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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
創団トラブルメモリー
49/60

エマージェンシー:本番

 ロケド新星系連合、惑星ローブン4。ダルサンガ近郊の新兵訓練所。時刻はもう少しで昼。良く晴れた空の下、フェイスプレートで顔を隠したカイトはうつ伏せに倒れていた。本当は仰向けになりたい所だったが、背中の箱が邪魔で出来ないのだ。


 体から、汗が流れ出てくるのが止まらない。髪の毛を短くして本当に良かったと思う。長いままだったら鬱陶しくて仕方がなかったに違いない。体の中の暴乱細胞は休んでもらっている。治療されては、筋肉がつかないからだ。


「どうしましたか訓練兵。あまり休んでは訓練になりませんよ? さあ、もうひと踏ん張りです。できますよね?」


 まるで乙女漫画に出てくる男子のように爽やかな笑みを浮かべながら、獣人の兵士が聞いてくる。実際とても美形である。


「はい……がんばります」


 そう、答えるしかなかった。できない、という言葉をいくら口にしても彼には届かないのだ。聞き流されてしまうのだ。延々と、頑張れますよね? とリピートしてくるのだ。


 彼は誰かいうまでもない。キングソード隊の隊員である。彼ら彼女らは、あらゆる訓練に補助員として現れる。そして捗っていない訓練兵に張り付いて、付きっ切りで指導するのだ。


 叱らない。罵倒しない。諦めない。容赦はもちろんない。その徹底した指導は的確で、ありがたいのは間違いなかった。ありがたさと同じかそれ以上に、訓練兵たちは恐れていた。


 課せられたノルマをどうにかこなして、カイトは解放された。隊員は変わらぬ笑顔のまま、移動していく。それをほっとした気持ちで見送っていると、ロバートが少しばかり笑いながら話しかけてきた。


 何故少しかといえば、彼もまた基礎トレーニングで疲労し余裕がないからだ。


「よう。今日もしごかれたじゃないか。これだけ目を付けられるなんて、何をやらかしたんだ?」

「ええっと……大それたことを、少々」

「まったく。うちのチームメイトは大した奴だぜ」


 ロバートの言う通り最近のカイトには必ず一人、キングソード隊の指導が付いている。初めは揶揄していた訓練兵たちも、そのあまりのしごかれっぷりに哀れみの目すら向け始めている。


 カイトもこれにはさすがに音を上げる寸前まで追い込まれている。が、相手もさる者。ギリギリの所を見極めてくる。おかげで倒れることもできず、常に溺れる寸前で立ち泳ぎしているような気分でいるカイトだった。


「昼飯……昼飯を食べないと死んでしまう……」

「食い気が残ってるだけ流石だな」

「違うんだ。無いけど、それでも食べないと。絶対、午後もこんな感じだから」

「俺の分のデザート、やるわ」

「わあい」


 そのような切実な、でもどこか呑気な話をしているとカイトの視線の先に珍しい人物が現れた。倉庫の前に一人立つ、黒虫の武人。


「スケさん! やっと会えた!」

「おお、これは……久しぶりだな、友よ!」


 虫人のササキスケザブロウが、義腕の右腕を上げて答えて見せる。ロバートはその姿を見て頬を少しばかり引きつらせた。


「……虫人っていやあ、フルサイボーグに匹敵するぐらい強いって話だがよ。そんなのと知り合いなのかよ」

「同じ船で生き延びた仲だからね。ちなみに本当に強いよ。素で加速系サイバーウェアの瞬発力もってる」

「やべえな……」


 ロバートを伴って歩みよれば、スケさんは手を上げたままその場で出迎えた。


「スケさん。こっち、俺と同じ部隊で訓練しているロバート。ロバート、こちら虫人の戦士ササキスケザブロウ。通称スケさん」

「お初にお目にかかる。アキラ様にお仕えする戦士、ササキスケザブロウと申す。我らが戦友が世話になっているようで」

「あ、ああ。ロバートだ。よろしくな」


 ストリートのサイボーグは、堅苦しい言い回しに慣れていない。目を白黒させながら、それでも握手はした。


「基地にいるって聞いてたけど、全然顔見なかったからさ。どうしてたの?」

「うむ。私とカクノシンが同族を迎え入れるために旅に出た話はきいているな? それは予定通り成功したのだが、連れてきた三人が皆身体を痛めていてな。その治療に付き添っていたのだ」

