ショウダウン
いよいよだ、とグロリアは気持ちを新たにした。二度目は問題なく過ぎ去ったが、今起きているマップ収縮で第二拠点も移動しなくてはならなくなった。第三に籠っても、その次で追いやられるだろう。バトルフィールドは、いよいよ互いの隠れる場所がなくなりつつある。
戦いの時だ。
「移動を開始する! おそらく戦闘となるだろう。警戒を続けろ!」
この程度の時間で、精神を疲労させるような柔な隊員はいない。スーツを着た者は並走し、そうでないものは車両へ。キングソード隊は拠点を放棄して、道路に出る。奇妙な風切り音は、その時感知した。
「センサーに感! 飛来物! 二時の方向!」
「な!?」
これがミサイルや爆発物ならば、グロリアも驚きはしなかった。だが、飛んできたのは鉄骨だった。建物の中に埋め込まれる、支柱だ。それが放物線を描いて迫ってくる。だがすぐに気づいた。直撃コースではない。どこに落ちるか。前方の道路だ。
「道を塞ぐ……ッ!?」
「次々と来ます!」
「道からそれろ! 前に進め!」
普通であるならば、この異常事態に身がすくむ。当たれば即死の重量物が降り注ぐ中、前進など考えられないだろう。だが、彼女の部下たちはできる。それこそ、砲弾が降り注ぐ中、前線を押し上げるのが日常だったのだ。
しかしそれも、降り注ぐ鉄骨が奇妙な動きをするまでだった。互いに引き合うような、おかしな放物線のゆがみ。原因は容易く見つかった。ワイヤーだ。鉄骨同士を、ワイヤーが繋いでいる。互いの動きが邪魔になり、出鱈目な運動を作り出す。
落下位置の予測が困難になる。歴戦の兵士達であっても、これは完璧に避け切れなかった。落下し、跳ねまわり、ワイヤーがのびる。車両が巻き込まれる。シールドがあるから破損はなかったが、エネルギーを大きく減衰させられる。パワードスーツを着た兵士も幾人か巻き込まれる。
ある者の足は止まり、ある者は大きく離れてしまった。隊をまとめなくてはいけない。
「マルビナ! 散ったものを集めて先行! 砲撃を止めろ!」
「了解! 私に続け!」
「動けない車両は放棄! 移動を完了させるぞ!」
「再び飛来物! 二時の方向……石です!」
驚きの声を、グロリアはなんとか抑え込んだ。飛んできたのは、岩石だった。丸く整えられた一抱えもある石が、動けなくなった戦車に直撃した。シールドは耐えきれなかった。砲弾、レーザーに耐えられるように設計された技術レベル4の戦車。単純な運動エネルギーの攻撃に、潰れることはなかった。
しかし、強力すぎる衝撃に不具合は発生した。
「エンジン停止! システムダウン! 再起動します!」
「時間がない! 全員降車しろ!」
「石、さらに来ます!」
二投目。何もない所に着弾、がその後跳ねて転がった。兵員輸送車に衝突して止まる。シールドがあったのでこちらも無傷だが、これまたエネルギーを消費させる。
『報告! 砲撃地点発見するも、逃走を開始! 追撃許可を!』
『位置把握のみに努めろ! 交戦はするな!』
副長からの報告に、一息つく。とりあえずこれで攻撃はない。しかし、わずかな間にずいぶんと乱された。ワイヤーと鉄骨が、障害物となって散乱している。普段なら、何の問題もない。わずかな時間をかければ撤去できる。だが今は、その時間がない。
「隊長! フィールドが狭まってきています!」
分かりやすい、黒い壁が迫ってくる。隊長は即座に決断した。
「……仕方がない。車両を放棄する! 移動開始!」
初めから、狙っていたのだな。あのルールを提案した理由はこれなのだ。グロリアは相手の意図を理解する。今まで交戦を避けて、この状況を待ち続けた。強力な火砲を有する戦闘車両を放棄させるために、これらの準備をしていたというわけだ。
ドローン破壊、車両放棄。情報と移動。兵士の基本を潰しに来ている。目と足を潰された兵士は死ぬしかない。考える頭と武器を持つ手が残っていても、前の二つが無ければ追い込まれるだけだ。
「だが、全て失ったわけじゃない。自前の目と足は残っている」
持てる装備を背負って、縮小地域を離脱する。次の手を考えながらも、疑問が一つ零れ落ちた。
「それにしても、どうやってあの質量を飛ばしたのだ?」
