存在不明者達の戦場
キングソード隊の記録とは、戦闘と勝利に彩られていた。宇宙空間、要塞、平地、市街、森林、沼地、荒野……あらゆるところで戦い、勝利してきた。圧倒的数的不利、高低差、罠……そんな状況での戦闘など、日常的にあった。それでもなお、勝ち進んだ。
グロリアも仲間たちも、誰も彼もが戦闘の天才だった。いかなる状況でも生き延び、逆転した。弾の当たる相手ならばこれを撃ち殺した。遠い所にいるなら潜入して近寄った。姿が見えなければ徹底的に探し出した。
初陣からずっと、幾度となくそうしてきた。これからもそうであるはずだった。だがしかし、終わりは唐突に訪れた。光輝同盟の中心地。リングワールド、スタークラウン。国元の命令で移動し、宇宙港にてホールに通された。
『こんにちわ、はじめまして』
そしてそこで待っていた金色の少女が挨拶した後、グロリアとその部下たちは指一本動かせなくなった。肺が押さえつけられ、呼吸すらままならない。さらには、思考すらも制限された。考える事すら、自由にならなかったのだ。
『聞いてるよ。とっても強くて、やんちゃなんだってね?』
酸素が足りなくて苦しい。そう思う事すらできない。ただ、じわじわと死に向かっている。本来ならば本能でそれに抗うはずなのに、それすらできない。あらゆる抵抗を、実行できない。
『誰よりも強いから、従わないんだって? じゃあ、今はどうかな。貴方たち、私に勝てるかな?』
ここで、自由を戻して貰えた。全員が、そろって膝をつく。無様に荒く呼吸をする。怖かった。目の前の少女がその気になれば、また何もできなくなる。ただただ、死ぬのだ。知識も技術も能力も、何もかも使えず。
誰にも負けないつもりだった。ほんの一分前まで、そう信じ切っていた。その確信が、この時確かに失われたのだ。
『勝てないって、分かってくれたんだ。よかった。何度もやるのは、ちょっとかわいそうかなって思ってたんだ』
生まれてこの方、一度としてこれほどの恐怖を覚えたことはない。これほどの絶望を感じたことがない。絶対的な格差。抗いを無駄にする力。目の前の少女は、グロリアたちより強かった。
『じゃあ、改めて自己紹介するね。私はアキラ。光輝宝珠で、戦艦アマテラスの艦長。これから貴方たちの雇い主になるの。よろしくね』
頂点種には、かなわない。既知宇宙で聞こえる、諦め交じりの教訓。この時グロリアたちは、はっきりとそれを理解したのだった。
その後はスムーズに話が進んだ。当然だ。あちらが上、グロリア達は下。雇用者にして上官、被雇用者にして部下。命令を受ければ行動するのみだ。
その場での宿舎に案内され、生活のレクチャーを受けた。それが終わったら新装備を受領し、習熟訓練。それが終了すると、今度は宇宙船に乗せられてこの訓練所へ。目まぐるしい日々だったが、その間にもアキラの傭兵団に付いて情報収集を行った。
その成り立ちと、過酷な航海の日々。素人だらけで良くも乗り切ったものだと、純粋に感心した。しかし、である。傭兵団の中枢がそのメンバーというのは、飲み込めるものではなかった。
たいして強くも優秀でもないものが、自分たちの上に立つ。お粗末な指示で兵が死ぬなど耐えられない。そういった者共を殴り倒すために、実績を重ねてきたのだ。艦長には従う。しかしそれ以外には容赦しない。
幸いな事に、命令系統はシンプルだった。自分たちの上に立つのはたった三名。頂点種のアキラ艦長と、電子知性のカメリア主計長。そして、レリックマスターのカイト・カスカワ。
カメリア主計長はまだいい。特別製の電子知性。レリックマスターであり、巨大戦艦アマテラスの制御を一人でやってのける能力の持ち主。間違いなくひとかどの人物である。頭を下げるに十分だ。
しかし、カイトは論外だった。経歴は、グロリア達の視点から見ても奇想天外で驚愕に満ちている。三百年間のコールドスリープ。半死半生の状態から、暴乱細胞で命を繋ぎ、そんな状態でラヴェジャーの基地に破壊工作。
奪われていたレリックを取り戻し、囚われていたアキラを解放。脱出の大手柄を上げたこれが、初陣。
その後の経歴も、尖っている。偵察機のフレームに暴乱細胞を纏わせて、ドラゴンシェルとドックファイト。隙を見て相手に取り付き、囚われていたフィオレを解放。ラヴェジャー旗艦に痛打を浴びせている。
他にも戦いで戦果を挙げているが、とびぬけているのは頂点種、惑星食らいと一人で戦って勝利していること。いくら例外的に勝てる相手と言われていても、超常生物であることに変わりはない。レリックを保有していても無敵ではないのだ。それを、兵士でもない青年がやってのけている。
