訓練所防衛戦
ロバートという青年について語ろう。生まれも育ちもローブン4のダルザンガ。両親は典型的な低所得労働者で、彼が青年になる前に身体を悪くして亡くなってしまった。それでも中学校卒業までは育ててくれたことに彼は感謝していた。
一人になってからは日雇い労働で食いつなごうとしたが上手くはいかなかった。彼らが住まうジャンクというエリアには、複数のギャングが日々しのぎを削り合っていた。それに巻き込まれ、仕事そのものが消滅すること複数回。ロバートが軽犯罪グループに入るのはほぼ避けられない流れだった。
一人だから食い物にされる。グループならばそれはない……というのはあまりにも浅はかな考えだった。カンパだの、仲間料だの、なんだかんだと理由をつけられては搾取される。
何故か? 弱いからだ。どうすればいい? 強くなればいい。彼はそうした。運とセンスがあった。そして、グループのほとんどのメンバーより学があった。彼が両親と教師に感謝する理由である。
雑用扱いだった物品の管理を始めてから、流れが変わった。メンバーが不用品と決めつけたそれも、知識があれば便利な道具であると気づく。それは彼を他の者達よりも一歩先の存在に変えた。
ロバートの非凡な所はそれだけではなかった。彼は同じ搾取される側のメンバーの面倒をよく見た。空腹な者に食事を与え、寝床の確保もしてやった。そうやって信頼を獲得し、協力者を増やした。
知識と、道具と、仲間。これらが揃えば、そこいらのチンピラよりも賢く稼ぐことができる。いつしか搾取側は追放され(あるいは秘密裡に下水に放り込まれ)、ロバートがチームリーダーになっていた。
何でもできる。こいつらを食わしていける。そんな幻想を、いつまでも抱いていられるほどジャンクというエリアは甘くない。彼らの台頭に危機感を覚えたとあるギャンググループが、チームのアジトを襲撃した。
その装備の質は、テックレベルで言えば0。時代遅れの品々。しかし殺傷力は確かにあり、当時のロバート達にはそれすらなかった。わずかな拳銃やサブマシンガンでは太刀打ちなどできるはずもない。
仲間たちは物言わぬ屍となり、ロバートもまた血の海に沈んだ。彼が生き延びることができたのはやはり運と、これまでの行いだった。襲撃が終わったのを見計らい、良好な関係にあった隣人が駆けつけてくれたのだ。
ロバートを含めたった三名だったが、惨劇から生き延びることができた。死の淵から舞い戻った彼は、復讐を決意する。そうしなければ先に進めないほどの悲しみがあったから。
ここで、安易に武装して攻撃を開始しなかったのがロバートの非凡な所である。彼はチームの財産を元手にして密輸業を始めた。各企業の都市の間には検問があり、物品の移動には税金を取られる。危険物は当然、移動禁止。故に高値で売れる。
ダルザンガでは容易に足がついてしまう危険物も、別の街なら問題なく売却可能。何度も危ない橋を渡り、金を稼ぎ装備を整えた。
生き残りの二人に密輸業を譲り、ロバートは静かに復讐を開始……しようとしたところで躓いた。彼が力を蓄えているうちに、件のギャングは抗争で敗北していたのだ。それでもけじめとして、少数の生き残りに落とし前をつけた。
実際に鉛玉を叩き込んだのはたったの一名。そのほかは、それをする必要がないレベルで再起不能だった。
あっさり終わってしまった復讐に燃え尽きていた頃、アイゼンと出会った。傭兵だった彼に感化され、ロバートもそれを生業とするようになった。非凡である彼は、仕事で名を上げた。いくつもの難しい仕事をやってのけて、ジャンクエリアどころかクリーンエリアにすら知られるようになった。
より高難易度の仕事が舞い込むようになり、報酬も高くなった。ギャングの大物の始末。企業重役の秘密情報を入手。芸能人のスキャンダル。軍のサイバーウェアを密輸。そういった仕事をこなしていると、見えてくるものがある。
いや、今まで見えていたものが、より鮮明な形になったというべきか。それはダルザンガだけでなく、この星で生きる者たちの宿命のようなもの。
クリーンでもジャンクでも、この星で生きている連中は皆同じカードが配られている。そのカードに描かれている文字は『どん詰まり』。どこでどれだけ生きていようと、これが手元にある限りいつか積む。