「あらま。お加減よろしくないの?」

「いや、流石は宇宙の技術よ。見る見る回復してな、今はリハビリを兼ねて新装備の調整中だ。ほれ、覗いてみるがいい」


 カイトは促されるがまま、倉庫の中の作業を見る。そこには見知らぬ三人の虫人と、カクさんの姿があった。


 三人はそれぞれ体格が異なっていた。まず目についたのは、大柄な虫人だった。背丈は二メートルを超えている。とにかく体が大きく、生体装甲も重厚だ。そして目立つのは、その体を覆うメタルボーン。この虫人用に調整されているらしく、カイトたちが使うそれとはデザインが違う。


「あのご老体、我らの中では労働者に分類される出身でな。生まれつき力仕事を専門としている。……が、身体が大きくなりすぎてな。脚の力がそれについていけず、満足に働けなくなってしまった。故に巣から放逐された、という経緯を持っている」

「ああ。虫人の人、あんまり手足は太くないものね……」

「我らは十分だが、あそこまで大きくなるとな。で、ここで治療を受けて膝関節を治してもらってな。……なんだったか、ばいおなのま……ナントカ」

「バイオナノマシン、だな。サイボーグ化が難しい一部種族用に開発されたやつだ。強化よりも体調管理が主なんだが、あのでっかいのにはちょうど良かったみたいだな」


 ロバートの説明通り、大柄の虫人は元気よく身体を動かしている。その動きによどみはない。歩みも軽快だ。


「あの機械の骨は素晴らしいな。仲間は毎日楽しそうに身体を動かしている」

「それはよかった。……ほかの人の調子もよくなったの?」

「うむ。若……あの我らと同じぐらいの背丈の虫人だが。病に身体を蝕まれていらっしゃった。が、やはりすっかり快癒された。めでたい。病の他にも問題があったが、それもスイラン殿のおかげで解決した。アキラ様にお会いできたらあらためて感謝せねばと思っている」


 三人の虫人の中で、一番標準的な体格をした者。黒い外骨格と赤い複眼が、他の者達との大きな差異。スケさんカクさんよりもやや細身であるが、華奢という印象はない。二人が甲冑を来た兵士ならば、彼は全身が鋼で出来た格闘家のような印象を醸し出している。


 カイトは、故郷のヒーロー番組を思い出した。あちらは改造人間だったが。


「最後の小柄の者。あれは事故で右目をやってしまってな。それが原因で捨てられたのだが、やはりバイオなんとかをしてもらってな。しっかり見えるようになったと言っておったよ」

「サイバーウェアとかって、本当はこういうためにあるよね……」


 うむ、と首を縦に振るのがスケさん。は? と眉根に皺を寄せるのがロバート。文化と環境の違いだった。


「ともあれ、新戦力雇用は無事成功ってわけだ。お疲れ様。……ところでスケさん。もしかしてあの人たちも名前、無いの?」

「あん? なんだそりゃ」

「ロバート殿が知らぬのも無理はない。我らも故郷では名を持っていたのだがな。巣から追放された時に、はく奪されてしまうのだ。故に巣での名は名乗れん。……単純に、一般的なヒト族では発音が難しいというのもある」


