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輝く彼女と星間飛行(スタートラベル)  作者: 鋼我
創団トラブルメモリー
48/60

イグニシオン第三王子

 傭兵団を設立してから、アキラは忙しい日々を送っていた。行方不明中に積み上がった事務処理は、カメリアのおかげで早々と片付いた。連れ帰った人々と、それに繋がる国家への対応。これには若干手間がかかったが、おおむね穏便に(頂点種および覇権国家視点)話が付いた。


 アマテラスのオーバーホールは順調に進み、現在は各部のテストを行っている。乗組員も順調に集まっている。最低限の運用のめどがついた。訓練所も完成し、新兵たちが汗を流している。


 ほとんどの諸問題は片付いた。故に最大の面倒事に本腰を入れることができるようになった。覇権国家、イグニシオンとの交渉である。


 帰還当初、アキラ達はフィオレの生存とドラゴンシェルの保有を公表しなかった。むしろできる限り秘匿した。理由は、諸問題と一緒にこちらの対応までするのは大いに手間だったから。ついでに、イグニシオンの対応を見極める為だった。


 なにせ、フィオレは公的に死亡扱い。ドラゴンシェルのパイロットには指名手配がかけられている。馬鹿正直に公表すれば、大きな混乱が起きるだろう。


 そのような操作のおかげで、諸問題に対処する時間が取れた。そして、漏れ出た情報を手繰って、覇権国家のエージェントが接触してきた。対応したカメリアは、このように説明した。


『ラヴェジャー艦隊を撃破した所、囚われていたフィオレ姫を保護した。ドラゴンシェルは別の誰か、あるいは何かによって操られていたようだ』


 フィオレは何もしていなかった、という体裁を整えたのだ。これならば、後々の処理は比較的簡単に事が運ぶ。なお、当然ながら説明を受けたフィオレは大きく反対した。自分が罪を犯したのだ。裁かれねば、犠牲となった人々が浮かばれないと。


 それに対してカメリアは冷静に説得する。まず第一に、それを表ざたにすることで発生する被害が大きい事。イグニシオンの名声が落ち、それへの対処で労力が割かれる。国民の税金が消費される。


 フィオレに近しかった者は後ろ指さされることになる。実際、今まさにその状態だ。この状態からの解放には、フィオレの名誉が回復される必要がある。


 最後に、罪人のフィオレよりもイグニシオン第三王女の方が大きなことができる。償いをしたいならば、そちらの方が良い。罰が欲しいならば、罪を隠匿し続けることがそれになるだろう。一生、罪を背負い続ける道である。


 自分の気が晴れることを選ぶか、それ以外を救う方が良いか。彼女の選択肢は二つに見えて、実質一つしかなかった。かくして、カメリアの思惑通りに話が進むことになる。


 エージェントはその真偽不明の情報を抱えて、国に戻る。そして、アキラとイグニシオン第三王子との会談が秘密裡に行われた。場所は、とある大型商業ステーション。直接顔を合わせず、外部に情報を漏らさぬ特殊回線を使用しての会談だった。


「私が、イグニシオン第三王子ジュリアンだ。このような形での会談になって申し訳ない」


 ジュリアン王子は、フィオレと同じく銀の髪をもつ青年だった。見目の良い者を多く血に取り入れた影響が彼にもある。線の細い、儚さと艶やかさを併せ持つ容姿。身に纏った衣服は、一流の職人が手ずから仕立てたもの。金糸によって飾られたローブを着る彼は、世の多くの女性を虜にする美貌をもっていた。


 対するアキラは、以前のように大人の容姿を象っている。絶世の美女、という言葉以外今の彼女を表す言葉はない。身にまとうドレスは、そのまま夜会に繰り出せるような、大人びたデザインだ。多くの女性を見てきたジュリアンとて、目を離せなくなりそうだった。


「いいえ。そちらのお立場を考えれば当然のことです。お気になさらず」


 そんな彼への配慮も特になく、微笑を浮かべたままそういってのける。思考を読んでくる頂点種と向き合うなど、避けるのが当然。特に交渉の場ならなおさらだ。覇権国家の王位継承権保持者という地位がなければ、彼も他の者と同様に対処をされただろうが。


