新装備受領
カイトは久しぶりに、己の眼を開いた。ぼんやりしていて、焦点が合わない。光だけを感じている。しかし、それも時間と共にはっきりしていく。彼は仰向けに寝ていた。密閉された狭い個室の中だった。中には液体が満たされていたが、体温を奪われるようなことはなかった。
空気は呼吸器から送られていた。カイトは自分の状態を一通り確認して、SFだなあとぼんやりとした感想を浮かべた。
満たされていた水が引いていく。代わりに温風が送り込まれた。水は驚くほどするりと消えていく。何かしらのテクノロジーの産物であったらしい。個室の中の水が無くなる頃には、カイトの身体は乾いていた。
そして天井が開く。自動で呼吸器も外れた。起き上がる。外は、なんとも雑然とした場所だった。よく分からない、おそらくは医療用の設備がいくつも並べられている。その隙間を縫って、一体のドローンが近づいてくる。
『おはようございますカイトさん。この音声が届いていますか? このドローンが見えていますか?』
「聞こえてるよ、カメリア。見えてもいる」
いつの間にか話せるようになっていた、銀河標準語で返答する。基地の時点で使っていたようなので、おそらく暴乱細胞を装備した時の処置だろう。
『再生移植した部位は、問題なく機能しているようですね』
目や耳すら、元のそれではないと言われて流石に気分が落ちた。が、今更の事なので切り替える。なお、カメリアというのはハイ・フェアリーに対してカイトが送った名前である。アキラが求めたのだ。
彼女の時以上に、カイトは頭を悩ませることになった。元々ボキャブラリーは多い方ではない。アキラの名前が出てきたのは割と奇跡だったのだ。悩みに悩んで、結局実家の庭に生えていた椿の英名を使った。かつて母に教えてもらったのだ。
なお、ハイ・フェアリーは三人いるが名前は一つである。というのも彼女らは、この巨大船の管理者である。その膨大かつ複雑なシステムを管理するために、生まれたての電子知性三人を完全に同期させたのだ。三人で一人。ラヴェジャーの保管庫に、結晶が三つあったのもそれが理由。あれは彼女らに与えられたものだった。
現在あのレリックはコアルームの演算中枢に再び設置され、ハイ・フェアリー……カメリアたちによって正しく運用されている。
『では、続いてシステムとの同期を確認しましょう。いかがですか?』
「ああ……見えるよ。すっかり改造人間だ」
カイトの視界には、いくつもの追加情報が表示されていた。時間、位置情報、現在の目的、体調……さながら、起動したてのパソコンのように、必要のない情報まで並べられていた。
消せるかなと試しに手を伸ばせば、拡大に縮小、オンオフも自在だった。
『問題ないようですね。それでは次に歩行訓練を……』
「まった。その前に服をくれないか? 流石に裸に裸足は嫌なんだが」
彼は現在、全裸だった。治療を受けていたのだからしょうがないとは思う。見られたことを恥ずかしく感じたが、治療を受ける前は酷い有様だったと聞く。ゾンビ映画もかくやな姿だったろうし、そこまで行くと逆に見てしまった方に申し訳なささも湧いてくる。
なのでそれについては考えないようにするが、今は別だ。
『なるほど。では先にこちらを』
カメリアは、真っ黒なバスケットボールほどのそれを差し出してきた。それが何なのかはすぐに理解したので、カイトは素直に受け取った。暴乱細胞の一部は、カイトの意思を素早く反映した。体を覆い、ボディスーツのような形状になる。さすがにヒーローじみたピチピチスーツは嫌だったので、デザインは気を使った。
靴も問題なくできたので個室、医療用ケースから外に出る。歩行も問題なかった。改めて周囲を見渡す。小さな体育館ほどの部屋だった。装飾はなく、何かしらの倉庫らしい。部屋の隅で、いくつものケーブルに繋がれた機械が小さく光りと音を放っている。
目に仕込まれたシステムが、エネルギージェネレータだと教えてくれた。ついでに部屋の名前もわかった。臨時医療施設。そのままだった。
『歩行能力も問題なしですね。それではこちらへ。運動能力を一通りチェックしますので』
「お手柔らかによろしく。……今の状況ってどうなっているの?」
カイトが意識を取り戻して、一週間ほどが経過していた。意識があるうちは、データ空間で訓練を。眠っているときはアキラと雑談やゲームをしながら過ごしていた。
訓練は、危険回避を徹底して教え込まれている。通路を歩いていたら、壁や床が爆発する。ケーブルから放電。配管から熱湯や危険薬剤。通気口からの奇襲。コンテナの影から爆弾ドローン特攻。
いきなり船内の空気が抜かれる。重力制御をオフにされて無重力となる。逆に強められて過重力で潰される。エアロックを開かれて宇宙に放り出される。加速された金属片をぶつけられる。