その答えを知っているのはカイトと、映像を見ていたジョウ達だけだった。そしてその彼らをもってしても、あんぐりと口を開ける光景だった。
「なんだありゃ? あいつ、何してんだ?」
数分前。隠れていた建築現場からはい出したカイトは、暴乱細胞を多脚戦車の姿に変えた。そして上部から生えている腕に、鉄骨を数本取り込み芯を入れる。さらに先端部に物を引っかけるフックを加え、逆側に重しになる岩を一つ抱え込んだ。
そしてワイヤーを縛り付けた鉄骨の束を腕に乗せると、勢いよく放り投げたのだ。投げられた鉄骨は宙を行き、見事キングソード隊へと降り注ぐ。原始的で突拍子もないその光景に付いていけない一同。その背に久方ぶりの声がかけられた。
「……槍なげ器、だな。とても大きいが」
「おお、スケザブロウ!」
そこにのそりと現れたのは、虫人のスケさんだった。相棒のカクさんも一緒に、仲間へ手を上げて再開を喜ぶ。彼らは、キングソード隊と共に訓練所へやってきていたのだ。
「久しいな、戦友たちよ。ササキスケザブロウ、アツミカクノシン。両名、帰参したぞ」
「ああ、無論報告を受けている。医務室に直行と聞いて肝を冷やしたがな。何があった?」
ジョウの問いかけに、カクさんはゆるゆると首を横に振って見せる。
「心配をかけてすまん。我らが怪我をしたというわけではないのだ。傭兵団に誘った同胞が不調を抱えていてな。その付き添いだったのだ」
「手間はかかるが大事なしと診断を受けて胸をなでおろしていた所、主計課の者より話を聞いてな。獣人のいくさ人たちと模擬戦をしていると聞き及んで足を運んだ。邪魔になるか?」
「お前たちを邪魔になどするものか、スケザブロウ。……所で、槍投げ器とか言っていたな。知っているのか?」
「うむ。原始的な投射補助具よ。てこの原理で槍を強く遠くへ飛ばす。それをレリックでやったのだな、戦士カイトは。相変わらず器用なことよ」
「なんでそんなもの知ってんだよ、あいつはよ」
バリーは呆れを隠さない。本人に聞けば故郷のテレビで、と答えるのだが。鉄骨の束を投げ切ったカイトは、最後に水中で加工していた岩を投げる。
「今度は投石機、か。攻城戦の心得まであるとはな」
「スケザブロウよ。カイトの事だから、ゲームがどうだとか言うと思うぞ」
ジョウは虫人二人のやり取りに反応できぬほど、画面に注視していた。技術レベル4の装備は、理不尽に強い。使いようによっては、レリックと十分に戦えるのだ。そんな装備を、状況とその場の素材だけで無力化させた。
「バリーよ。お前はカイトに何を教えたのだ」
「教本通りだよ、兵士としての基礎だ。立つ、歩く、走る、伏せる、隠れる、探す、運ぶ、狙う、撃つ、殴る……当然座学も。モラルから応急処置まで、一通りだ」
マルビナが率いる兵士たちの接近に気づき、即座に撤退を始めるカイトを眺めながらバリーが続ける。
「つまりあれは、本人の知識と発想力ってわけだ。……考えても見ろ。あいつはまともに戦い方も知らねえのに、あの航海を乗り切ったんだぞ。重要で危険な場面に率先して飛び込んだんだ。そんな奴が弱いわけねーだろうが」
「……だが、車両を失えど相手はまだ意気軒高。まともにぶつかれば苦戦どころでは済まないだろう」
自国の最強部隊に、それなりに思う所があるのだろう。そんなジョウの発言に対して、バリーは気負わず答える。
「最初に言っただろ。まともに戦わないって。見てろよ、きっと酷い事になるぞ」
カイトの逃げ込んだ先は、マンホールだった。黒スライムことヒルコ形態をとりながら、空っぽの下水道に逃げ込む。彼はここで、穴熊を決め込む気でいた。マンホール近くには暴食細胞でセンサーを仕込んだ。追ってきたら、大出力の対艦荷電粒子砲をぶっ放すつもりだ。
たとえシールドがあったとしても、この火力ではひとたまりもないし逃げ場もない。エース部隊であっても、撃破可能だと考える。しかし、待てど暮らせど降りてはこない。そしてマップの収縮が発動する。
地下であっても、そのルールは有効だ。場外に出るわけにはいかないから、センサーを回収して移動する。それが終わった所で、バリーから通信が入った。
『おーい、カイト。お前、投了するか?』
「え、なんで?」
『今の収縮で、上に通じるマンホール無くなったんだよ』
「え、まじで。そっかー、だから追ってこなかったんだ」
