吠えよ砲塔、走れ戦車
マラートの推測は、当たってはいない。しかしそれほど的外れというわけでもない。キングソード隊が受領している装備はレベル4である。そして、それは光輝同盟から受け取ったものでもない。
では誰からなのかといえば、カメリアである。彼女は帰還までの航海中、暴乱細胞から様々なデータを抽出し続けた。そしてスタークラウンに帰還後、兵器開発企業を立ち上げたのだ。
はるか太古の遺産。今の技術レベルでも解析できぬものもあれば、ブラッシュアップすれば即製品化できるものまで。宝の山であるそれを、カメリアは正しく運用した。
スタークラウンの区画にさっそく社屋を建設し、優秀な兵器開発研究員を招集。一部をライセンス販売して、わずか数か月で膨大な利益を上げることに成功した。
キングソード隊が受領したのは、そうやって生産された製品の中でも高品質なもの。実質、技術レベル4.5と呼ぶべき性能のそれら。間違いなく脅威となるものであるから、マラートの勘も捨てたものでもない。この場に役立つかは別の話だが。
さて、カメリアが編纂したデータの恩恵を最も受けているのが他ならぬカイトだった。彼は荷電粒子砲塔の中で、第二射を準備していた。
「外部冷却ユニット、正常稼働中。砲身温度、予定通り低下中。外部バッテリーからのエネルギー伝達も順調です。どうぞ」
砲撃の影響で、外は突風が吹き荒れている。モニター越しにそれを認識しつつ、隊長に報告する。
『了解だ。可能になり次第、撃って良し』
「了解しました」
古来より、籠城戦は援軍無しでは成り立たないという。今回の場合もその通りで、訓練所に籠っていては押し負けるというのが司令部の判断だった。そこで、最も強く機動力のあるキングソード隊に白羽の矢が立った。
あらかじめ訓練所を出発しておき、背後から敵を強襲する。初期のプランはそうだった。カイトもこの時点で増強要員として参加することが決定された。
しかし出発後、エージェントが追加の情報を送ってきた。迫ってくる五つの部隊の内四つは囮。本命は外部からの支援を受けたザムザム製薬の特殊部隊であると。これが訓練所に到達したら、少なくない損害が出る。
訓練所で使用されている装備はレベル3である。大国の軍用装備と同等であり、囮相手であれば問題なく戦える。だが特殊部隊の相手はひどく厳しい。故にキングソード隊はこれを叩くことになった。
「……反撃、してきませんね」
特殊部隊の移動経路を手に入れた隊は、その進路上にある丘に砲撃陣地を築いた。中心に暴乱細胞製大型砲塔。それに接続される外部バッテリーと冷却ユニット。追加火器も多数あり、機関砲、ミサイルポッド、レールガンも搭載されている。
それらを守るための防壁は、対レーザー、対物理仕様の装甲板。シールド発生装置とジェネレーター、ホログラフによるカムフラージュ装置も持ち込んでいる。
短時間でできる限りの備えをしたが、決して難攻不落と呼べるものではない。敵部隊の集中砲火を受ければ、数十分で放棄しなくてはならなくなるという予想が立てられている。
一方的に攻撃できるのは今だけ。そんな焦燥がカイトを苛んでいる。撃ってこない相手側への不信感が沸き上がる。
ヒトを相手にしている、というストレスについては今更だった。ラヴェジャーの船に、どれだけの奴隷が乗っていたのか。それを撃ち落せばどうなるか。意識しないように、ただ復讐心を燃やしていた。
その代償は、スタークラウンで払った。不意に襲う強烈な罪悪感と後悔。強烈な感情に身体も不調となり、胃の中のものを何度も戻した。アキラやスイランによる直接的なメンタルケアがなければ、本当に精神を病んでいた事だろう。
やった事は戻らない。後悔は自己満足。結果が不満であったなら、次はもっと良い選択肢を選べるようになるしかない。訓練所に入る前に、そのような考えを持てるまでには復調した。
