イグニシオンの王族
イグニシオンという覇権国家は、ドラゴンの奉仕者によって作られた国である。まずドラゴンがあり、力の庇護を受けようと集まった人々が祖である。ドラゴンが上でヒトが下。国が始まってから数千年、決して変わらぬ基本原則である。
ドラゴンは、強欲かつ怠惰である。欲しいと思った物は我慢しない。しかし、楽が出来るならそれの方がよい。ヒトを使うようになったのも、そのサガゆえである。
強欲かつ怠惰とはいったが、馬鹿ではないし学びもする。頂点種に数えられるだけあって知能においてもヒトに劣ることなどない。自分たちが本気を出せば、ヒトの世界が容易く消し飛んでしまうことは本能で理解している。故に普段は直接その力を振るうことはない。
しかし限度はある。欲によって同族、兄弟とぶつかるなどよくある話。争う方法はいろいろだ。迷惑のかからない場所を選び自分たちで直接の時もあれば、ヒトを使う場合もある。ドラゴン、ヒト、時には他国。様々な欲によってイグニシオンは栄え拡大してきた。
カッパーチップ星系は、かの覇権国家の中でありふれた場所である。鉱物資源が豊富なこの場所は工業コロニーがあちこちに浮かんでいる。採掘、精錬された金属は国内外に流通し金銭に変わっていく。
ここを治めるホリデー男爵も、この国の中では掃いて捨てるほどいる領主貴族である。資源豊富だがそれ以外何もなかったこの星系を、祖父の時代より開拓し続けた。金属業が採算ラインに乗るまでは、爪に火をともすような節制生活。そこいらの企業の重役の方がよほど贅沢な暮らしをしていた。
その果てに今がある。成功できた分、若干ありふれた貧乏貴族から脱却できた。しかしそれでも覇権国家イグニシオンにおいては、珍しいものではない。分母が大きいので、類似例はいくつもあるのだ。
そんなどこにでもある星系が、極めて問題のある状態になっていた。ただ周辺領主がそうであると言うだけで入った第三王子派閥。その王子が政治的にまずい状態となり、それを覆すための行動にでるという。それはいい。
そのために光輝同盟との戦争を起こす。集結点としてちょうどよいからカッパーチップ星系に集まる。補給品が足りないから徴発する。すべては汚名を返上するため。王座に上がるため。貴公の献身に感謝する。
ふざけるな。なんでうちの領地がそんなものに巻き込まれなきゃいけないんだ。おかげでせっかく整えた場所が台無しだ。この恨み晴らさずで置くべきか。ホリデー男爵は粛々と従いながら、反逆を心に決めた。
第三王子派の集結が始まって一日で、王の密偵が接触してきたときには流石に腰を抜かしたが。田舎領主はこういった場慣れはしていない。
哀れなホリデー男爵についてはさておこう。中心人物であるジュリアン王子はどうなっているか。艦隊旗艦である己の戦艦、その艦橋で静かに座っていた。その表情は能面のごとく固まっている。
彼がこうなったのは数日前。ローブン4の訓練所襲撃を開始した頃にさかのぼる。唐突に国元から緊急の通信が入った。もっとも強力でコストのかかる暗号通信によってもたらされたのは、ジュリアンの王位継承権剥奪の知らせだった。王が正式に出したとされる書類の画像まで添付されていた。
「ふざけるな」
あまりにも感情が高ぶりすぎて、彼は一度失神した。目覚めて、何故そうなったかを思い出し。暴れに暴れて疲れ果て。冷静に戻るまで数時間を要した。
王宮に問いだたすも権利がないからと断られ、逆に出頭命令を出される始末(失神二回目)。らちがあかず非合法手段に出て、やっと王との通信を繋ぐことが出来た。
『お前には出頭命令を出していたはずだがな』
別の通信だったはずのそれに現れた息子を前に、王は何事もないように答えて見せた。その姿は覇権国家の主にふさわしい振る舞いで、アキラの時とはまるで違っていた。
