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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
創団トラブルメモリー
57/60

炎舞、赤光を引く

 時間は少々さかのぼる。アマテラス出撃直前、カイトは医務室で治療を受けていた。その身体はポットの中にあり、身体固定用のバンドが全身に巻かれている。骨、筋肉、血管、内臓。多くの箇所に傷を負い、絶対安静の状態だった。


 しかし頭部は無事であったため、通信は可能だった。そこで、ロバートへ通信を入れることにした。戦闘直前で、本当は制限されていたのだがカメリアに頼み込んだ。アキラとカイトに甘い電子知性は、こっそり許可をくれた。


『……ボックスか?』


 カイトの名前が通信相手として表示されていたにもかかわらず、ロバートの第一声はこれだった。


『そうだよ。よく分かったね』

『このタイミングで、通話をつなげられるヤツに思い当たるのはお前だけだからな』

『ごめん。話すと長い事なんだけど……』

『そいつは、戦いが終わった後にゆっくり聞かせてもらう。そっちは今どうしている?』

『治療ポットの中でがんじがらめ』

『お前もか……たぶん、近所にアイゼンのヤツも寝ていると思うぞ』

『怪我、ひどいの?』

『胸をぶち抜かれた。が、まあ例の薬も使ったし大丈夫だろ』


 短く、最低限の情報共有を行う。本当ならばもっと詳しく語りたい。だが時間がない。なのでカイトは、一番訪ねたい事を聞く。カメリアもこれについては教えてくれなかったから。


『……どれぐらい、やられた?』


 ダルザンガで何度も仲間の死を見てきた青年は、ドライに答える。


『ネイル2とドリル3がやられた。俺たちサイボーグは、きつい所を任されてたからな……ほかのグループでも、何人か。医務室送りになってる連中も、復帰できなさそうなのがちらほら、いるな』

『そうか……』


 俺が傍にいれば、などという寝言はいわない。レリックがあれば全部解決、などという生易しい戦場ではなかったはずだ。


 カイトは仲間を思う。汗水たらして訓練し、望む未来に向けて励む彼ら。傭兵団での生活に希望を見た新兵たちを。


『このままじゃ、終われないな』

『おいおい。けが人は大人しくしてろよ。お前らの分は俺がまとめてぶち込んでおくからよ。移乗攻撃への参加は諦めな』

『そっちは、ロバート達に任せるさ。俺は別の仕事をする』

『ポットの中で何もできないやつが、どうすんだよ』


 苦笑するロバートに、カイトは真面目に答える。通信では伝わらないが、彼の目には炎が宿っていた。真っ黒な怒りの炎が。


『手はある』


 そして現在。アマテラスは主砲群を全力稼働させながら、敵艦隊へ向けて飛び込んでいた。すでに相手方も砲撃を開始している。その火力の密度は雨のようで、まともな戦艦ならば瞬く間に蒸発した事だろう。


 しかし当然の話ながら、アマテラスはまともではない。


「戦艦のダンスをご覧あれ!」


 艦体に備え付けられた噴射器が次々とエネルギーを吐き出す。蛇行、急上昇、急旋回、回転。全長3kmの戦艦がするとはおもえない、アクロバットな航行ぶり。慣性制御機関ベクトルコントローラーがあるとはいえ、一般的にはあり得ない挙動だった。


 予測不能な移動に翻弄され、照準が定まらない。おかげで、命中するのは偶然によるそれしかなくなる。数発当たる程度では、万全のシールドは破れない。これに加えて、シールド・ラムもある。


 砲撃によるダメージは、ない。だが無傷かと言えば実は違う。無茶な挙動のツケは内部に現れている。慣性制御機関で殺しきれなかった運動エネルギーが、艦内のあちこちで暴れていた。


『上下水道管の破裂、多数。壁の亀裂および破損、多数。電気系統の故障、床の陥没、火災……。艦砲の直撃よりはマシですが』


 カメリアは、呆れという感情を深く理解することになった。オーバーホールと改修により、アマテラスのスペックは向上した。運動に対する耐性も、前回の操舵を参考にして高めてあったのだ。


