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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
第一章 星の世界へ
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船の中の騒がしき日常

 何処とも知れぬ、とある恒星系。とある岩石衛星に寄り添う形で、アキラの巨大船は停泊していた。ラヴェジャーの基地から逃げ出して、一か月近くが経過している。今の所、偵察船の姿は確認されていない。


 船内では、生き残りをかけて昼夜問わず作業が進められていた。外部からの補助なし。船体は満身創痍。内部に敵対勢力あり。装備不十分。これほどまでに追い込まれた状態にあって、管理者であるカメリアの働きは特筆するべきものだった。


 作業効率を徹底的に管理。使えるドローンはスクラップ寸前のものさえ使い、運搬、整備、戦闘などをこなしていく。おかげで船内は順調に彼女らのコントロール下に戻りつつある。


 問題なのは、広さだ。全長約3kmの巨大船である。高さも相応にあり、となれば面積もまた当然広い。どれほどカメリアが効率的に作業していても、物理限界が存在した。


 エネルギーの使用制限がないのが、唯一の救いだろう。彼女の主である頂点種、光輝宝珠のアキラは元気いっぱい。かつて暴乱城塞レイジフォートレスに捕まる前以上に、その能力を向上している。敗北と、封印の日々が彼女を大きく成長させたのだ。


 そして、カイトもまた己のできる最大限の努力をしていた。


「こちらカイト。現在、作戦区域3-2を侵攻中。センサーに反応なし。前進する。どうぞ」

『こちらカメリア。状況確認中。前進を許可します』


 現在のカイトは、再設計された暴乱細胞レイジセルを着込み、さらにその上からオプションパーツを装備していた。装甲を分厚くし、シールド発生装置を強化している。さらに、右手には対装甲目標用ハンドガン。左手には、体半分を覆う大型物理シールド。右肩からは、捕縛用接着弾を放てる砲身を伸ばしていた。


 体内に暴乱細胞を取り込んでしまったカイトの反応速度は、人類のそれを超えている。望めば、フィクションのような超加速行動が可能だ。しかしそれは当然彼の身体に負担をかける。いまだ健康状態は安定しているとはいいがたい。常用は控えるようにと、カメリアから強く言い渡されている。


 素早く動くことが禁止されたのなら、その必要のない状態になるしかない。その為の防御強化モードだった。


 薄暗い廊下を、カイトが歩く。一人だが、ドローンはある。まず、先行して小型のドローンが前方を偵察している。野球ボール程度の大きさで、移動は極めて静か。これを使用するのは三回目だが、今の所そのセンサーを誤魔化せた相手はいない。


 さらに、後方には戦闘や作業用のドローンが続いている。これは破損を避けるためだ。丈夫さなら、彼らの陣営でカイトは二番目である。一番は言うまでもなくアキラだ。


 しばらく進むと、偵察ドローンから移動する個体の反応ありとのメッセージが返ってきた。カイトの目に映るマップに、それが反映される。数は五つ。構わず、距離を詰めていく。


 初めはカイトも、静かに近づくべきだと思った。しかしカメリアに言わせれば無駄な事なのだそうだ。ラヴェジャー側だってセンサーの一つや二つ持っている。暴乱細胞をステルス特化させない限りは、普通に見つかると。


 ばれているなら、こそこそするなど無意味な事。事を素早く片付けるために、前進するべきだ。


 そして、センサーが敵の射撃を感知する。シールドに着弾。ダメージなし。負荷許容範囲。カイトはさらに足を前に出す。


 ヘルメットのカメラが映像を補正する。敵の姿を確認。ラヴェジャー1、そのほかの種族4。現在位置からの射撃は他種族にさえぎられる可能性大。


「援護射撃要請。目標、ラヴェジャー以外」

『了解、制圧射撃を開始します』


 背後から、長距離射撃が開始される。非殺傷弾が、次々と相手側に見舞われる。バリケードを組んでいたため、命中弾は少ない。それでも、すべては防げない。命中を確認する。シールドの装備、なし。