『みたいだな。あっちからそういわれたよ。で、どうするんだ? そこに逃げ込んだのはお前だからミスったのはそっちだろってよ』
「あー、いやー……まだ粘るよ」
『どうやって?』
「地面を、掘る。あと、いいこと思いついた」
カイトはそのまま待った。フィールドはどんどん収縮していく。そのたびに移動して、時期を待つ。彼が本格的に動き出したのは、下水道のある場所がフィールドから除外されるようになってから。
安全地帯に向けて猛烈に掘り出す。暴乱細胞のすべてを採掘器と土の運搬機に変更させて、移動する。邪魔な土砂は下水道に押しのけて、安全地帯に滑り込む。それを繰り返しているうちに、いよいよフィールドが半径10mという所まで狭まった。
「作戦名、地中からの物体X。れっつごう」
地上へ向けて掘り進める。その先に誰がいるかなど、センサーを使わなくてもわかる。掘って、掘って、掘って。地上に到達。
「撃てっ!」
歓迎は、大量のレーザー攻撃だった。もちろん、それを見越して先端にシールドを仕込んでいた。だがそれよりももっといいものがある。残土だ。ここまで掘り進めて出たものを、全力で地上に噴出させる。
土がレーザーで焼かれて爆発する。後から後から噴き出るそれに、流石のエース部隊も対応しきれない。これが通常ならば、下がればいい。だが今は無理だ。黒い壁が、すぐそばまで迫っているのだ。
そして、それこそがカイトの狙いだった。機械細胞を蛇腹状の自在腕に変更。合計十本作ったそれを土に紛れて伸ばして、兵士達の足を掴む。
「掴まれた! 敵の攻撃……ッ!?」
そして投げた。黒い壁目がけて。スーツにはバランサーが付いている。兵士も鍛えられている。投げ落とされた程度では怪我もしない。だが、フィールドの外に出てしまった。失格である。
「腕を引きちぎれ!」
「隊長! タワーが!」
そう。穴が開いた場所に、カイトは細身のタワーを作り上げた。それには、攻撃用のタレットがぞろりと並んでいる。それが一斉に火を噴き、レーザーがキングソード隊へと降り注ぐ。
ある者は盾で防いだ。ある者は残土を遮蔽にした。スーツの防御力に任せて反撃した。それらを、自在腕が掴んで外にぶん投げる。無論、兵士達もただ無様に投げられたりはしない。逆につかみかかり、放り出されぬようにする。
だが、ここにきてカイトの発想はより悪辣に冴えわたっていた。そういった兵士同士を、ぶつけあう。シールドは互いに干渉しあうと無効化する。故にスーツ同士が衝突する。それだけではない。そういった兵士を鈍器として使うようにすらなった。
「おのれ、ここまでするか!?」
グロリアが、兵士を捕まえる自在腕に射撃する。破損はしないが、動きは鈍る。だがそれもわずかな間だけ。熱で稼働が停止した機械細胞を、無事なもので補えば元通り。しかも暴れているのは10本。レーザータワーも元気に稼働中。
兵士は次々と場外に放り出されていく。これは戦闘でも戦争でもない。怪物退治だとグロリアが悟ったのは、残りの兵士が自分を含めて五名となった時だった。
「円陣を組め! 互いの背後を守れ!」
「タワー、沈黙!」
「腕も、消えました!」
気が付けば息が切れていた。全身にいやな汗がまとわりついている。こんな気分になったのは一体いつぶりだろうか。レーザーライフルのエネルギー残量を確認する。まだ半分以上ある。流石はレベル4だと、素直に喜ぶ。
「マップ収縮、始まりました! ……安全地帯、残りません!」
マルビナ中尉が落とした端末を、兵士が見て叫ぶ。副長は場外に出されてしまった。
「このままいけば、我々が有利だ! 相手は巨体、あっちが先に壁に……」
そうやって鼓舞していた時だった。足元の地面が崩れた。これを事前に気づくのは至難だった。カイトが地面を掘り、自在腕で暴れ倒した。常に揺れているようなものだったのだ。百戦錬磨の兵士達といえど、地面から襲い掛かる怪物との戦闘経験はなかった。
自由落下が始まる。このままあえなく穴の底へ、とはならないのがキングソード隊の勇士たちだった。スーツに仕込まれた、小型の慣性制御機関を起動する。これと、同じく装備されたワイヤアンカーがあれば、重量のあるパワードスーツであっても軽やかに飛び回れる。