だから他人に押し付ける。企業の重役だろうと浮浪者だろうと、内容が違うだけで基本は同じ。金か食い物かサイバーウェア。それらのやり取りをしながらババを押し付ける。一時的に勝つことはできても、この星にいる限りは逃れられない。運はいつか尽きる。ふたたび、血だまりに沈む日が来る。
このままではいけない。ここにいては駄目だ。そう考えた彼は宇宙に夢を見るようになる。星の外に行こう。そこに、自分の知らない世界が広がっていると。密輸業をしていた二人と連絡が取れなくなり、その思いはさらに強まった。
ロバートにはやはり運があった。アキラがダルザンガ近郊に訓練所を立てると決めたのだ。募集が呼びかけられると、いの一番に飛びついた。
入るためのテストはお行儀よくし、多くのジャンクエリア出身者よりも好印象を稼いだ。もちろん、アイゼンにも厳しく指導した。結果、ピカピカの訓練所へのチケットを手に入れることができた。
その後の事は、夢が叶ったかのようだった。三食、安全で美味いメシ。襲撃を気にしなくていい寝床。湯が出て故障しないシャワー。ストリート上がり故に手に入らなかった高度な知識と技術。サイバーウェアのアップグレードと行き届いたメンテナンス。
星の世界がここにある。他の連中のように、浮かれたい気分を必死で抑えた。ガキのようにはしゃぐと後でからかわれる。彼は良~く知っていた。チーム時代、そうだった。
新しい知り合いが増えたのも大きかった。バリーから、宇宙の傭兵について聞くのは楽しかったし学びも多かった。虫人などは初めて見た。手も足も出ないほど強い獣人がぞろぞろやってきた時は正直びびった。
そういった中で、ボックスのあだ名をつけられた青年との出会いは特に大きなものだった。振る舞いや話から、こいつが上と強いつながりがあるのが透けて見えた。自分と同じぐらいに、真面目に訓練に取り組む姿は好感が持てた。長くつるんでいけると思ったのだ。
状況と巡り合い。ここぞという時に運があった。だからこそだろうか。プラスがあればマイナスもあるとばかりに、今ロバートは劣勢の真っただ中にあった。
「撃てぇぇぇぇ!」
「衛生兵、衛生兵ー!」
「左が抜かれた! 援護をくれ!」
誰が叫んでいるのか、判別がつかない。ひっきりなしに銃声と爆音が轟いている。レーザーによる焼けこげた臭いがあちこちから漂い、鼻はとっくの昔に利かなくなっていた。
四方から、無法者共が押し寄せてきた。この時点で、バリーは疑問を覚えていた。連中の多くは短絡的だが決して馬鹿ばかりで構成されていない。軍事施設に真正面から飛び込めば無傷でいられないということがわかる程度の頭はあるのだ。
なのに、群れを成して突っ込んできた。備え付けのレーザーガトリングが火を噴いて、片っ端から薙ぎ払っていく。連中のシールドなど、こっちの火力にとって無いも同然。あっという間にはぎ取られて吹き飛ばす。
連中の攻撃も始まった。しかしシールドと、必死でこさえた土嚢の三重壁がそれを阻む。地雷も埋めたし、迫撃砲もある。奴らは自分から死地に飛び込んでいる。絶対におかしい。ロバートはそう思い、双眼鏡で相手の状態を確認した。そして連中の顔を見て確信した。
『馬鹿か。あいつら、レッドハイをキめてやがる』
使えばほぼ死ぬ、最低最悪のコンバットドラッグ。効果が切れるまで暴れ続ける厄介極まりない薬。傭兵時代、これを使って大暴れする連中を何度も見てきた。
上官に通信でこれを報告した。連中に敗走はない。死ぬまで戦うぞ、と。そして、地獄が始まった。どれほど打ち込もうが止まらない。壁に阻まれても突っ込んでくる。遂には防壁を突破し、基地内に雪崩れ込んできた。
役に立ってほしくなかった塹壕が、仲間たちの命を救った。この単純な防御陣地がなければ、物量に負けて踏み潰されていただろう。
相手に保身はない。沸き上がる衝動のまま突撃してくる。それが何よりも恐ろしい。息をつく暇がない。銃に弾薬を補充するのも一苦労。仲間たちも苦戦している。
「ちっくしょう、ロバート! 生きてるか!」
「アイゼン! 3秒稼いでくれ!」
「無茶言ってくれるぜ!」
相棒が、自慢のショットキャノンを前方目がけてぶっ放す。周囲の空気を引っ叩くような砲声。身体強化された敵が、胴体を撃ち抜かれて上下泣き別れになった。