 だというのにこの有様である。電子知性は、シュテイン大尉を自らの基準の中で『例外』カテゴリーに入れた。スイランに続いて二人目だった。


 防御についてはこの通りである。では攻撃はどうか。こちらもまた、一般的な戦艦とは比べ物にならない能力を発揮していた。


 アマテラスのデザインは極端だった。船底には何一つ砲塔が付いていない。戦闘機やミサイルを迎撃するレーザー砲塔もない。あらゆる兵器が、甲板に集約されている。これは効率と欠陥の両方の面がある。


 攻撃に必要な装置やエネルギーラインを甲板に集めてあるということは、艦という限られたスペースを効率的に使用できるという事だ。船底にも兵器がある場合、そちらにも同じシステムを乗せねばならない。近くにあれば併用できるパーツも、離れていては共用出来ないというわけだ。


 アマテラスは巨大だが、無限に広いというわけではない。この集約によって生まれた空間は、別の装備を乗せるのに生かされている。


 では欠陥はなにか。甲板が破壊された場合、攻撃手段を大きく損なうという事である。最悪、アキラ自身のエネルギー放射能力を使えば艦船の撃沈は可能だ。だがそれはアマテラスへのエネルギー供給に大きく問題が発生する。本当に最後の手段である。


 このような欠陥を抱えても、効率を優先させた。カメリアらしいデザインだった。その効率優先が生んだ火力はいかなるものか。端的に言えば悪夢に近かった。


 甲板にずらりと並んだ主砲群。一斉に放たれるその火力、同規模の艦船の三倍に相当する。これは理論値である。アマテラスと同等の大きさの船を動かせる動力は、覇権国家の技術力をもってしても用意するのは難しい。容量の五分の一は動力関係に当てなければならないだろう。


 そんな有様では、砲撃に回せる質量もエネルギーも大きく損なわれる。現実的な視点から言えば、実現不可能だった。


 規格外の大火力は何を成したのか。主砲による弾幕である。流石に二十二万のそれと同じではない。しかし、一点集中されたそれに晒された艦は、瞬く間にシールドをはがされて損傷を受けた。


 技術テックレベル4による軍艦である。耐久力も他のそれとは比較にならない。加えて、アマテラスは常に回避行動を行っている。撃沈するまで火力を当て続けるのは難しい。


 つまり、一瞬である。わずかの間、火線にさらされると中破するのである。覇権国家の軍艦が。相手からしたら悪夢としか言いようがない。次々と報告される味方の損害に、ジュリアンは顔をどす黒く変色させていた。


 一方、アマテラスの艦橋はと言えば、皆冷や汗を流しつつも冷静だった。


『慣性により艦内環境にトラブルが発生していますが、致命的なものではありません』

「主砲群、攻撃続行中です。敵側で戦闘不能になったのは大型艦18、小型艦34。それ以外は未確認となっています」

「エネルギー供給、問題なし。コアルームからコンデンサーへの補給もトラブルなしです。またシールド発生装置も順調に稼働しています。ただ、シールド・ラムはあと50秒で稼働限界になります」


 カメリア、砲雷長、機関長の報告にミリアムは頷く。復活したアマテラスの初陣が、こんな大規模戦闘になるとはだれも思っていなかった。アキラの力があるとはいえ、良くもここまで優勢でいられると思う。


「最大速度で縦横無尽に飛び回り。規格外の主砲群は弾幕を張り。シールドは強固なうえに、おまけもある。頂点種のエネルギー供給の成せる技……だけではないのが、新しくなったアマテラスの恐ろしい所ですね」

「ヒート・ドロッパーを戦艦に使っていれば、こうもなりますよ」


 ミリアムのつぶやきを、副長補佐が拾う。アマテラスの大暴れは、新たに設置された機関によって支えられている。機械が稼働すれば熱が出る。熱を排出しなければ、稼働の妨げになる。