「そういっていただけると助かる。本来ならば、貴女が成されたという大いなる冒険に付いてお話を伺いたい所だが……我々には時間がない。残念な事だ」


 乙女の心を射止めるに十分な微笑み。それを見ても、当然アキラは揺るがない。珍しく面白いものではあると考える程度だ。


「できうる限りの対処はしたと聞き及んでいますが、それでも耳をそばだてる者はいるでしょうね」

「だから、気づかれないのが一番だ。単刀直入に伝えよう。速やかに罪人フィオレの引き渡しおよび、ドラゴンシェルの返却を求める。当然、相応の謝礼を支払おう」

「罪人、ですか? 私の知っている話と食い違いがあるようですが」


 小首をかしげるアキラに対し、第三王子は笑みを深くする。


「我が方への配慮には痛み入る。しかし、それは無用の事。我が妹は罪を犯した。であれば罰を受けるのは当然のこと。法の裁きをもって、被害者への慰めとせねばならん」

「それが、国王陛下のご意思ですか?」


 アキラのこの指摘に対して、ジュリアンは笑みを消した。


「この件に関しては、私が責任者となっている」

「そうですか。では交渉決裂の責任、がんばってとってくださいね」


 笑みを浮かべたまま、アキラはそう返す。ジュリアンの眉間にしわが刻まれた。


「……聞き間違いか? 今、あり得ぬ言葉を耳にした」

「貴方の聴覚は正常ですよ。交渉は決裂です。話にならないからお帰りください」

「ふざけるな。貴様ごときが私の要求を断るなど。ガワの出来の良さに、多少遊び心を出してやったのが勘違いさせたか。頂点種の影武者ごときが、調子に乗るな」

「え?」


 笑みを消して、アキラは目を見開いた。第三王子の言葉は、あまりにも予想外だった。何かの間違いかと思い、問うてみる。


「あの、事前にそちらにお伝えしましたよね? 私が頂点種のアキラで、交渉の場に立つと」

「だったらもっと怪物らしく振舞うべきだったな。頂点種というのはな、暴威の化身よ。交渉の場に立つこと自体あり得ん。一方的に自分の意思を叩きつけてくるだけよ」


 アキラは愕然とした。まさか、自分を頂点種と認識していなかったとは。そしてその理由が、頂点種の傍若無人な振る舞いにあったとは。


 若干、身に覚えがある為肩身が狭く感じた。ともあれ、勘違いは正さなくてはならならない。


「ええっと、そういった頂点種が多いのは確かです。ですが、光輝宝珠こうきほうじゅ光輝同盟ライトリーグの中心となる存在。言葉の通じぬ怪物では、そんな振る舞いなどできないでしょう?」

「はっ! 物を知らん輩はこれだから。貴様、それでも奉仕者か? それでよく、影武者が務まるな。既知宇宙の歴史を少しでもひも解いてみるがいい。あのガラス玉連中がいかに横暴か容易くわかるぞ!」


 家の一族なにやらかしたの。もし彼女にヒトの体があったら、冷や汗を流していたかもしれない。アキラはこの時初めて、自分と周囲以外に無頓着である己を恥じた。


 彼の認識を覆す方法はあるだろうか。本体で直接乗り込めば行けるか? いや、それをすると交渉の場が吹っ飛んでしまう。絶対にできない。カメリアにどうにかさせる? ハイフェアリーの悪名が轟くだけで終わってしまいそうだ。


 遠視クレヤボヤンス念話テレパシーを使う? 彼の居場所を特定できていない現状、強く能力を使う必要がある。ここは覇権国家同士の緩衝地帯だ。野良の危険な頂点種が放浪している可能性は低い。しかし結局、この場に光輝宝珠がいるとバレてしまう。場が崩れるのでアウト。


 膨大な思考が一瞬で行われる。そしてアキラは結論を出した。勘違いしたままでいいから、こっちでペースを握ろう。


「……そちらがどのように私を勘違いしようとかまいません。『被害者』であるフィオレ姫はこちらで保護するとお伝えした通りです。そして、ドラゴンシェルも私が確保した。レリックは、いくらお金を積んでも手に入らないもの。たかが謝礼金程度で手放すはずがないでしょう?」