今はどうか。意識が切り替わっている。目的を強く認識する。ここで敵を倒さなければ訓練所の仲間がやられる。害する者に手加減をする余裕はないし、そのつもりもない。相手がヒトであろうと、躊躇わない。
ラヴェジャーの類似品と思えば、引き金は簡単に動かせる。でもそれはしない。行動には責任が伴う。仲間の為に、自分の為にこれを行うのだ。
相手の反応に対するカイトの疑問。それに答えたのは先ほどと同じくグロリア大尉だった。
『テック4のカムフラージュを使っていて、居場所がばれるなどと思っていなかったのだろう。テクノロジーの力は素晴らしいが、使用者が慢心すればこの有様だ。我々も気を引き締めねばならん。わかるな?』
「はい」
敵部隊の姿は、肉眼で確認できないほどの光学迷彩が施されていた。ホログラムによる迷彩はすさまじく、効果範囲内では土煙はおろかタイヤの跡すら見えないのだ。戦車、兵員輸送車、トラックといった車両が数百走っているのに。
これはカイトたちにも言えることで、外から見るとこの場に陣地があるかさっぱり分からない。センサーでも確認できず、相手側に分かる事は荷電粒子が発射された方角くらいである。
見つかるはずのない状態で、分からない場所から砲撃された。敵の混乱はどれほどのものか。そしてその上で、自分たちは優位な状態ではないと気を引き締めねばならない。
つまり、やれるうちにドンドコぶち込めという事である。
「砲身冷却完了。荷電粒子、生成完了。コンデンサー、状態よし。対艦荷電粒子砲、発射準備完了」
『撃て』
「タケミカヅチ、発射します」
再び、閃光と熱をまき散らしながら破壊の光が放たれる。急速に加熱された空気が突風となって逆巻く。薙ぎ払われ、直撃を受けた車両が熱量により飴細工のように溶ける。炎上する。爆発して破片をまき散らす。
間違いなく大火力。大気圏内での使用に戸惑いを覚えるレベル。実際、この星の法を調べたが問題はなかった。都市への攻撃を禁止する法にわずかに記述があった程度だった。
覇権国家の軍事技術を持ち込んだあげく、対艦砲を敵部隊に向けるような想定はしていなかったらしい。している方がどうかと思われるレベルだが。
「砲撃終了。砲身冷却再開。外部バッテリー、これで使い切ります。……効果、どうですか?」
『先ほどと同じく、最前列がだいぶ吸った。砲撃二回で、全体の一割も削れていない』
グロリアの言う通り、撃破できたのは車列の先頭だけだった。搭載されたシールドの性能が良かったのだろう。最前列を任されていたのは偶然ではなかったようだ。
これは厳しいか、とカイトが顔をしがめる。しかし隊長の反応は別だった。
『だが、これならばやりようはある。カイトは砲撃を続行せよ。戦車前進!』
カムフラージュを解除して、大型の戦車が二両現れる。それは、一般的に戦車と呼ばれるそれよりだいぶフォルムが違うものだった。
まず、履帯がない。車輪もない。車体の底にある推進器による浮力と慣性制御機関で移動する。その速度は軽々時速100kmを超える。最高速度はもっと出る。
それでいて大きい。大型トラックを二つ並べたよりもなお体積がある。被弾と空力を考慮して前面は傾斜させているが、それでも質量による圧迫感はすさまじい。
搭載されているのは戦車砲ではなく、艦砲だ。そう、これは宇宙船建造技術を流用して建造された戦車である。いってみれば、地上を行く護衛船。設計思想も大体マイティタートルのそれである。
カイトとの模擬戦では、フィールドの面積と状況のミスマッチも考えて使用されなかったキングソード隊の主力。この場で使わない理由もなく、堂々のお披露目と相成った。それらが左右、車列を挟むようにして突撃する。
敵部隊もこの状況を黙って見ているわけではない。攻撃が始まる。車載大口径レーザー砲が次々と放たれる。識別のために赤色をつけられたそれが、二両の戦車に襲い掛かる。カイトが当事者でなければ、まるでクラブで使われるレーザー照明のようだと思ったかもしれない。