 自然に冷える、ということはない。何故なら宇宙船は密閉されているのだ。そして外は真空の宇宙。熱交換はされることなく、宇宙船の中にこもり続ける。


 だからあらゆる宇宙船は、排熱機関を装備している。一般的には熱を効率的に吸収する薬剤や固形材を用意し、それを外に捨てるシステムとなっている。


 これらがなくなれば、熱を外に捨てられなくなる。戦闘継続も困難となるが、そこまで戦闘が長引くのはあまりない事だ。それよりも先に決着がつく方が多い。


 さて、そんな排熱機関であるが当然その能力には限界がある。発生する熱に対して、熱吸収が追い付かなくなることはよくある事だ。なので射撃にしても移動にしても一定時間しか続けられない。あらゆる艦船が抱える、回避不能の命題である。


 しかし、これを覆せるものがある。既知宇宙の科学力では未だ解明できない、古代文明の遺産アーティファクト。その中に、ヒート・ドロッパーと呼ばれる装置がある。クリスタルでできた針葉樹のように見える、芸術品のようなこの機械。エネルギーを吸収すると周囲の温度を下げるという、特異極まる能力を持つ。


 宇宙空間に存在するすべての人工物の共通問題を解決してしまう秘宝である。その価値はレリックに匹敵、あるいは凌駕する。古代遺跡で稀に見つかるとはいえ、その絶対数は少ない。


 カメリアは、光輝同盟ライトリーグが保有していたこのアーティファクトを取引の末に一つ譲り受けた。そしてそれを中核として集中冷却室を新たに設置したのだ。ここで冷やされた溶液が、専用の配管を通って艦体の各部へ運ばれる。各機器の冷却を助けるこのシステムが、アマテラスを支えているというわけである。


 なお、ハンスが嘆くのは当然である。これを工業衛星に設置したならば、生産効率は飛躍的に向上する。実際、これ一つで地方で燻っていた星間企業が大躍進した例は数多くある。戦艦に使用するのは非常識と罵られても仕方がない。


 それでもカメリアは設置を決断した。全ては主の求める力のため。暴乱城塞レイジフォートレスと戦い勝利するために。


 このように、ハードウェアによる優勢の要因はアキラとヒート・ドロッパーである。ではソフトウェア、もっと言えば特異な人員による優勢については……語るまでもない。


「シュテイン大尉、状況報告を」

「絶好調!」

「えー……推進器、およびスラスターに問題は出ていません。まだ踊れるようですが……いつまで艦が持ってくれるか正直不安な所があります」

『副長補佐に同意します』


 報告を聞き、ミリアムは悩む。二十二万を相手どって、優勢でいられる時間は限られている。アキラはともかく、アマテラスは不変の存在ではない。このままいけば故障が増えて性能が劣化していく。その前に決着をつけねばならない。


「……艦長、いかがなさいますか?」


 副長が問う。それに対してアキラは、目まぐるしく変化する外部に意識を向ける。


「……うん、大丈夫。来た。計画通りに続行! 第二フェーズ!」

「船務長! 対戦闘機レーダー、出力最大!」

「了解、アクティブレーダー出力最大。処理能力を回します」


 戦場のすべてを調べつくすのは、アマテラスと言えど負担がある。同レベルの攪乱技術を保有している相手ともなれば余計にだ。他機器への影響も鑑みて、普段は抑えているレーダーの出力を最大にする。


 数十秒の後に浮かび上がったのは、おびただしい数の光点。虫の群れにも見えるこれは全て、敵艦隊から放たれた戦闘機だった。戦艦や巡洋艦ならば護衛として5機から10機前後、艦に搭載している。また、この規模の艦隊であるから空母も当然参加している。