その三秒を使って、ロバートは加速状態に入る。やることは、弾丸の補充だ。彼としても体の負担になるこれを、リロードで使いたくはなかった。しかし、これぐらいしないと本当に時間が足りなかった。
レーザーライフルのバッテリーパックを交換。さらに私物の対サイボーグハンドガンに弾を込める。回転式弾倉のこれはシンプルな構造をしており、悪環境に強い。弾持ちは良くないが、今まで何度も命を救われている。
弾を込め終わったそれをレッグホルスターに突っ込み、ライフルを構えて加速を終了させる。強めの眩暈がロバートを襲う。この戦闘が始まって、すでに何度もこのサイバーウェアを使用している。疲労が蓄積していたが、休むわけにはいかなかった。
銃を構えれば、視界に予測着弾地点が表示される。スマートリンク。銃と機械の目を連動させ、照準を容易にするシステムだ。そして、レーザーライフルに反動はない。引き金を引けば、赤い光線が面白いように命中していく。
「待たせたな!」
「おいおい、無茶しやがるぜ……ぶっ倒れるなよ!」
相棒の曲芸に呆れながら、アイゼンも敵を撃ち抜いていく。彼の担当は大型目標だ。壁に大穴を開けた相手側は、車両のまま訓練所に乗り込んできている。これを放置するのは明らかにまずい。車載装備は大口径または連射力があり、分かりやすく脅威だからだ。
そんな相手に、アイゼンのショットキャノンはベストマッチだ。いくら相手がシールドや装甲で守りを固めていても、これの一発を貰っては無事でいられない。駆動部分に当たれば走行不能。武装に当たれば使用不能。アイゼンがほれ込むのがよく分かる、問答無用の破壊力。
逆に、動きの速いサイボーグなどには全く向かない。まず当たらない。弾丸がかすめただけでも人体を損壊させるのだが、狙ってそれをするのも困難だ。さっきはほぼまぐれ当たりである。相手が真っすぐ突っ込んできてくれたのが大きかった。
ロバートが早い相手を撃ち落す。アイゼンが遅い相手を吹き飛ばす。このコンビだけですでに二十人以上を撃破している。彼らの腕がいいというのもあるが、それだけ侵入を許しているという事でもある。
劣勢だった。まだ耐えているが、限界が近い。わずかでも休憩し、弾薬を補給しなければ押し切られる。ロバートは内心焦りながらも、引き金を引き続けた。通信で増援を要求しようにも、どこもかしこも似たような状況だった。改善は期待できない。
「くそ、あいつら何処をほっつき歩いて……」
「ロバート!」
相棒の叫びに、本能的に加速装置を起動させる。そして見えた。義腕からニードルを生やしたサイボーグが、やはり加速状態で飛び込んでくるのを。技術レベル3、大国の軍用品。どんなルートかは分からないが、上手く手に入れたやつが紛れ込んでいたようだ。
しかし、ロバートもまた同レベルのそれを仕込んでいた。故に速度は互角。メンテナンスについてはこちらが上。そして疲労度は、圧倒的に彼が負けていた。
『くそったれ!』
鈍化する意識の中で罵りながら、ライフルを盾に使う。十分な強度を持ってはいたが、防御には適していない。走りこんできたサイボーグの速度と重さ、ニードルの鋭さには抗えなかった。
あっさりと、ロバートのライフルは貫通された。しかし、わずかながらも邪魔にはなった。それを利用して、ニードルの直線上から身体を逸らした。
こういったニードルは危険だ。着込んでいるアーマーや、身体に仕込んだ生体装甲を貫くための武装だからだ。至近距離まで近づかなければ意味がないとはいえ、その危険を冒す価値がこの武装にはあった。
もっとも、使用者にその理性が残っているかは疑問である。目をかっ開らいたまま、ロバートに追いすがってくる。彼にも、近接戦闘用の武器はある。両義腕に仕込んだ単分子ナイフだ。分子の隙間に入り込む超極薄の刃なら、相手がどれだけの装甲を埋め込んでいても問題はならない。
しかし、今は加速状態。それを展開するにも相応の時間が必要であり、決定的な隙となる。起動する暇はない。ではどうするべきか。相手が再度、ニードルで突きを繰り出そうとしたそのフォームを見て、ロバートの覚悟は決まった。
間延びした時間の中、敵が右腕を引き肩と腰をひねった。腰を落とし膝を曲げ、脚のばねを使って自身の身体を押し出す。繰り出された右腕が砲弾のように突き進み、それに装備されたニードルがロバートの心臓を狙う。
(も、らっ、た、ーっ!)
