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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
創団トラブルメモリー
50/60

悪意が見下ろす

 ローブン4の衛星軌道上には、大型の人工衛星が浮かんでいる。惑星と宇宙を結ぶ玄関口として機能しており、多数の宇宙船が寄港する。にぎわってはいるが、その評判はややよろしくない。


 ローブン4がテラフォーミングを開始する前から使用されており、建設から二百年を経過している。ユニットを繋いで作ってあるため、老朽化した部分は取り外し、新しいものを取り付けることで全体の寿命を保っている。


 それでも古さはぬぐい切れず、デザインも悪い。旅行者も運搬業者も長居を拒むくらいに居住性が悪い。企業会合では毎回新築か全面改修が提案されるものの、様々な経済的理由により話が進んでいない。


 そんな人工衛星の軍事区画。ザムザム製薬の占有スペースに、マラート・バサロフの姿があった。彼の前には大型のホログラフがあり、状況を表示している。


「現在、部隊は約60%の移動を完了しています。目立った遅れは発生していません」


 女性士官の報告に、マラートは軽く頷いた。そして鼻を鳴らす。彼の巨体に合わせた高品質の椅子でも、長時間座っていれば疲れてくる。とはいえ、彼はこの場の責任者だ。疲労と退屈と腹立たしさを理由に離れるわけにはいかない。


 ノース・ラインズ社を追い出された彼に待っていたのは苦痛の日々だった。出向元に戻れば針の筵。格下を押さえきれなかった無能扱い。マラートから言わせれば、責任は本社にある。


 頂点種(正確にはカメリア)は、確かに一度ザムザム製薬と接触している。しかし、周辺環境とザムザム製薬の素行の悪さからパートナーの選考から外されたのだ。上でふんぞり返っている連中が頂点種のご機嫌を取れていればこんな事にはなっていなかった。


 もちろん、彼の非難を聞き入れるものなどいない。ただの責任の押し付けにすぎないのだ。マラートを放置して、社内は荒れていた。自己保身、利益追求、罠、下剋上。連帯など何もない、己の為の内部闘争。


 ザムザム製薬とはそういう所だ。恥も倫理観もなく、故に巨大に膨れ上がった。薬屋の看板は金を稼ぐためのもの。やさしさなど、外にも内にもありはしない。


 これまで国内で大きな顔ができたのも、金と暴力の力があったから。それが通じぬ相手が現れたせいで、その力が内側に向いている。自分の所属する組織のことながら、無様の極みだとマラートはせせら笑った。


 彼はとりあえず待つことにした。上位陣が内部抗争に疲弊して、隙を見せるその時を。時を見てひっくり返し、それなりのポストを確保することを狙っていた。が、状況は思いもよらぬ変化を見せた。


 事もあろうに、覇権国家イグニシオンのエージェントが秘密裡に接触してきたのだ。もちろん、それはマラートへのものではなかった。だが状況を見守っていた彼だからこそ、いち早く動けた。


 上手く立ち回り交渉役の座をかすめ取ったあとは、とんとん拍子に話が進んだ。エージェントの望みが、訓練所への攻撃だったからだ。その為の援助を受けられるとあれば、状況は一気に動かせる。


 マラートは訓練所に加え、協力者であるノース・ラインズへの攻撃も実行することにした。協力ができなくなれば、あの会社に価値はなくなる。再び交渉のテーブルへの機会が得られるようになる。もちろんそのためには、自分たちの関与は秘匿しなければならない。


 幸いな事に、そういった工作をザムザム製薬は得意としていた。クリーンなイメージで、頂点種との交渉を再開できる。マラートだけでなく、抱き込まれた上層部は皆そう思っていた。


 実際にはイグニシオンの協力から何から、すべて調べ上げられているのだが彼らの知る由もない。


 ともあれ、運に恵まれた(と本人は思っている)マラートは短い時間で準備を整えた。もちろん実際に動いたのは下の人間だが、彼もそれなりに忙しかったのは間違いない。各都市やその周辺の無法者を動員。人員と装備を合計五つの地点へ秘密裡に移動させた。