 そして敵の総数は22万である。保有しているすべてを発進させたわけではない。抽出してこれである。いくらアマテラスと言えど、この数に群がられては無事では済まない。


 だからこそアキラ達はこれを待っていた。


「シュテイン大尉! 引っ張って!」

「アイアイキャプテン! 団体様ご案内ぃ!」


 アマテラスの進路が変わる。ランダムな移動はそのままに、敵艦隊の側面に回るようなコースを取る。全ての艦がアキラ達へ向いているわけではないから、単純に横を取れるわけではない。それでも今までのように砲撃を続けるわけにはいかなくなる。戦闘機の群れはそれを阻害しようと速度を上げてくる。


 その巨体からすれば、異常な加速力をもつアマテラス。戦艦というカテゴリーでは群を抜いて早い。だが、戦闘機の速度とは比べ物にならない。十分な距離があったというのに、それは見る見る縮まっていく。


「敵艦隊からの砲撃、停止!」

「戦闘機群を巻き込むのを避けたようですね。大尉、休憩のお時間です」

「了解しました」


 数秒前のテンションが嘘のように、真面目な士官の鑑のようないつもの彼に戻る。その変わり身の早さに幾人かの慣れていないブリッジクルーが目を見開いた。


 気持ちは分かるが構っていられないミリアムは敵に備えて指示を出す。


「砲雷長! 全砲門を艦直上へ! 高機動ミサイル、小型機雷、発射準備!」

「了解。主砲群、レーザー砲塔、艦直上へ。発射管にミサイル装填。小型機雷、散布準備」

「シュテイン大尉、進路真っすぐ!」

「了解。進路直進」


 敵の目からは、アマテラスが戦闘機の群れを振り切ろうとしているように見えるだろう。実際、間違いなく絶体絶命の危機にある。追いつかれたらアマテラスは落ちるのだ。しかし、この行動に違和感を感じるものはいる。だから、単純に追いすがるのではなく包囲するように進路を変えるパイロットもいた。


 それが彼の命を救った。


「敵戦闘機群、至近距離! 先頭が攻撃を開始しました!」

「ミサイルは迎撃していますが、その他の火砲がシールドを削っています。この速度で攻撃が増えたら長く持ちません」

「艦長、艦体瞬間移動ピッチ90度上げ、願います」

「はーい! 瞬間移動90度、3、2、1、はい!」


 アキラの超常の力が発揮される。後ろから追っていた戦闘機から見れば、目を疑うような光景だった。巨大な噴射光を追っていたはずなのに、いきなり巨大な壁が現れたのだから。


 そしてもちろん、目的はパイロットたちを驚かす事ではない。


「目標、戦闘機群! 砲撃はじめ!」

「主砲群、レーザー砲塔、高速ミサイル、自動発射。機雷散布開始」


 砲を上に向けていた理由がここにある。艦が90度傾けば、直上を向けていた砲は先ほどまでの後ろを睨む。そこにあるのは、アマテラスを追うべく真っすぐ飛ぶ戦闘機群だ。車は急に止まれない。戦闘機ならばなおさら。


 戦艦主砲の嵐が、容赦なく襲い掛かる。本来ならば戦闘機に向けるべきものではない。高速で移動する目標を狙う兵器ではないのだ。しかしこうも密集し、意表を突いた最高のタイミング。狙わなくても当たる。相手が当たりに来る。


 シールド、装甲、フレーム。機体の防御要素は、最高水準だった。それでも、この暴力に耐えきれるものではなかった。次々と爆発が生まれる。厳しい訓練を乗り越えたエリートパイロットたちが、なすすべもなく光の中に消えていく。


 これに、高速ミサイルが襲い掛かる。偶然、あるいは辛うじて避けた機体がミサイルの餌食になっていく。それを振り切ろうと速度を上げると、まき散らされた機雷に衝突する。


 わずかな間に、戦闘機群は大打撃を受けていく。この事態を予測できなかったのか、というと極めて難しかったという答えが返ってくる。イグニシオンも光輝宝珠こうきほうじゅという種族については長年をかけて調べている。


 その能力の恐ろしさを理解しているから、ロングシャウトなどの対超能力機器を開発している。しかしその能力を純粋に戦闘に、もっといえば戦艦に利用するというのは未知のものだった。


