涼やかな風の吹く丘で
Q:国家機密の研究使ってよかったの?
A:あいつら心読んでくるからバレる時は一発。
覇権国家イグニシオン、主星レストエリア。この星の99%は自然のまま保護されている。星の持ち主はドラゴンであり、余人が入り込むことを許可していないからだ。首都ととしての機能は、惑星をぐるりとめぐる六つのリングに集約されている。
星に降りられるのは、ドラゴンに認められたごくわずかな存在のみ。その中の一人であるイグニシオン王は、王宮を離れて自然の中にあった。
服の下の対環境スーツが無ければ、止めどなく汗が零れ落ちるような高温地帯。加えて湿気もある。気候がそうであるというだけではない。ここは温泉地なのだ。
熱水の流れる川をボートでさかのぼり、目的地につく。そこは巨大な温泉の湖だった。熱が強すぎて、魚もいなければ微生物もない。国が用意したドローンが、湖の中で環境整備にいそしんでいる。
王の乗ったボートは、湖の中へと進む。その下を、黒い巨大な影が泳ぐ。王は驚くことなくただ待つ。そしてそれは湯の中から現れた。ルビーのごとく輝く赤い身体。黄金の瞳。大剣のごとき牙。湖の端から端まで届くような翼。
頂点種、ドラゴンである。
「主様。此度の騒動、片付きましてございます」
揺れぬボートの上で、イグニシオン王が首を垂れる。わずかに唸りながら、ドラゴンは首を揺らした。竜は己の巣で、近衛艦隊から送られてきた映像を受け取っていたのだ。故に王に言われずとも大体は把握していた。
『ようやった。お前の子は、事を成し遂げた。それに免じて、これまでの振る舞いを許す……と、子供らには伝えておく』
「特別のご恩情、感謝申し上げます」
『よい。賢い子より、とびぬけた阿呆よ。手間はかかるが、大きなことを成し遂げる。戦闘に意欲的な、若い光輝宝珠。それが一体となった巨大戦艦。過去例のないそれの戦闘記録。これにはレリック以上の価値がある』
既知宇宙の長い歴史において、光輝宝珠が戦いに参加した記録は多数ある。しかしそれは、頂点種としての能力を使ってのもの。確かにそれは脅威であり、数々の凄まじい伝説を残している。
しかし、今回はそれとはまったく別。特殊装備を満載した戦艦を『装備』するという例はこの数千年なかったのだ。
そして、その結果は驚愕の一言に尽きる。
『たった一隻で、現在最高峰の装備を整えた二十万の艦隊を引っ掻き回す。得意の精神干渉を封じられた状態で、か。見事。あの能力ならば、我の子供らと互角程度には戦えよう』
光輝宝珠の戦闘能力は膨大なエネルギーによる破壊光線と、様々な超能力に依存している。特に精神への干渉能力は頂点種の中でも群を抜いている。
既知宇宙で文明を築く知性体はこれに抗う力を持たない。故に光輝宝珠はヒトに対して特別の脅威であった。
逆に、それらが効果的でない種族に対しては弱い。その代表例が他ならぬ暴乱城塞である。大質量なので破壊光線を意に介さず、そもそも分厚いシールドを幾重にも張り巡らせている。精神攻撃も、同じ頂点種だけあって特別効果的というわけでもない。かの種族と戦った場合、ほとんどの場合において敗北するのである。
今回のアキラは、そういった種族的な弱点を補っている。種族能力に頼り切りではなく、的確に使用し能力を拡張している。これは、光輝宝珠という種族にとって革命的なことであった。
「ロングシャウトがヤツの手に渡るよう工作したかいがありました。作動試験にもなってデータも取れましたし」
淡々と王が語る。ジュリアン王子の反乱は、フィオレの帰還から予測されていた事だった。アキラがバックについた姫が復帰することによって、王子の立場が危うくなる。それへの工作で、光輝宝珠と敵対する。その証拠を押さえれば、彼をさらに追い込むことができる。
反乱を起こせば、傘下の貴族をまとめて凋落させられる。イグニシオンは一枚岩ではない。様々な権力闘争が日夜行われている。第三王子の失墜で多くの貴族の牙を引っこ抜けるのだからやらない手はない。
それに加えて、対光輝宝珠兵器の実戦テストとアキラのデータという宝まで転がり込んできた。今回の事件で最も利益を得たはドラゴンと王だった。