「非シールド装備対象を捕縛する。捕縛弾、発射」


 軽快な音を立てて、右肩から接着弾が発射される。これまた野球ボールほどのそれは、目標の近くに着弾。接着剤をぶちまける。残念ながら外れ。弾はまだまだあるので、気にせず連射していく。


 三発目が、捕縛対象に命中。行動を阻害する。さらに、支援射撃によって二名が行動不能となる。残りは、ラヴェジャーともう一人のみ。


 カイトは盾を構えたまま突進する。


「くそ! おい、お前あれを止めろ! 突っ込め!」

「お、おおおおおっ!」


 ラヴェジャーに命令されて、最後の一人が飛び出してきた。その異種族をシンプルに説明すると、カイトの叫びの通りとなる。


「ご、ゴリラ!?」


 2メートル近い体躯。子供の胴のように太い腕と脚。引き締まった腹。漆黒の体毛に尻尾。ズボンを履いたゴリラ、としか言いようのない異種族が持っていた工具を振りかぶる。


「ウッシャア!」


 強化シールドが、過負荷に悲鳴を上げる。重量がありそうな工具を、棒切れのように振り回しながら攻撃を連続させる。その表情は、とても険しい。望んで戦っているなら、この表情にはならないだろう。近似種であるからこそ、その悲壮感が手に取るように分かった。


 反撃したいが、相手の攻撃が早すぎる。カイトにはいつ反撃を差し込むべきか、判断がつかない。4度目の攻撃で、ついにシールドがダウンする。途切れることのない五度目の打撃が、物理シールドを捕らえる。


「オォォラッ!」

「だぁ!?」


 衝撃に、あえなく盾をもぎ取られる。アーマーの強力な握力で保持していたのに、だ。これは、ゴリラ人のテクニカルな攻撃によるところが大きかった。正面から殴らず、払うように盾の淵を叩いたのだ。内側から外側へ。横スイングによるそれは、バットで撃ち抜かれた野球ボールのように盾を飛ばした。


 カイトが、無防備になる。ここで、日ごろの訓練が生きた。彼は一歩、大きく踏み込んだ。体当たりである。


「ふんっ!」

「ゴォ!?」


 左肩からの体当たり。アーマーで重さ増したカイトの体当たりは、ゴリラ人に強い衝撃を与える。続いては、暴乱細胞のシステムが効力を発揮する。表面にいくつも電極を作成。電流を流してダメージを与える。電気の弾ける音が廊下に響く。


「ウガガガガ!?」

「よし、大人しく……ぐっ!?」


 しかし、ゴリラ人は電撃に耐えた。振り回された工具が、カイトの脇腹を打ち据えた。もしアーマーを装備していなかったら肋骨粉砕、内臓破裂は確実の衝撃だった。しかし彼は暴乱細胞を着込んでいる。データを整理し、もっとも彼にフィットした状態に整備されたアーマーを。内部に届いた衝撃はわずかだった。それでも脇腹は人体急所の一つであるから、息が詰まる衝撃ではあった。


 一瞬。カイトの意思と、脳に残留する暴乱細胞の同期が強くなる。右肩の砲身が素早く稼働。至近距離で、ゴリラ人に捕縛弾がさく裂した。


「ウホオゥ!?」

「こほっ。これで、大人しくなってくれよ」


 念を入れてもう一発撃ちこむ。広がった接着剤はすぐに硬化し、彼の動きを大きく阻害した。それを確認したカイトは、アーマーを操作。腕部からワイヤーが伸びて、床を転がっていた盾に接触。巻き戻されたそれによって、盾は再び彼の手に戻った。


 そして、油断なくセンサーを確認する。反応、のこり1。それに向けて銃を構えながら近づく。


「く、くるな! おい、貴様ら! 私を守れ! トゥルーマンの命令だぞ、聞こえているだろうが!」


 喚くラヴェジャーへ、油断なく確実に。距離はそれほど離れていなかったから、すぐにその場へたどり着く。


「く、くそ! だれか! この隔壁を開けろ! 開けろー!」


 残念ながら、それが開くことはない。カメリアの操作によるものだ。ハッキングしようにも、演算力で圧倒的な差がある。ラヴェジャーがコントロールを取り戻すのは、絶望的難易度に挑まなければならない。