 大型艦を輸送のために使う光輝宝珠は過去にもいた。しかし、ときおり発生する海賊との交戦記録は大して役に立たないものだった。そもそもが技術レベル4で構成されている船である。圧倒的なスペック差でまともに戦闘にならない。


 当然、光輝宝珠がその能力を戦闘に使用することもない。なのでこれは初の事態。いたし方がない事だった。損害は、その一言で済ませられるものではないが。


「戦闘機群、三割撃破! 残りも散開しています!」

「艦長、第二フェーズ終了です。第三の開始許可を」


 船務長とミリアムの報告にうなずくと、アキラはレーダー図を指さす。


「第三フェーズ開始! 敵の逆側へ飛ぶよ!」


 十秒後、アマテラスの姿は敵艦隊を挟んで反対側にあった。これが跳躍機関ジャンプユニットによるものであったなら、多少なりとも対策が取れた。だがアキラの空間跳躍テレポーテーションではどうしようもない。まんまと裏を取られてしまう。


 それでも、一応は後方を警戒していた。アマテラスではなく、第三勢力の参戦を予測していたのだ。故に全艦が背後を取られる、という間抜けは晒さなかった。だが、警戒程度でアマテラスは止められない。


「シュテイン大尉、休憩終了です」

「待ってましたぁ!」

『艦内伝達。再び高機動戦闘に入ります。衝撃に備えてください』


 サングラス型デバイスから激しいサウンドが再度流れ出す。推進器から延びる輝きが長い尾となる。巨艦が、敵艦隊の中へと飛び込んでいく。目標は、ジュリアン王子の乗る旗艦である。


 先ほどとは違い、今度は回避行動が最低限である。故にアマテラス側も狙って攻撃ができる。主砲群の荷電粒子が、後方警戒に当たっていた艦へ次々と突き刺さる。集中砲火をする必要もない。一度に五つのターゲットに致命的な砲火を浴びせていく。


 カメリアの演算は正確だった。相手側の回避行動を予測する。移動位置に砲弾を置く。戦闘機のパイロットが実行するようなそれをやってのける。今度は、中破などと生ぬるい結果にはならない。大破、撃沈。


 立ちふさがる艦を、大小の区別なく火の玉に変えて艦隊内部へと突入を果たした。速度をそのままで。


「激しい揺れにご注意ください! レッツシェイク!」


 大尉の宣言通り、巨艦が鋭角に振れながら突き進んでいく。カイトがこれを俯瞰的に見たならば、スキー選手の滑降を思い出した事だろう。斜面に対してエッジを利かせるように、アマテラスが滑っていく。もちろん、宇宙空間に摩擦を得られる斜面などない。


 スラスターと慣性制御機関の力で、強引に曲げているのである。後に、乗員と整備員に『シュテインシェイク』の名で恐れられる高機動戦闘。アマテラス船内と乗員の心に少なくない傷跡を残すこれの成果は確かなものだった。


 艦隊内部に入ってから、敵の攻撃が止んだ。できないのである。まず、単純に撃てない。密集というほど集まっているわけではない。回避行動をとれるように余裕をもって艦列を作っている。


 だが、巨艦が高速で動けるほどの余地は残されていない。だというのに突っ込んでくる。そんな狭い場所に、味方に当てることなく砲撃などできるはずもない。衝突を避けるために道を開けるのがせいぜいだ。


 艦体で道を塞ぐ、という選択肢はない。質量が違う。確実に防御側が負けるのだ。ここに集まっているのは派閥の諸侯である。自分の家の為に戦うことはする。しかし命がけで守るかと聞かれれば首を横に振るのだ。


 中には、程よいポジションに艦を浮かべている者もいる。運よくシュテイン大尉の操舵に合わせられた砲撃は命中し、シールドを削ることに成功する。しかしそこまでだ。ラッキーヒットは続かない。それではアマテラスのシールド回復力を超えられない。