『若き光輝宝珠への報酬は、弾んでやるとよい。我からもおひねり程度はだそう。実際、楽しませてもらったからな』
「は。では、フィオレのドラゴンシェルについても」
『うむ。よく飛べるようにしてやれ。その方が、今後も面白くなるであろうよ。……しかし、あやつも面白い子を生み出したものだ。我も負けていられぬな』
「若くてはしゃぐ方は、おひとりいらっしゃれば十分ではないですか」
王がそうぼやけば、ドラゴンは身を震わせて笑った。湯が大きな波を作る。
『くっくっく、そうであったな。アレであれば、あの若人とよく遊ぶであろうよ。けしかけるのも一興か。……ふふ、昔を思い出す。我と、我が友と、あやつ。一人とドラゴンと光輝宝珠の旅路を』
「ミスタージャックポット、ですか」
『そうだ。次の旅はいつになるか……空を眺めながら、またゆるりと待つとしよう』
ドラゴンは笑いながら湯の中に身を沈めた。それを見送った王は、ボートを下流へと戻す。彼の仕事は多い。
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アキラの傭兵団、その初仕事から二週間後。カイトは惑星ローブン4、都市ダルザンガにほど近いとある丘にいた。傭兵団が買い取ったこの土地は、専用の墓地として整備の最中だった。今も、作業員たちが汗水たらして整地作業を行っている。
その中心に、いくつもの墓がすでに立てられていた。訓練所防衛戦での犠牲者たちが、ここで眠っている。カイトが治療を受けている間に、葬儀は済んでいた。やっと外に出られるようになった彼は、まずここへ足を運んだのだ。
彼の足元には、中型犬ほどの大きさのペットロボットがある。暴乱細胞製であり、中には光源水晶が入っている。生命維持に必要なこれを、当初はキャリーケースのように持ち歩くつもりだった。
ドローン操作を覚えてこのようにした方が楽だと気づき、現在はこの形にしている。ロボットの首輪から延びたリードのように見えるコード。カイトの右手首にあるリングと繋がっており、それはそのまま本人にも接続されている。
「いい所だな……」
工事中のためか、空気には土の香りが強く漂っている。それを、涼やかな風が流し去っていく。眠るのにはいい場所だと、カイトは思った。ここなら安らげるだろうと。
いくつもの墓の前で、生前の彼らを思い返す。それほど親しい間柄だったわけではない。しかし、たしかに言葉を交わした。皆がそれぞれ、未来のために生きていた。一生懸命、辛い訓練を耐えながら。
「みんな。遅れてごめんな。誰かから聞いたかもしれないけど、黒幕はぶっ飛ばしたよ。イグニシオンの第三王子だった。覇権国家の王子様。金も力も失って、ただのアホになった。これからずっと、後悔しながら生きるだろうさ。それで勘弁してくれ」
涙は流れなかったが、悲しみは確かにあった。復讐は果たしたから、怒る事はやめた。際限がないと、気づいたのだ。何より、それよりももっと大きな炎を抱え続けたままだ。こちらの復讐は、まだ終わっていない。
「いろいろ思う所が多いだろうけど、そっちで楽しくやってくれ。こっちの事は気にせずに。あるいは新しい人生へ歩き出してくれ。……なんか、宇宙じゃあ輪廻転生が当たり前に信じられてるらしいね。聞いてびっくりした」
他に語るべきことはないか。いろいろなくはないが、どれもこまごましている。死者に聞かせる話でもないだろう。カイトは別れを済ませることにした。
「それじゃあ、また来るよ」
両手を合わせて、頭を下げて旅立った者たちの冥福を祈った。そして踵を返す。背後には、キングソード隊の面々が待っていた。流石に、装備そのままは墓地に不似合いであるため皆コートを羽織っている。
「別れは済ませたか?」
「はい、隊長。お待たせしました」
「かまわん。旅立った仲間を供養するのは、生き残った兵士にとって必要な事だ。怒りと復讐心は窮地にあって己を奮い立たせることができるが、長くは持たない。休息が必要なのだ。心にも身体にも」
「……はい」
返事こそしたが、それを飲み込むことはできなかった。休めば折れる。炎を絶やせば死ぬ。そんな思いが、常に脳裏で燻っている。