 そして、追い込んだ。後ろは壁、前にはカイト。逃げ場はない。


「貴様! 下等種族の分際で、どうしてトゥルーマンに逆らおうとするのだ、身の程を……ん?」


 カイトは、ハンドガンを腰のホルスターに仕舞った。それを見てラヴェジャーが焦り切った表情を緩める。


「そ、そうだ。命令を聞けるじゃないか。その通り、この宇宙で最も優れており、あらゆるものを支配するのは、けぺっ」


 両手で盾を掴み、思いっきり振り下ろした。ラヴェジャーの頭部が陥没する。鼻から、脳らしき液体をこぼしている。カイトは念を入れて、胴部を踏み潰した。重要臓器も、これで壊滅だろう。


 銃を撃たなかったのは、弾の節約と跳弾を恐れての事だった。死亡を確認したカイトは、倒れている捕虜たちに粘着弾を撃ち込んでいく。弾速を落として、痛打を与えぬようにする配慮もした。それができるアーマーなのだ。


「目標の無力化に成功。キル1、ダウン4」

『確認しました。状況を引き継ぎます。次の目標へ移動していください』

「了解。移動を開始する」


 後方に待機していた作業用ドローンが、捕虜を搬送していく。放置されている物資の回収は最低限。まだここは安全ではないから。


 カイトの参加する内部制圧作業は、大体このような形で進んでいく。カメリアが区画を封鎖し袋小路を作る。内部にいるラヴェジャーを排除し捕虜を確保する。それらが終われば、制圧は終了となる。


 相手を見逃す、という事は基本的にない。頂点種の超感覚から隠れられる存在は同格のみである。アキラが調べれば、居るかそうでないかの区別は簡単につく。


 順調では、あるのだ。問題は範囲が広すぎるのと、労働力が不足している事。どちらも、時間が解決してくれる。その時間がないのが問題だった。


 本日予定していた作戦は無事終了した。カイトはドローンと共に、底部倉庫区画に帰還した。現在、この場がカイトたちの生活区域になっていた。


 本来ならばしっかりとした居住区画が存在する。制圧完了した範囲にも、部屋として使える場所は沢山ある。だが悲しいかな、そこを生活できる場として整えるだけの労働力がたりない。


 巨大船は現在、サバイバルの真っただ中である。切り詰められる部分はそうして、生き残るためにリソースを全投入している。そんなわけで生活の場も一か所にして、労力を集中するという状態になっている。


「ただいま戻りましたー」

「おお、戦士カイト。無事で何よりだ」

「スケさん、ただいまです」


 入口にいた異種族が、カイトをねぎらってくる。その姿は、クロオオアリに似ていた。もちろん、2mのクロオオアリなど地球には居なかったが。しかも二本の足で直立し、四本の腕を自在に操り、強靭な外骨格を持つ。触覚と複眼で知覚力も高く、生まれながらにして戦いの素質がある。彼の種族はそういうものだった。


 この巨大アリ人に限らず、複数の種族と人員が倉庫区画で働いていた。全て、ラヴェジャーから解放された者達である。全員がこのように復帰できたわけではない。ラヴェジャーは捕虜に対して過酷な処置を行っていた。


 身体の弱い種族については、電流が流れる首輪をつけた。丈夫な種族には、それを体の中に埋め込んだ。他にも薬剤を打たれたもの、特別な生体改造をされたものなど様々だった。


 治療できるものは、解放後に処置を施した。しかし特別な設備が必要な者達については、コールドスリープさせるしかなかった。カメリア曰く、本来の医療設備が稼働できれば治療できるとの話だった。


