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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
創団トラブルメモリー
54/60

一つ片付き、一つ起こり

 ローブン4、衛星軌道上。普段は民間船や警備船しか現れぬここに、一万を超える軍艦が浮かんでいた。そのなかでも、特に目立つのが全長3kmを誇る戦艦アマテラスである。


 オーバーホールを終えたアマテラスは、往年のフォルムを取り戻していた。カイトがみれば、フィンのないサーフボードと感想を浮かべた事だろう。もちろんそれは遠方から見ればそう見えなくもないだけで、実際の細部はだいぶ違う。


 船体上部には砲塔群が並んでいるし、船首部分には戦闘機用のカタパルトが備えられている。船尾を見れば巨大な推進器が鎮座しているし、側面にはレーザー砲塔と姿勢制御用噴射器が多数ある。


 居並ぶ軍艦は光輝同盟ライトリーグのもの。覇権国家のそれよりも、アマテラスの威容は特別だった。そしてその近くで浮かぶ人工衛星は、無常な勧告を受けていた。


『……繰り返す。現在、頂点種特例によりローブン4に置ける衛星軌道上のすべての権限は光輝同盟第四特務艦隊が掌握するものである。これはロケド新星系連合の合意を得ているものである。軌道ステーション従業員及び滞在者は、こちらの指示に従うように』


 軍事区画でこの通信を聞いていた、マラート・バサロフは顔を青くしていた。艦隊がなんら予兆もなく唐突に現れたと思ったら、巨大艦より戦闘機が複数発進した。静止する間もなく艦隊から勧告が入り、対応しているうちに地上の攻撃部隊は壊滅した。


 ザムザム製薬との連絡は取れない。通信帯を押さえられている。地上の様子も光学映像で確認しただけで、詳細は分からない。分かっているのは二つ。一つは作戦が失敗した事。もう一つはこれから先無事では済まないという事。


「……そもそも、なんで覇権国家の艦隊が出てくる。頂点種特例で、どうしてこんなことができる」

「ご存じないのですか?」


 女性士官が、何処か気の抜けたように返してきた。マラートはその姿がどうにも気に食わなかった。この事態を、他人事のように受け止めているから。


「頂点種特例というやつは、あの化け物共が好き勝手するための名分だったはずだ!」

「一般的にはそう取られています。事実は違います。そもそもの話ですが、頂点種は我々の法に従わなければならない理由がありません。そして従わせる方法もありません。頂点種には勝てない。特に、光輝宝珠こうきほうじゅの超常の力は我々ヒトに対してあまりにも効果的です」


 心が読める。秘密を暴ける。ヒトの社会に対して、これほど有効な能力はない。失敗しないものはいない。企まないものもいない。思考を読んでそれに対処できるなら、あらゆる事柄で先手が取れてしまう。


「これで、ヒトの社会に全く興味を持たないのであればよいのです。かかわらなければいい。しかしかの頂点種は違う。ヒトに興味を持つ。社会に入ろうとする。理解しようと動く。故に大惨事が起きる。過去の歴史を紐解けば、一体いくつの星間国家が崩壊した事か。光輝同盟と頂点種特例は、それに対する唯一の防御策なのです」


 女性士官は淡々と語る。彼女の視線の先にはアマテラスの姿がある。その瞳に映る感情は穏やかなものだった。


「バサロフ様、お伺いしますが。仮に今回のたくらみがすべて頂点種に看破されていた場合、我々の星はどうなっていたでしょう?」

「それは……。いや、それこそこの事態そのものではないのか?」

「いいえ。頂点種の怒りを買ったとしても、こうはなりません。光輝宝珠は個人です。光輝同盟は動きません。なので光り輝く球が唐突に現れて、そのパワーで星が壊滅してお終い。そんなところだと私は思います」

