プラン2予備計画
情報は共有された。手すきの者達が臨時指令所の作戦テーブルに集まる。船内の進捗情報がいくつも表示された場に、新しいデータが現れる。
『目標はコンビニエンス・コーポレーション製偵察機「トオミC2-3」。光学センサーでの調査であるため、詳細な情報はまだ得られていません』
カイトは聞き覚えのあるネーミングに口を開きそうになったが、現状には関係ない話であったため我慢した。その代わりというわけではないが、必要な質問を口にする。
「その偵察機の性能は分かるの?」
『カタログスペックですが、一応データがあります』
カメリアが、新たなデータを表示させる。数字がいくつも出たわけだが、残念ながら知識のないカイトにはそれを読み解くことができない。スーツに情報を出させるべきかと思ったが、それよりも先に解説してくれる者がいた。
「こいつは知っています。典型的な量産品ですね。整備と部品がしっかりしていれば、まあ使える部類です」
鶏のような特徴を持つ鳥人が、鋭い爪のついた手で指し示しながらそう説明する。
『たとえスペック通りでなくても、ここまで移動してきたのです。プラン2に必要なデータを保持している事は間違いないでしょう』
『で、カメリア。そのプラン2は実行できるの?』
アキラの質問に、電子知性は即答しなかった。皆の表情も曇る。現状についての情報共有は成されている。プラン1の達成は難しく、2に賭けるしかない状況についても。
『答えなさい、カメリア』
主に促され、カメリアは新たなデータを表示させた。小型宇宙船作成の進捗についてだった。
『プラン2を実行するにあたり、高機動戦闘機を準備していました。これをもって偵察機の捕縛を実行する予定でしたが……完成まで、あと34時間を要します』
『作業終了までに、こちらが発見される確率は?』
『ジャミングシステムを使用できない現在、80%を超えます』
皆の表情に、落胆の色が浮かぶ。カイトもまた同じ気持ちだ。実行できないとなれば、偵察機を破壊しなくてはいけない。こちらの情報を持ち帰られるわけにはいかない。それが戻らないとなれば、当然ラヴェジャー側は警戒を強める。今回のように、偵察機のみで船を出してくる可能性は低くなるだろう。
難易度はさらに上がる。プラン2の実行は絶望的。そしてプラン1についてはめども立たない。八方ふさがり。アキラは助かるが、それ以外は全滅となる。
何か方法は無いのか。誰しもがそう発しようとしたその時、カメリアの言葉が響いた。
『プラン2の予備計画ならば、実行可能です。ですがそれには、カイトさんに大きな負担をかけることになります』
「……俺?」
自分の名が出た事に、カイトはただ驚くだけだった。周囲の視線が、彼に集まる。小型宇宙船こと高機動戦闘艇の表示が消え、新しいデータが浮かび上がる。
それは大型バイクを、さらに一回り重厚にした機械だった。全身真っ黒であり、分厚い装甲で覆われ、冗談のように大きい推進器が後方に二つもついている。
『通常使用する暴乱細胞とは別に、こちらを準備しておりました。高速移動、突撃、大型目標の撃破を目的とする場合に使用する追加装備です。素材はもちろん同じであり、こちらにも光源水晶と明力結晶が搭載されています。エネルギー不足とは無縁とお考え下さい』
「これは……なるほど。こいつで、突っ込めと」
『無重力空間用の増槽の追加は30分で可能です。ステルス能力を向上させたうえで敵に接近。センサーに捕まる前に推進器を作動させ距離を詰め、相手を捕縛する。これが予備計画です』
無茶だ。あまりにもずさん過ぎる。レリックがあるからといって、何でもできるわけじゃないのだぞ。周囲からそんな声が漏れ聞こえる。正直に言えば、カイトはそれに救われたような気持になった。
そしてだからこそ、彼は勇気を振り絞った。
「わかった、やる」
スーツを着たままであったことを、彼は幸運だと思った。顔色の最悪さと、震えているのを隠せたから。
「待て、戦士カイト。無謀が過ぎる」
「左様。いかに装備が整っていたとて貴殿は戦の素人であろう」
「ありがとう、スケさんカクさん。でも、やれることはやらないと」
そして、そう決めたからには泣き言など漏らさない。カイトはそう己に言い聞かせる。弱音を吐いたら、気持ちが折れそうだったから。
「それで、具体的にどうする?」
『準備が整うまで、シミュレーターで操作訓練を受けてください。それらが済み次第、偵察機に向けて射出します。その後の行動については、スケジュール通りに』
「了解。それじゃ、いってきます」