「私の耳に、ありえぬ話が次々と舞い込んできています。王の名ですぐに修正を求めます」
『これは驚いた。一体いつから王に命令できる身分になったんだ? よもや新たな頂点種の庇護でも受けたか?』
「ふざけないでいただきたい。私の権利を奪うことが、どのような事態を生むか理解できないわけではないでしょう」
ジュリアンはただの王位継承権の保持者ではない。彼だけでなく、各王子がそれぞれの派閥の長を担っている。その下には各地方の有力貴族がついており、生半可な大国程度では太刀打ちできない権力と戦力を持っている。
たとえ第三王子といえど、保有する力はほかの二つの勢力に負けてなどいない。それが理由もなく継承レースから脱落させられたともなれば、内戦が起きてもおかしくない。そういった背景があるからジュリアンも権力者相手に大きく出ているのだ。
『つくづく、視野の狭い小僧だ。哀れで泣けてきそうになる』
そんな自分の息子に対して、これ以上もない哀れみの視線を向けた。彼の傷だらけの自尊心に塩を塗り込む行為だった。
「私を、小僧などと! いくら国王陛下といえど……」
『第三王子といえど、継承権を失った愚か者である。この程度は些細な事よ。……ジュリアン、貴様はドラゴンをなんであると心得る。そして王はなんであるかと理解する』
「そんな話はしていません!」
『答えよ。これが最後の慈悲だ』
そういわれてしまっては、彼としても感情を押さえねばならない。両手の拳を握りしめ、その分の仕返しは必ずすると決める。
「……ドラゴン、とは。我が国の礎。イグニシオンが覇権国家であるために必要な要素。最大の警戒をもってあたるべき存在。そして王とは、国に所属するもののすべての上に立つもの。国家の方針を決定し、利益を確保し発展を促すもの。……以上です」
ジュリアンは、映像の中の王を睨みつけながら言葉を続けた。しかし、確信をもって言葉を放つたびに、あからさまな落胆の表情を向けられた。彼にとっては、全く理解できずさらに怒りが熟成されるだけだった。
『……それは、国外向けのスピーチか何かか? 自らの進退がかかった答えであると理解できているか?』
「これ以上の答えがあるならば、聞いてみたいものです」
『国是については、何と考える』
「ドラゴンの奉仕者、ですか? あんなものは方便以外なにものでもないでしょう。ヒトを超えた、知恵ある怪物。絶滅、廃滅できないのであれば妥協していくしかない」
最高の暗号通信だからこそいえる、本音中の本音。こんな状況、こんな場でなければ口にしない。そしてその言葉に、王は心の底からの落胆を見せた。
『……そうか。貴様の所はそこまで落ちたか。なまじ、上手くやれてしまうから増長する。イグニシオンの歴史を見返せば、良く転がっている事例ではあるが。我が子が陥るのを見るのは切ないものだな』
「落ちる、とはずいぶんな言いよう。状況を正しく認識しているだけではないですか」
『ドラゴンが、貴様らの増長を見抜けぬと本当に思っているのか?』
これには、ジュリアンも閉口する。彼も王子という立場上、なんどかドラゴンの眼前に立ったことがある。一番最近は、とある民間軍事企業のオーナー兼社長。絶世の美女を象った人形を操り、王子である自分を見下してきた。
あの、何もかもを見通していると言わんばかりの態度が彼のドラゴン嫌いを強くした。そして王は、そんなジュリアンに対して冷酷に告げる。その表情にもはや落胆はない。期待は全て消費しつくされたのだから。
『ドラゴンシェルの紛失と防衛失敗。これだけならまあ、挽回は出来た。過失はお前だけではなかったしな。だが評判の再炎上を回避する為だけに、光輝宝珠を敵に回したのは致命的なミスだった。これが無ければ、我々もここまではしなかった』
「私に! あの屈辱に再び耐えろと!?」