「ばかな……そんな乱暴な話があるか!」


 非常識な話に怒りつつも、マラートの顔は青いまま。うすら寒い士官の予想を、どうしても冗談だと否定しきれない。


 女性士官は、力なく首を振る。


「かつて光輝宝珠の怒りを買った星の多くは、戦わずに壊滅しました。その怒りの精神エネルギーは、ヒトが耐えられるものではなかったそうです。星の近郊に現れるだけで、攻撃が始まる。我々には抗うすべがない。仮にエネルギーの範囲外から艦隊で攻撃したとしても、空間跳躍テレポーテーションで避けられてしまうとか」

「馬鹿な……対応のしようがないではないか」

「はい。頂点種には、かないません」


 ふう、と息を吐く。心底諦めたというように。


「かなわないならどうするか。上手くやるしかありません。互いに妥協し合える部分をすり合わせる。光輝宝珠は、ヒトの世界の法を守る。代わりに覇権国家は、光輝宝珠を最大限フォローする。それが頂点種特例。種族と国家の約束であり、覇権国家に属するすべての国々の取り決めでもあります。当然、我々のロケド新星系連合もサインしていますね」


 士官は、艦体を指さす。一万もの大艦隊。星間国家一つを相手どって、間違いなく勝利できる問答無用の大暴力を。


「今回の事態を推察しますと……わが社の企みを察知した頂点種が光輝同盟に連絡。覇権国家は我が国に頂点種特例の適用を伝達。軍を動かして実効支配。後は戦力を各地に送り込み、証拠を確保して首謀者を捕縛。損害賠償請求の手続きを進める……といった所でしょうか。ま、確実にわが社は終わりですね」

「……馬鹿な。うちはザムザムだぞ。ロケドでも三指に入る星間企業だ。そんな簡単に」

「星ひとつ壊滅するのに比べれば、コラテラルダメージというやつでは?」


 事態を飲み込みたくないマラートは、どうにかして逃げられないか考える。己の端末は先ほどから通信機能が停止している。部屋に備え付けられたものも、そうだ。助けを呼ぶことはできない。


 衛星からの脱出はほぼ不可能。大小様々な艦船で包囲されている。船で出れば艦隊に捕縛される。艦で出ても同じだろう。脱出装置なら小さいからチャンスがなくもないが、撃ち落されない保証はない。そもそも、大気圏内まで追いかけられればお終いだ。


 外からも内からも、手立てはない。それでも何とかできないかと悩んでいると、状況に合わない香りが鼻をくすぐった。見れば、女性士官がサーバーからコーヒーを入れているではないか。


「おい、貴様! こんな時に何を!」

「いえ。もはやこれまでと思いまして。薬は水でと医者が良く怒りますが、最後だし構いませんよね?」


 そうやってつまんで見せたのは一つの錠剤。それが何かは分からないが、この状況で飲む薬など容易に察することができる。


「頂点種の怒りを買ってはもはやこれまで。どうせ貴方の身代わりにされる流れでしょうし、せめて死に方くらいは自分で選ばせていただきます。罪は自分で清算してくださいませ」

「ま、待てっ!?」

「そうだな。それは認めるわけにはいかない」


 マラートが止めようと手を伸ばす。しかしそれよりも先に、女性士官の腕は別の人物に捕まれた。隠密用であろう、スマートなパワードスーツに身を包んだ男に。コーヒーカップが落ちて、中身が床を汚す。


「全員、動かないように。君たちの行動と発言は記録している。裁判で不利になるようなことは慎むように」

「貴様どこから、いや、いつからいた!?」

「もちろん、艦隊が現れた後に入り口から入ったとも。ログを見ればデータが残っている。まあ、今君たちは閲覧できないわけだが」


 男はマラートに受け答えしつつ、錠剤を士官から回収する。そのまま手錠で拘束し、周囲を見やる。銃を抜いて自分を囲む兵士たちを。


「武装を解除し、両手を上げたまえ。ここからは逃げられないし、その装備で私を殺すことはできないぞ」

「ぬかせ! 総員、こいつを捕縛しろ! 人質にとって脱出する……」


 マラートが言い終わる前に、入り口のドアが開く。そして黒い嵐が部屋の中に吹き荒れた。知覚能力を強化していないマラートには、何が起きたか理解することはできなかった。気が付けば、自分を含めすべての人員が床に倒れている。