 このスケさんと呼ばれた異種族もそんな中の一人。電流装置を埋め込まれていたが、今は除去されている。


「今回も、盗人を仕留めて同胞を解放したとか。私も早く戦列に加わり、ご恩返しをしたいものだ」

「おおっと、抜け駆けは許さぬぞスケザブロウ。その時は私も参加する」


 ぬっとあらわれたのはスケさんと同じ姿の巨大アリ人である。スケさんと非常によく似ているが、二人には見分けのつく特徴がある。上右腕が機械の義腕なのがスケさんことスケザブロウ。


「ふ。貴様には負けんぞカクノシン。偉大なりしアキラ様にいさおしを示すのはこの我ぞ」


 そして中左腕が機械の義腕になっているのがカクさんことカクノシンである。二人は諸事情で名前を失っており、例によって名づけを無茶ぶりされたのがカイトである。


「二人とも昨日手術したばかりなんだから、まだ体をいたわらなきゃだめだよ。っていうか、もう荷運びしてたの?」

「うむ。すでに傷はふさがっているからな。荷運び程度は苦にならぬ」

「スケザブロウの言う通りよ。身体を鈍らせては戦働きなど夢のまた夢」


 やる気を全身にみなぎらせる巨大アリ人コンビ。カイトは困ったように笑いを浮かべるしかなかった。


 解放された者達の反応は様々だった。安堵し、保護を求めるもの。スケさんカクさんのように、戦いへの参加を希望するもの。状況になじめず行動できぬもの。人と種族の数だけ反応が違った。


 基本的に今は休ませるべきだというカメリアの判断なのだが、やる気がある者たちは労働を求めた。現状を理解し、それに対して抗うべきだと立ち上がったのだ。であるならば、と働かせているのが現状である。少しづつではあるが、労働力が増えていた。


 もちろん、良い事ばかりではない。人が増えるという事は、衣食住が必要になるという話である。物資の貯えはある。だが無限ではない。現在急ピッチで、必要な生産プリンターやリサイクラーを設置中だった。


「とりあえず俺、アーマー脱いできますんで」

「おお、呼び止めてしまってすまんな。ゆっくり休んでくれ、戦士カイトよ」

「明日は我らも共に戦うぞ!」

「あー……カメリアが許可したら、で。それじゃ」


 二人から離れて、カイトは密やかに息を吐く。実は、二人がすこし苦手だった。なぜならば、とても強かったからである。防御を強化した暴乱細胞レイジセルだったというのに、ボッコボコにされたのだ。二人の息の合ったコンビネーションに、手も足も出なかった。結局ドローンの援護と、スーツの性能で無理やり状況をひっくり返して捕縛した。


 状況はカイトの勝利だった。戦士としての戦いは、見事なまでに完敗だった。実は、そんな相手がほかにもいる。長い鉄パイプ一本で、カイトを完全に制圧した女戦士などが具体例である。その彼女はまだ治療中で、復帰にはしばらくかかるというカメリアの話だった。


 自分は弱い。このレリックにふさわしくない。しかしこれが無ければ、まともに働くこともできない。昨今はそのような悩みを募らせていた。


「弾、返却にきました」


 地球人に似ているが、耳は兎のように長くふさふさしている。そんな姿の少年に話しかける。カイトと同じような外見年齢をした彼は、びくりと身体を震わせてから頷いた。


「う、承ります」


 途中、武器収集所に寄って使っていない弾薬を返却する。この決まりができたのもつい最近だ。カイトとしても、常に弾薬を持ち歩くのはやや怖かったので喜んで受け入れた。


 この場では武器のメンテナンスと弾薬の生産を行っていた。基本的にドローンの仕事だが、二名ほど新しく人員が加わったようだ。弾薬プリンターの前でせわしなく働いている。


 弾薬にかぎらず、多くのプリンターはカメリアがラヴェジャーの基地から時間をかけて盗み出したものだった。彼女は今のような事態を見越していたらしい。頂点種の奉仕種族という地位は伊達ではないという事だ。