 スケさんが、顎を慣らしていくつかの音を放ってみせる。それをカイトが解説する。


「今の音で、人の名前なんだってさ」

「なるほど。無理だ。聞き取りもクッソ厳しい」

「であろう? 故にカ……友よ。また名を考えてくれ」


 友人の申し出に、カイトは大げさなまでにがっくりと肩を落として見せる。かつての懊悩が脳裏によぎったのだ。


「またぁ!? 俺、ネーミングセンスないって前も言ったよね?」

「しかし、ほかならぬアキラ様がお前をご指名なされたのだ。前回と同じく、今回も頼む」

「ああん? その全然聞かない名前、ボックスがつけたのかよ」

「そう。長くて珍しい音の連なりがいい、ってリクエストに、アキラが……艦長がギブアップされてね。創作は苦手だって俺にぶん投げてきたの」

「俺もカクノシンも、今の名を大いに気に入っている。聞けば、偉大な主を守る近衛の二人が由来だと言う。しかも強者つわものだというのだから言うことなしだ」


 ご機嫌に胸を張るスケさん。物語の人物だとは伝えたが、どうにもうしろめたさがある。もっとまじめに考えるべきだったかと。


「それに関しては、もう一度艦長と話をして……」


 と、カイトが話をあいまいにしようとした時、それぞれが持っていた端末が緊急のアラームを鳴らす。即座に表示を読み込めば、そこにはこう書かれていた。


『緊急:総員、管理棟に集合せよ。これは訓練にあらず』

「マジかよ。何があったんだ?」


 ロバートが呻く。倉庫の中の虫人たちや、それに付き添っていた主計課の面々も慌てだす。カイトは全員に呼びかけるために、大声を張り上げた。


「みんな、管理棟へ急ごう! 早く!」


 サイボーグ、虫人、ヒューマノイド、獣人。兵士、事務員、整備員、医者。多くの種族、様々な専門職。背丈も恰好も様々な者共が、管理棟入口のホールに集う。式典を行うために、この場は広く作られていた。最初に携わった建設会社が特に力を入れた部分だ。


 それなりのデザイナーが携わったのだろう。軍事組織にふさわしい、勇壮さがある。しかし、集められた者達にそれを気にする余裕はなかった。


 壇上に立つジョウが、端末を使い全員に声を届ける。


「あつまったので、説明を始める。中央のホロに注視しろ」


 現れたホログラムは、球体を作り出した。この星、惑星ローブン4だった。三つの大陸のうち、一つに光が灯る。訓練所のすぐそばにある、都市ダルサンガ。そこへ集まるように、各都市から光の矢印が集まってくる。いくつも、いくつも。


「各都市に潜伏中のエージェントから緊急の連絡が入った。都市外の無法者たちが、ダルザンガ……正確には、ここに向けて集められている。目的は、この訓練所を襲撃する事だ」


 ホールにざわめきが走る。悲鳴と混乱が広がる。集められた半分以上が訓練兵だ。いまだ兵士としての振る舞いが行き届いているとは言い難い。早速バリー等から叱責が飛ぶ。


「オラァ! 誰がくっちゃべっていいと言った! 黙って聞いてろ!」


 落ち着くには、少々時間がかかった。ある程度静かになった所で、再びジョウが口を開く。静かに語る彼の姿を見て、落ち着きを取り戻す者も多くいた。司令官の役割にはそういうものもある。トップが浮足立っては下が付いてこない。


「無法者に依頼したのは、ザムザム製薬。訓練所を攻撃し、その機能の破壊が目的のようだ。もちろん、我々への攻撃も含まれる。何故それを求めるかは不明だが、考える必要はない。それは上が対処する事だ」


 声こそ上がらなかったが、動揺は大きかった。訓練兵のほとんどはこの星の出身だ。大企業であるザムザムが敵に回ったのだから落ち着いていられない。


 そんな彼らを、理性と強い意志をもって猿人司令官は訓練兵たちを見回す。その振る舞いはゆるぎない。訓練兵の動揺を抑えられるよう、はっきりと言葉を紡いでいく。


「すでに、本部に救援要請は送ってある。ほどなく、援軍が送られてくるだろう。それまでは独力で耐えねばならない。ノース・ラインズ社にも応援を要請したが、こちらは芳しくない。どうやら妨害を受けたようで、そちらの対応に手一杯のようだ」


 再び、ざわめきが起きる。やっぱノースは駄目だな。あいつらならしょうがない。来るだけ足手まといだ、などなど。先ほどよりも悲観的な声はない。再び教官たちが叱咤し、これはすぐに落ち着いた。


