航海開始、対話開始
カイトの意識が覚醒する。前と変わらず、声も出せないし身動きも取れない。しかし、疲労はすっかり消えていた。いつ消えてもおかしくないという、追い詰められた感覚もない。
『お目覚めですか』
『フェアリーか? 今、どうなっている』
『ご説明します。まずは貴方の状態から』
フェアリーは、カイトの身体がどのような状態なのか最初から説明を開始した。長期間のコールドスリープと保管状況の悪さから、彼の身体は限界を迎えていた。解凍後、多くの細胞が壊死をはじめていた。臓器もほとんどが機能を停止し残り数分で死亡していた、というのが発見時のカイトである。
『自分のことながら、良く生きてたよねって』
『間一髪でした。間に合って本当に良かったと思っています』
保有していた暴乱細胞を操作し、カイトの生命維持を開始。『死ぬ寸前』の状態に留めることに成功した。基地で暴れていた時は、ずっとこの状態だった。
『もう一度言うけど。自分のことながら、良く生きてたよねって』
『では、続きまして戦闘終了後の処置についてです』
医療設備が整うまで、カイトは仮死状態で留め置かれた。状態が酷すぎて、準備が整うまで手の施しようがなかったのだ。最低限の準備ができて、やっと治療を開始。
壊死した細胞および血管と神経、機能停止した臓器を抜去。遺伝子情報は取得できたので生体プリンターによって除去したそれらを生産。接続は暴乱細胞の助けもあって容易だった。
『ねえ。俺の身体がプラモデルみたいな扱いになってない?』
『パーツが足りなければ、形を成さず。足りればそれを満たすというのであれば、模型も人体も同じかと。ともあれ、これで貴方の身体はとりあえず健康な状態になりました。現在は接続した臓器その他が正常に機能するかの経過観察中となっています。皮膚も張り替えましたので、五感を戻せるのもそう遠くはないと予測されています』
『治療じゃなくて再生産……』
カイトはため息をつきたくなったが、相変わらずできなかった。とはいえ死ぬ寸前、地球の技術では絶対に助からないそれを治してもらったのだ。文句があろうはずがなかった。
『ありがとう、治してくれて』
『いいえ。礼には及びません。貴方の成してくださったことに比べれば些細な事です。加えて、完全に元の身体には治せませんので。これについては謝罪いたします』
『え?』
『現在の状態について説明します』
透過した人体図が表示される。脳、骨、心臓、臓器、血管、神経。あらゆる場所に、機械細胞が入り込んでいる。
『暴乱細胞は、いまだ貴方の身体の中にあります。最初に状態維持を行った際、多くの機能不全を起こしていた部位の代行をしました。それは、脳も含まれます』
生理的な嫌悪感が沸き上がる。脳にまで及んでいるとしたら今考えているこの自分は、本当にカイト・カスカワなのだろうか? そんな疑念が当然のように沸き上がる。
『暴乱細胞に意思はありません。プログラムに従うだけです。例え全ての脳細胞が置き換わったとしても、貴方以外の意思が混じる事はありません』
『そこまで置き換わったら、また別の意味で俺なのかどうかって疑問がでてくるけど……まあ、いい。で、これは身体の外に出すことはできないのね?』
『はい。特に脳は我々も手の出しようがありません。貴方は生涯、暴乱細胞と共にあることになるでしょう。またこのような身体であるため、貴方単体では肉体を維持できません。常に暴乱細胞による補助を受け続けることになります。生命維持装置とお考え下さい』
『……まあ、ほぼ死ぬ寸前だったし。しょうがないか』
カイトは、少しばかり考えてから受け入れた。諦めたともいう。
『次に、我々の現状について説明します』
ラヴェジャーの基地からは無事に逃げ出せた……が、順風満帆とは程遠い状態だった。まず、船の機能が七割がた停止している。ラヴェジャーに捕まることになったそもそもの原因、暴乱城塞との戦闘による破損が全く修繕されていなかった。
『そんなのと戦ったの?』
『そうでした。それについても説明がまだでしたね』
ここでカイトは、巨大船がいかにしてラヴェジャーに捕まったかの説明を受けた。さぞかし美味しい拾い物だったのだろうなあ、許せん。というのがカイトの感想だった。
『我々が脱出したので、もうその栄光はありませんけどね』