 そこでの用事を済ませて、少々歩く。途中で幾人かの乗員とすれ違う。


「おい、見ろよ。ペット様のお通りだ。頂点種様とよろしくやりやがってよ」

「止めろ。お前だって彼に助けられたろうに」

「はっ。いい子ちゃんだこと。俺だってアレがあればよ……」


 地球人によく似たヒューマノイドの、無遠慮な言葉。鶏によく似た鳥人が、それを咎める。自分が羨まれる立場にあることを自覚している。故に何も反応せず通り過ぎた。


 ほどなくしてカイトは自分に割り振られたスペースに到着した。布の衝立で間仕切りがされている。最低限のプライベートを確保する配慮だった。


 彼のスペースは他の者達よりも広く取られている。アーマーの装脱着のための場が必要なのだ。早速彼はその場に立った。追加装備がはがれて、足元の黒いケースに飲み込まれていく。


 そのまま、しばし悩む。


「……訓練するか」


 そして、アーマーに命じて訓練シミュレーションを起動することにした。弱い事を嘆いていても強くはなれない。訓練と努力だけが唯一の道。幸い、カメリアは大量のプログラムを用意してくれている。その中から、高難易度のものを選ぼうとした。


『カイトー、おかえりー。今ヒマー?』


 そこに、きらきらとした輝きを纏ったドローンが現れる。最近、アキラの操作するドローンはこのような謎の発光現象を伴っていた。本人曰く訓練であるらしいのだが、詳細はカイトもわからなかった。


「今から訓練しようかなとは思ってたけど、急ぎか?」

『ええー? 仕事から帰って来たばかりじゃん。もう訓練?』

「俺は素人だからさ、時間があるときは頑張らないと。で?」

『えっとねー、実はカイトにサプライズがあるんだー♪』


 これ以上なく楽し気に彼女は語る。輝くドローンという妙な姿ではあるが、その無邪気さにカイトは毒気を抜かれた。シミュレーションの選択画面を閉じて、手近なコンテナに腰を下ろす。金属製で丈夫なので、スーツを着ていても軋みもしない。


「それ、言っちゃったらサプライズにならないんじゃ?」

『いいのいいの。見てびっくりなんだから。もうちょっとで完成だから楽しみにしててね』

「ふうん?」


 とりあえず、彼女のノリに合わせてみる。アキラと話すようになってそれなりになった。彼女は間違いなく、人類以上の知恵がある。しかし、コミュニケーションの経験が不足している。時折とてつもなくセンシティブな話を振ってきたり、遠慮がなさすぎることを聞いたりしてくる。


 悪意はない。そういった部分の配慮を学んでいる最中なのだ。事実、一度そのあたりを注意すると、しっかりと聞き入れてくれる。その後に同じ間違いはしない。


 どうしてそのような状態なのか。カイトは以前、夢の中でその事情を聴いていた。曰く、彼女たちの学びは外界への興味と強く紐づいている。外を知ろうと思えば、その分それを意欲的に学ぶ。しかし興味がわかぬ事柄については、無いも同じ。


 今までの彼女は、自分たちよりも小さな生き物に無関心であったらしい。同じ頂点種については学びも警戒もしたが、それ以外については気にも留めない。


 傲慢な話だとは言い切れない、とカイトは考えていた。自分だって小さな虫だのバクテリアだのについては気にしていない。知恵がある、文化がある、歴史がある、人権。そういった話はこちら側のもの。頂点種はそんな世界で生きていないのだ。


 そんな彼女が、今はこうして自分と話をしている。きっかけはおそらく、ラヴェジャーから助けたから。あそこがスタート地点なら、このようにコミュニケーションが拙いのも当然だった。


 立場や種族を考慮すれば、彼女は間違いなく特別な存在だ。しかし同時に自分にとても親しくしてくれる、話しやすい相手でもある。正直、どうしてこんなに気安く接してくれるのかと思わなくもない。確かにカイトはアキラを助けた。しかしそれ以上ではない。