「ぐ、ふぅ!?」

「目標区画の制圧を完了。容疑者マラート・バサロフを確保。これより移送する。さあ、立ちたまえ。安心してほしい、法で裁くと約束しよう」


 手早く手錠を掛けられ、凄まじい力で引き起こされる。彼の着ていたブランド物のスーツが破れるが、兵士は気にも留めない。


「き、さま! 私を、誰だと!」

「頂点種を敵に回した愚か者。それ以上でも以下でもないな。まあ、気持ちは推察できる。金と権力があり、何をやっても許される立場。そしてこんな田舎にいれば増長もするだろう。いままで、君のような者たちを何百人と見てきた」


 男は淡々と語りながら移送を始める。捕縛用ドローンが室内に並び、一人ひとり搭載されていく。抵抗は無意味だった。運搬されては、歩くのをサボタージュすることもできない。


「頂点種と接触するのは稀な事。なので、こういう事故が起きる。運が悪かったな。諦めたまえよ」

「ふざけるな! ふざけるなふざけるな! 運が悪かったの一言で、納得する者がどこにいる!」

「誰もいないだろうな。だがしょうがない。そういうものだ。ローブン4、ロケド新星系連合の平和のために犠牲になりたまえ。先ほどの女性がいっていたじゃないか。コラテラルダメージだと。君の番が巡ってきたのだよ」

「ああああああああああっ!」


 マラートが感情を爆発させて叫ぶ。幾度となく似たような光景を見てきた男は、特に思う所もなくドローンに指示を出した。移送されていく参考人たちを見送り、次の作業に入る。ドローンが各種機器に取り付くのを確認して、男は窓の外を眺める。特別に巨大な艦船、アマテラスを。


「傭兵団をお作りになると聞いた時はどうなるかと思ったが。蓋を開けてみれば、ずいぶんと我らのやり方に配慮してくださる」


 現在、光輝同盟第四特務艦隊はこの衛星のみならず、ローブン4にある全ての企業に対して制圧を始めている。それが小さな衝突で済んでいるのは、アマテラスの工作によるものだ。


 事前に送り込んだ諜報部によって情報収集がおこなわれ、必要な部分がピックアップされている。最重要目標であるザムザム製薬はもとより、その協力企業もまともに反撃できないでいるのはそのおかげだ。


 訓練所襲撃の立証、首謀者の逮捕と起訴はスムーズに進むだろう。もはやこの星でアマテラスにちょっかいをかける企業はなくなる。ザムザム製薬も、ほどなく倒産するはずだ。頂点種を敵に回したという事実は、あらゆる不祥事より問題視される。巻き込まれたいと思う者はいないのだ。


 もっとひどい、惑星全土を戦場にするような事態を想定していた男は静かに安堵し期待を持つ。


「これからも、この程度の騒動で収めてくださればいいのだが」


 同時刻。戦艦アマテラスの艦橋では遠方との通信が行われていた。発信場所は、覇権国家イグニシオン首星。画面に映るのは、長い銀髪を綺麗に整えた壮年の男性。黄金と宝石で飾られた王冠が頭上で輝く。


 まごうことなき、イグニシオン国王その人だった。


『光輝宝珠のアキラ殿。貴女の傭兵団に依頼がある』


 淡々と、王は語る。その言葉に圧はない。王という立場であれば、発言一つとっても威厳が乗るように技法を使う。王はあえてそれをしていない。己の立場をよく理解しているから。


『あえて、先に報酬の説明から入らせてもらう。私はこの依頼の達成に、十分な金銭を用意する。加えてそちらで預かっていただいているフィオレの配下たちを出向させる。娘ともども、好きに使っていただいて結構。もちろん、ドラゴンシェルもだ』