「敵の数は多い。多数の車両が、ここに向けて進軍してきている。そのほとんどが一般車を改造したものだ。軍用車両は一割以下であると報告を受けている。これに対して、我々はただ座して待つわけではない。……かといって、我々が打って出るわけでもない」


 顔に疑問符を浮かべる訓練兵にたいして、ジョウは少しだけ微笑んで見せた。


「宇宙で傭兵を雇った。大気圏内に降下してこれる船はあまり多くなかったが、上から一方的に撃ち下ろせるわけだ。相手の戦力の幾分かはこれで削れるだろう」


 訓練兵たちの表情が幾分明るくなる。一部は顔を引きつらせたり呆れたりもしているが。カイトもその一人。一方的な空対地攻撃がどんな効果を及ぼすか。士気を保つのも難しいのではないだろうか。


 そんな疑問を覚えたものは複数いた。壇上から表情の違うそれらを見て、ジョウも察したのだろう。補足を付ける。


「だが、おそらくは削るだけで終わるはずだ。ザムザム製薬は惑星防衛にも大きくかかわっている。派手に空から攻撃すれば、何かしらの理由をつけて妨害してくるはずだ。短時間でそれをどうにかするのは難しい。二回か三回、打ち込むのが限度だろうと予想している。我々が戦うこと自体は、変わらないぞ」


 この言葉に、落胆の声が漏れる。が、絶望のそれではない。混乱は解消され、士気も決してひどくはない。司令官は場を締めることにした。


「これより、当訓練所は防衛態勢に入る。各員は指示に従い、行動に移れ。相手は多数の無法者と、少数の工作員。こちらの防衛設備は、光輝同盟ライトリーグから持ち込んだハイテックだ。ミスをしなければ、負けはない。貴様らの働きに期待する!」

「司令官に、敬礼!」


 訓練兵たちが、散々鍛えられた敬礼を見せる。見事にそろったその動作に、ジョウもまた敬礼で返した。


「第一訓練歩兵隊! 集合!」

「主計課のみなさん。第一会議室へ集まってください」


 ホールが騒がしくなる。各々が集合場所へ駆け足で移動していく。カイトにもメールが届く。一度に二通。一つは所属する機械歩兵隊、もう一つは訓練所司令部から。まずは隊のものから開いてみる。


 内容は、隊の集合場所についてだった。倉庫へ向かい、メタルボーンの装着が指示されていた。ただし、カイトたちハンマーチームには別の指示が出されている。


「おい、ボックス。メール見たか?」

「ロバート。アイゼンも。見たよ。二人とも、司令部行きだって? なんで?」


 チームメイトの二人が歩み寄ってくる。二人とも、顔には困惑が浮かんでいた。


「俺たちが聞きてえよ。お前こそ、何か聞いてねぇか?」

「ぜんぜん」


 アイゼンにそう答えつつも、カイトは二つ目のメールを開く。内容は、キングソード隊に合流せよというものだった。


「俺も、別の所に呼び出しかかった」

「何処よ?」

「笑顔の人たち」

「マジかよ……この状況であの連中の下かよ。……強く生きろよ」

「あの人たちの下なら大丈夫でしょ、たぶん」


 ロバートから同情の言葉をかけられるが、苦笑いで返す。そんなことをしている場合ではない。指示が出たのだから動かなくてはいけない。


 チームメイトに背を向けて歩き出す。メールには、訓練兵に教えられなかった情報も追記されていた。敵の数は約一万。烏合の衆だが数はいる。訓練所の防備が万全に整っても、押し込まれる可能性がある。


 そうされない為の部隊を作る必要がある。キングソード隊がそれであるが、さらに増強する。カイトと、暴乱細胞レイジセルを使うのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 千人に一人の逸材が10人程はいるか見かけたら確保しなくては 初仕事は第三皇子の首だな
[一言] 傭兵するには知名度は必要だからね。 ここで実績を作れば頂点種の道楽とか思われることはないでしょう。
[一言] 虫人の人の名前、時代劇系統でいくのか又は特撮系統でいくのか、カイトのセンスが問われますな。
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