 いっさい訓練していない烏合の衆である。犯罪者集団が、まかりなりにも軍事基地を襲撃して相応の結果を出せるなどとはマラートは夢を見てない。


 総勢一万の内、八千は囮である。残り二千は、ザムザム製薬の特殊部隊。イグニシオンのエージェントがもたらした装備を渡した本命である。


 テックレベル4のそれを、正しく配備させるのには手間がかかった。誰も彼もが懐に入れようとするのだ。できる事ならマラートだってそうしたかった。作戦を成功させねば彼に明日は無いから、泣く泣く我慢したのだ。装備の力なくして、訓練所を落とせるとは思えなかった。


 そうしてすべての準備を終え、作戦は開始された。マラートは設備が整っている衛星の軍事区画に入り、状況を見守っていた。一度は責任を負わされ退社寸前まで追い込まれた男が、こうやって返り咲くことができた。チャンスをものにしたのだ。だがこの栄光も、これからの結果にかかっている。


 彼にとって、すべてをかけた大勝負。これを成功させれば、本社で上位の地位を獲得できる。頂点種との交渉にも割り込み、覇権国家のテクノロジーを手に入れられる。莫大な富と力が手に入るのだ。


 負ければ、すべてを失うことになるだろう。命が助かってどこぞに潜伏しても、その後再起する芽はあるかどうか。それよりもっとひどい事になる方が、可能性としては高いだろう。


 たかが疲労程度で音を上げていられない。彼は久方ぶりに、カフェインジュースを手に取った。若い頃はこれを飲んでがむしゃらに働いていた。記憶の中のそれより、さらに過激になったパッケージデザイン。壮年の重役が触れるには、あまりにもカラフル過ぎる。


 それに構わず、ふたを開けて飲み込んだ。あいも変わらず、ギリギリ飲み込めるレベルの舌触りの悪さ。ケミカルな香りが口や鼻、そして臓腑全てに行きわたるかのようだ。だが、これでまだ起きてられる。


 翌日以降にやってくる吐き気には、今からうんざりする。全てが終わったら、リフレッシュ施設に行こう。デトックスと休養を兼ねて。


 そう考えていた時、短いアラートが部屋に響いた。詰めていた企業兵士たちが数名、あわただしく動く。


「……トラブルか?」

「宇宙船が5隻、作戦区域の大気圏に突入しました。只今詳細を確認中です」


 女性士官が報告し終わると、新たな兵が声を上げた。


「確認取れました! 傭兵です。侵入許可を出したのは、ノース・ラインズ!」

「ええい、本社の無能どもめ!」


 マラートは苛立たしさを、椅子のひじ掛けにぶつけた。協定違反をしでかしたノース・ラインズへのペナルティは、いまだ成されていない。本来ならば率先してそれを主導すべきザムザム製薬は、内紛で全く動けなかった。


 他の企業はと言えば、二の足を踏んだ。様子見をしたと言えば聞こえはいいが、実際はバックに付いた頂点種の威光に恐れを成したのだ。それに下手に排斥を主導して、その後にあるかもしれない光輝同盟ライトリーグとの交渉機会を失うのもマイナスだった。


 結果、いまだノース・ラインズは勢力を維持している。惑星管理に関する権限もそのままだ。故に、独自に降下許可を出せたのだ。ペナルティを与えられていれば、これらの特権も奪えていたのに。


「今ノース・ラインズから、都市へ接近する無法者集団への対処だと申告が上がってきました」

「くそ! 防衛軍を出せ! 傭兵どもをつかまえさせろ!」

「名目はいかがされますか?」

「地表攻撃できる宇宙船は惑星防衛上の脅威だろうが! それでゴリ押せ! ノースが何と言ってきてもな! それから秘匿回線で情報を伝えろ! 最悪でも、連絡員の身の安全は優先させるんだ」