非凡であることは認めよう。グロリア達であっても、同じことができると言うことはできない。彼女達だからこそわかる。暴乱細胞というレリックは、大人しく使用者に使われてくれるような道具ではないと。
どれほどシステムのバックアップがあったとしても、あれのほどの道具を使いこなすには独特のセンスを要求される。暴乱細胞との親和性とでもいえばいいのか。なまじ、システムリンクを使いこなすからこそわかる。訳の分からない道具を使うというのは、ことのほか精神を消耗させるのだ。
暴乱城塞という怪物の欠片。それに精神を繋げるのだ。とてつもない精神修養をもって行わねば、心がもたない。あるいは、よほどの意思と決意があるか。
そのような特異性は認める。だが、上官として認めるかは全く別だ。そんな相手と、模擬戦をする。しかもアキラ艦長は相手に対して我々に勝てと命じている。
それができると信じているのか。全くもって気に入らない。故に、この模擬戦でその能力を推し量る。ついでに苛立ちもぶつけさせてもらう。もちろん、怒りとわだかまりで戦いの腕を鈍らせるような愚かな事はしないが。
「隊長、向こうからルールについて提案がありました」
VR訓練室で準備中、副長のマルビナ中尉がそのように伝えてきた。相手の提案は、バトルフィールドの段階的な縮小だった。一定時間がたつと、戦闘区域が狭まっていく。初めは広いが、最終的にはゼロになる。戦闘区域外に出れば失格となるので、否が応にも互いに接近するというわけだ。
「なるほど、悪くはない。我々にとって有利ですらある」
「相手がゲリラ戦を仕掛けてきたり、長距離から大出力レーザーを撃ってくるのが一番厄介ですからね」
たしかに、と隊員たちが頷いて同意する。広いフィールドを最大限に生かして戦われるのが一番厄介だと考えていた。受領した装備は全て使用できると聞いている。機動力はこちらもあるが、あちらはそれ以上に身軽だ。
「偵察と移動は兵士の基本だ。我々が怠るわけもない。乗ってやると返信しろ」
「はい。それでは、皆準備を」
気負いなく、部下たちがカプセルに入っていく。グロリアは全員が入ったのを確認して、続いた。主計課の者へ合図を送る。システムが作動する。眠りに落ちるような一瞬の意識の断絶。
次の瞬間には、グロリアは乳白色の空間の中にいた。VRに適応するための準備室だ。何百回と経験済みなので、驚きはない。淡々と、仮想現実に感覚を慣らしていく。それもまた、すぐに整った。表示されていた入室ボタンに触れる。
場所が切り替わり、倉庫じみた部屋に移動した。受領した装備が並べられている。指揮車両、戦車、兵員輸送車、フロートバイク。銃器、爆発物、パワードスーツ、その他多種多様な装備。
自らに必要なものを装備していく。グロリアは、新しく支給されたパワードスーツを気に入っていた。気に入らない、といった隊員はいなかったが。曰く、暴乱細胞から抽出したデータを元に作成。テストを重ねて稼働データを収集。最終的にスタークラウンの技術力で組み上げた最新型。
パワー、スピード、防御力。どれをとっても覇獣大王国製のそれより高性能。覇権国家の技術力を見せつけるような装備だ。パワードスーツだけでなく、あらゆる装備がこうなのだから兵士としては喜んで当然。補給が滞りなく行われる方がもっと嬉しい、と思ってしまうがもちろん口にはしない。
実戦証明が成されていないのに不満を覚えるが、これは致し方がない。普通であるならば、適当な部隊を使い実戦で使用させる所だ。だがこれほどの装備、信用信頼できる相手出なければ預けることは難しい。そして、技術レベル4の武装を預けられる相手などめったにいない。
こればかりは、自分たちがこれからやっていくしかないのだろう。グロリアはそう認識していた。
ほどなくして、すべての部下が準備完了状態で待機する。戦場で使用する情報端末を操作していたマルビナが、それを向けてきた。
「隊長、こちらをご覧ください。戦場のマップが送られてきました」
副官が向けてくるそれをのぞき込む。何処とも知れぬ田舎町の地図。マップの端には海か湖か、川に繋がる大きな水辺が映されている。そして、その地図の上に並ぶ文字。
「ふむ……これは?」
端末にはこう表示されていた。初期配置場所を選択してください、と。
「選択した場所からスタートできるのか? ずいぶんと優しい……いや、下手をすると即座に遭遇する危険があるのか」
「安易に有利な場所を選ぶとそうなると。どうされますか?」
「待て。考える」