 そして、アマテラスの砲撃は艦隊突入後も継続中なのだ。


「前方敵艦、方向転換中! 船首をこちらに向けるようです!」

「対艦ミサイル、発射口に装填! 準備でき次第、腹を見せた艦に食らわせなさい!」

「了解!」

「馬鹿でありがとーう!」

「艦長、心を読まないでください!」

「大丈夫! ミリアムちゃんだけじゃないから!」


 そんなやり取りの中、虎の子の対艦ミサイルが随時発射されていく。シールドの上から艦を破壊するのを目的にされたミサイルだけあって、太く大きい。通常であれば、艦載機の援護がなければとても使えたものではない。迎撃されてしまうからだ。


 しかし、今はアマテラスが砲撃で弾幕を張っている。高速突撃中でもある。ミサイルよりも巨大で危険な戦艦が突き進んでくる。ミサイルばかりにかまけている暇はない。


 いくつかは撃墜され、空間に炎の華を咲かせる。それ以外はそれぞれに命中し、戦果を上げる。対艦ミサイルは高価だ。カメリアが身内の伝手で仕入れた為ある程度は抑えられているが、それでも一発がフレーム製戦闘機よりも高い。


 しかし命中すれば、巡洋艦、戦艦、空母が落とせる。圧倒的にコストパフォーマンスに優れていると言える。戦争とは、巨大な消費活動。この戦いだけでも、すでに大国の国家予算が吹き飛ぶレベルの消費が行われていた。


「見つけた! あそこだよ!」


 アキラが叫ぶ。彼女が指さす先にあるのは、他よりも一回り大きな戦艦だ。もちろんアマテラスには及ばないが、相応の技術と金銭がかけられている事は見た目だけでも分かる代物だった。


「艦長! 敵旗艦と軸を合わせます! 三十秒後に前後反転180度、上下反転180度願います!」

「ええっと?」

「前後逆にして、逆さまにしてくださいって事ですよぉ!」

「はあい!」


 操舵席より叫ばれて、アキラは大きく返事をする。合わせて、各員が準備する。艦内に再度注意喚起が放送され、乗員は青ざめながら備える。機関長はエネルギー分配に追われ、レーダーを睨む者たちは反転に混乱しないよう努める。


「3、2、1、はい!」


 そして、上下と前後が逆になった。途端、巨体を振動が襲う。メイン推進器の出力をそのままに、ブレーキをかけているのだ。そうしなければ、目的の位置に止まれない。慣性制御機関は艦体の負荷へ対応させているが、完全ではない。オーバーホールしたばかりのアマテラスがきしむ。カメリアに身体があったなら、深々とため息をついた事だろう。


 彗星の尾のようだった推進器の噴射は、逆にアマテラスを覆う傘のようになっている。シールドでそれは防がれているが、同時に新しい盾にもなっていた。その膨大なエネルギー量が、センサーの邪魔をするのだ。


「バックします! 車庫入れの邪魔はご遠慮くださいってな!」


 そして、そんな状態のままシュテインは艦の操舵を成し遂げ続ける。本人からしたら楽なものだった。あまりの状態に、敵が道を開けてくれるのだ。砲撃してくる敵艦に対しては、仲間たちが反撃している。機雷も派手に散布し、追いすがるのも一苦労だ。


 かくして既知宇宙でも稀な一芸により、アマテラスは敵旗艦に接近を果たした。


「敵艦、本艦に接近! 止められません!」

「馬鹿な……」


 対するジュリアン王子としては、悪夢を強制的に見せられ続けた気分だった。出鱈目が過ぎる。いくら頂点種が乗っているからといって、22万の艦隊がたった一艦を落とせないなどと誰が思うだろう。


 この時点で眩暈がするが、被害の大きさはそれを強くする。艦の被害は百を超え、戦闘機の被害はそれ以上。貴重な戦力を、こんな所で損耗してしまった。挙句の果てに、今まさにこの艦の横に滑り込んできている。