 無法者集団には、ザムザム製薬のエージェントが随伴していた。集団に指示を与える為だ。彼らが死んでしまえば、作戦に使えなくなってしまう。


 ほどなくして、傭兵船による無法者集団への攻撃が始まる。レーザー、荷電粒子砲、ミサイル、レールガン。搭載兵器を大盤振る舞いして、移動する車列を吹き飛ばしていく。これが続けば、作戦開始前に戦力として使い物にならなくなる。マラートの焦りはさらに強くなった。


「おい! 警告なしで撃ったのか?」

「いえ。ノース・ラインズの地方警備隊が、遠方より何度も最後通告を送っていました。企業の依頼という所もありますし、法で裁くのは難しい所です」


 星間企業が集まってできた国家なだけに、数多くの特権が与えられている。ザムザムもまた同じだ。難癖は付けられるだろうが、それ以上の効果にはならない。


「傭兵共を追い散らせるなら何でもいい。防衛軍はまだか」

「……警告を送った所、傭兵が撤退を始めたようです。そのまま、惑星外へ離脱していきます」

「拘束はできんか」

「逃げを打たれては、防衛軍の装備では難しいかと」


 惑星防衛を任務とする軍では、どうしても移動力より火力と生存性を重視する。傭兵は攻撃を受けないことを第一とするので(修理代節約が目的)足が速い事が多い。レーダーで観測される傭兵船の速度は、防衛軍のそれでは追いつけないことを示していた。


 傭兵船が惑星外へ逃げ出し、しばらくして連絡員から情報が上がってきた。


「……正確な数字ではありませんが、あの対地攻撃で全体の一割五分が戦闘不能にされました」

「戦う前からやってくれる。ノースめ、どうやって傭兵とコンタクトを取ったのだ。連中の回線は、こっちでカットしているのだろう?」

「はい。そのように工作済みです」

「我々の知らない回線をもっている……? 頂点種と取引でもしたのか。となれば……おい、無法者どもは動かせるか?」


 今まで以上に表情を険しくさせたマラートが問う。


「辛うじて、何とか統制を保っているとの事です」

「即座に移動を再開させろ。訓練所に到着次第、レッドハイを投与しろ」


 レッドハイ。ザムザム製薬が開発したコンバットドラッグであり、非売品である。短時間ではあるが、痛覚を鈍化させ戦闘意欲を激しく向上させる。疲労への感覚も鈍化するため、戦闘継続も薬が効いている間は問題ない。


 欠点は効果終了後の副作用。発熱、発汗、吐き気、眩暈、腹痛、極度の疲労などまだましな所。脳と内臓に損傷を抱える場合があり、死に至るケースも多い。端的にいって欠陥品なのだが、使い捨ての犯罪者に投与するには非常に有用だった。


「作戦時間が短くなりますが、よろしいのですか?」

「ノースや訓練所が我々の把握していない通信手段を持っていた場合、光輝同盟に連絡を取っている可能性がある。他に傭兵が来る、と言った場合ならまだいい。覇権国家の兵隊が乗り込んでくる可能性もありうる。そうなったらお終いだ。何が起こるかわからん。時間をかけず、目的を達成させる必要がある」


 場合によっては、特殊部隊の処分も考えなくてはいけない。法に触れるような工作をさせる部隊なので、社員として登録はされていない。ザムザム製薬との繋がりも、簡単には分からぬようにしてある。しかし相手は覇権国家だ。どんなテクノロジーを持っているか分からない。企業の暗闘を生き延びてきたマラートの勘がそうささやいていた。


