星が瞬く空の下
日が暮れる前に、カイトたちは訓練所に戻ってきた。襲撃によって破壊された壁も、順調に修理が進んでいる。防衛設備の増強も計画されており、完成した暁には立派な軍事基地になる予定である。
奇しくも、ノース・ラインズ社傘下の建築会社が考えた通りになった。結果が同じなだけで過程は全く違うが。
さておき。キングソード隊の車列がゲートをくぐり、駐車場へと進む。その近くには宇宙船の発着エリアがある。そして、そこには大型の旅客船が停泊していた。現在、カイトたちはこの船に寝泊まりしている。
アマテラスがドック入りした現在、傭兵団の大半が活動不能となっている。ガラス率いる航空隊は、周辺の宇宙海賊狩りなどをして訓練と経験を積んでいるがこれは例外。
せっかく地上の訓練施設があるのだからと、士官たちも身体訓練に参加を命令されていた。それはすでに始まっており、皆が慣れない土地で汗を流している。
残念ながら士官用の宿泊施設が足りない為、船をそのままそれに当てているというのが現状だ。
「おお。皆、お帰り」
「ハンス副長補佐。ただいまです」
部下と共にクールダウンの運動をしていたハンス・サキモリ1・グリーンが出迎える。かつては小太りだった彼も、しっかりと運動を続けたおかげで大分すっきりとした体つきになった。
副艦長の柔軟運動を手伝っていたアリーチェが、カイトの持っている紙袋に目を付ける。
「……何を買って来たので?」
「あー……アキラたちへのお土産」
「なるほど」
と、平然と受け答えしたがアキラの名が出たとたん彼女の尻からのびる豹の尾が逆立った。頂点種の機嫌が悪い、というのは誰もが恐れる事態である。たとえ鍛えた兵士であってもそうだ。平静を装えるのはキングソード隊ぐらいなもの。
「どうか、お気をつけて」
「がんばってくださいね! 応援しておりますから!」
「はい、ご迷惑をおかけしております」
ミリアムにも強めに応援されて、船の中へと足を向ける。それを見届けたハンスは、部下たちに指示を飛ばす。
「基地の総員へ口頭で連絡。カイトが艦長への謝罪をはじめる。万が一に備えろと」
「は! ……その、副長補佐。万が一アキラ様が怒りを爆発させた場合、どうすれば?」
「己の信仰する神に祈れ」
そのやり取りを聞いていたミリアムとアリーチェはお互いを見合い、天を仰いだ。信仰を持たぬ彼女らが唯一神のごとく信じるのが他ならぬアキラなのだ。神が怒ったら誰に縋ればいいのやら。
訓練所内が騒然としつつある中、カイトはプレゼントが入った紙袋を手に船内の通路を歩いていた。ペットロボットの足音が小さく小刻みに響く。この大型船はカメリアが借りてきた、貴人用のものである。明るく、船内設備も充実している。まるでちょっとしたホテルのようだとカイトは思っていた。
やがて、船倉区画にたどり着く。四つの船倉ユニットが接続されているのだが、そのうち一つが特別製。アキラの本体を乗せるために、そこだけ入れ替えてあった。
当然、倉庫そのままではなく頂点種用の豪華仕様。なお、アマテラスのようにエネルギー供給システムはついていない。
インターホンを押す。
『どうぞー』
一言も発せずとも入室許可が出る。やっぱすごいよなと思いつつ、入り口をくぐった。元が倉庫用のフレームだけあって、部屋の中は広々としている。まず目に入るのは言うまでもなく、輝くアキラの本体である。
頂点種に内装の煌びやかさが必要かといえば否である。だが立場があり、客を迎え入れる場合も多い。故にホテルのスイートルームのような装いになっていた。
「ただいまー。ええっと、ちょっと話が……」
どう切り出すか、ここまで悩みながら歩いていたカイト。どうせ心を読まれるのだから直球が一番だと切り出そうとしたところ、目の前に不審な箱があった。
金属製であり、長方形で大きい。ヒト一人、楽に入りそうだ。外装の豪華さとメカメカしさが無ければ棺桶と間違えたかもしれない。
その箱の上にはメモがあり『開けてね』と書かれている。
カイトの目が眇められた。チベットスナギツネのように。
「もしもし、警務科ですか? 不審物が船内に……」
『問題ないので開けてください』
「なんで、警務科にかけた通信にカメリアが出るの?」
『傭兵団の通信システムは私の領域ですので』
さてどうするか。カイトはとりあえず、普段はオフにしているサイバーアイの機能を使用する。熱視野モードで確認するが、箱が断熱仕様になっているらしく中身をうかがうことはできない。
とりあえずペットロボットから暴乱細胞を取り出し、単分子ナイフを形成。爆発物処理の講習を思い出しながら蓋に手をかけた。