 アキラの返しに、ジュリアンの表情は大きく歪んだ。あまりに理解できないものを見たが故に。


「貴様、正気か? 誰に、どんな寝言を開陳しているか理解しているのか? 説明してやらんと知性を取り戻せんのか? 能力を外見に全部つぎ込んだのか? ……哀れすぎるが故にあえて私が言葉にしてやろう。貴様の寝言はイグニシオンを、覇権国家を、ドラゴンを敵に回すものなのだぞ?」

「いいえ。ドラゴンも覇権国家も動かない。敵になるのは貴方だけです。『被害者』のフィオレ姫が戻ってもっとも都合の悪い人物。あの時の防衛戦の責任者、ジュリアン王子殿」


 無法者とラヴェジャーが、艦隊を組んでイグニシオンの国境に襲い掛かった事件があった。覇権国家の集大成、技術レベル4で作られた軍艦があれば有象無象などあってなきがごとし。そう思って出撃したジュリアン達を待っていたのは、十倍以上のラヴェジャー艦だった。


 一隻一隻の戦力は弱いもの。しかしそれが全周囲に散らばれば、イグニシオンの軍艦であっても危険が及ぶ。初めはそれでも性能差と技術をもって圧倒できた。しかし時間が経てば疲労もたまるしエネルギーと物資も減る。


 形勢不利となったジュリアンは撤退を決意した。決して間違った判断だったとは言えない。軍の本分は国益を守る事。ここで下がればたしかに民が犠牲になる。しかし、訓練された将兵と艦隊の値段はそれ以上なのだ。


 この命令に、従わなかったのがフィオレだった。彼女の保有する艦は少数で、艦体を組めるほどではない。故にドラゴンシェルのみで参戦していた。彼女への命令権を持たぬジュリアンは、そのまま放置して下がった。命令権がないということは、責任もないという意味でもあった。


 しかし、国民はそう思わなかった。身を挺して最後まで戦ったフィオレを称え、逃げたジュリアンを非難した。その熱はすさまじく、危うく王位継承権を失いかねない所まで行ったのだ。


 それが回避されたのは、これまた皮肉にもフィオレの所業によるもの。彼女のドラゴンシェルがラヴェジャーと共に民間船を襲いだした。そのセンセーショナルな事件に、ジュリアン問題は放り投げられた。フィオレの名声が高まっていただけに、その落差がもたらす衝撃はすさまじいものだったのだ。


 かくして世論はジュリアンの行動を忘却した。なのに、フィオレの所業が別の第三者のものであると発表されたらどうなるか。捕まった原因は誰にあるのかと話が流れ、再びジュリアンの進退が問われかねない。


「貴方は先ほど、この件の責任者であるとおっしゃいました。でも、それは拡大解釈では? 聞いた話によれば、先の防衛戦の後始末をなさっていたとか。それの権限でおっしゃっているかと思いますが、フィオレ姫の事柄も含めてよろしいので? 陛下に確認は取られました?」

「ええい、やかましい! 黙って聞いていれば、知ったような口を! 何様のつもりか!」


 線の細さに見合わぬ、怒りの声を上げる王子。白い肌が朱に染まっていた。


「ああ、今思い出しただけでもはらわたが煮えくり返る! 何故私が責められねばならんのだ! あのような苦戦を強いられたのは、情報を正しく伝えなかった辺境防衛隊が問題であったというのに! 戦力が正しく整っていれば、あんなことにはならなかった!」

「その分、到着が遅れて民衆に犠牲が出たのでは?」

「軍と兵の損耗に比べれば些細な事! 国体と威信、それらを守るのが軍である。必要な犠牲というのはあるのだ! だというのに貴様も愚民も頭が悪い! 少しでも知恵があるならばわかろうものだろうに!」


 カイトに出会う前であれば、自分も似たような思考をしていたかもしれない。アキラはそのように考える。自分は損なわれぬ安全な立場、ヒトの生活など情報でしか知らず実感もない。