「では、次のスケジュールです。ショッピングモールへ向かいます。……何をお求めで? 正直、この星では高級店でもたいしたものはないと思うのですが」
マルビナ中尉からの質問に、カイトは意識を切り替えた。そして、眉根に皺を寄せる。
「何を買えばいいのか……アキラ達へのプレゼント」
王子を捕らえて帰還したカイトを待っていたのは、眉尻を大きくつり上げた艦長だった。もしその怒りを遠慮無く放出すれば、反乱艦隊も近衛艦隊もまとめて全滅するほど。それをうちに秘めて、ただただ怒る彼女を鎮められる者は誰も居なかった。
淡々と、報告を受けた後に、彼女はカイト(の、生首)を医務室送りとした。その後については、フィオレから聞いている。カメリアからではない。彼女も怒っているらしく、ここ最近のやりとりは極めて事務的なものである。
反乱艦隊は近衛艦隊によって武装解除された。ロングシャウトが停止したため、アキラの力で無力化できたのだ。その時に、王子と彼のドラゴンシェルも引き渡してある。
イグニシオンからの報酬は莫大だったらしい。一般人どころか、星間国家の視点から見ても大きな金額だったのだとか。だがしかし、アキラはこれまで傭兵団立ち上げに大きく資金をつぎ込んでいた。
その金は光輝同盟から貸し出されたもの。アキラが無事である限り督促はないが、借金は小さい方がよい。報酬の大部分はそちらに回されたとのこと。手元に残して投資や運転資金にするべきだという話もあったようだが、借りた金から発生する利子の金額を聞いて皆が口を閉じたらしい。
借金が大きく減って、これで順風満帆かといえばそうでもない。アマテラスが再びドック入りしたのだ。シュテインダンスは、艦とカメリアのプライドに少なくないダメージを入れた。特に後者は深刻だった。
大尉の無茶な操舵を計算に入れて、アマテラスは整備されていた。しかし蓋を開けてみれば内部に様々なダメージ。不具合も百では効かない。頂点種の側近を自負する電子知性には、耐えられぬものだった。
そんなわけで、修理と手直しのために二回目のドッグ入りである。当然、また金がかかる。アマテラスが動けるようになったら、また大きな仕事をこなさねばならないようだ。
乗員についていえば、概ね問題は無い。実戦を経験し自信をつけた者も居れば、適正のなさを自覚した者もいる。そういった者は艦を降りた。早速新たな人員が準備されている。
新たな人員、といえば陸戦隊もそうだ。生き残った訓練兵たちは、今後について真面目に考えた。多くの者は引き続き陸戦隊入りのために訓練に励んでいる。ロバートやアイゼン、サイボーグ部隊の面々もそうだ。
一部は配置換えを申請している。そういった彼らは訓練所や募兵所などの警備に回されるらしい。そしてさらに一部は部隊から去る選択をした。違約金が発生するのだが、それを理解した上でのことだった。本人が人生の選択をしたのだ、余人が口をはさむ話ではない。カイトはそう思った。
ともあれそのような経緯で、訓練兵の再募集が行われている。元々三回に分けて充足させる予定だった。それが前倒しされただけである。幸い、傭兵団の人気は高い。
訓練所防衛戦は、センセーショナルな話題となった。ザムザム製薬は光輝同盟の査察を受けてすっかりと骨抜きになった。株価は下がり続けている。倒産まで秒読みであると誰もが噂していた。
この国で名前を知らぬ方がおかしい大企業。それを傾けた傭兵団が募兵している。夢、希望、野心。それらを抱えた若人が、こぞって門戸を叩いた。おかげで人の集まりは上々だ。ダルザンガの人口も上昇傾向にあるらしい。
今の訓練兵のカリキュラムが終了次第、第二弾が開始される。人手もノウハウも初回より増えた。前回よりも多く受け入れられるだろうという話をカイトは聞いている。
後処理はこのように進んでいる。進んでいないのはアキラとカメリアのご機嫌取りである。無事に首が繋がって、怪我も治った。なのにあの二人はカイトと顔を合わせていないのである。
さしものカイトもこれには参った。恩義で繋がる間柄である。焦点などという役割も与えられている。これで縁が切れると言うことはないだろうが、さりとてこのままで状況がよくなるとも思えない。