『ざまあみろグレイ共』
ラヴェジャーに対して、カイトは悪意を一切我慢しない。そうすると心に決めていた。話を戻して。船にまつわる問題は山積みだった。船内に、ラヴェジャーが多数潜伏しているという点である。脱出初期はコアルームへの襲撃もあった。ほかならぬ光輝宝珠が精神感応で睨みつけてやったら、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったが。
これらを排除しなければ、船の復旧などやっていられない。かといって、頂点種の力で無理やり排除は躊躇われた。
『ラヴェジャーは、作業のために他種族を奴隷として使っています。大雑把な手は、その者達を巻き込んでしまうのです』
『やることなすこと腹立たしい。じゃあ、どうやって対処を?』
『残念ながら、現在は必要最低限の領域を確保して放置しています。極端な話、コアルームというか光輝宝珠様が無事であれば致命的ではありませんので』
必要最低限とはいったが、できることはある。例えばカイトを治すための医療施設の設置。確保できた物資の調査と整理などである。
『今後は武装ドローンで部隊を編成し、ラヴェジャーの排除をしていく予定です』
そのメッセージを読んで、カイトはしばし考える。自分の今の状況と今後について。加えて、自分の望みも。その上で、一つの提案を送る。
『それ、俺も混ぜてもらえるかな?』
『よろしいのですか?』
『身体が治った後、できる事っていったらそれしかなさそうだし』
カイトは日本のいち学生である。宇宙で役立つ技能など何も持ち合わせていない。地球に当分戻れない事は覚悟していた。もしかしたら一生かもしれない。それについて、今は深く考えない事にする。
大事なのはこれからどうしていくか、何ができるかという話である。幸か不幸か、素人にあれだけの戦果を挙げさせた特別な装備を一生付けていくことになった。この戦闘力を活かさない手はない。
さらに言えば、ラヴェジャーへの怒りは未だ胸で燃えている。奴らに復讐もできて一石二鳥であった。
『了解しました、ではそのように。つきましては説明の後、さっそくシミュレーターで戦闘訓練を受けていただきます』
話題の転換が早すぎて、カイトはすぐに返答できなかった。言われてみれば納得だった。今はまだ動けない。勉強する時間がある。素人のままでは百害あって一利なしだ。
『訓練、ね。必要だね、よろしくお願いします』
『はい。それでは最後になりましたが、今後の予定となります』
船の機能が復旧していない為、まともな航行が不能である。移動そのものは、光輝宝珠の力で何とかなっている。だが、それだけだ。センサーや銀河星図が参照できないので、現在自分たちがどこにいるかが分からないのだ。
当然、どちらに逃げればいいかも判断ができない。宇宙は広大だ。適当に逃げても見つかりはしない、というわけではない。なにせ光輝宝珠は強烈なエネルギーを放っている。夜中に閃光を放ちながら歩くようなものである。とても目立つ。
船にはそれを隠す機能もあるのだが、機能不全に陥っているのは先ほど述べた通り。無策のままでは追いつかれ、大量の船団を相手どらなくてはいけなくなる。
『光輝宝珠様単体であれば、負けることはあり得ません。ですが、この船は無事ではすみません』
『俺たちはスペースデブリになるってわけね。何とかならないの?』
『二つのプランがあります』
プラン1。船内にいるラヴェジャーを排除して、機能を回復させる。巨大船が復調すれば、ラヴェジャーの船団などに後れは取らない。戦闘しなくても、位置情報さえはっきりすれば安全な星域に移動することもできる。
問題点は、時間と労力がかかること。巨大船は広く、ラヴェジャーの数も少ないわけではない。壊れた部分の修理には、部品の生産や資材調達などでこれまた手間がかかる。つまり、ラヴェジャーの船団に見つかるまでに完了する可能性がとても低い。
『間に合わないんじゃ、ダメじゃない?』
『ですが現状、最も確実性のあるプランなのです。もう片方に比べればよほど』
『どれだけギャンブルなの?』
プラン2。追ってきたラヴェジャーの船を制圧して、航行システムを確保する。強いエネルギー反応というだけでは、光輝宝珠であると確信は得られない。いちいち船団で移動していてはエネルギーと時間のロスである。