当然、戦車もシールドを搭載している。艦船用ジェネレーターの出力で支えられたそれが、柔であるはずがない。だが、当然無敵でもない。そして素直にそれらを浴び続ける理由もない。戦車長が、冷静に命令を下す。
「対レーザースモーク、発射」
互いとの間に、煙幕が張られる。技術レベルの差によっては意味のないものになるが、幸いな事にこちら側が上。敵のレーザーは拡散され無力化された。互いに移動し合っているから、この煙の壁の効果はわずかなものだ。そして互いの攻撃手段も、レーザーだけではない。
「レールガン、発射用意。目標、先頭車両」
戦車長の、そしてグロリアの目標はそれだった。カイトの砲撃でシールドを減衰させている車両。それが回復してしまうのを見過ごすのは愚かである。電磁加速された貫通弾が、空気を貫いて敵を襲う。スモーク越しの射撃になるが、問題はない。敵の位置はカイトのセンサーで捕らえられており、そのデータを受け取っているのだから。
対艦砲は、技術レベル4のシールドと装甲を貫くに十分だった。命中した車両は冗談のように破片をまき散らしながら転がっていく。運悪く射線上にいたもう一台が、大きくシールドを減衰させた。
数台、同じように撃破される。が、快進撃もここまで。戦車二台は、スモークとチャフをまき散らしながら回避行動をとる。残りの車両が、嵐でも起こすかのように反撃に転じたのだ。
『カイト、ミサイルによる援護射撃!』
「了解。目標ロックオン。発射」
次々と飛び上がるミサイルが、敵戦車の頭上へ降り注ごうとする。当然、迎撃装置が作動しようとするが、ここでカイトが更なる介入をする。
「クシミタマ、情報かく乱機能、作動」
情報収集に特化した形態、クシミタマ。その中には敵通信の傍受についての機能も搭載している。その一部だけを形成し、相手のセンサー系に介入する。誤った数字を入力させ、ミサイル迎撃の邪魔をした。
爆発が、地表を揺らす。命中弾を受けた車両の乗員は慌てている事だろう。まともに作動したはずの迎撃装置が、効果を発揮しなかったのだから。
極めて便利なかく乱機能であるが、乱用はできない。相手のシステムも学習する。使用すればするほど、こちらの介入がばれてしまう。免疫をつけられてしまっては、必要な時に邪魔ができなくなる。使いどころが重要だった。
とはいえ、一回目の使用は効果的だった。味方戦車がこの状況に対応し、さらに撃墜数を増やした。
そこに、追い打ちが刺さる。
「砲身冷却完了、その他もろもろ準備よし! 対艦荷電粒子砲、発射準備完了!」
『ぶっぱなせ!』
「ファイヤー!」
グロリアの命令を受けて、三回目の荷電粒子砲が発射される。流石に敵部隊もこれには対応した。具体的には、密集状態を解除したのだ。おかげで砲撃が直撃したのがほんの五台程度という残念な結果になった。そして、悪い事は続く。
移動速度の高い車両が、砲台陣地目がけて押し寄せてきたのだ。三度の砲撃である程度の場所を特定したのだろう。そこ目がけて砲撃を打ち込んでくる。こうなってくるとホログラムに意味はない。それの邪魔になるのを覚悟で、対レーザースモークを起動させる。
『砲撃陣地を放棄する。準備を開始せよ』
「了解。冷却装置、バッテリー、パージします。変形開始」
使い切ったミサイルの発射装置と、外部パーツを取り外し暴乱細胞を戦車へと変形させる。いつもの多脚状態ではなく、履帯を選択したのは小回りよりも速度を優先させた結果だ。
レールガンの着弾が、シールドを減衰させる。降り注ぐミサイルを、レーザーで迎撃する。先ほどまで一方的に攻撃できていたのに、今はもう陥落寸前。変形完了を待ちながら浮かぶ感想は、目まぐるしいなあだった。
「タヂカラオ、変形完了。移動、いつでもいけます」
『よろしい、では出発する。追随せよ』
「了解」