 アキラの表情は変わらない。王もまた、それに対してリアクションをしない。淡々と話を進める。


『そして依頼だが、我が息子である第三王子ジュリアンが無断で艦隊を集結している。探らせたところによれば、光輝同盟との係争地に乗り込み戦争勃発を企てているようだ』


 艦橋にざわめきが起きる。かつてとは違い、今はこの巨大戦艦を管理するための人員が揃っている。小声でも、それなりの音になる。なお、相手側には伝わらない。そういった処理をする程度、容易い事だ。


『故に、ジュリアンを捕縛し艦隊を戦闘不能にしていただきたい。依頼を受けていただけるか?』

「ええ。お受けしましょう」


 ためらいなく、アキラは依頼に応じた。王はわずかに、頭を前へと傾ける。頷くようにも、頭を下げたようにも見て取れた。


『では、詳細については担当官を用意する故そちらに質問してもらいたい』

「承知しました」


 その後いくつか事務的なやり取りを終えた王は通信を終えようとして、わずかに表情を緩めた。


『……最後になったが、我が娘を助け出してくれたことを感謝する』


 それだけ告げて、王との会話は終わった。続いて担当官と通信が繋がり、具体的な依頼についての情報がやり取りされる。ハンスがそれをするのを横目で見ながら、アキラは従者と今の会話を振り返る。


「これって、ほとんどお詫びだよね?」

『はい。通常であれば、傭兵に自国の反乱鎮圧を依頼する事などありえません』

「そもそも、艦隊と戦える傭兵なんて私たち以外いないんじゃないの?」

『いいえ。ほかならぬイグニシオンに大規模な民間軍事会社が存在します。オーナー兼社長がドラゴンです。イグニシオンの主の娘だとか』

「うわー……強いんだ?」

『評判は良いようですね。星間国家の争いに参加して、陣営に勝利をもたらすこと多数だそうで。その分値段は張るようですが。頂点種がトップに立っているのはそこくらいですが、傭兵企業の数はそこそこ存在します。戦争から警備、輸送まで仕事は多くありますので。……話がわき道にそれたので戻します』


 カメリアは、いくつものホログラムを浮かべて見せる。イグニシオン。ドラゴン。王。ジュリアン。フィオレ。そしてアキラ。


『状況を整理します。事の発端は、我々がフィオレ姫を救出したことにあります。彼女がラヴェジャーに捕まった事件。あれで政治的に問題視されていたジュリアン第三王子は、彼女の復帰で窮地に立たされました』

「帰ってこられると困るんだよね」

『王位継承レースに、大きな後れを取るのは確実でしょうね。なので彼は、我々との交渉を潰すしかなかった。独断であの場に入ったのはそれが理由です』

「国に秘密にして、こっそり来たんだっけ? まあ、王様にはバレてたけど」

『おかげでゲスト……諜報員に情報を渡すのが手間いらずでした』


 あの会談の裏側はそのようなものだった。第三王子の独断と暴走。こちら側の主張。そしてこれらを王へ伝えてもらう。


 フィオレの名誉回復とドラゴンシェルの貸出。それが成ればアキラとしては十分だったのだが。ホログラフが動く。新しく訓練所が表示された。


『我々との会談が終わった後。何を思ったか第三王子は訓練所に襲撃部隊を送り込みました』

「正直、びっくりしたよね。企業一つ抱き込んで妨害とかさ。乗る方も乗る方だと思う」

『まあ、それなりの飴玉が渡されたようですね。……キングソード隊をカイトさんの護衛として送り込んでおいて本当に良かったです』

「……また、大怪我しちゃったけどね」

『キングソード隊の装備増強を推し進めます。さて、完成したアマテラスの習熟訓練をしていた我々が間に合い、訓練所の壊滅は免れました。被害も出ましたが、許容できないレベルではありません』


 アキラは、深くため息をついた。カイトから贈られてきた沢山のメールを思い出す。仲の良い人悪い人。いろんな事情の人々と肩を並べて兵士としての訓練。


 戦いの訓練ではあったが、彼にとって平和な時間だった。それを共にした人々が犠牲になった。せっかく楽しい時間が過ごせて、彼の精神に癒しがあったというのに。今は治療で眠る彼が目覚めたときを思うと、アキラの気は重くなる。