『普通に開けてください。普通に』
カメリアから呆れが混じった声が届く
「俺知ってるよ。これろくでもないパターンだよ」
『そうであってもノってください』
気は全く乗らなかったが、負い目がある。いたし方がなく、カメリアの伝える操作方法をそのままなぞった。
操作パネルからオープンを選択。密封が解けて、ふたが開く。案の定というべきか。そこには艦長服を着たアキラの姿があった。ただし、いつもととある点が違う。
彼女は実体を伴っていた。幻ではなく、そこに確かにいた。そのアキラが、ゆっくりと目を開く。まるで一つの絵画が完成したかのような、芸術的な美しさを伴っていた。
そこまでは。
「カイト、おかえり……く、ケホっ……!?」
小さく咳き込むと、突如喉を押さえて震えだすアキラ。
「なんだ!? どうした!? カメリア!」
『バイタル情報確認。酸素が足りないようです』
「酸素ぉ!? 呼吸すればいいじゃないか! アキラ!?」
問いかけるが、本人は顔を振るばかり。稲妻のような閃きがカイトの脳裏に走る。
「俺に意識をつなげ! そっちのも送れ!」
直ぐに、はっきりとした息苦しさを覚えた。それに抗うかのように、大きく息を吸い込む。すると箱の中のアキラもそれにつられて呼吸を始めた。
なんども、大げさにそれを繰り返す。そうしてやるとやっとアキラの状態も落ち着いた。
「人騒がせな……いったいどうしたってんだよ」
「ええっと、それは……ケホッ」
「ああ。念話でいいから」
『うう……あのね。この身体、有名デザイナーに注文していて今日やっと届いたの』
「ほう。おめでとう」
『ありがとう。それでね? せっかくだからこれ使ってお出迎えしようって思ったの』
「それは分かる。問題は何で呼吸を失敗してるんだって話。人形なんだろそれ?」
『ヒトとそっくりに作ったから。呼吸もできるしご飯も食べられるよ』
「それはすごいなあ。……ヒトとそっくり? 身体を制御する……プログラム、とかは?」
『ないよ? だってヒトの体にそんなの使われてないでしょ? サイボーグ以外』
「いやそうだけどさあ……いやまて。もしかしてだが、今、その身体を頭のてっぺんからつま先まで全部自分で制御しているのか?」
『うん、そうだよ?』
カイトは絶句する。流石は頂点種、操作能力が人知を超えている。
「心臓の動き、血の流れ、内臓の働き、ぜんぶ?」
『そう。改めて分かったけど、ヒトの身体って大変だね。勝手に動こうとするんだもの。これじゃあ、自分の体調管理とか苦労するよね』
「あのなアキラ。俺たち、自分の意思でそういった制御はやってないんだ。えーと、自律神経? ともかく、身体の自然な動きに任せてるんだ」
『ええ!? それじゃあ、体調不良や内臓の不調とか細胞の変質とか悪性ウィルスの進入とかに対処できないじゃない!』
「できないなあ。だからお医者様がいるわけで」
『うわあ……ヒト、大雑把過ぎる。カメリア! カイトの体調管理は!?』
「はい。もちろん常時完全に調査把握してあります。ご安心ください」
「いや、安心できな……ん? うわぁお」
声が聞こえた方向を見て、カイトは驚きの声をあげた。そこには、士官服に身を包んだ美女が立っていたのだ。落ち着いたブラウンの髪に、青い瞳。長身で、男女問わず目を引き付ける見事なボディライン。ファッションモデルだと言われても信じる美貌とスタイルだった。
「カメリアも、身体が手に入ったんだ。すごい美人さんだな」
「お褒めいただきありがとうございます」
『……まった。カイトくん、ちょーっとまった』
「なにかなー?」
あからさまに不機嫌なテレパシーに振り返る。案の定。箱の中のお嬢様はふくれっ面をなされていた。
『私の時は褒めてくれなかったのに、何でカメリアばっかりそーするの!?』
「それはねお嬢様。いつも投影していた幻とほぼおんなじ外見で見慣れていたからですことよ」
『ぬぅあー! デザイナーの仕事が完璧すぎたー! 私も映像がんばりすぎたー!』
駄々っ子のごとく、箱の中で手足をじたばたする頂点種。とても、覇権国家の第三王子を破滅させた存在には見えない。
「スタークラウンに戻ってからすぐに発注したのですが、生産に時間がかかりました。本日やっとのお披露目です」
「カメリアは、こっちのお嬢様とちがって普通に話して喋れるわけだな」
「ええ。制御にはしっかりプログラムを用意しておりますので」
『うう、ずるーいずるーい』
機械の箱がガタガタ揺れる。彼女を神のごとく崇める人々には絶対見せられない光景だった。
「アキラもプログラムを用意してもらったら?」