指揮車両と護衛の戦車二台(こちらは模擬戦で使用した通常のもの)と一緒に、敵の迫る逆側から丘を下る。シールドが消滅し、ミサイルが陣地を吹き飛ばした。正確には、自爆用の火薬に引火した。キノコ雲ができるほどの大爆発だ。
これにより、技術レベル4で作成された様々な装備もガラクタになった。証拠隠滅のために火薬を設置しておいたのだ。解析は極めて困難だろう。敵としては致し方が無かったかもしれないが、後々問題視されるだろう。後があれば、だが。
ここまでの攻撃で、相手の二割強を撃破または戦闘不能に追い込んだ。三十倍の敵に対してこの戦果は一般的には奇跡的と表現していいだろう。彼我の質の差を考慮しなければ。
通常であれば、相手は撤退を考えるべき状況である。なにせ、キングソード隊の被害は陣地陥落のみ。実質的被害は砲撃用外部ユニットとシールド関係。後は装甲版と消耗品だけである。
主力である浮遊戦車二台、カイトのタヂカラオ、レベル4戦車二台は健在である。相手にはこれがすべての戦力とは分からない。なので更なる戦力追加を踏まえて判断しなければならない。
貴重な装備の損耗を考えれば、撤退一択。それを上に進言しても、許可は下りない。かたくなに作戦遂行を命じてくる。特殊部隊の隊長は、通信が切れているのを確認してから上を罵り状況判断した。
とりあえず砲撃陣地は潰れた。敵戦力は脅威だが、致命的ではない。この状況で命令を遂行し生き延びるためにはどうすればいいか。ザムザム製薬の下で、様々な無理難題を遂行してきた彼はこんな状態での行動を心得ていた。
面倒事は他人に押し付けるに限る。故に、作戦はこうなった。
「……敵車列、移動を開始しました。訓練所へ向かっています!」
『我々を無視すると? いい度胸だ。追うぞ』
「了解!」
カイトたちは浮遊戦車と合流し、車列に追いすがる。当然、砲撃も行う。そして、相手の意図を理解する。
『……そうきたか』
グロリア大尉が、忌々しげにつぶやく。攻撃は当たる。当たった車両のシールドは減衰する。その車両を内側に避難させ、次の車両が壁になる。シールドは、ジェネレーターが無事ならば時間経過で回復する。被弾をローテーションで変われば、無傷でしのげる。いまだ数百台の戦力があるからこそできる手段だった。
『このままでは訓練所に到達されます。あれらの頑丈さがあれば、蹂躙は容易いでしょう』
マルビナ中尉が、努めて冷静に状況を告げる。カイトはどうするべきかと思考を回転させる。遠距離攻撃は駄目。対艦荷電粒子砲ですらあまり撃破できなかった。外部パーツを失った今、連射速度も落ちるしそもそも移動速度が落ちる。
飛行は? これも無理。飛べるには飛べるが、戦えない。エネルギーを消耗しすぎる。敵の撃破ができなければ意味がない。
そうなればもう、とカイトが自棄気味に思いついたそれを百戦錬磨の隊長が命令として発した。
『浮遊戦車を最前列にして、敵の最後尾に突貫する。しかる後に車列内部に突入。内側から食い破るぞ』
「うえっ!?」
カイトの口から素っ頓狂な驚きが漏れた。隊長がこんなに無茶な命令を下すとは思わなかったのだ。
『ん、分かり辛かったか? 言っておくが、破れかぶれではないぞ? 内部に入れば、相手は他と交代できん。仲間が邪魔で動けないからな。加えて、我々の受ける攻撃も減る。これも同じく、仲間が邪魔で射線が通らないからだ。集中砲火は危険だが、数体を相手どるならどうということはない。連中のケツの穴に突っ込んで、口から出て行ってやろうというわけだ』
『隊長、淑女の言葉ではありません』
『おっと、それはいけないな』
通信越しに、複数の笑い声が聞こえてくる。この状況下で軽口が叩ける。気負っているような空気すらない。カイトは改めて、キングソード隊の強さを感じた。
『全員、異論はあるか? ……カイトは?』
「ありません」
『よろしい。それでは紳士淑女、輝けるアキラ様のしもべ共。仕事をするぞ。突撃開始!』