心の中で吠えた。この訓練所で、泣き言がもれるほどに叩き込まれた技能の一つ。体系化された近接格闘技術。ロバートは相手の腕をつかんだ。そして敵の勢いをそのままに、背負って投げた。
加速状態による、サイボーグ高速一本背負い。とてつもない勢いで、敵は塹壕の地面にたたきつけられた。いかに強化されたうえにレッドアイを使用していても、どうしようもないダメージだった。
「がばっ!?」
血と、人工血液。両方が混じった赤白の吐血だった。加速を終えたロバートは、凄まじい頭痛の中レッグホルスターから大型リボルバーを抜いた。二発、頭と心臓に叩き込む。頭蓋が砕け、胸も弾けた。それを確認して、彼はその場に座り込んだ。流石に限界だった。
「ロバート! おい、しっかりしろ!」
「……わりぃ。ちょっと、休ませてくれ」
「くそ、こんな所じゃやられちまうぞ! せめてうしろに……こふっ」
「……あ?」
何かの液体が、ロバートの眼前を上から下へと通り過ぎて行った。かすむ目で何とかそれを見やる。赤と白が混ざった、粘り気のあるそれ。つい先ほど見たばかりのそれに、身体の不調を忘れ首をはね上げる。
アイゼンの胸から、ニードルが生えていた。背から突き刺しているのは、頭が砕けた男。一瞬思考が止るロバートの頭に、記憶がよみがえる。時折いるのだ。頭蓋にはダミーの脳を入れ、本当のそれは身体の中に隠しているとかいうサイボーグが。
「クソがぁっ!」
その悪態には、二つの怒りが込められていた。一つは加害者へ。もう一つは油断した彼自身へ。転がるように横へ飛び、リボルバーの残りの弾をサイボーグに撃ち込んだ。脳が入っていそうな分厚い場所を重点的に狙って。
人体に、目的のものを隠せる場所はそう多くない。ロバートのヤマ勘は当たった。一つが見事に脳とそれを守る殻を撃ち抜いたのだ。今度こそ崩れ落ちるサイボーグ。ロバートはそれに構っている暇はなかった。
「ごふっ、ご、ごばーど……」
「喋るなバカ! 待ってろ!」
アイゼンの様態を見て、再び嫌な記憶が蘇る。同じ状態を何度も見た。ある者は敵、あるものは味方、ある時は関係のない一般人。肺を貫通している。このままでは己の血におぼれ死ぬ。衛生兵を呼ぶ暇はない。
こんな時の為に、彼らは緊急用の医療品を渡されていた。ウェストポーチから、それを引っ張り出そうとする。しかし、ここは戦場の真っただ中。安々とそれを成せる環境ではない。
「死ねぇ!」
「お前がなぁ!」
銃を構えて塹壕に飛び込んて来た無法者に対して、ロバートは今度こそ単分子ナイフを使用した。義腕から飛び出した15cmほどの細身のナイフが、横なぎに振るわれる。するりと相手の身体を通り抜けると、血と人工血液があふれ出した。
もがきながら地に倒れ伏すそれに、止めを刺す暇もない。さらに二人、ショットガンとアサルトライフルをこちらに向けて突き進んでくる。遮蔽を取ろうともしない、無謀な突撃。リボルバーに弾丸を込める暇もない。
「ごぶっ……にげ、ろ……」
「お前を置いて行けるかよ!」
もはや加速装置も使えない。一度でも起動すれば、負荷に耐えられず気絶する。アイゼンの命も風前の灯火。手札がない。あるのはどん詰まりと書かれたババだけだ。万策尽きて、ロバートはナイフを構えたまま吠える事しかできなかった。
「だれか、支援をくれぇぇぇ!」
答えは無かった。代わりに無数のレーザー光が放たれた。雨のような圧倒的な光弾量。迫っていた二人のみならず、周囲の敵をまとめて薙ぎ払っていく。
「支援、こんなもんでええかのう?」
どこか呑気な、聞き取りにくい声が塹壕の外から振ってきた。見やればそこにいるのは、巨体の虫人。その身体は特製のメタルボーンで覆われており、二対の腕には左右それぞれ大型のガトリング砲をぶら下げていた。