「……訓練兵は、みんないったんアマテラスに乗せるんだよね?」

『はい。訓練兵のみならず、所属人員は全て。防衛力が激減した基地に置いておくわけにはいきませんから。その関係で、捕虜も一度は船に収容します。基地の片付けについては、ノース・ラインズにアウトソーシングします。防衛にほぼ役に立ってないので、点数稼ぎしたいという相手側の事情もあるので』

「亡くなった訓練兵の遺体も、一端収容して。お葬式しなきゃ」

『その予定です。実戦での死亡として、契約通りに遺族への補償をいたします』

「よろしくね。……で、やらかした第三王子への報復をどうしようかと思ってたら王様からの依頼が来たわけなんだけど。ねえ、カメリア?」

『いかがなさいましたか?』

「うん。あのアホボン、なんで戦争起こすなんてバカなことしようとしているの?」


 アキラの目は据わっていた。彼女は怒りと不快感をため込んでいた。本気で感情のまま発露すれば、ローブン4とアマテラス乗員は壊滅する。分かっているからこそ、表に出していない。


 しかし、すでにジュリアン王子は彼女にとってぶっ飛ばすべきろくでなしであった。


『推察でしかありませんが。おそらくイグニシオン王が何かしらの処罰を下したのでしょう』

「……早くない?」

『はい。行動の速さを鑑みるに、あの交渉が終わったあたりで動いていたのではないかと。そして処罰により退路を断たれた王子は、戦争を起こしてうやむやにすることを画策しているのでは……と』

「戦争でごまかせるの? 引き金引くのはアホボンなのに?」

『仮に覇権国家同士の戦争となれば、当然頂点種も出陣します。互いが全力を出すのですから生存圏の十や二十、あっという間に壊滅します。そこまでの大戦争となれば、きっかけなど些細な話です。兆を超える人命が失われることになるのですから』

「へたすれば、私たちも覇権国家も諸共滅びそうだね」

『あり得るお話です。故に、何が何でも止めねばなりません』


 アキラは唸る。世界の滅びなど許せる話ではない。自分のためにそんなことを起こすアホボンは野放しにできない。というかぶっ飛ばせるなら何でもいいまである。……とても都合の良い話だ。


「ねえカメリア。これって全部ウソって可能性はあるかな?」


 電子知性は、即座の回答を控えた。数秒、余剰演算能力のすべてを使ってこれまでの情報を精査する。


『……その可能性は低いと判断します。イグニシオン王の通信は公共のネットワークを使用したものでした。発信元は間違いなく首星です。改ざんの痕跡があれば必ず分かります』

「私をイグニシオン領域に引っ張り込んで、ドラゴンで袋叩きにするっていう計画はありえない?」

『アキラ様の敵対者は、現状ジュリアン王子しかおりません。そして彼にそのような政治的行動力はありません。件の事件の影響は大きいです』

「落ち目に協力して、後のリターンを求める可能性とかは? 大穴一点狙い」

『彼を担ぎ上げて利益を得ようとするくらいならば、第二王子を選んだ方がはるかに可能性があります。掛け金を宇宙にばらまくようなものです』

「そっか……ちょっと都合が良すぎるかなーって思ったんだけど、邪推が過ぎたかな」


 カメリアは再び数秒、沈黙して演算に集中した。アキラの言う通り、確かにこの状況は都合がいいのだ。大義名分を得てアキラ達の手で、ジュリアンの政治的地位にとどめがさせる。