 二十二万で戦って、止められなかった戦艦。頂点種が単騎で突撃してきたならば、まだわかる。なまじ戦艦というカテゴリーに入っているから、余計にジュリアンを混乱させた。


 場の流れは彼の理解を待ってくれない。複数の警告音と共に、艦が大きく揺れた。


「敵艦、我が方の船底方向に侵入! あちらも船底を向けています!」

「双方の干渉によりシールド消失!」


 揺れに耐えるため貴賓席に捕まりながら画像を見やれば、まるで壁のようにのっぺりとしたアマテラスの船底が映し出されていた。


「馬鹿め! 砲がないではないか! 艦長! 叩き込んでやれ!」

「我が方にも被害が出ますが」

「構わん!」

「船底砲、一番から三番、照準つき次第撃て!」


 砲塔が旋回し狙いを定める。エネルギーが供給され荷電粒子を精製。砲身で収束し、激しい輝きとなって放たれる。


 その一連の流れを、ジュリアンは食い入るように見守っていた。わずかな時間だったが、とてつもなく長く感じた。この悪夢のような状況を変えてくれる、期待の一撃だった。


 彼我の距離は短い。故に結果は一瞬で現れた。三つの砲塔から放たれた荷電粒子がアマテラスの船底を叩き、そして弾かれた。


「……は?」

「パラディンメイル! くそ、やられた! 船底全部これか!?」

「艦長? 知っているのか……?」

「うちの! イグニシオンが開発した装甲ですよ! 何十年か前に流出した! ばかげている! どれだけコストをかけたんだ!?」


 機能集約の関係上、船底に砲を設置できなくなったアマテラス。ならばそちらをどうするべきか。カメリアの出した答えがこれだった。特殊装甲で徹底的に守り、いざという時はそちらで受けるという選択肢を作り出したのだ。


「一点を狙え! パラディンメイルだって無敵じゃない! 撃ち込み続ければ……」


 艦長の指示は途中で止めざるを得なくなった。足元より響いた振動と、警報によって。


「敵艦からの高機動ミサイル! 船底砲、破壊されました!」

「くそっ! 迎撃何をやっていた!」


 艦長が我慢ならぬとひじ掛けに拳を振り下ろす。しかし状況はさらに悪化する。


「敵艦より、エントリーアンカーが射出されました! 移乗攻撃です!」


 エントリーアンカーとは、他の艦船に強制的に乗り込むための器具である。敵シールドと装甲を抜くために、先端部は頑丈になっている。推進器も搭載されており、適切な距離で放てば妨害は難しい。


「迎撃せよ! 安々と我が艦に……」


 王子は最後まで言い切ることができなかった。複数の金属音が艦内に響き渡った。それが何を意味するかなど語るまでもない。


 ここに至って、傍に控えていた従者が王子に手を差し伸べた。


「殿下、ドラゴンシェルへの騎乗を願います。無事な艦隊を引き連れて、作戦の遂行を」

「馬鹿な! この艦と貴様らを置いて行けと!?」


 ジュリアンにとって、この旗艦は特別だった。母方の身内、自分の血族が乗っている。己を支える、最も信頼できる家臣たちである。見捨てて逃げるのが、どれほど彼の力を削ぐ事か。


「折を見て降伏いたします。もちろん、重要情報は消去して。それよりも、ここで足止めをされる方が致命的です」

「むぅぅぅ……分かった! 必ず解放させる! 自棄を起こすなよ!」


 上に立つ者の威厳を、ジュリアンは確かに持っていた。クルーが敬礼して見送る中、王子は足早に己の機体へと向かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 艦もすごいけどやっぱりアキラ様デタラメ過ぎる。
[一言] 最初は形状からマクロス級かドライストレーガ位のエクセリオン辺りをイメージしてたら、ミレニアムの様に跳ね回り、アルカディアの様に侵入するヤマトだった件。  さあて、メカ戦だ!
[一言] フレームへの影響とか考えたら多分戦闘終わったらまたドック入りだよね…… 更なる強化を繰り返し目指せ打倒暴乱城塞
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