「時間がある、とは考えるな。一刻一秒を争うと思え」


 上司の指示に、企業兵士達は動きをあわただしくさせる。それから約一時間後、最初の部隊が訓練所に接触した。


「訓練所との戦闘が開始されました。レッドハイ、投与」

「残りの部隊の到着はまだか?」

「特殊部隊を含め、十分以内には到着予定です」


 移動を優先させたため、同着とはいかなかった。戦力の逐次投入となってしまうが、本命は特殊部隊だ。敵の戦力を分散、消耗させる目的は果たせる。


「第二、第三部隊到着。戦闘を開始します」


 状況が進む。なんとか予定通りに事が進みかけたその時、緊迫した報告が上げられた。


「特殊部隊より報告! 敵の襲撃です! 砲撃を受けたとの事!」

「被害は!」

「シールドで防ぎましたが、大きく消耗したと!」


 兵士と女性士官のやり取りを聞き、マラートは眉根に皺を寄せる。


「馬鹿な。テックレベル4のシールドだぞ? 艦砲でも用意したのか? ジェネレーターごと?」


 テックレベルの差は理不尽だ。同レベルの兵士が1レベル違う装備をしただけで、格下はほぼ勝てなくなる。火力、機動力、防御力。大人と子供が本気で喧嘩をするようなもの。覇権国家の軍事組織で採用されている装備と同等の火力。そこまで考えて、マラートは己の考えが足りていなかったことを悟った。


「くそ! まさか相手もレベル4装備を持ち込んでいたとは! いくら頂点種だからといって、たかが傭兵部隊にそこまで贔屓するのか、光輝同盟は!」


 傭兵など、取るに足りない存在。ごろつきの類似品。無法者とほぼイコールの存在。それがマラートの認識だった。実際、ローブン4では大体そのようなものだった。既知宇宙社会においては違う。


 宇宙は広い。星間国家が支配を宣言していても、そこには人にはどうしようもない広大な空間が広がっている。一つの星系であっても、国家の目の届かぬ場所がほとんどだ。だからこそ、自由に動ける者が必要となる。


 傭兵は、その需要を解決する存在だ。自由に飛び回れる。自衛以上の戦闘行動ができる。人員と物資の運搬、護衛、海賊退治。宇宙で必要とされ、星間国家や企業だけでは手の足りぬ様々な問題へ対処し金銭を得る仕事。それが傭兵である。


 最上位の傭兵ともなれば艦隊を組み、星間企業と同じような態勢を整えていたりもする。そうなれば、国家ですら一目置く存在に成り上がるのだ。


 これが、一山いくらの一般人だったら、マラートの発言もそう的外れのものではない。しかしアキラは頂点種。光輝同盟が国を挙げて友好を深める光輝宝珠こうきほうじゅである。


 そのポテンシャルと一般人を比べることが間違っている。アキラ個人と友好を深める為にも、投資先に選ぶのは手堅いとすらいえた。


「襲撃者の数は? 訓練兵全てか?」

「いえ……車両に乗っている為詳細は分からないそうですが、推定50以下との事です」


 報告する女性士官も、信じられぬと顔で語っている。マラートは馬鹿な、と叫びかけてはたととある可能性を思いついてしまう。


 敵とて間抜けではないはずだ。迫りくる多数の敵に対して、無策で突っ込んでくるはずもない。実際、強力な砲撃を放って見せた。これが切り札であるならば、まだいいのだ。


 しかし、もしかしたら。万が一、覇権国家が一切の遠慮を捨てて援助をしていたら。マラートはその可能性を考えて青くなる。流石にそれはないはずだ。考えすぎだと思いながら、口から不安が零れてしまう。


「まさか……レベル5……?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんだけ進んだ世界でもエナドリは不滅...! なんかスゴイ技術のぺたっと貼るような経皮や静注筋注もあるだろうに、グビッと経口でキメるのって、なんかこう、飲んだぞ!って気合入れる動作なんだよ…
[一言] マラートwWww 優秀は優秀なんだけどなぁw
[気になる点] ドラゴンシェルの話はどうなった? やられたようにみえるが実は…て、話はまだ?
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