ラヴェジャーはあらかじめ偵察用の船を送り込んでくるはずである。それを捕まえて航行システムを入手。そのデータを使って移動する。
問題点は多々ある。第一は、前提条件が多すぎること。
・ラヴェジャーが偵察船を送り込んでくる。万が一船団で動かれたら失敗。
・偵察船がこちらを発見する。こちらのエネルギー量からすれば見落としはしないと思われる。
・その船をこちらが発見する。現在、センサー系は停止中。光輝宝珠の感覚だけが頼り。
・発見した船を捕縛する。捕まえる前に逃げられたらアウト。船団を呼ばれてしまうので極めて危険。
・その船を我々が制圧できる。偵察船がこちらの保有戦力以上を詰め込んでる可能性は低い。が、ラヴェジャーなので船の中に何を放り込んでいるかは未知数。
これらをすべてクリアーして、初めてプラン2に挑めるのである。運任せであり、確率を上げるために起こせるアクションは多くない。さらに制圧中に航行システムを破壊してしまったらミッション失敗である。相手側が破壊する可能性もある。極めて難しい任務になるだろう。
『なるほど、すごくキツイという事がよく分かった』
『これに比べれば、プラン1に希望を持つのもご理解いただけるかと』
『わかるけど、そっちはそっちでかなり運任せだよね。フェアリー、とりあえず俺の訓練、船の制圧について集中的に受けたいのだけど』
『危険な任務ですが、参加してくださると?』
『プラン1よりはマシだと思うしね』
本音を言えば、もっといいプランはなかったのかという話なのだが。他ならぬフェアリーが、こんなあやふやな計画を出してくるあたり、よほど追い詰められているという事だろう。
機能不全、孤立無援、物資不足、戦力不足。現在の状況を端的に表せばこんな感じだ。助かるためには、わずかな希望にすがるしかない。
一蓮托生は続いている。せっかく助かったというのに、ラヴェジャーの艦隊に袋叩きにあって星屑になるのでは未練が残る。普通に、死にたくない。せっかくの宇宙世界なのだ。いろいろ楽しまねば損だろう。
なので、やれることをやるしかないのだ。カイトはそう己に言い聞かせた。
『了解しました。訓練プログラムを一部変更します。こちらからの説明は以上ですが、何か質問はありますか?』
カイトは少々考え込んで、当たり前の疑問を口にした。
『ごめん。俺そもそも、宇宙世界についてなにも知らないんだった。頂点種とかレリックとか、あんまり説明してもらってない気がする』
『ああ、そうでした。それではそれについての解説もしていきましょう』
話は長くなった。病み上がりだったカイトの意識も限界を迎え、訓練は翌日からという話になった。
そして、彼は夢を見た。地球の、地元の夢だった。日本の、何処にでもある地方都市。通学路にあった、安くて量を食べられてドリンクバーもあったファミリーレストラン。その店内。
彼の前には、ホットコーヒーの入ったカップが一つ。その表面にぼやけて移るのは、かつての自分。学生服を着た、どこにでもいる普通の学生。美醜については、平凡の一言。悪くもなく良くもなく、集団に紛れれば印象が無い為覚えられないほど。
強いてあげるなら少々髪が長い事だが、別に伸ばしているわけでなく無精なだけである。そろそろ床屋に行くべきだと考えていた。
そんなカイトの前には知らない同い年程度の女学生が一人、対面の座席に座っていた。その顔は、よくわからない。見えないわけでも、物理的に無いわけでもない。よく見ようと集中してもピントがぼやける。何とも不思議な相手だった。
そしてカイトは、不思議な相手に心当たりがあった。
(こんばんわ。やっと目が覚めたんだね)
「君は……もしかして、基地で助けてっていってた」
(そう。ハイ・フェアリーは私たちのことを光輝宝珠って呼んでるね。今まで気にしたことなかったけど、なんか変な感じ)
そういって彼女は笑った。笑ったように思うのだ。表情は相変わらずわからないのだが。
(ごめんね、顔はまだ決めてないんだ。私ってほら、まん丸だから)
「ああ、そうか。そういう姿でいる必要も無いのか」
(うん。でも今はちょっとほしいなって感じてる。お話するときに便利だよね。どんな顔がいいかなー……ねえ、あなたはどんな子が好き?)