だから墓参りのついでというのは外聞が悪いが、外に出たのだからプレゼントを送ろうかと考えたのだ。
だが、何を買うかのアイデアがなにもない。カイトに女性経験は乏しかった。おかげで幼なじみに振られている。
「なにか、アドバイスはありませんか隊長」
「貴様、私が女であると言うことを忘れてないか……?」
ほかの女へのプレゼントについての相談をされて、最強隊長は気分を害した。女心の分からぬカイトはなんでキレられてるんだろう? と内心首をかしげながら否定する。
「忘れるわけないでしょう。隊長を見て女性じゃないって思うのは、それこそどうかしてると思いますが」
「そうかぁ? うちの男連中などは、私を時々怪物のごとき扱いをするんだが」
視線を向けられた兵士達は、一斉に顔をそらした。心当たりがありすぎた。カイトからしてみれば美人で凜々しくて頼れておっぱいがでかい、魅力的な女性である。しかしそれは気恥ずかしくて口に出せない。アキラかスイランが心を読めば、そういう所だぞとツッコミを入れるところである。
「ほかの人たちはさておき、俺は十分隊長を女性だと分かってますよ。だからこそ相談しているんじゃないですか。機嫌を損ねた女性に対して、何を送るべきかを」
「ううむ、そうは言うがな……」
墓地に備えられた駐車場へと続く道を歩きながら、隊長は眉をひそめた。実は彼女、こういった相談を受けた事が一度も無い。覇獣大王国で一の戦士に、女性の機微について質問する剛の者(あるいは馬鹿)はいなかった。
経験が無いのだから、よいアドバイスなどすぐに浮かぶ訳がない。しかし、彼女は隊を率いる者である。これからのためにも、カイトの信頼を勝ち取る必要がある。
『お前達、何か良いアイデアを出せ』
なのでこっそり、隊の専用回線で部下にむちゃぶりをする。カイトは共有していないのでばれることもない。
『はい隊長殿。頂点種と電子知性の欲しいものが分かりません』
『はい隊長殿。そもそも艦長らに手に入らないものがあるとも思えません』
『はい隊長殿。ぶっちゃけカイトが送ればなんでもいいのでは?』
『同意』『同意』『激しく同意』
『貴様ら、もっとまじめにやれ! 投げるな!』
はあ、と大きくため息をついたのはマルビナ中尉だった。彼女は指を一本立てて語り出す。
「一つ一つ、順序だてて考えていけばある程度は絞り込めるものです。まず、当然ながらプリンターで作れるようなものは論外です。買う意味がありません」
「たしかに」
「次に、食料品もチョイスできません。お二方は食べませんから」
「それもそう」
「さらに、高級品も選ぶべきではないでしょう。先ほども申し上げたように、この星のレベルではたかが知れております。あのお二方なら、その手のものは山のように送られていそうですし」
「なんか、スタークラウンの屋敷に山ほどその手のが送られてきてたような」
機嫌よく虎の尾をふりながらマルビナが語る。その背を不機嫌気味にグロリアが眺める。カイトは気づかず相槌を打つ。
「ここまで絞れば、ある程度の指標になるのでは?」
「ふうむ……高くなくて、プリンターで作れなくて、食べ物でもない……手作りの小物とか、かな?」
「すばらしい。ではそれを買い求めましょう」
「おお。ありがとうございます、マルビナ中尉。助かりました」
「いえいえ」
楽しげに語る副長に、隊長からメッセージが送られる。
『私が頼られたんだが?』
『だったら、先にご自分でアドバイスすればよかったのです。部下に投げた時点でアウトだったのですよ』
ほくそ笑むマルビナ、歯ぎしりするグロリア。アキラに敗北するまで、こんなやり取りがされることはなかった。勝ち続けることで血は猛り、驕りによって思考が狭まる。獣人のサガから解放された事で、キングソード隊の面々はヒトらしさを取り戻した。
カイトを含めた隊員たちが、装甲車両に乗り込む。車列が、墓地より離れていく。造成は続いている。今は地肌が目立つが、完成の日には芝生が敷き詰められた公園のように美しい場所になる。
それは、もうしばらく後の事だ。