戦闘訓練などまだ先の事。ひたすら、宇宙の事故とトラップを体験し学んでいる。バーチャルリアリティなので怪我はない。ただし心臓には悪い。その分だけ学びは大きいし、暴乱細胞の補助もあった。
とりあえずカイトは、この一週間でいやというほど自分が無敵とは程遠い事を学んだ。すごい装備も、使う者が間抜けでは意味がない。
そんな生活を繰り返していたため、外に関する情報は疎かった。外に出るのだって、治療を受けてからこれが初めてだった。
『プラン1を実行中です。また、プラン2の準備も合わせて進行中です』
「進捗どうですか」
『……プラン1、3% プラン2、10%です』
返答は、若干遅れた。流石の電子知性も、状況の悪さに思う所があるようだ。となれば、自分も早く参加しなくてはいけない。カイトは気持ちを引き締めた。
案内された別の部屋は、物が何もなかった。空き部屋のようだ。そこで、運動機能を一通りチェックした。飛んだり跳ねたり、転んだり。地面に倒れるような事もあったが、暴乱細胞のボディスーツのおかげで痛みは全くなかった。
30分ほどの時間をかけて、問題なしの判断を受けた。
『これならば、訓練を次の段階に移して問題ありませんね』
「ええ? 俺、危険予知訓練の成績、全然ダメなんだけど」
毎回ひどい目に合っていて、一つも回避できたためしがない。とにかくバリエーションが豊富で、カイトの予想の上を常に超えていくのだ。
『あれはあくまで、危険と不意打ちを体験するためのもの。知っておけば、暴乱細胞の性能でなんとかなりますから』
「……あんまり過信はできない気がするけど」
『はい、その心掛けが大事です。そして、危険予知訓練だけやっていても、戦闘には対応できません。両プランに参加していただくためにも、次のステップに進んでいただきます。こちらへどうぞ』
カメリアの操作するドローンが、部屋から出ていく。カイトは大人しく付いていくことにした。廊下は、最低限の清掃はされているものの、まだ破損や故障部位がそのままにされている。そういった部分まで手が回っていない証拠だった。
エレベーターを使って、下の階層へ。そうやってたどり着いたのは、とても広い場所だった。これが船の中とはとても思えないほど。底部倉庫区画、とシステムはカイトに教えてくれた。
『まずは貴方の装備を受け取っていただきます。こちらをご覧ください』
「これ、は……」
カイトは、感想に困った。そこにあったのは、真っ黒な長方形の箱だった。感覚からして、これが暴乱細胞であることは分かる。何故、巨大な羊羹のごとき状態になっているのだろうか。彼には思い浮かばなかった。
『暴乱細胞に調整を施しました。以前とは全く違う性能になっています。その確認をお願いしますね』
「確認って……おお!?」
不確定名羊羹が、直立した。そして中から現れたのは、いわゆるパワードスーツだった。背丈はカイトより幾分か高く170cmほど。基本的にはツナギのように着るようだが、外骨格で全身を支えている。加えて人工筋肉じみたもの見え、着る者を守るのと同時に行動力を補強するものだと見て理解できた。
「これ、一体どうなってるの?」
『基地の脱出時では、生命維持が第一。それ以外は場当たり的に運用していました。今回は時間がありましたので、すべてを一から再設計しています。生命維持、防御、パワーアシスト。暴乱細胞の貯えていたデータと、基地脱出時の運用記録。これらを精査しましてこの形に変形させたのです』
「うーん、バージョン2.0って感じだ」
カイトは、すっかり変わったスーツの周囲を回りながら確認した。そこに、新しいドローンがやってくる。
『それだけじゃないんだよ!』
「おお、アキラ。こっちじゃドローン使うんだ」
『まだ外見、決められなくって。とりあえず声を送るだけならこれが一番楽だから。それで……カメリア』
『かしこまりました。カイトさん、スーツの背面を確認してください』
「うん?」
言われて後ろに回ると、背中のバックパックのような部位が解放される。そこには、拳ほどの大きさの多面体が収まっていた。
「これはあの時の……あれ? これってカメリアたちのための記録媒体だって」
『あの時は時間がなく説明しきれませんでした。それは機能の一つに過ぎません。私たちのような高性能電子知性すら格納できる膨大な記憶容量。大型船の制御すら可能な優れた演算処理能力。そして、光さえあれば自力でエネルギーを生産できるジェネレーター。これらの機能を兼ね備えたレリック、光源水晶です』
『私が作りました!』
これ以上ないほどに自慢げに、アキラの声が響く。もし実像があったなら、大いに胸を張っている事だろう。