『やだ。自分が使うものを把握できないとか、なんていうか……そう、座りが悪い!』
「そっかー。それじゃあ、根性入れて頑張るしかないなー」
『うわぁぁん』
そんなやり取りをしていると、カメリアが紙袋に気づいた。
「カイトさん、それは?」
「あー……これはね。この間、二人を心配させちゃったからね。お詫びの品」
そういいながら彼が袋から取り出したのは、毛糸(のようなもの)でできた編みぐるみだった。茶色い犬と、白い猫。犬を未だ箱から出れないアキラの胸の上に置き、猫をカメリアに手渡す。
「まあ、よろしいのですか?」
「うん。心配させちゃったし。あー……いらないなら、こっちで処分を」
『いる! ほしい! ありがとう! わーい、カイトからのプレゼントだー!』
子供っぽい代物だったが、二人とも喜んで受け取ってくれたことに胸をなでおろす。
『これで、あとは今後はあんな危ない事をしないって約束してくれたら今回の事はヨシにするよ?』
が、この一言には思わず目をそらしてしまった。途端に空気がよろしくなくなる。不機嫌が伝播してくる。
『……カイト?』
「そうおっしゃいますけどねアキラさん? 世の中、都合よく運ばないものでして。場合によってはやむなしということも」
『だからって、首ばっさりはその中に入れていい話じゃない! 傷跡だってのこっちゃったじゃない!』
カイトの首には、うっすらと断頭の痕跡が残っていた。スタークラウンの医療技術なら、傷跡を消すことなど容易い。なのに、その処置を行っても傷は消えてくれなかった。おそらく、暴乱細胞が何かしたと思われるが定かではない。
皮膚の張替えをすれば、完全に消し去れるがそれはカイトが拒否した。入院日数が伸びるから。
「まあ、傷跡ぐらい大した話じゃないし……それに、場合によっては頭以外全部捨てなきゃ生き残れないなんてこともこれから先ないとはいえないし……」
『うわあ……おかしいな。未来を予知したわけじゃないけど、ありそうって感じちゃった……』
ぐったりと、アキラが力なく項垂れる。カイトのこれまで行動と運勢が、彼の一言に嫌な説得力を与えていた。
「とはいえ、今回の行動はあまりにも目に余ります。特に事後承諾だったのがよろしくありません」
「そうはいけどさカメリア。一分一秒を争う状態だったじゃない。やるやらないで押し問答してたら逃げられてたよ」
「それでもよかったのです」
「え」
「仮に、王子が艦隊を率いて逃げた場合。我々はロングシャウトが搭載されていた艦を行動不能にして追いかければよかった。追いつけば、アキラ様の能力ですべて行動不能に追い込めたのです」
「ええー……」
がっくりと、肩を落とすカイト。あの頑張りが空回りだったと言われればこうもなる。それを見て、フォローしてしまうのがカメリアだった。
「……もちろん、あそこで捕縛できたのは大きなことでした。近衛艦隊を通してイグニシオンに良い印象を与えられましたし、敵旗艦から撤退する際に陸戦隊に被害が出る可能性もありました」
「そうかー」
「ですが、それはそれ。これはこれ、です。訓練所に通ったカイトさんなら、命令の大切さをご理解していらっしゃるはず」
「う」
極めて痛い所を突かれて、呻く事しかできない。命令するから責任が生まれる。この組織の責任者はアキラだ。勝手をしては、彼女や傭兵団が責任を負えなくなる。
気持ちが兵士に切り替われば、行動は早い。立ち上がり、背筋を伸ばし敬礼する。
「はい、上官殿。申し訳ありませんでした」
「……今後はこのような事が無いように。必ず事前の許可を取る事」
「はい」
「アキラ様。よろしいでしょうか」
箱の中で寝転がったままの艦長は、納得しがたいという感情を表情に浮かべていた。
『……カイトをね、命令でどうとか本当はしたくないの。でも心配だし、法律とかもあるし。まあ法律はいざとなったら何とでもするけどさ。でも命は私でもどうこうできるものじゃないから。だから、気を付けてね?』
「はい、艦長。申し訳ありませんでした」
その返事に、アキラはしばらく不満そうに身を揺すっていた。そして大きくため息をついた後、目を見開いた。
『よし、この話題お終い! 次!』
「え。まだ何かあるの」
『あるの。カイト、傭兵団の名前考えて』
「ま~た~ぁ? ネーミングのたびに俺を使わないでよ、センスないんだよ本当。スケさん達のお仲間の方もそうだけどさあ! 宇宙らしい、かっこいい名前つければいいじゃない」
「その手の名前は沢山使われているのです。何せ分母が大きいので」
「じゃあもう、アキラ傭兵団とかでいーじゃん!」