『そうだ。酒でも飲んでな。その程度できずして、どうして国王などやれようか。私を見ろ。自分の都合の為に、非合法手段で通信に割り込んでくるような息子がいるのだぞ? 宮廷の職員の家族を人質にとるとは……呆れてものも言えん。解放に手間を取らされたぞ』
第三王子は心の中で舌打ちをうった。長持ちはしないと思ったが、こうもあっさり手札を失うとは予想外だった。それなりの装備程度では、王の配下には抗えない。覇権国家の主を侮りすぎたと評価を修正した。
『光輝同盟との関係悪化がどれほどの不利益を生むか。少しでも考えたことはあったか? かの国との摩擦は可能な限り避けねばならないというのに、頂点種の怒りを買うとは。それが原因で交易に遅延でも起きた日には、経済にかかわるドラゴンがどれほど怒りを爆発させるか。考えただけで私は胃が痛くなる』
「あのガラス玉は、国家とは関係ないでしょう!」
『だがその親は、光輝同盟の盟主だぞ? いってみれば、他国の姫だ。我が国と同等のな。よもや知らなかったなどとは言うまい?』
失念していた事実に、言葉を失う。正直言えば、全く意識していなかった。怪物の家族関係など興味を持つはずもない。そもそも彼の認識では、光輝宝珠の事業に少々お灸をすえてやった程度でしかないのだ。この程度、国内ならば日常茶飯事。それこそ酒を飲んで忘れるレベルだと彼は認識している。
『何より最悪なのは、相手側にしっかり尻尾を掴まれてしまった事だ。言い訳出来ぬ。お前の継承権をはく奪したのは、こういう理由だ。分かったな?』
「分かるわけがない! たかがこの程度で、イグニシオンの継承権をはく奪されるなど、一体だれが許すというのですか!」
『ドラゴンだ』
目を見開く彼の前で、王の映像は淡々と告げる。
『この国の絶対者。支配者が貴様の王位継承を許さぬと判断した。それがすべてだ』
「父上! それを受け入れたというのですか!?」
『こんな時だけ父親呼ばわりか……。受け入れたか? だと。当然だ。先ほどの質問の正しい回答を教えてやろう。ドラゴンとは絶対者。その望みをかなえることが我らの仕事。そして王とは御用聞きよ。それがこのイグニシオンの真実である』
映像の中の国王の姿を、ジュリアンは受け入れがたかった。王座に座り、金糸銀糸の衣をまとい、宝石で飾られた冠を頭にのせる。数百の星系の頂点に立つその人物の瞳には、輝きがない。
自分たちに見せていた、覇気の漲った覇権国家の主の姿は何処にもない。本人の言葉通り、頂点種のしもべがそこにいた。
『ドラゴンがその気になれば、我らの首など容易に挿げ替えることができる。王族も、一息吹けば総入れ替えよ。もちろん、国は荒れる。多くのヒトが死ぬ。時間もかかるだろう。だが、ドラゴンにとっては些細な事よ』
既知宇宙で数少ない、覇権国家の主という称号。イグニシオンでそれを持つこの王が、その価値を語る。きらめく宝石と皆が認識しているそれが、石ころであると。
『そんなドラゴンを謀れる。誤魔化せると平然と語るお前は、王にはなれん。ならせてはいかん。その先に待つのは国の混乱よ。イグニシオンが開かれて数千年。お前のようなものはいつも現れた。大抵は王やドラゴンが止めたが、ときおり手違いでこの玉座に座ってしまった。その後がどうなったかなど、語るまでもないだろう? 歴史の授業はしっかり受けたはずだが』
「それ、は……」
王の語る通り、イグニシオンの歴史は長い。時には愚王が現れ、国を乱している。その時は決まってドラゴンが怒り、多くの被害が出ている。愚かなものが国のかじを取れば、乱れて当然。ジュリアンはそのように認識していた。他の多くの者がそうだろう。
だが、王の言葉を聞けば違った見解が生まれる。愚王はただ、その振る舞いでドラゴンの怒りを買ったのだとしたら? ドラゴンの御用聞きとしての仕事が果たせていないだけだとしたら?