「ええ……?」
一瞬、カイトは一人の少女を思い出した。だがそれを振り払う。いい思い出がないからだ。
(え。なにこれ。幼馴染で好きだった子? 仲が良かったけど、バスケ部の先輩に熱上げて振られた? え?)
「勝手に読まないでほしいなあ!」
カイトも思春期である。失恋の記憶を無遠慮に触れられては、気分がいいはずもない。声に怒気が混じるのも当然だった。
しかし、相手の反応は想像以上だった。
(ご、ごめんなさい! 精神感応の精度を上げすぎてて……そっか、思考を自身の意図する以上に読まれるのってこんなに不快なんだ。あ、それじゃあこの風景もだめじゃない! ほんとうにごめん!)
その瞬間、たった今までいたファミレスそのものが消えた。残ったのは淡い光が満ちる、何処までも広がる空間。そしてカイトと彼女だけだった。
「……そうか。今のは、というかこの夢は全部君が見せているのか」
(うん。普通にお話したかったんだけど、ハイ・フェアリーの説明が長すぎて時間切れだったから……ごめんね?)
「ああ、うん。そんなに怒ってないよ。謝ってくれたし。……あと、できるならファミレスに戻してもらっていい? ここはその、落ち着かないから」
年頃の女の子(に見える存在)を恐縮させて、気分が良くなるような性格をカイトはしていない。心を覗かれたり、トラウマに触れられなければそれで十分だった。
カイトの意図を察してか、すぐに風景は元に戻った。店内BGMと雑音が響くファミレスの風景。しかし改めてよく見回せば、中にいるのは二人だけだった。
「SFっていうよりファンタジーな体験だなあ……」
(そういうのが好み? イメージしてくれたら大体再現できると思うよ?)
「いや、さっきも言ったけど落ち着かないからさ。……それで? わざわざこんな手間をかけたって事は、何か話があるんだろう?」
(あ、そうだった! お礼が言いたかったの。ええっと、こうだね)
彼女は立ち上がると、深々と頭を下げた。
(本当に、ありがとう。私とハイ・フェアリーを助けてくれて。おかげで私たちはやっと自由を取り戻せた)
「……俺からも、お礼を言わせてくれ。命を助けてくれてありがとう。君たちがチャンスをくれなかったら、ほかのみんなと同じようにゴミとして死んでいた。さらに、復讐までやらせてもらっている。装備までもらって、正直俺貰いすぎじゃないかなって」
(全然だよ! 暴乱細胞なんて、アイツの落とし物だからいくら使ってくれても構わないし! 私から全然返していない……あ、ちょっとプレゼントあるけどこれはまた今度説明するね。ともかく、まだまだ返しきれてないからね!)