何かと騒がしいここでは、落ち着いてシミュレーターを使えない。カイトはスーツの指示する場所へ移動することにした。バイクのある場所は、コアルームの近くらしい。
エレベーターに乗る。アキラの操作するドローンも同道した。二人とも、無言だった。カイトには余裕が無く、アキラには経験が足りなかった。たいして時間もかからず、エレベーターは停止する。
そこは臨時医療施設のすぐ隣だった。広さもまた同じ程度で、ちょっとした運動ができそうだった。その中央に、先ほど映像で見た装甲バイクが鎮座している。
「……こいつがあれば、まあ、無茶じゃないよな」
カイトにはわかる。これがあれば、あの姿になれる。基地で暴れた時以上の、怪物の姿に。早速、適当なコンテナに座るとシミュレーターを起動する。カメリアから送られてきた新たなプログラム。それは宇宙空間で活動するためのものだった。上下左右の無い世界。スーツの示す情報だけが頼り。
そんな場所で混乱しないようにするには、訓練するしかない。幸いな事に、カイトはこれにかなりの速さで適応した。彼は一度、極めて不自由な感覚というのを味わっている。スーツのもたらす情報のみが頼り、という状態も。
その時に比べて今は五感がある。命が風前の灯火というわけでもない。あの時に比べれば、追い込まれ具合が段違いだ。余裕さえ感じて、カイトは無重力訓練を終えた。もちろん、たかが30分程度では覚えられる事などごくわずかだ。
しかし、わずかながらでも慣れはした。今はそれで十分だった。あとは実地で覚えればいい。シミュレーターを終了すると、装甲バイクには推進剤の増槽が追加されていた。金属製の樽のように見えるそれが二つ、推進器の近くに据え付けられている。
「……なんかバランス悪そうだけど、これでいけるの?」
『バランスについてはこちらで補正します。偵察機が逃げに専念した場合、こちらも相応の加速力を求められます。これはそのための燃料です』
「……加速の重圧、きつそうだなあ」
『スーツの性能で、ある程度の緩和が期待できます』
「全部ではない、と。きっついなあ」
しまった、とカイトは口を覆った。弱音を吐かないようにしていたんだった、と。もっともそれはヘルメットによって阻まれたため、ただそこを触れるだけで終わったのだが。
『ねえ、カイト。何でそこまで頑張ろうとするの?』
その背に、アキラの声がかけられた。見れば、ドローンにまとわりつく光がなんとも弱々しい。
『カイトは兵士じゃなかった。普通の学生だったって言ってたじゃない。ケンカしたことはあっても戦ったことはないって』
夢の中の雑談で、身の上話はしていた。この話題を出した時、ずいぶん驚かれたのを覚えている。
『カイトは、普通の学生以上のことをしているよ? カメリアの予測を何回も越えている。頑張りすぎだって警告が何度も出ているくらいだよ』
「……そうだっけ?」
『はい。こちらで行動制限を出さなければ、働くかトレーニングかどちらかを延々と続けます。暴乱細胞のせいで他者より体力回復が早まっているのが悪い方向に働いているようです』
電子知性の冷静な指摘。言われてみれば、確かにそのように動いていたかもしれないと、カイトはぼんやりと考える。正直言えば、その二つに集中していた方が楽なのだ。余分な事を考えなくて済むから。……それも、そろそろ誤魔化せなくなっているが。
それを話すのは躊躇われた。なので、別の理由を口にする。嘘ではない。これもまた、彼を駆り立てることなのだ。
「俺は、生き残ったから。生きられなかった人たちの分まで、頑張らないとって思うんだ」
ふとすれば思い出される、ラヴェジャーの基地で初めて見た光景。腐り果てた人々の、哀れな亡骸。あんな風に、人生を終えたいなどと誰が思うだろう。誰も彼もが、普通に生きていた。それをラヴェジャーに踏みにじられた。挙句、不良在庫で廃棄処分。納得できるはずもない。
『……カイト。たぶん怒らせちゃうかもしれないけど、言うね? 死んだ人は、そこでお終いだよ。何かしてほしいなんて、思わない。カイトの人生はカイトだけのもの。他の人だって同じ。カイトが頑張っても、死んだ人の人生は変わらないよ?』
「わかってる! そりゃそうだ! 間違ってない! だけど! ……だけど、俺だけが生き残った。他の人たちは、生きられなかった」
初めは、怒りだけで戦えた。暴乱細胞のパワーは、凄まじかった。好きなだけ、恨みをぶつけられた。しかし基地から脱出し体の治療をしてもらい、助かった後になると別の思いが沸き上がってくるのだ。自分だけ助かって良かったのか? と。