「そりゃまた、ずいぶんと欲張った性能だなあ……レリック扱いも当然なのか。でも、これって三つしかなかったよね? どこかに隠してあったの?」
『ううん、新しく作ったの。カイトには必要だと思って』
「え。まじで。それって大変じゃないの?」
『気分が乗らないと作れない感じー。今回は絶好調だった!』
「そうかー」
ドローンから発せられる声は、溌剌そのもの。いかなる負担があったのかうかがい知ることはできない。カイトはすでにレリックがいかなるものか説明を受けている。たった一つだけでも星間国家が動くレベルの貴重品である。
感謝を、誠意を見せるべきだ。カイトはアキラの操るドローンへ向けて、頭を深く下げた。
「ありがとう、アキラ。大切に使わせてもらう」
『ええ!? そんな大げさに! っていうか、これがこの間言ったお礼だから!』
「いや、でもお金で買えないレベルの貴重品だし。俺から出せるのは誠意くらいしか……」
『カイトさん、そこは今後の働きでというのはいかがでしょうか?』
「おお、なるほど」
『なるほど、じゃなくて! カメリア、どういうつもり!?』
『まあまあ、ここは一つ私にお任せを』
頂点種と奉仕種族。二人の間で高速の意思疎通が行われる。
『今までの調査から、カイトさんは労働者階級の家庭で生まれ育ったと分かっています。高級品を所持するというのは、それだけでプレッシャーなのです』
『ええー。でも、これはあくまで私のお礼だし……』
『はい。ですが、彼は治療と暴乱細胞だけで十分であると感じ取っています。押し付けは、悪印象を与えてしまうのです』
『まだ全然返しきれてないのに!?』
『ですので、残りについては折を見て順々に出していくのがよろしいかと。急ぐことはありません』
『そっかー』
一秒にも満たない時間で、やり取りは終了した。カメリアのドローンはカイトに向き直る。
『さてカイトさん。この光源水晶と暴乱細胞が貴方の基本装備になります。どちらも生命維持に必要となりますので、常に携帯してください』
「ええ……水晶はともかく、スーツは常に着ていろと?」
『ご心配なく。普段はこちらのケースが移動を助けます。質量としてはかさばりますが、簡単に持ち運べますので』
アーマーが、再び黒いケースに包まれる。ちょっと押せば、確かに軽々と動かせた。なるほど、とカイトは納得する。するとケースから細いケーブルが伸び、彼のボディスーツと接続された。
「……これは?」
『カイトさんの体内にある暴乱細胞を調整するための処置です。二十四時間に一回はこちらのスーツ、正確には光源水晶によるチェックを受けてください』
「俺の身体って、そんなにダメなの?」
『健康状態に問題はありません。ですが、生物としてあり得ぬ状態でもあります。急変した場合、すぐに対応するための処置です。ご了承ください』
少しばかり血の気が引いたが、よくよく思い出せばすでに脳にまで浸透しているという話だったではないか。それぐらい神経質であった方が正しいのだろう。カイトはそれを飲み込んだ。
『説明を続けます。こちらのケースは余剰素材になっています。状況に応じて使用してください。すでにいくつかパターンを用意してあります』
カメリアの言葉通り、黒いそれは次々と形を変える。アーマー用の追加装甲。分厚い大盾。ジャンプジェット。そして数々の銃器。これに関しては、前と同じように使えばいいだろう。前以上に便利かなと、カイトは純粋に喜んだ。
『実体弾に関しては、あらかじめ携行した物を使用していください。前回のような現地調達は、事故の可能性があるのでできるだけ避ける方向で。エネルギー兵器については、状況が許す限りお好きなように。専用のバッテリーも用意してあります』
「このバッテリー、どれぐらい持つの?」
『対装甲目標用の出力を一日中使用しても空になる事はありません』
「それはすごい。流石宇宙」
カイトは何気なしにそのバッテリーを手に持ち、アーマーに戻した。これが明力結晶というエネルギーの塊であり、レリックほどではないが非常に貴重な品であることを彼は知らない。
個人兵装のバッテリーとして使う事が、どれほどもったいない事なのかも当然わからない。
『それでは、今日からはこちらを使用した基礎訓練を始めます。最大効率で進めてまいりますので、努力のほどをよろしくお願いしますね』
「……ウッス、がんばります」
カイトは、腹を決めてさっそくアーマーの装着を開始する。その様子を眺めながら、主従が再び外に漏れぬ会話をする。
『カメリア。あっちはまだお披露目しないの?』
『調整がまだ終わっておりません。加えて、あちらまで渡してしまってはタスクが増えてしまいます。船内戦闘では不要ですし、基礎訓練の後にいたしましょう』
そんなやり取りがされているとは当然つゆ知らず。装着し終わったカイトは新たな一歩を踏み出した。