「もう十分だと思うんだけどなあ」
目の前にいるのは顔の見えない少女。その正体は宇宙で一目置かれる頂点種。説明は受けたが実感はない。しかし価値観の違いや浮世離れしたなにかは対話することで感じ取れた。
「正直言えば、まだまだ油断のならない状況のようだし。助けたっていうのも気が早い話のような……」
(うん。私もね? 本気で頑張れば、ここがどこなのか、どっちに逃げればいいのかなんて一発でわかるんだけど……)
「何か問題があると」
(そうなの。そうやって、パワーをぶわーって使うとほかの頂点種に知られちゃうんだよね。大抵は無関心でいてくれるけど、中にはアイツみたいな問答無用でケンカ売ってくるのがいるから)
窓の外の光景が切り替わった。巨大船よりもさらに大きい、黒い小惑星。表面に無数の兵器を浮かび上がらせる、攻撃の権化。
「暴乱城塞……。なるほど、たしかに今こういうのに見つかったらアウトか」
(そうなの。だからできないんだ。頂点種なんて言われてるのにこれだよ。私、ほとほと自分が至らないんだなって思い知らされたよ)
はあ、とため息をついて肩を落とす少女。カイトは、対応に困った。そして、仕方がなく件の幼馴染の事を思い出す。彼女がこのように落ち込んだ時、自分はどのように接したか。
下手な慰めは、機嫌を損ねた。話題を変えても、へそを曲げられた。正しい行動とは、ご機嫌取りである。ちやほやしておけば何とかなった。そして散々メンタルケアさせられたのに、バスケ部の先輩に走ったのである。
ともあれ、行動方針は決まった。あとはアドリブである。
「……でも、今はこうやって逃げられてる。これはあなたの……光輝宝珠様? の力のおかげだし。エネルギーが無ければ俺もフェアリーも無事じゃすまないし。できている事は沢山あるよ」
(でもね、私、頂点種だし……)
「頂点だからって万能無限ってわけでもないでしょう? それは他の連中も同じだし。少なくとも、ラヴェジャーの船がいくら来てもあなたは絶対負けないでしょ?」
(うん、まあ、それはそうだけど)
「最悪の最悪、船団に追いつかれたら。俺たちがやられる前に全部やっつけてくれればいいんじゃないかなーって」
しまった、全然ちやほやできてない。我ながら酷いフォローだとカイトは感じていた。挙句無茶ぶりまでしてしまった。これでは爆発不可避か。
しかし、彼の思いとは裏腹に、少女の雰囲気は大いに上向いた。
(……なるほど。そっか、そうだよね! 船団に追いつかれる前に、私が叩き潰すってのもアリなのか! 思いつかなかったー! ありがとう!)
「ま、まあ、最後の手段って事で」
失敗したけど、成功した。異種族コミュニケーション、難しい。カイトは今後に憂いを感じた。これから上手くやっていけるだろうか。
(あ。そうだ忘れてた! ねえ、貴方の種族は個体ごとに名前があるの? そういう文明?)
「え? うん、もちろんあるよ。粕川快人。えーと、カイトが自分の名前、カスカワが家の名前ね」
(カイトが貴方の名前。カスカワ……家族。ああ、うん、大丈夫。そういう文化知ってるよ。そっかー、カイトかー。いいなあ。私、個体名持ってないから)
「そうなんだ。……えーっと親というか、そもそもどうやって種族が増えている……あ、これセンシティブな話題か?」
(種族によってはそうかもね。でも私の所は平気だよ。えーとね、私よりもっと大きな光輝宝珠がいるの。それが自分の力の一部を切り離すと、新しい個体ができるの。でも、この時点だと自我がとても薄いんだよね。名前とかも必要とは感じないんだ)
「なるほど。今までは必要と感じていなかったと」
(うん。今まで私、こうやって誰かと意思疎通しようって考えた事も無かった。アイツに捕まって身動き取れなくなって、助けを求めるようになって初めてこうなったんだ)
彼女との会話で感じていたたどたどしさ。その理由をカイトは理解した。彼女は今、自分と会話しながら学んでいるのだ。
「名前、ねえ……えーと、フェアリーに何か頼んでみたらどうかな」
少しだけ、嫌な予感がしたカイトは先手を打った。
(うーん。ハイ・フェアリーはそういうの苦手なんだよね。創作活動みたいのは。サンプルをたくさん並べるのは得意だと思うけど。カイトは、そういうの得意?)