 なのに、貴重なレリックを二つも貸与してくれている。生命維持に必要とはいえ、気軽に出して良いものではない。それをわからない彼女ではないだろう。


 しかし、それを正直に聞くのも躊躇われる。関係を悪くせずに、そういった繊細な事柄を聞き出すテクニックをカイトは持ち合わせていない。異性と話す経験はそれほどでもないのだ。一番親しかった幼馴染との結末はアレだったし。


『賑やかになったよねー』


 いつの間にか、彼女のドローンのカメラが倉庫へと向けられていた。せわしなく働く皆を見ていた。


「生活しなきゃいけないからな。足りないものが多すぎるし」


 様々な物資を作り出すプリンターは各種準備していた。材料も備蓄していた。しかし実際に作らなければ、生活その他に必要な量は確保できない。その操作には作業が必要で、ほとんどの者がそれになれていない。


 捕虜から解放されて、動けるようになった人々が率先して働いているからこそ現状が回っている。その姿を見て、復帰待ちの者達も労働に意欲を見せている。現在は極限状況。働かなければ生き残れない。加えて、プラン1、2の事もある。


『すごいね。みんなカイトが助けたんだよ?』

「え? いや、俺は全然だよ。前に立っただけ。ほとんどはカメリアのドローンと、後は皆さんの努力だから」


 半分は謙遜で、半分はカイト自身本気でそう思っていた。救出時のカイトの仕事は、攻撃二割、殴られ役八割である。どれだけ攻撃を受けても、暴乱細胞レイジセルは壊れない。相手側の装備が弱いから、カイトにもダメージは伝わらない。


 そうやって殴られている間に、ドローンと連携して制圧する。捕虜を使っているラヴェジャーやドローンを破壊してしまえば、後の作業はカメリアがやってくれた。なので、カイトには自分が捕虜たちを助けているという自覚は薄かった。今日のゴリラ人やスケさんカクさんなどの強者にボコられる事が多いのも理由に含まれる。


『そんなことないよ。だって本当の所をいうとね、カイトが作業に参加してくれなかったら、こんなに人はふえてないから。カメリアの計画だと、もっと少ない予定だったよ?』

「……そうなの?」

『うん。だって本当に余裕ないから。ラヴェジャーに捕まっている人たちは可愛そうだけど、プランの進捗の方が優先度高いから』


 カイトは言葉に詰まった。冷酷な話ではあるが、どうしようもない。どれほど捕虜を助けても、プランが失敗したらアキラ以外は皆死ぬのだから。


『当初の予定だと最低限の労働力を確保して、あとは当分ラヴェジャーに養わせる予定だったんだよね。……相手側の物資がどこまであるかわからなかったから、養うってあたりがとても怪しかったけど』

「……あいつらが、捕虜に優しくするなんてことはないだろうからね」


 基地での非道な行いを思い出し、カイトは眉根に皺を寄せた。


『作業用ドローンだってたくさんあるわけじゃない。壊されたら計画に遅れが出て、それはとっても致命的。だから積極的に助けるのは無理だった。カイトは前に立っただけっていうけれど、それはとっても大事な仕事だったんだよ』

「そうか……それなら、よかった」


 幾分か、気持ちが救われる思いだった。少しでも役に立てられた。カイトは己に重くのしかかっていたものが、気持ち軽くなったように思えた。


 その変化を、アキラは感じ取っていた。


『ねえカイト。カイトはどうして……』

『失礼します、緊急の報告が一件発生しました』


 極めて珍しい事に、カメリアが会話に割って入ってきた。電子知性は、感情のない声でアナウンスする。


『ラヴェジャーの偵察機が現れました』

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― 新着の感想 ―
[一言] レリック二つ、もしかして貸与じゃなくて譲渡だったりして、恩返しって言ってたし。
[一言] 高性能の装備があろうと無双はできず危険な戦闘に身をさらせば殴ったり殴られたり、人間関係に悩みつつ訓練を積んでいく。 主人公はもがきながら頑張っていてそういうところがいいと思う。
[一言] 人が増えれば生活の場が出来る。予定も含めてキャラ増員回ですな!ゴリラの人が仲間になってくれれば心強い。
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