 ドラゴンの妨害なくイグニシオンに侵入でき、望みの報酬までもらえる。なるほど、イグニシオン王の思惑があるという前提を差し置いても都合がいい。


『……確かに、おっしゃる通りです。どちらにしても情報は必要ですから、背後関係も含めて調査いたします』

「うん。……ハンス君、どうだった?」


 担当官との対話を終えた副長補佐に話しかける。故郷の政治により、名前をハンス・サキモリ1・グリーンと変えた彼はいつも通りの受け答えから始める。


「副長補佐と呼んでください。……相手側の位置情報はもらえました。ドラゴンの介入も国が抑えてくれるそうです。それから、援軍はありません。見届け役は来るそうですが、戦うのはあくまで我々だけだそうです」

「そっかー。それで、アホボンはどれくらい艦隊を集めたの?」


 アホボン、という単語にハンスは頬を引きつらせる。アキラが個人に対して侮辱を交えた呼び名を付けるのは珍しい。彼女の抱える感情を思えば、恐怖を覚えざるを得ない。


「えー、現状で二十万。まだ増えているようです。……国軍ではなく、貴族の私兵艦隊でこの規模。流石覇権国家ですね」


 本人は落ち着くよう努力しているが、言葉の端にはやけっぱちな気分が乗っている。一般的に、一つの星系で保有できる艦船の数は千であると言われている。生産、維持、兵員、補給。軍艦というのはとにかく金がかかるのだ。


 ハンスの故郷、汎コーズ星間共同国は戦争中ということもあり艦隊の総数六千ほどだった。保有星系数は十二であるが、入植できているのはその半分なので平均的であると言える。


 そんな一般的な大国出身者なので、今回の事件の対応に平然と一万を同道させた光輝同盟には驚きと呆れを覚えていた。そして、それを平然と超えてきたイグニシオン。覇権国家の国力にめまいを覚えるハンスだった。


『経済規模の違いもありますが、両国の最大の特徴は超巨大構造物メガストラクチャです。スタークラウンと、スパークバンケット。リングワールドと、惑星級要塞。この二つが両国の工業力を大きく引き上げています』


 イグニシオンが保有する惑星級要塞、スパークバンケット。難攻不落の防御力と、宇宙を照らすほどの大火力。輝きの宴と名付けられたその要塞は、桁違いの工業力も備えている。


 普段その生産能力のほんの数%を己の維持に当てているが、戦時となれば超巨大造船所に早変わり。技術レベル4の艦船が、驚きの速さと量で吐き出される。これに打ち勝つのは、それこそ頂点種の力が必要と言われている。


 ハンスは深々とため息をついた。


「ミスタージャックポットの遺産、ですか。ウン千年前の人とはいえ、とんでもないものを残してくれましたよ。一つでもお手上げなのに、二つも」

「今まで、一体何千万というヒトが副長補佐と同じ感想を抱いたんでしょうね? ……艦長、時間をかければそれだけ不利かつ取り返しがつかない事態になります。一刻も早く動きべきかと」


 ミリアム副長の提言に、輝く彼女は深く頷いた。


「訓練所の人員を収容次第、移動を開始する。目標、イグニシオン領内、カッパーチップ星系」


 アキラの号令に、ブリッジ内が一斉に活気づく。それを眺めながら、彼女は己の従者に問うた。


「……ところでさ、カメリア。あの王様、知ってたよね?」

『ええ。覇権国家の主ですから、情報はしっかり握っているのでしょう。そうでなければ最初に報酬の話から出しません』

「王様って、大変だね」


 アマテラスの出航まで、あとわずか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 被害が大きければ大きいほど、きっかけが些細だと納得できなくなるんだよなぁ。 そんな事の為にオレラ地獄みてるの?って その場合切っ掛けを作った側が求心力無くして反乱祭りと独立祭りが同時多発する…
[気になる点] アキラ様的にアホボンはラヴェジャー同じ位の位置づけかな? [一言] 居住可能惑星が消えるのに比べれば国や企業が消える方がましですからねー、リングワールドやエキュメノポリスを造れるとはい…
[良い点] アマテラスの外観、初めて描写されたような。こんな艦がボロボロになるなんて、暴乱城塞の脅威度たるや… [気になる点] ジュリアン王子、アホボン呼ばわりにしては随分な規模の大事にしてくれるな……
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