 命が失われれば、どれほどの悲しみと喪失を生むのか想像すらできないのだ。生まれと能力と環境が、そのようにさせる。


「まあ、貴方の感想はお好きにどうぞ。どうあれ、こちらの決定は覆りません」

「イグニシオンと、ドラゴンを!」

「敵に回したりはしませんと、さっきもお伝えしたでしょう? 貴方の独断専行を許すほど、イグニシオン王はやさしくないでしょうし。ドラゴンに至ってはもっとシンプル。聞き及ぶところによればあのドラゴンは、一族と己の財産の為にしか動かない。第三王子の名誉のために、巣穴から出てくるなんて今まで一度としてなかったと聞いていますよ?」

「ドラゴンシェルは、我が国の財産! ドラゴンの財産だ!」

「それが失われたのは誰のせい? 保護できたのは誰のおかげ?」


 頭に血が上りすぎたのか、顔の色がやや黒みを帯びてきた。唇どころか全身が小刻みに震えている。冷静さを失ってくれるのは、アキラにとって都合がいい。何といってもこの交渉、一点どうしても明確な弱点がある。


 仲間の為とはいえ、罪を隠蔽しようとしている。そこを突かれると流石に不利になるのだ。幸いなことにジュリアンがそれにかかわっているから、全力で押し込んでこない。これが別の相手だったら前面に出して攻勢を仕掛けてきただろう。


 なので押し切る。この交渉は、決裂してよいのだから。


「こちらの要求をお伝えします。ひとつ、鹵獲したドラゴンシェルの貸与。ふたつ、その操縦者であるフィオレ姫の出向。みっつ、フィオレ姫の名誉の回復。レリック運用に必要な人員も派遣していただくことになるでしょう。その場合の人件費、技術使用料はもちろんお支払いします。そうですね、私が何かしらの式典に参加するのもやぶさかではありません」

「……」


 王子は何もしゃべらない。怒りの衝動で、言葉を順序立てて話せなくなっている。さながら鯉のように、なんどか口を開こうとしては閉じている。ただ、かっかれたその目が明確に激怒を伝えていた。


 膨らみ切った風船に、針を刺す。早く爆発しないかなと思いながら。


「というわけですから、これをイグニシオン王へお伝えください。それ位のお使いは、できるでしょう?」

「貴様ーーー!」


 ぱあんと怒りがはじけた王子は、椅子から立ち上がった。互いに映像でなければ、殴りかかっていた事だろう。


「よくも、よくもこの私にそのような物言いをしたものだな! 許さぬ! この恥辱、万倍にして返す! お前もお前の一族も、諸共命がないと思え!」

「わあ、すごい。それができたら世界の支配者だ」

「私は! イグニシオンの! 第三王子だ!」

「知ってまーす。落ち目の、って頭に付くんだよね?」

「殺す! 首を洗って待っていろ!」


 王子が、手元にあったカップをカメラに投げつけた。映像が途絶える。数秒後には通信そのものも切れた。


 アキラはいつもの姿に戻って、従者に呼びかける。


「カメリア、どうだった?」

『はい、ゲストはしっかりと情報を獲得しました。早速移動を開始しています』

「よかったよかった。それじゃあ、次の準備だね。フィオレちゃーん、いいかな?」


 呼びかけられて、カメラに映らぬよう控えていたフィオレが立ち上がる。その額には皺が寄っていた。兄の態度があまりにも耐えがたいものだったのだ。勘違いのくだりなどは、声を押し殺して顔を覆っていた。


 なので、彼女が頭を深く下げたのも無理からぬことだった。


「この度は、兄が大変失礼なことをいたしました。血族としてお詫び申し上げます」

「環境によって、認識力がこうまで変化するってのは大変面白いサンプル……」


 と、そこまで言葉にしてからアキラは己の口を手で覆った。先ほど反省したばかりの事柄を思い出したからだ。


「……どうされましたか?」

「ううん。えっと、とても勉強になったなって。それはともかく、次の準備をするよ」

「はい。覚悟はできております」

「大丈夫。私も練習したから。悪い影響が出たことないから」


 そのような会話がされているとは当然わからぬジュリアン王子といえば、周囲の備品に当たり散らしていた。高度なジャミング装置は壁に叩きつけられ、椅子も蹴倒された。数百年に一度の出来栄えと称賛されたワインは床に吸われ、先ほど投げた美術品に相当するグラスは砕け散っている。