『ヤダー! 私の名前そのままはダサイー!』
犬さん人形をぶんぶん振り回すアキラ。完全に駄々っ子であった。カメリアからも縋られて、カイトは諦めた。命令違反寸前だった負い目もある。ここは折れるしかなかった。
「分かったよ分かったよ! じゃあ……タカマガハラ傭兵団! あるいは民間軍事会社タカマガハラ!」
箱の中でじたばたしていたアキラの動きが止る。そして従者を見る。カメリアは主の視線に対して頷いた。
「類似する企業名は光輝同盟にありません。ユニークな名前です」
『わーい、カイトえらい! ……で、なんか由来があるの?』
「故郷の神様が住んでいる場所の名前」
『……それって、天国ってこと? 縁起悪くない?』
「死人は別の場所に行くから、天国じゃない。あくまで神様の国って感じ」
『じゃ、大丈夫か。カメリア、それで登録で!』
「かしこまりました。これで本格的に傭兵団としてスタートできますね」
「アマテラスがドック入りしてるけどね」
三人で笑い合う。何とも締まらないが、都合よくいかないのが世の中というもの。例え頂点種であってもだ。
「アキラ様、カイトさん。外でパーティをするそうなので、向かいましょう」
「え? 何のお祝い?」
「カイトさんの回復祝いとの事ですが、ついでに傭兵団の名前が決まった事も追加させましょう」
「そっちをメインにしてほしいなあ」
カメリアは本当の理由、すなわちアキラの機嫌が直った事への祝いであると分かっていたが黙っていた。
「アキラ、立てるか?」
そういいながらカイトは手を差し出す。アキラといえば、両手を大きく伸ばして一言。
『抱っこ!』
言われた当人は、凄まじく渋い顔を浮かべた後に笑顔を作った。
「……今から暴乱細胞で背負子をつくるからな? そいつに乗ればばっちりだ」
『やだ!』
「じゃあ、車椅子つくるわ」
『やーだー!』
「駄々っ子かこのやろう。頂点種このやろう」
『じゃあおんぶ! おんぶしてくれなきゃ暴れる! 本体が!』
激しく上下し自己主張する多面体を見て、カイトは再度大きくため息をついた。
「わーかった。わかったよ。まったく困った艦長様だよ。威厳も何もあったもんじゃないや」
『威厳なんて念話でどうにでもなるし―』
「能力の無駄遣いをするんじゃありません」
箱に背を向けてしゃがむと、そこにアキラがおぶさってきた。途端にカイトの心臓が大きく跳ねる。幻影の時も、まるでそこに居るかのような感覚を与えてきた。だが人形とはいえ実体になると幻とは比べ物にならない質感がある。
香り、吐息、熱、肌触り。なにより背に押し付けられる二つの柔らかな物体。これはいけないと、カイトは暴乱細胞と光源水晶に衝動の抑制を命ずる。
『健康に問題が発生する恐れがある為、その命令は受け付けられません。ご了承ください』
しかしここで、カメリアのインターセプトが入った。
『ちょっとおお! これは流石にプライバシーを侵害してない!?』
『そうかもしれません。その点については深く謝罪いたします。埋め合わせについても、幾らでも対応いたします。それはそれとして、存分にアキラ様にときめいてください』
『おぉぉぉいぃぃぃ』
恨めし気に睨んでも、カメリアはにっこり微笑むだけだった。
『カイト、だいじょぶ? 重い?』
「ここで重いって答えるやつはひどい目にあうんだ。俺は詳しいんだ」
『よろしい。それじゃあレッツゴー』
アキラを背負い、カメリアを伴って部屋の外へ。金髪の少女は大変ご機嫌だった。
『カイト、たくましくなったね』
「そりゃあ、ここで鍛えたからな。まあ、まだ訓練終わってないけど」
『応援するから、頑張ってね』
「アキラもその身体に慣れないとな」
『がんばるー』
主たちのやり取りを、カメリアは笑顔で見守る。そんな三人が外に出ると、歓声が上がった。新たな外見を得た主たちに、皆が驚きの声を上げたのだ。
その後、傭兵団の名前が決定したことについてさらなる歓声があがる。パーティに酒が追加される。明日の訓練は酷い事になるぞと誰かが嘆く。そして笑う。
空では星が瞬いている。訓練所の騒がしい夜は、始まったばかりだった。
お付き合いいただきありがとうございました。三章、これにて終了でございます。
評価およびブックマークしていただければ幸いです。
さて、次回更新は少し先になります。
9月締め切りの小説大賞に応募するべく新作を書き上げる予定です。
こちらについては、それの後ということになります。ご了承ください。
それではは次回作、「アポカリプスサバイバー 対 異世界アンデッド」もよろしくお願いします。




