁ! 君は昔から異常だったぁ!」
「あたしは知らなかったんだけど!?」
「ふふふっ、さすがは私の息子だ」
「ふふっ、父さんこそ」
「いやちょっと、話を進めないでよ。知ってたって、それって、近親相姦ってこと、おえええぇぇぇ……」
「ちなみに、僕は君が妊娠していることも知っているよ」
「私もそれは知っている」
「何で!? 私は知らないんだけど! あああぁぁぁ……」
「しかし、息子よ。まだお互いが知らないことがあることを知っているのか?」
「もちろん知っていますよ。あれのことでしょう?」
「そう、あれだ。その壁の向こうの彼らも今、食い入るように見ているだろう」
「ええ、知っています。どう終わらせるのか気になっているんですよね」
「そう、未来……。このやりとりの結末。だがそれは」
「ええ、誰も知らな――」
「あたしは知っている! もう全部吹き飛ばしちゃえばいいってことを! 爆弾の位置も! 尻だけにねぇぇぇぁぁぁあああああああ!」