 吠えて大暴れして気がまぎれたかといえば全くそうではない王子は、ただ疲れて肩で息を切らすだけ。そして吠えた。


「フィオレのドラゴンシェルを、焼け!」

「な、なんと。自爆装置を作動させよと!?」


 傍に控えていた壮年の従者が悲鳴を上げる。レリックはドラゴンからの預かりもの。よほどのことがない限りは装置の作動は許されない。しかし怒りで頭が茹ったジュリアンはそれを無視した。


「元はと言えば、ラヴェジャーに捕縛された時にやっておくべきだったのだ! フィオレの不始末を私が片付けてやろうというのだ!」

「し、しかし。姫様のドラゴンシェルはスタークラウンにあります。正規の手段は使えませんし、裏から入り込むのは至難……」

「スリーパーを使えばいい」


 その指示に、従者は飛び上がらんばかりに驚いた。身分を隠して他国にスパイを潜り込ませるなど、やって当たり前の話。しかし、これが覇権国家の中枢となれば大きく話が変わってくる。


 防諜に関する技術も資金も、一般的な国家とは比べ物にならない。加えて、思考を読む頂点種のお膝元だ。その労力とコストは他国にかかるそれとは天と地の差がある。はっきり言ってしまえば、本国の重臣よりも貴重な存在だ。


 諜報活動ならまだしも、破壊工作などさせればかならず正体が発覚する。技術がどうという話ではない。超常存在のお膝元であるのだ。ヒトがどれほど努力しようとも限界がある。


「いけません! 殿下と言えど、光輝同盟ライトリーグのスリーパーを使い潰す権限はありません! 国王陛下に知られれば、叱責どころでは済まされませんぞ!」

「馬鹿もの! そんな程度の低い話をしているのではない! このままでは、また私の王位継承権について騒がれるのだぞ! すでに私は限界だ。これ以上の怒りを注ぎ込まれれば憤死するわ!」


 実際、前回それで臣民が騒いだ時などは倒れたほどだ。無知蒙昧な輩が、自分の進退を揺るがすなど彼の自尊心を大きく傷つけた。その痛みはしっかり残っているし、新しい傷がついさっき刻まれたばかりだ。


「無いとは思うが……あの女の話が本当にガラス玉の真意であるならば、それは何としても潰さねばならぬ! あの身勝手なフィオレが戻ってくるなど、あってはならんのだ! それがわからんのか!?」

「は……それは、もちろん理解しております」


 従者は、顔のしわをより深くして懊悩する。主の進退が危険な状態なのは間違いない。ジュリアンは決して無能な男ではない。上も下も見ればきりがないが、それでも為政者になれるだけの能力はあるのだ。


 不幸な偶然が二つばかり重なったがための窮地。そしてその窮地を、これまた偶然で救われてしまったが故の不幸。手順を踏めればこうはならなかった。ただただ、運と間が悪い。それで主が失墜するのはそれこそ不幸であるし、家臣である彼らも認められたものではなかった。


「ガラス玉の目的はドラゴンシェルだ。それが使えなくなれば、フィオレにも興味を失う。あれの破壊は必須だ。いいな!?」

「……かしこまりました。そのように」


 従者は折れた。自分たちの為にも、そうする以外の手段がないと思ったから。が、彼の主はさらに従者を飛び上がらせる言葉を放った。


「よし、では次。あの女への罰だ」

「は? ば、罰でございますか?」

「あたりまえだろう! 貴様、忘れたのか? 私は言ったぞ! あれとあれの家族に地獄を見せると。私をコケにし、交渉を潰したのだ。その責任を取らせる。……となれば、うむ。たしかガラス玉は傭兵団を作っている最中という話だったな?」