号令もなく、阿吽の呼吸で皆が脱出へと動く。ワイヤーが、穴の淵を噛んだ。後は壁を蹴り飛ばせば、地上へと戻れる。スーツとのシステムリンクにより、思考は加速している。失敗はない。グロリアはそう確信していた。
だが。カイトの悪辣さ、悪童ぶりは本日最高潮に達していた。自在腕で、情け容赦なくワイヤーを弾き飛ばしたのだ。誰も見ていないがこの時、彼の笑顔は生意気なガキのそれだった。
「あ、ああ、あああああああっ!」
グロリアは吠えた。カイトの顔が見えたわけではない。それでも怒りは爆発した。やってくれた相手と、ふがいない己に対して。そんな彼女達の上から土が振ってくる。穴が崩される。埋められる。パワードスーツがこの程度で壊れるわけもない。
しかし、時間内に逃げ出すこともまた不可能だった。
『キングソード隊、全員場外。模擬戦終了、勝者カイト』
「勝ったぁぁぁ。お疲れさまでした!」
何もない、乳白色の空間に戻る。周囲には、隊の者達が散らばっている。そして、黒く高いブロックの上で、パワードスーツ姿のカイトがガッツポーズを取っていた。見えなかったが、最後はああやって収縮から逃れていたようだ。
「全員、整列」
グロリアの胸に、様々な思いが渦巻いている。プライドが、今回のこれを敗北とは認めたくないと叫んでいる。まともに戦わず、特殊装備を駆使してこちらの戦力を削り続けた。ろくに銃だって撃っていない。これのどこが勝負だと。
しかし兵士としての矜持が、敗北を認めろと唸っている。そもそも一人で隊全員と戦うという時点でまともな勝負などできるはずもない。装備もすべてそろっているのだ。削っていかねば話にならない。
自分が相手だったらどうする? 手段は違うが行動は同じだ。戦わず、襲撃を繰り返して戦力を落とす。それ以外どんな方法があるというのだ。
兵士たちは何も言わない。苦楽を共にした仲間たちだ、想いはグロリアと同じだろう。黒ブロックを崩して、降りてきた訓練兵にぎこちなくも勝利を称える。
「……見事、だった。我らの負けだ」
「いえ、模擬戦だったとはいえ大変やらかしてしまい申し訳なく」
「本気で我々に勝とうとした結果だ。腹立たしいのは間違いないが、文句は言わない。そうだな?」
「「「はっ!」」」
兵士たちの返事には、たっぷりと怒りが込められいた。しかし、グロリアの言う通り文句は出さなかった。そんなところに、ジョウの通信が入る。
『それじゃあ、第二戦だ。今度はキングソード隊がルールを決めてくれ』
「え?」
カイトの動きが止る。言われた事よりも、それによって起きるであろう事態に怯えたからだ。対して、グロリア達は自然と笑顔が浮かんだ。これ以上もなく、獰猛な笑みだった。
「あの、ジョウさん? 俺、どうやっても勝てそうにないんですが?」
『模擬戦に勝てって命令は、さっき果たしただろう? お疲れさん。今度はキングソード隊の命令に付き合え。あっちは何回模擬戦しろって具体的な回数は指定されないんだ』
「一回やれば十分じゃん!?」
『一回で訓練が終わるとかぬるい事、バリーはやってるのか?』
「やってないけどさぁぁぁ!」
そのようなやり取りをしている間に、グロリアは副長と一緒に戦闘フィールドの設定を済ませた。今度は、場外負けなどというルールは設定しない。遮蔽物の少ない荒野で、地面の下への移動は禁止とした。
「設定は済ませた。乗員は車両に搭乗せよ。残りは戦闘準備」
「あああ、隠れる所が全然ない!」
「うむ。正々堂々、戦おうな」
自分の喉から出たとは思えないほど、優しい声だった。笑顔もそうに違いない。グロリアは確信していた。これからやらかすことを考えれば、そんな気分にもなれたのだ。
カイトはそれを見て、ぶるりと身を震わせた。銃を突き付けられた民間人でも、ここまで絶望的な顔はすまい。暴乱細胞が変形し、多脚戦車を作り上げる。
やけっぱちに、カイトが吠える。
「ちくしょう、やってやらぁぁぁ!」
5分後。
「勝てるわけないじゃないかぁぁぁ!」
乳白色の空間に、倒れ伏したカイトが現れた。キングソード隊も同様に。戦いは、徹底的な集中砲火から始まった。戦車の主砲、兵員輸送車と指揮車の機関砲、兵士たちの持つ様々な携行火器。半包囲陣形で、多脚戦車を狙い撃った。