グロリアは端末を操作しながら、都合の良い場所を探し出す。見晴らしの良い場所が望ましいのは言うまでもない。射線は通るし、索敵にも都合がいい。しかし、当然相手だって狙うのだろうし、その場を初期位置にするのは危険が伴う。
また、交通の便が良い場所であることも重要だ。今回は特殊ルールの為、陣地変えを頭に入れておかなくてはいけない。第二、第三の拠点の候補をあらかじめ考えておき、そこへ素早く移動する算段もつけなくてはいけない。
最後に、マップの中央付近が近ければ言うことはない。どのように収縮されていくか分からない。中心が最後まで残るなら言うことはないが、それほど単純でもないだろう。
以上の事を勘案し、初期配置場所を考える。あまり時間はない。端末には、カウントダウンされていく数字が見えている。ゼロになる前に選ぶ必要があると思われる。ほどなくして、グロリアは最初に降り立つ位置を決定した。
倉庫があり、とりあえず身を隠す場所がある。そしてほど近い場所に、木が立ち並ぶ丘が見える。道路もすぐそばだ。マップ中央から若干離れているのがマイナスだが、それ以外はほぼパーフェクトだ。
それらを簡単に部下に説明し、車両に搭乗する。もちろんグロリアは指揮車両だ。
「それではいくぞ。我々の実力を、艦長にご覧になっていただく!」
「「「了解!」」」
隊員たちの返事と共に、模擬戦がスタートした。周囲の風景が、一瞬で切り替わる。建物の中から、広い駐車場へ。すぐに隊員が動き、周囲を偵察する。安全が確認されてから、車両を倉庫の中へと移動した。
今の所、敵影は無し。事故が起きなかったことを静かに喜ぶ。訓練兵が使うといえどレリックだ。何が起きるかわかったものではない。
油断せず、気負いもせず。キングソード隊は目標の丘へ偵察を始めた。
一方その頃。カイトはどうしていたかといえば、水の中にいた。
『スサノオ・大具足ウミサチヒコ……設定しておいてよかった』
小型潜水艦並みに大きな黒い魚。暴乱細胞の水中戦モードにて、水深の一番深い所に潜伏していた。理由は二つある。一つは即座の遭遇を避ける事。地上車両を持っていたあちらが、水中を初期位置に選ぶことはないだろうと考えて。もう一つは、工作のためだ。
『水の中はいい。どれだけデカい音を立ててもあっちには伝わらないものな……限度はあるだろうけど』
多少の注意はしつつ、しかし大胆に。必要な物を作っていく。同時に、水面上に光学迷彩をかけた潜望鏡を伸ばす。
『海辺に敵影無し、ヨシ! 大方中央辺りにいるんだろうな。方角は、こっちか』
相手も光学迷彩を使っている。人の目で見分けることは難しい。だがカイトには二つも光源水晶がある。解析をかければいいのだ。
『お、ドローン発見。やっぱりあの丘を目指したか。ちょうどいいものね。よしよし、これで動ける』
何処から目を向けられるかが分かれば、隠れようはある。工作を終えたカイトは水中を移動しようとした。が、黒魚は動けなかった。作ったものが重かったから。
『短かったなあ、ウミサチヒコの出番。変形、タヂカラオ、と』
即座に形状を、多脚戦車へと変形させる。元々、宇宙空間でも稼働可能なものとして設計している。水中でも何ら問題はない。かくして、カイトはゆっくりと水辺へと向かっていった。
しばしのちに、あと数メートルで地上という場所まで迫ることができた。ここでいったん荷物を下ろす。と、同時に端末がわずかに震える。最初のマップ収縮が始まったのだ。
『おっと、さっそく海の大部分が削れたか。移動しておいてよかった』
外周部分が大きく削れていく。このままでは、今カイトがいる所も次回は無くなるだろう。ゲームオーバーにならぬよう、移動しなくてはいけない。
『スサノオ・大具足クシミタマ。……これもテスト以外で使うの初めてだなあ』
いくつか設定した中の、情報収集用モードを起動する。カイトの姿は、ほぼパワードスーツのみとなる。細胞は全て他に使用するのだ。不定形の黒いスライム、ヒルコと呼んでいるそれから、一抱えもある黒い箱が現れる。タイヤが付いている上に、光学迷彩も施されている。だが最大の特徴は、ケーブルが伸びている事。
暴乱細胞は極めて便利であるが、どうしようもない欠点も併せ持つ。何をするにしてもエネルギーを消費するのだ。なので、ドローン等の自立兵器に変形させるのは効率が悪い。あっという間に保有するパワーを使い切って行動不能になってしまう。
そこでカイトとカメリアが出した結論がこれだった。ギリギリまで有線で寄せればいい。必要時最低限だけ無線で飛ばそう、と。この方法の優れた点は、望めば機械細胞も追加で送ることができること。欠点は細胞の回収に時間と手間がかかる事だ。