「は。左様にございます」

「具体的に何をしているのだ。調べたと言っていただろう?」


 従者は己の端末を操作し、会談の為にあらかじめ用意した情報を呼び出した。彼も王子の付き人であるので、このような作業においては優秀だった。


「……いくつかの大国に協力を要請し、兵の供与を受けています。どれも専門性が高い部署ですね。諜報や艦機能に係る技術を習得しているようです」

「ガラス玉お得意の、外交カードだな。そうやって特別に繋がりのある国を作って手下とするのだ。でなければ、スタークラウンで用意できるようなものをわざわざ外から得るものか」


 鼻を鳴らして不快感をあらわにする。従者としては、そのような品のない仕草は慎んでもらいたいのだが、今は苦言を呈する時ではないと考えて後にする。普段はここまでではないのだ。それほどまでに、フィオレ姫帰還は王子にとって心を乱す要因なのだ。


「大国への工作には若干時間がかかるな。できなくはないが……ほかに何かないか?」

「は。後は……ああ。訓練所を新設して新兵を育てているようですね」

「そんなもの。それこそ、何処でもいいから出来合いのそれを引っ張って来ればよいではないか」

「いえ、おそらく私兵が欲しかったのでしょう。手垢のついていない、自分のために死ぬような。……ああ、やっぱり。採用したのは貧民ばかりのようです。成り上がりたいものは必死で戦うでしょう」

「そうか……ふむ、ふむ」


 いくらか、頭に昇っていた血がもどったらしい。通常の血のめぐりが戻れば、普段の聡明さも復活する。


「よし。その訓練所を叩き潰せ。鍛えた兵を根こそぎやられては、損害も大きかろう? 私兵であれば余計にな」

「それは可能でございますが……かの娘への罰になるのですか?」

「妨害工策を受ける理由を作ったのはあの娘。責任を取らされるのは当然よ。放逐されればこちらが止めを刺す。もしかすれば、ガラス玉の眷属が処刑するやもしれん。怪物のご機嫌取りのためにな」


 喉を鳴らして笑う。想像するだけで、荒れていた気分も幾分和らいだ。しかし、従者の顔色は悪いままだ。


「ですが、それでは光輝宝珠の怒りも買うことになるのでは」

「はっ! いくら怪物でも、我が国に乗り込んでくることなどありえん。ドラゴン共の縄張りだぞ?」

「殿下!」

「そう怯えるな。さしものあのトカゲ共も、こんなところまで虫を放ってはおらん。そろって吝嗇家だからな。……欲張りで傲慢だが、力だけはある。万が一飛び込んできても、縄張り意識の高い連中のことだ。袋叩きにされるがオチよ」


 忌々しい連中も使いようはあるものだ、と竜を崇める国の第三王子は笑う。


「あの娘さえ処罰できれば、あとはよい。俺とて、頂点種を敵に回す愚は心得ている。フィオレの事が片付けば、かかわる理由もなくなるからな」


 従者は、少しばかりであるが安心した。正面から頂点種と戦争するつもりはないらしい。そうであるならばと、彼も提言の仕方を変える。


「それでは、件の訓練所の襲撃には地元のごろつきを使います。作ったばかりとはいえ軍事基地のような所。相応の数を用意しなくてはなりません。よろしいでしょうか?」

「うむ。よきにはからえ」

「はは」


 かくして、ジュリアンの手の者が動き出す。しばしの後、スタークラウンにあるアキラの区画の宇宙港にて火災が起きる。修理工場に仕舞われていたドラゴンシェルから謎の出火が起きたのだ。


 全焼したそれを見て、フィオレは泣き崩れた。そして、リングワールドで働いていた事務員が一人、行方不明となった。当局は事件と関係があると見て行方を追っている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まぁ行動読めない訳ないから焼かれたのは偽物だろうけど、これから交渉等がどうなるのか気になるな
[一言] ある意味凄いな、この王子様。 交渉相手の立場を勘違いして上位種を罵倒するわ、虎の威ならぬドラゴンの威を借りておいてトカゲ呼びに罵倒とか。 第三王子切り捨てで収まれば御の字、お国がドラゴンの奉…
[良い点] 流石は大国の王子、欠点はあれどそれなりにはちゃんとしてるのね。この事件をバネに成長してほしい。いやカマセでも良いんだけど……なんか妙に同情心が湧く造形だわwワカメ属かなんかかよ [一言] …
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