それはラヴェジャーを倒すほど、スーツの力で活躍するほどに膨れ上がった。自分は生きている。身体も治して貰えた。レリックなんてすごいものを与えられた。働きを喜んでもらえる。生きがいを感じられる。
あの人たちは死んだのに。生きられなかったのに。腐って、捨てられたのに。俺だけが生きている。そんなことが許されていいのか? 偶然、あの時まだ生きていた。たったそれだけなのに、こうまで違う。何かが一つ違えば自分はあそこで転がっていた一人になって、代わりの誰かが生きていたかもしれない。
でもそうはならなかった。それがどうしようもなく、後ろめたい。訓練しても、捕虜を助け出しても。いや、そういったことをすればするほど、死者に対する気持ちは膨れ上がっていく。
そんな気持ちを、たどたどしく語っていく。上手く説明はできなかった。カイト自身、飲み込めない感情なのだ。それを他人に説明するのは難しいし、心情を素直に吐露するというのは羞恥心を湧きあがらせる。
アキラはそれを静かに聞き終えると、やおらドローンに纏わせていた輝きを強くした。スーツが、ヘルメットに光量補正をかける。まぶしいと思う事はなかったが、一瞬その姿を見失った。
そして、次の瞬間。気が付けばその場には一人の少女が立っていた。光のように輝く金色の長い髪。空のように澄んだ青を称える瞳。年頃はカイトと同じほどだが、同世代をどれほど探しても彼女と同じ美貌を持つ者はいないと断言できる。
特にその健康的なスタイルの良さなどはめまいを覚えるほどで、カイトは久しぶりに異性に対する気恥ずかしさを覚えた。
その少女、アキラは燃え上がるような強い意志でカイトを見た。そして宣言する。
「私が許す。カイトは、生きていていい」
ここには彼と彼女しかいない。しかし、宇宙の万物全てに聞かせるように、アキラは言い放つ。
「カイトは私を助けた。他の誰でもない。死人でも、英雄でも、兵士でもない。星でも、神でも、頂点種でもない。ただのカイトが、私を助けた。その栄誉と功績を、私が認める。たとえあらゆるものがカイトの死を望もうとも、私が生きることを望む」
そして彼女は、カイトに抱き着いた。その身体は幻だ。カイトもアーマーを着込んでいる。触れ合う事などできない。そのはずなのに、カイトは女性の温かさと柔らかさを感じた。頬が熱くなる。
「何度でもいうよ。私を助けてくれて、ありがとうね」
ついに、カイトの目から涙があふれた。こんなにも思われている事が、ただただ嬉しかった。後ろめたさは、まだある。これからもくすぶり続けるだろう。簡単に消え去るものではない。
しかしアキラの温かさは、しっかりと覚えた。これがあれば、己は潰れない。その思いを無下にはしない。
「俺の方こそ……俺を助けてくれて、ありがとう。一生かけて、恩返しさせてもらう」
「じゃあ、ずっといっしょだね」
「ああ……許してもらえるなら」
「もっちろん」
とてつもなく気恥ずかしい会話をしている気がするが、カイトはその事実から目を逸らした。気づいたらどうにかなってしまいそうだったからだ。
なので、あえてロマンのない現実的な事を考える。カイトの身体には暴乱細胞が入り込んでいる。除去できないし、メンテナンスも必要だ。その為にはカメリアの力が必要だが、彼女はアキラから離れることはない。
つまるところ、とっくに離れられない身体になっているのだ。今更の話だ、と頭が煮えないようにカイトは気を紛らわせた。美少女といい雰囲気になるなんてのは、彼の人生であまりにも経験のない話だった。
『そろそろよろしいでしょうか』
「うわぁ!?」
そんな感じだったので、カイトは今の状況をすっかり忘れていた。なので、唐突なカメリアからの声掛けには飛び上がるほど驚くことになった。
「うん。もう大丈夫。どう、カメリア。この姿」
『幻影体の構成、おめでとうございます。実体作成についてはまた後程。さて、こちらの準備は終了しましたがカイトさんはよろしいでしょうか?』
「ああ、うん。大丈夫、大丈夫」
『それでは、マシンに搭乗し所定位置まで移動してください。ナビゲートします』
「わかった。アキラ、いってくるよ」
「うん、がんばってね」
にこやかに手を振る彼女に答え、カイトはマシンに跨った。バイクに乗った経験はない。先ほどシミュレーターで覚えたことがすべてだ。コントロールに不安はない。大概の事は機械がやってくれる。
ジェネレーターが唸りを上げる。アーマーとマシン、二つの光源水晶が同期する。エネルギーが伝達される。パワーがみなぎる。
「やってやるさ」
カイトは、ゆっくりとアクセルを絞った。