しかし、望みは打ち砕かれた。そして無茶ぶりというデッドボールが彼に返る。
「いやあ……人様に名前を付けるとか大それたこと、やったことないし」
(……だめ?)
「ダメじゃないけどね? センスとかないし、変な名前つけるわけにはいかないし……」
(私、カイトにつけてほしいな!)
「いやほら、出会って大して時間もたってないし! ちょっと大きなイベントクリアーしただけの仲でしかないわけだし!」
(カイトにつけてほしいな!)
「ああもう、分かったよ! やるよ! っていうか、本当にあなたコミュニケーション素人!? めっちゃ押し強いじゃん!」
押し負けた。負けてしまったからには考えなければならない。人に名前を付けた経験などない。両親はどのようにして自分に名を付けたのだろうか。あ、そういえば命名辞典とか使ったって言ってたな。自分も欲しい、とカイトは悩みながら思った。
手元に命名辞典はない。適当にありものの名前、芸能人や創作のキャラのそれを付けるのは論外だ。じゃあどうする。特徴から考えるしかない。カイトは彼女をまっすぐ見た。
「のっぺらぼう」
(え? それが名前?)
「いや違う。本当に違う。ごめん本当に時間ちょうだい」
(うん、ゆっくり考えてね)
楽しげに言う彼女。カイトは余計にプレッシャーを感じた。久方ぶりに、脂汗が流れているように思う。目の前の彼女は論外、そもそも幻のようなものだ。本体の彼女ならどうか。
あの時、ちらりと見た姿を思い浮かべる。輝く多面体。でっかいゴルフボール。トーナメント……カイトはいったん思考をリセット。ゴルフ関連を名前にするのはちょっとどうかと感じた。
改めて、丸くて輝くもの。電球。もっと大きく。太陽。アマテラス。
「アマテラス……は、ちょっとなあ」
(なにがちょっと、なの? なんだか特別な感じみたいだけど)
「ああ。アマテラスってのは日本の……故郷の国で昔から信仰されている神様の名前で、太陽のことを言うんだ。……ああ、恒星の方が伝わるか」
(ふーん、悪くないと思うけどな。光ってるし、丸いし、パワーがある。ぴったり!)
「だけどちょっと人の名前としては、どうかなあって」
(そっかー。うん、カイトが納得できる名前でいいよ)
イメージソースとしては悪くない所を触れている考える。カイトはさらに連想を続ける。太陽、星、天体、月。うろ覚えだが、中国では月をユエと読むのを思い出す。女性の名前としていい感じだと思うが、本人は自力で光っている。太陽の光を受けて輝く月はちょっと違う。日と月。輝き。明るい。……明。
「アキラ、はどうだろうか」
自分で口にして、悪くなんじゃないかとカイトは感じた。男の名前としても使われるが、そもそも本人は輝く多面体である。性別があるとは思えない。ならば両方に使われる名前は、逆にふさわしいと思えた。
(それにはどんな意味があるの?)
「ええっと、これは漢字で……うわ、漢字そのものの説明からか。ちょっとまってね、紙とペン……これでいいか」
テーブルに備え付けられた注文用のそれをつかい、説明を始めるカイト。アキラという名前を与えられた少女は、楽しそうにそれを眺めている。
カイトにとって、本当に久方ぶりの日常だった。地球にラヴェジャーが飛来してから、失われていたものだった。アキラにとっては、自我を得て初めてかんじるものだった。
幻の世界の中で、おだやかな時間が流れていた。
1/4 からは一日一回、18:00更新で参ります。
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