カイトの行動は、破れかぶれの突撃だった。脚で飛び跳ねて、敵中心に突っ込んだ。シールドブレイカーが装備されたアームを振り回し、全身の火器をぶっ放す。並みの部隊なら、蹴散らされただろう。キングソード隊はそうではない。
軽やかに避け、銃撃を続けた。機械細胞はダメージで作動停止状態となり、戦車はその形を保てなくなった。やがてカイトも表に出ざるを得なくなり、そこを狙撃されてあえなく敗北となった。
「は、はは。いい戦いだったぞ、うん」
グロリアはスーツの下に汗をかきながら、カイトの戦いぶりを称賛した。余裕の勝利、ではなかった。レベル4装備と、彼女らの全力を尽くしたからこその勝利。兵士も兵器も欠けてはいない。が、一つでもミスがあれば撃破や負傷兵が出ていただろう。
一息ついている所に、ウィンドゥが開いてジョウの姿が現れた。
『模擬戦の終了を確認した。本来なら感想戦に移りたい所だが……』
『おいカイト。消灯時間過ぎてるぞ。明日も訓練だ。さっさと宿舎で寝ろ』
横暴なバリー教官の言葉に、訓練生は文句をこぼす。
「ひどい。こんな時間になったのは模擬戦第二回やらされたせいなのに」
『これも仕事だ。飲み込め』
「ちくしょー。カメリアに訴えてやるー」
『『止めろ馬鹿!』』
冗談でもいうものではない。かの電子知性は彼らに甘くないのだ。仲間の悲鳴を無視し、カイトはキングソード隊に頭を下げた。
「すみません、そういうわけなんで退室します。お疲れさまでした」
「ああ、うん。またな」
奇妙なノリについて行けず、グロリアはそれ以上言うことができなかった。ログアウトしたカイトを呆然と見送る彼女の前に、ジョウ達のウィンドが移動してくる。
『いかがでしたか、グロリア大尉。戦艦アマテラスの切り札は』
「……新兵ですらない、訓練兵。未熟な所は多々ある。が、レリックを使えるだけの小僧、でもない」
『弱いわけではないんです。でも隙がある。無敵じゃない。……そこを、大尉たちにフォローしていただきたいのです』
教官として働く青年の言葉に、グロリアはしばし物思いにふける。模擬戦でのリベンジは、すっかりカイトへのわだかまりを拭い去ってくれた。そうなると、自分たちに勝利したカイトの強さと脆さを冷静に分析できる。
暴乱細胞というレリックの強みは、状況対応能力にある。相手に対して有利を取れる武装を、その場で用意できる。有利が取れなければ逃げればよく、そのための移動手段も作り出せる。
兵士にとって、夢のような装備だ。正しく使えば己に生存を、陣営に勝利をもたらすだろう。あくまで、正しく使えればだが。グロリア達がやったようにその機会を奪えば、その脆さを露呈する。
黒い機械細胞は壊れない。消滅しない。それがいかなる作用によるものかは学者ではないグロリアにはわからない。尋常では無い防御力を持つことが分かっているだけだ。
そんな理不尽な性能を持っているが、一定以上のダメージを負うと機能を停止する。時間が経てば再起動する。が、その戦場ではその待ち時間が致命傷になる。実際、カイトを倒せたのはその作用のおかげだ。
このように、暴乱細胞は無敵のアイテムではない。レベル4装備やキングソード隊のような精鋭でなくても、戦力と状況を整えれば対応できる。いまだ兵士として未熟なカイトならば余計にだ。
これからは同じ陣営で戦う者同士。肩を並べる兵士であれば、助け合うのは当然のこと。未熟な部分はこれから鍛えればいい。丁度訓練兵でもある事であるし。
そしてふと、彼女は己の意識が驚くほど落ち着いている事に気づいた。同時に、ここに来るまでの自分たちがいかにおかしな状態であったかも。勝利と名誉に茹り切った自分たちが、どれほど愚かで恥ずかしい有様だったか。
「我らの血の宿痾であるが……叩きのめされねば目覚められないとは、なんとままならぬ事か」
『大尉、どうされたか?』
「いや、何でもない。先ほどの件、了解した。我が隊で、カイトのフォローに回るとしよう。……差し当たって、せっかくなのだから我らも訓練の補助をだな」
こうして、覇獣大王国のエース部隊が傭兵団へ参加することになった。二日後、彼ら彼女らは訓練の補助員として参加することになる。爽やかかつ良い笑顔で、容赦のない指導を施すキングソード隊の面々を、訓練兵たちは恐怖した。