とはいえこれでカイトは、水中に隠れながら偵察することができた。しかも複数の地点を一度に、である。用意した三つの有線ドローンのうち、一つはキングソード隊への警戒に。残り二つは拠点探しに使用する。
マップと合わせて使用する事とで、目的の地点はそれほど手間をかけず見つけることができた。さらに、キングソード隊の動向も調べることに成功する。
『林のある丘に陣取って、偵察兵を周囲に展開。ドローンを飛ばしてさらに視界を確保、と。うん、お手本だ。装備も人員も優れているから、変な事する必要がないんだ。分かりやすくてありがたい』
これは同時に、通常の方法では苦戦必至であることを意味する。近づけばあっという間に察知され、包囲殲滅の憂き目にあうだろう。バリーの言う通り、兵士以外の方法で戦う必要がある。
『よし、それじゃあ行くか。まずは、情報源を削る』
ドローンを回収したカイトは、再び形状を変える。スサノオ・大具足タケミカヅチ。砲塔形態へ。
丘に陣地を設置し、周辺偵察を命じたグロリアに急報が届いたのはすぐ後の事だった。それは、周辺の空気を焼く熱と共に知らされた。
「報告! 我が方のドローンが、撃ち落されています! 大出力で!」
「分かっている! 直ぐに戻せ! 偵察兵もだ! 移動するぞ!」
居場所がばれている。加えて、この火力だ。この場に撃ち込まれない保証はない。グロリアは一時撤退を指示した。
「どこから撃っているかは分かったか!?」
「水辺です! 水中から砲塔だけ伸ばして、ドローンを狙い撃ちしています!」
「なんと……本当に、奇想天外だな」
数々の戦いを経験したグロリアをもってしても、そのような位置から攻撃してくる相手と出会ったことはない。そして推察する。最初の配置位置は水中だったのではないかと。初期遭遇を回避したのだろう。自分たちがそんな場所を選ぶはずがないと考えて。
最低限の判断力はあるようだ、と評価を上方修正して撤退する。その動きによどみはなく、人員の消耗はなかった。ドローンをいくつか失ったのが痛手だが、リカバリーできないほどではなかった。
すでに偵察を終えていた第二拠点予定地に移動したキングソード隊は、改めて相手の場所を特定するために動き出す。その場に居続ける、という愚行は流石にしていなかった。もしやっていたら教官を問い詰めなければならなかった。
「……水中に、戻ったか?」
「いえ。それはないかと。次にエリアが狭まれば、海はほぼ確実に消滅します。川の水深は浅く、潜っていられる場所はありません。水から上がったものと考えていいでしょう」
「砲撃で我等を追いやって、丘を占領してくれるのならば楽なのだがな」
ふ、とグロリアは笑う。ただ逃げてきたわけではない。しっかりと地雷や爆弾を仕掛けてきた。これが起動すれば痛手を負わせられるし、その後の追い込みも楽になるだろう。だが、そちらの反応はない。残念ながら空振りのようだ。
「頂点種の寵愛を受けただけの、運のよい小僧というわけではないようで」
「運が良ければ、そもそもラヴェジャーなどに捕まりはしないだろうよ」
「……失言でした」
「少なくとも、我々を楽しませるだけのあがきは見せてくれるらしい。それで十分ではないか」
苛立ちをぶつけるだけの相手より、よほどよい。そう思いながらグロリアは部下からの報告を待った。
管理棟で戦況を見守るジョウたちは、両者の動きについて語り合っていた。というより、主な話題はカイトについてだった。
「……なあ、カイトのヤツは一体何やってんだ?」
バリーが、あまりに不可解な行動をとり続ける仲間に付いて疑問を口にする。砲撃でドローンを撃ち落したのはいい。小型のシールドを装備しているから、一発二発のレーザーでは撃墜出来ない。大口径レーザーは正しい選択だった。
しかしそれ以外が問題だ。まず、海底で作った変なもの。それなりに重量があるのに、後生大事に抱えて移動している。地上に上がってからの行動もおかしい。有利な場所を取りにいかず、何故か建築現場に隠れ潜んでいる。
「偵察はしているようだが……何かブツブツつぶやいているな? どれ?」
『神様仏様アキラ様カメリア様。どうかどうか、次のエリアはいい感じの場所を。ここは含まないでください……ッ!』
「何祈ってんだこいつは。そんなの……あの二人がいたらワンチャンやらかしてたかもしれんが」
「いや、幾らあの方々がカイトに甘くても模擬戦で不正はすまい。……たぶん、きっと」
そうだな、たぶんな、きっとな。仲間内でそのように胡乱な確認をしあう。すると、エリアの収縮を告げるアラームが鳴る。
『アーッ! ガチャ失敗ィー! 移動しなきゃ!』
「本当に大丈夫かこいつ」