ドラゴンを奉じられない者が王になった末路。歴史が、ジュリアンが王になった後どうなるかを教えていた。
ドラゴンがいる限り、ジュリアンは王になれない。
ドラゴンがいなければ、イグニシオンは覇権国家として立ち行かない。
『……どうやら、理解できたようだな。では、王宮に出頭せよ。今ならば、まだ弁明もできよう。王座にはつけぬが、他の道を選ぶ余地がある』
「他の道……ですと? どんな道を選べというのです。どんな道を歩いても、怪物が支配する国でしょうに!」
ジュリアンは吠えた。怒りではなく、絶望で。自分たちよりも強大なものが、頭の上から押さえつけている。彼にとってそれは、これ以上もなく不快で受け入れられないことだった。
『支配などしていない。この国を動かすのは我々だ。ドラゴンにはできない。どうしようもなく強くて、怒らせれば台無しになる。それを理解し受け入れれば、共に生きていける。そうやってイグニシオンは歩んできたのだ』
「家畜として、下僕としてでしょう!?」
『……そうだな、それは否定のしようがない』
「ヒトの生きる姿ではない!」
『ヒトがそんなに立派なものか?』
「父上!!!」
頂点種の奉仕者として生き、国を守る男と。
国の頂点を目指し、王となるべく育てられた青年。
血のつながった間柄ながら視点、思考、価値観、何もかもが違う。
互いに歩み寄ろうと考えもしないから、決裂は必然だった。
『……出頭の意思はないのだな?』
「笑止! 語る言葉がないのに、どうして行かねばならん!」
『では致し方がない。貴様を捕縛することにする。覚悟を決めておけ』
通信はそこで切れた。ホログラフがあった場所を睨みつけているジュリアンの心中にあるのは憎悪だった。それは父親に対するものだけではない。国の歴史、ドラゴン、既知宇宙を取り巻く環境そのものへの怒りだった。
「……頂点種は、滅ぼさねばならない。連中がいては、我らヒトに自由はない」
ジュリアンは、あえてそれを言葉にした。それは決意であり、宣誓だった。同時に、思考が巡り始める。頂点種には勝てない。既知宇宙の真理。しかし、頂点種は無敵の存在でもない。過去を振り返れば、それの死亡で国が騒いだという事例はいくつもある。
頂点種も物量には勝てない。連中の膨大なエネルギー量も、底は存在する。しかし、すべてのドラゴンや他の頂点種を押しつぶすだけの戦力を、彼の勢力では集めきれない。
「金、交渉、脅迫、破壊工作、スパイ。……一般的な方法では、連中を潰すだけの戦力を集められない。もっと、枠を超えた何かが必要だ。一度に、膨大な戦力を集める方法……」
しばし考え、ジュリアンはそれに行きついた。普段であったら、絶対に選択したりはしない。しかし今の彼は普段のそれではない。
「戦争だ。覇権国家との戦争。しかも相手にも頂点種がいる。これほど都合のいい話はない。ドラゴン共を巻き込んで、光輝同盟と戦争を起こそう」
そうと決めれば後は早かった。部下たちに己の王位継承権がはく奪されたことを伝え、現状の危機を認識させる。王が生きている間はこれが翻る事はないと。
故に戦争を起こし、諸侯を疲弊させる。しかる後に温存した戦力を用いて暗躍し、ライバルを排除して頂点に立つ。ドラゴンについては、光輝宝珠に任せればよし。
荒唐無稽、破滅必死の無謀な計画。しかし、ジュリアンは優秀だった。そう育てられ期待に応えてきた青年だった。その能力をいかんなく発揮し、部下と派閥を掌握しきった。 そこまで終われば、後は命令するだけ。戦力を集めよ、光輝同盟との係争地へ向かうぞ。いうべきことはこれで終わった。
そして今、その集結を待っている。あと数日もあればすべての準備が整うと報告を受けていた。
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