「お前ら、何処に行ってたんだよ!」
ロバートが吠えるのには理由がある。カイトの抜けたハンマーチームが合流したのは、スケさんカクさんを含む虫人部隊だった。人手が足りていない現状、戦えるのであれば遊ばせておく理由にならない。
参加したばかりの三人のフォロー役としてロバート達が選ばれた。そして同じ戦場に立った……のだが、戦闘開始早々問題が発生した。初の実戦に、訓練兵たちが浮足立ったのだ。レッドハイにより、保身も考えず突撃してくる無法者に恐怖した。
まともに戦えぬ彼らのフォローに、バリーを始めベテラン勢が奮闘する羽目になった。虫人たちもそれに加わり、ロバート達はこの場の抑えとして残された。何のためのチームだと文句を言う暇すらなく、激戦に飲まれたのがここまでの流れである。
「ワシは隣で頑張っておったが……それより、そっちの仲間がそろそろ不味いのではないか?」
「クッソ、そうだった! おい爺さん、戦場は任せるぞ!」
「うむ。任されよう」
仰向けに倒れたままのアイゼンにまだ息があるのを確認すると、ウェストポーチの中身をぶちまける。まず広げたのは、湿布じみた正方形の白い布。アーマーの上からでいいから、傷口に張れと指導を受けた。実行する。
「しっかりしろアイゼン!」
続いて、バリー教官が『絶対助かるが入院確定』と脅していた緊急用治療薬。パインのアンプルを無針注射で投与する。
「やっとクソッタレな世界から抜け出すチャンスが来たんだ! こんな所でくたばってる暇はねえ!」
「う……ぐ……ぐぼぉ!?」
意識があるのかどうかすら怪しかった怪我人が、突如血の塊を吐き出した。ずるりと音を立てて、張り付けた白いパッチが傷口に入り込む。穴はふさがれ、戦闘服の上から分かる奇妙な蠢きが始まる。
何かしらの技術により、医療処置が行われているのは分かる。分かるが、不気味すぎて一歩引きたくなったロバートだった。そんな彼の感想をよそに、アイゼンの瞳が大きく開かれた。何度か、力強く瞬きをする。
「お……おお? なんか、すげーシャッキりする……口といい鼻といい、血がすげーけど」
「アイゼン! 大丈夫か!」
「おう。大丈夫っつーか、やべーっつーか。パインってやつ使ったんだよな? これ、絶対後でひでぇことになる気がする」
「……教官が、なんかそんなこと言ってたな。元気になるけど、それは安全な場所へ逃げるためのものとかなんとか。おい、動けるうちに後方に下がれ」
「んなこと言ったって、まだ戦闘が」
「それは我らが引き受けよう。待たせてしまったようだな」
二人の傍に降り立ったのは、すらりとした姿の虫人だった。三匹の虫人の中のリーダー格らしいこの黒色赤目の虫人は、肩に対戦車ライフルを担いで現れた。その隣にいるのは小柄な虫人で、こちらはその弾薬箱を二つも抱えていた。
彼はさっそく塹壕の上にライフルを構えると、ほとんど間を置かずに発射する。ショットキャノンに負けず劣らずな轟音が響き、改造車両が宙を舞った。
「このとおり、問題ない。安心して後方に下がるといい。……彼を頼む」
「了解。いくぞ」
「お、おい!?」
アイゼンが驚くのも無理はなかった。小柄な虫人は彼の上着を掴むと、軽快な足取りで移動を始めたのだ。アイゼンは大柄であり、サイボーグでもあるから重量がある。そんな彼を軽々と引きずっていくあたり、小柄でも虫人の力は侮れない。
「ダチを頼んだぞ!」
「任せろ」
「歩くから、引きずんな! 聞けよ!」
騒がしいやり取りが遠ざかっていくのを耳にしながら、ロバートは再びリボルバーに弾を込めた。加速装置は使えないが、まだやれる。塹壕から身を乗り出そうとしたとき、空から妙な振動が振ってくるのを体で感じた。
「……なんだ?」
見上げれば、いくつかの小さな何かが宇宙より降りてきていた。




